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EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 愚弟編
8/110

第2話『文学少女の分かれ道』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ ティアール地区 貸本屋】



 少女は紙の匂いが好きだった。それもただの紙ではない。

少女は両手で抱えるほどの大きさの古そうなハードカバーを開くと、そのページ間に顔を埋めてスーッと鼻息を吸い込んだ。


「(うん……内容は勿論だけど手垢やカビの匂いが最高。これは新品の紙じゃ出ないんだよね)」


特殊な癖を持つ少女はバタンと本を閉じ、ハードカバーの大きさにフラつきながらカウンターに運んでいく。店内はそれ程の広さがなかったため、少女は数歩でカウンターに座る老人の前に辿り着くと、自分の背よりも高い位置にあるカウンターにハードカバーを持ち上げた。


「これお願いします」


その姿を見ていた店主は優しい笑みで彼女から本を受け取ると、いつもと同じ言葉を彼女に送った。


「はいよ。いつもありがとね」


店主はそう言ってカウンターテーブルに羽目殺しで備え付けられている機械を操作する。すると少女の目の前に借用者名簿の記入欄が書かれたディスプレイが浮かび上がった。


フィーネ・ラフォーレ


少女は宙に浮かぶディスプレイに指でなぞりながら名前を書くと、カウンターに座る店主から本を受け取った。


「まぁ分かってるだろうけど、一応規則だから言っておくよ。期間は一週間ね。読めなくなるくらいの破損があったら弁償や修繕費を出してもらうから。……ま、フィーネちゃんはいつも綺麗に返してくれるから問題ないだろうがね」


「はい」


フィーネはそう返事をしてから、もう一度ハードカバーを開く。

 今日借りた本は女神メーアが世界を救ったという神話の原文である。ここに書かれている文字は古代文字であり現代では使われることはない。今でこそ帝国に限らず全惑星で言語は統一されているが、女神メーアがいた時代は一部の惑星では言葉が通じず、スコルヴィー星の人々に至っては奴隷として扱われていたという。

 フィーネは別に歴史や考古学に興味があるわけではない。自ら翻訳することで過去の文献から自分自身の解釈が欲しいだけである。ふと自分の欲求を顧みた彼女は我ながら妙な探求心があると感じた。


「お嬢ちゃんも変わりもんだねぇ。そんなに紙の本が良いかい?」


三日月形のメガネを鼻先に乗せる店主は物珍しそうにそう告げる。確かに今どき紙の本を読む人間などそうそういない。わざわざ読みづらく持ち運びも手間のかかる本を選ぶのは効率的ではないからだ。

 フィーネは店主の問に対して少し困ったように微笑みながら頷いた。


「ん~匂いも好きだし、あとは安いし……」


「匂いを感じるとはお嬢ちゃんもなかなかの通だね」


「うん。というかお爺さんも紙の本が好きだから貸本屋さんなんてやってるんでしょ?」


フィーネの問いに老人は少し面食らう。そして参ったと言わんばかりに微笑みながら頷いた。


「そりゃあそうだなぁ。しかし私のような老いぼれならいざ知らず、お嬢ちゃんの齢で紙の本なんて読む子はいないだろう?」


「そもそもみんな本に興味がないんだよね」


「そうなのかい? 電子書籍でも読む子は少ないかい?」


「ううん。電子書籍で読んでる子はいるよ? でも何て言うか……私からすると電子書籍を読んでる人は本を読みたいんじゃなくて情報を得たいだけだと思うんだよね」


「道楽よりも情報か……ありえなくもない推測かもしれんねぇ」


「でも、それっていい事だとも思うんだ。お爺さんからするとあんまり良い話じゃないかもしれないけどね? 私は本って暇つぶしの元祖だと思うの」


「ほう? どういうことだい?」


「私みたいに本に夢中になるっていうのは、空想の世界への逃避を無意識に求めているからだと思う。でも最近の人はそれを求めてないから本を読まないんじゃないかな? 勿論、本以外にも面白いものがあるっていう側面もあるんだろうけど」


「なるほどねぇ。つまりは現実逃避しなくても良いこの世界は平和ということか」


「私の勝手な想像だけどね」


「そうあってほしいもんだよ。それが正しければフィーネちゃんは現実逃避せずにはいられない状況ってことだからね」


店主の言葉にフィーネは小さく苦笑する。世間から見ればスラム街に住む彼女は現実逃避をしたくなる状況に違いない。だが、それは間違いだ。彼女は自分が幸せであると信じていたのだから


「さてと。じゃあ行きます」


フィーネはそう言ってハードカバーを持ち直すと、店主は「ああ。またおいで」と微笑み返してくれる。その笑顔の見送りを背にフィーネは貸本屋から出ていった。


 外はまるで蒸籠の中のように蒸し返していた。焼けるような海陽の光は暴力的なまでにフィーネの肌に降り注ぎ、汗腺から汗を噴出させて体力を奪っていく。

フィーネは長つばの帽子を被ると自分の身体ほどあるハードカバーを読みながら歩き始めた。

 空調の行き届いた涼しい部屋で読んだ方が文脈も頭に入るのだが、彼女は少しせっかちな性格をしていた。おかげで気になっていた本の続きを家まで待つ事が出来なかったのだ。


「(家にある解読の本がなくてもある程度は翻訳できるかな?)」


フィーネは持ち前のせっかちさと探求心を抑えきれず、すぐさま本の世界の没頭する。

 本を読みながら歩くという愚行がこれから彼女の運命を変えることになるとは知る由もなく……。

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