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EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 愚弟編
7/110

第1話『働く天才童女』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ宙域】



 ――皇后の崩御から12年の歳月が流れた。

 

 シャイン=エレナ・ホーゲンが率いていた皇后直轄護衛騎士団は皇后の死により存在意義をなくし、それによって彼女の肩書は騎士団団長から帝国監査軍中佐 諜報部第七特別諜報部隊隊長に変わっていた。


『あちこち飛び回って大変だネ。でも立場的には中佐でしョ? 昔よりも出世じゃン』


手のひらに収まる妖精のようなサイズのホログラムでそう告げるマーガレット・ガンフォールにシャインは微笑返す。


「聞こえはそうかもしんないけど部下1人いないんだよ。隊じゃなくて個人。これって分かり易い左遷ってやつだから」


『ナヤブリ執政大臣も大きいのは身体だけだからネ。息子の方は結構逞しそうだったけド』


「あの人だけじゃないよ。皇族派にはアタシの存在が出世の障壁になるって思ってる奴が多いんだよね」


『ンフフ。でもそのおかげでシャインちゃんは自由に動ける訳ダ』


マーガレットの少し悪戯な笑みにシャインも小さく鼻を鳴らす。事実、彼女は諜報部としての立場を利用し様々な星を渡り歩いていた。今も彼女は諜報部の経費でセルヤマ星に向かう船の中、個室仕様となっているグランクラスのシートに腰を下ろしているのだ。


『で、そっちの首尾はどウ?』


切り替えるようにそう尋ねてくるマーガレットにシャインは小さく頷きながら答えた。


「問題なし。もうすぐセルヤマに着くよ。そっちは任せきりで悪いね」


『全然。私なんて未だに()()()に自由に会えないんだかラ。それに私よりもシャインちゃんが過労で倒れないかの方が心配だけド』


「それこそ無駄な心配だね。アタシは体力と頭と芸術的センスと美貌にだけは自信があんだから」


『それ完璧じゃン。……で皇子様は元気?』


その問いにシャインは窓の外に広がる漆黒の宇宙空間を眺める。そして、うんざりと諦め感と嬉しさが入り交じる微妙な笑みを浮かべながらマーガレットの方に向き直った。


「もう無駄にね。アンタも会ったらびっくりするよ? あんな可愛かった赤ちゃんが融通の利かないバカになってんだから」


シャインは愚痴っぽくそう告げるがマーガレットは少し羨ましそうに口をすぼめていた。


『でも、私達にとっては弟みたいなもんでしョ? 可愛くてしょうがないんじゃなイ?』


彼女の言葉にシャインは黙って微笑む。


いかにシャインでも宇宙気候による問題などによって仕事が滞り、時間の融通が利かなくなる時は稀にある。しかし、たとえどんな状況でも彼女は月に4回のセルヤマ星への来星を決して欠かすことはなかった。その理由は他でもなく、この星に()がいるからである。


「ま、見た目的には本当に姉弟に見えるかもね。いや、兄妹かな?」


シャインは冗談めかしてそう告げるが、マーガレットは少し引き攣ったような笑みを浮かべていた。


『冗談のつもりかもしれないけど本当になりつつあるよネ』


「そうなのよ。アタシったら若くて可愛いまんまだからさぁ! ウハハハハ!!」


シャインは絵に書いたような笑い声をあげるが、マーガレットからのツッコミはない。25歳になっても()()()()()()()()()()()()()だったシャインはひと仕切り笑い終えると、セルヤマ星への大気圏突入準備を告げるアナウンスが流れた。


『あ、入星体制に入っタ?』


話題が変わることに少しホッとしたようなマーガレットにシャインは頷く。


「うん。じゃあこの辺で……あ、ヤシマタイトの件なんだけど」


『大丈夫。グランパに頼んでおくかラ』


シャインの言葉を遮るようにそう告げるマーガレットは、幼女時代と打って変わりとても頼もしく見えた。今や数少ない頼れる仲間になっていることを思い返したシャインは信頼しきった笑顔で後を託した。


「よろしくね。あとくれぐれもアンタのクソ叔父には気を付けて」


『分かっ――そっ――――気を――――じ――あね』


大気圏に入ったことによりマーガレットのホログラムは歪み始める。そして完全に通信が絶たれると、はめ殺しにされている窓が閉鎖され始めた。

 照明によって照らされる中、シャインは徐々に自身の身体の重みを感じ始めていた。成層圏を超えたアナウンスと共に窓が解放されていく。するとそこには観光惑星であるセルヤマ星が持つ美しく青い海と宇宙空間が生み出す漆黒のコントラストが広がっていた。

 宇宙へと船を飛ばすマスドライバーの先端に近付いている。そうこうして外を眺めるうちに、やがてシャインの乗る宇宙船は無事離着陸場へ着陸した。


----------------------------


 マスドライバーを出て、いつものようにエアタクシーを止めようと停留所に立つ。すると観光準惑星であるセルヤマでは珍しくない出稼ぎのスコルヴィー人の運転手が、その荒々しい外見には似つかわしくない丁寧な操縦でシャインの前にゆっくりとエアタクシーを着陸させた。


「はいお嬢さん。どちらまで?」


「お嬢さん……」


運転手としては見たままのシャインの姿にそう告げたつもりだろうが、シャインは別の意味で捉えて機嫌よく行き先を告げた。


「タルゲリ教会までお願いしますわ」


「はいよっ!」


運転手は威勢のいい声を上げエアタクシーを宙に舞わせると空路を颯爽と走り抜けた。神栄教の分派であるタルゲリ教の教会へと進む道すがら、シャインはこの12年の月日を振り返った。


 皇后の崩御により宰相派の権力はますます拡大した。

現皇帝ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンの意識は未だ戻らず、ただ時間だけが過ぎて彼の肉体は日に日に衰弱している。ベルフォレスト執政大臣は皇族派の有力者を取りまとめようと奮起しているが、宰相派の方が数枚も上手であり宰相派はすでに多くの権力者をその傘下に置いている。聞けば各惑星知事連の筆頭であるアイゴティア星知事のクリフォード・ストラトスや、現皇帝の妹の息子……つまり甥にあたるザイク=モウト・イルバランも宰相派に付いているという話だ。


 シャインにとっての実質上トップに当たるベルフォレストという男は無能というわけではない。だが固定概念と若者軽視を持っているということは否定できない。現にここ最近シャインは皇族派議会にも呼ばれることはなくベルフォレストから徹底して排除される形になっている。先にも言ったように、シャインが議会に出続ければその地位を脅かすと思っている者たちによって弾き出されているのだが、それは誰であろうベルフォレストなのかもしれない。皇帝が事実上不在という国難の時に保身のためシャインを排除しようとする腐敗しきった皇族派に先は無い。ベルフォレストに彼らをまとめ上げる力があれば話は別だが彼にそんなものは期待出来なかった。


 シャインにとって唯一の失策がベルフォレストの狡猾さを甘く見ていたことだ。実際のところシャインは自身が皇族派という自覚がない。彼女にとって重要なのは皇后が遺した忘れ形見の双子だけなのだから。ベルフォレストはシャインのその感情を利用し、皇族派を裏切らないよう双子の片割れを皇族派の中枢に置いていることだった。


「(……まさか皇后様への忠義がネックになるとはなぁ)」


シャインはエアタクシーから外を眺めて溜息をつく。


 帝星ラヴァナロスで暮らす皇后のもう1人の忘れ形見。ランジョウ=サブロ・ガウネリンがベルフォレストの下に居る以上、彼女は何よりも強力な首輪を付けられているようだった。双子を分けて以来、接触を禁じられているランジョウ……彼だけがシャインにとって目の届かない気がかりだった。


「(これだけは予想外……執政大臣がちゃんと育ててくれてればいいけど……)」


かつての護衛騎士団2名を皇太子に付けるように根回しはしていたが、彼らも未だにランジョウに近づけずにいる。

そんな状況に辟易しながら息をつくと「お嬢ちゃん。着いたぜ!」という威勢のいい運転手の声が響き渡った。気付けば辺りはエアタクシーは田畑に囲まれた森の中に降りており、ドアの向こうには木のトンネルに覆われた一筋の道が通っていた。

 木漏れ日が差す道の先には目的地である教会がある。12年間欠かさずに訪れているせいかシャインにとってそこは少し特別な場所になっていた。


「神栄教じゃなくてタルゲリ教とはお嬢ちゃんもニッチだねェ!」


「はは。まぁそんなところです」


赤い肌を汗で輝かせながらそう告げる運転手にシャインは笑顔を返しながら料金を支払う。

 運転手の「ありがとっしたっ!」という声を聞いてからシャインはエアタクシーを降りると教会まで続く草木に囲まれた一本道を歩き始めた。

 弟君をこの教会に預けたのには理由がある。今や孤児院のような施設はほとんどが神栄教の傘下にあり、教会に関してもほとんどに神栄教の手は伸びているのだ。そんな中でタルゲリ教は神栄教とは一線を引いていた。

 元は神栄教の分派とはいえタルゲリ教は800年程前に対立紛争が起きた曰く付きの宗派だった。その紛争のきっかけはタルゲリ教と神栄教によって女神メーアの教えに関する食い違いがあった……と、世間には流れていたが、実際はタルゲリ教が神栄教からの完全独立を目指したものだったという。

その宗教紛争はタルゲリ教の降伏という形で平和的に収まったが、負けたタルゲリ教からすればその時の感情は今も根強く残っている。つまり彼らは神栄教に対して少なからず不信感を抱いていることは間違いない。帝国の上層部と深く関わる神栄教から身を隠すにはここタルゲリ教が最も最適だったのだ。

 なぜそんなことを利用してまで神栄教から弟君の存在を隠すかと言えば理由は1つ。神栄教の枢機卿にはあの男……コウサ=タレーケンシ・ルネモルンがいるからである。

 コウサは神栄教内でさらに勢力を強め、枢機卿内でも最古参のマーガレット・フロー枢機卿と勢力を二分するまでに権力を得ている。先日の帝国評議会では神栄教の管轄惑星の治安維持と称したコウサが管理する聖堂騎士団の認可まで降りてしまったのだ。これにより権力だけでなくこれで武力も得たコウサという男はシャインが見据える未来の中で大きな火種になるような気がしてならなかった。


「はぁー……そんな問題が山積みだってのに」


シャインは歩きながら再び大きな溜息をつく。木漏れ日が差す道を歩いている最中、その美しい景観には似つかわしくない僧官たちの騒ぎ声が聞こえてきたからだ。


 シャインは頭の中で261通りにも渡る騒ぎの原因を予測する。そしてその全ての項目において“アイツ”が関わっているという答えが導き出されていた。


「こんにちは。僧官。何かあったの?」


境内を走り回る僧官の姿を捉えたシャインは何かあったことなど理解した上でそう尋ねる。そんなシャインの到着に気付いた彼は顔を真っ青にして叫んだ。


「おお! これはこれはシャイン様! 実は……」


「あーやっぱ言わなくて大丈夫……大方脱走でしょ?」


「はい! しかも書置きが残されておりました!」


「ふーん。なんだって?」


「く、詳しくは司祭様に!」


走り去っていく僧官を見送りシャインはポリポリとこめかみを掻いた。


「(アイツ……どうせすぐ捕まって、お仕置きされるって何で分かんないかね?)」


シャインは心の中で学習能力のない“アイツ”に呆れたようにうんざりして教会に足を踏み入れた。

 年季が入った木造の教会は歩くたびにギシギシと軋む音が響き、日中でなければ不気味さを醸し出していただろう。

掃除も行き届いていないらしく窓から差す海陽の光が宙を舞う埃をキラキラと輝かせていた。

 床以上に軋む階段を上がりシャインは司祭室を訪ねようと扉をノックする。しかし返事がなく、中からは嘆きにも似た祈り声だけが響いていた。シャインは失礼を承知でドアを開けると、司祭はまるでこの世の終わりのごとく嘆いていた。


「おお! シャイン様! 女神メーア様はついに我らを見放しに」


「いいから書置きってのを見せて」


頼りない司祭の嘆きを聞く気などないと言わんばかりにシャインは間髪入れずにそう返す。すると司祭は嘆き続けながら引き出しから残されていた書置きを取り出し、彼女にそっと差し出してきた。



――――――――――――――――――――――――


お前らへ


なんといおうとおれはじゆうに生きる。

おれはそのためだからここにはいれない。


あばよ。


――――――――――――――――――――――――



「……字が汚い。漢字も少ない。文法がおかしい。クッキーの食べカスが挟まってる……うん。間違いなくあのバカだね」


シャインは納得と確信をしながらそう告げると司祭はまだまだ嘆きながら告げた。


「シャイン様。このような失態……面目次第もございません! つきましては私目の命で償いを!」


発想が飛躍する司祭をよそにシャインは書置きを丸めるとノールックで背後に放り投げる。丸められることによってゴミと化した書置きは奇麗な弧を描き屑籠の中に飛び込むと、シャインはグッとストレッチをしながら告げた。


「はぁ~……アタシさ。明日休み取ったから今晩から時間あるんだよね」


彼女は自らの不遇を顧みず面倒事に突っ込んでしまう自身の性格に嘆きながら司祭に視線を送る。司祭は話の先が見えずにキョトンとしていた。


「な、何の話ですかな?」


「別に……ただ同世代の子は休日にバカンスや自分磨き。方やアタシはガキの子守かと思っただけ」


星間移動してきたばかりだというのに休む時間もないらしい。彼女は右手で後頭部をポンポンと叩くとギアを入れ替えるかのように顔を上げた。


「とりあえず連れ戻してくるね。あ、帰って来た時にする稽古の準備だけお願い」


「は? お、お稽古ですか……?」


「そ。言ったでしょ? アタシ今晩から時間に余裕があんの」


シャインはまるでこれから性犯罪を犯そうとする異常者のように微笑むと司祭室を後にした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あれれ?(;´・ω・)すみません、混乱してます。 3340年『双子の皇子 後編』を読んだ時には、兄(ランジョウ)の方を死んだことにしてセルヤマ星へ送ってシャインさんが護衛する。弟(ダンジョ…
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