第16話『帝国内の豺狼当路』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 公務専用マスドライバー】
甘い匂いを放つ宮女達は列を均し、胸の下で両手を重ねながら小さく頭を下げている。皇居から直結するとはいえ、それはマスドライバーとは思えない程の豪華絢爛さだった。
皇室用のマスドライバーには報道や一般観覧の為に設けられたスペースがある。無論そこに入るまでに厳しい検査があるのだが、その日の観覧席には多くの一般市民が押しかけていた。宰相派のロビイストによって「皇帝がセルヤマ星へ慰問に向かう」という情報が流されたからだ。
即位式以来、殆どと言っていいほど公の場に姿を現さないおかげで一時は皇帝重病説が流れたが、その噂はたちどころに消え去った。B.I.S値の低い皇帝は公務を全て下の人間に任せているという理由の方が筋が通ったからである。
やがて、宮女達が作り上げた道に警備兵が躍り出ると人々は期待に満ちたように騒めきだす。そしてその期待に応えるかのようにランジョウが姿を現すとマスドライバーは歓声に包まれた。
「ランジョウ様ーーっ!!」
「皇帝陛下万歳ーーッ!!」
皇帝を讃える声と熱量がマスドライバーの雰囲気を一瞬にして変貌させる。宮女の間を練り歩くランジョウは、歪んだ笑みを浮かべながら軽く片手を上げて声援に応えた。その光景を皇帝専用旅客機の乗降口前で見ていたハーレイは思わず小さく鼻を鳴らす。
「(……フッ……慰問に行くというのに……)」
喪服に身を纏いながら声援に応えるランジョウを見てハーレイは呆れた。
今までハーレイはこのランジョウは双子の愚弟として認識していた。それが皇族派の手によって挿げ替えられ、彼こそが賢兄だったというを知ったのはつい最近の事である。しかし、コンプライアンスに見合わない呑気な姿を見せるその姿は滑稽以外の何者でもなかったのだ。この17年の年月が彼を賢兄から愚兄へと変貌させたのかもしれない。
「理解に苦しみますナ……」
隣に立つ帝国軍中将テセウス・ガイムランがハーレイにのみ聞こえるように呟いてくる。ハーレイはチラリと視線を送ると、テセウスは普段通りの仏頂面で頭頂部の耳を揺らすような動揺も見せずに囁き続けた。
「声援を送るのはガウネリン家の血統を盲信する者だケ。そして生前の前皇帝陛下が公の場に姿を合わした時はこの数倍の人数が訪れたものでス。どうやら陛下の風評はすでに世間に広がっているようでス」
帝国民にとって皇帝とは政治的意味合いよりも象徴的な印象が強い。だからこそ人々はランジョウに政治的な思慮深さなど求めていないのだろう。無論、政治を司る賢帝が現れることに越したことはないが、この3000年以上続く帝国史の中で皇帝が自ら政治的手腕を振るったのは数えるほどしか存在しないのだ。
それでもガウネリン家はこの広大な海陽惑星系の殆どを掌握した最初の一族である。そして最大の宗教である神栄教の女神メーアの弟子の末裔という伝承も残っている。
この事実が帝国民の心を掴んで離さなかったのだ。
「中将……確か言っていたな。民衆とは正義に弱いと」
ハーレイは正面を見据えたままそう告げると、テセウスは「はッ」と返事だけを返してくる。言うまでもなく宰相派の彼は既にハーレイに忠誠を尽くすかのようにランジョウを見据える様子はなかった。
「皇族とは正義なのだ。だからこそ民は陛下を慕い、崇め、奉る」
「しかし、その正義も所詮は人が作りしもノ。偶像と考えられるのでハ?」
「偶像とは憧れからくるものだ。正義と偶像はほぼ同義なのだよ」
「つまリ……新たな正義を作り出すことは可能ということですナ。そしてそれを成すのハ」
テセウスは微笑む。
ハーレイは彼の方に振り返ることなく乗降口前に辿り着いたランジョウに微笑むと。ランジョウは普段と変わらない不気味さを纏った笑みを浮かべた。
「では行ってくる。留守を頼むぞ宰相」
背後に大柄な女性護衛官を引き連れていたランジョウにハーレイは小さく頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。セルヤマは昨年諜報員が摘発された星です。どうぞお気をつけて」
心にもない言葉を並べるハーレイに対してランジョウは親指で人差し指だけを握り締めながらパキッと関節を鳴らした。
「……余の留守を良いことに謀反など起さぬようにな」
「お戯れを……」
その会話は周囲には聞こえないものだろう。ランジョウの言葉が耳に入ったテセウスを含めた要人たちは目を見開きながら息を呑むがハーレイは余裕の笑みで受け流していた。
ランジョウはハーレイの前を横切ると、彼の横一列に並ぶ面々にも歪んだ笑みを向ける。その表情を見て彼等は明らかに動揺し、それを悟られぬよう慌てて頭を下げる小心者もチラホラ見て取れる。
――この皇帝はここにいる面々に畏怖することはないのか?
見送る顔ぶれは宰相の息のかかった者……つまりは宰相派だらけなのだ。極論を言えば、ここで捨て駒となる誰かがランジョウに襲い掛かる可能性があってもいい。しかしランジョウは彼等の前を堂々と横切って歩を進めていき、結局何事もなく皇族専用超大型宇宙船スレイプニルに搭乗していった。
「……チ……豪胆というか図太いというか……」
頭を上げた1人の文官が思わず口を滑らせる。しかし宰相派の面々に囲まれている彼は誰にも咎められることはなかった。そんな小物の悪態になど目もくれず、ハーレイはランジョウの背中を見届けながら微笑んでいた。
「(……私が謀反など起しよう筈がなかろう? 簒奪とは悪行であり民衆の望む物ではないのだ)」
ハーレイは心の中でそう呟く。そしてランジョウが船に乗り込んだことを確認すると、踵を返して城内に向かって歩き始めた。
皇族派にとって保険だったのであろう愚弟の始末も済み、ナヤブリ家も最早失墜の一途を辿っている。皇族派の息はもう長くない。あとハーレイに必要なものは王の権威を上回るもの……即ち神の奇跡である。
「……科学の力がそれを成す……か」
「何の話でス?」
思わず歩きながら呟いたハーレイの独り言を聞き逃さなかったらしいテセウスは首を傾げる。ハーレイは左口角を上げながら立ち止まると、初めてテセウスの方に振り返る。しかし、彼を見た訳ではない。彼越しのスレイプニルを見上げたのだ。
「現代において奇跡というのは科学で証明するものだ」
彼の成そうとする奇跡がこの世界に何を齎すのか……それはまだ誰にも分からなかった。
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【皇帝専用超大型戦艦スレイプニル】
皇帝専用超大型戦艦スレイプニル……その雄姿を見たものは皆心を奪われる。その純白の美しい船は全長300mを超え、1000人を超える搭乗員、ライオットインダストリー社の最新鋭兵器、ヤシマタイトを直に搭載した8門のエンジンなど、その規模の凄まじさを語ればキリがない。
ランジョウはスレイプニルに乗るや否やすぐさま喪服を脱ぎ捨てた。待機していた従者たちが床に放り投げられた喪服を拾い上げる中、彼はそれらに見向きもせず通路を進み続ける。
しかし、しばらく進んだところでランジョウはその足を止めて眉間に皺を寄せた。彼の眼前には先刻まで真っ赤なメイド服を着ていた壮年の女性侍従長ジュリアンが漆黒のメイド服と二ーソックスを身に着けて小さく頭を下げていたのだ。
「そなたに同行を命じた覚えはないが?」
ランジョウは明らかに不服そうに告げるが、ジュリアンは彼とは対照的に微笑みながら頭を上げた。
「侍従長には皇族の方への強制同行権がございます。もしも陛下がお気に召さないようでしたら帝国法改正か正式な同行拒否命令を宰相閣下経由で提出していただく他ございません」
年甲斐のない装いとツインテールをした壮年女性をランジョウは遠慮なく睨みつける。目の前の壮年女性から視線を外してランジョウは再び足を進めると、ジュリアンは小さく頭を下げながら道を開けた。ジュリアンはランジョウの背後にいたベアトリスと並び、彼に付き従いながら待機用の休憩室に着いて来る。背後に巨女と年齢に見合わないメイド服を着た女性を従えるその光景は端から見れば滑稽かもしれない。しかしランジョウは気にすることなく正面を見据えたまま口を開いた。
「ベアトリス。そなたは艦内において余の部屋の扉の前から動かぬようにせよ。部屋に入れるのはそなたの隣にいるジュリアンと同行させる宮女のみとする。休息は余の隣の部屋で取れ」
「御意」
「それとトーマスは予定通りに向かったのだな?」
「はっ。先程出立いたしました」
ベアトリスの返答にランジョウは小さく頷くと再び口を開いた。
「ジュリアン。そなたは余が部屋に入ったらすぐさまミーディル茶葉を軟水で淹れよ」
「そちらの準備は整っておりますのでご安心を……ところで坊ちゃま。何やら楽しそうにお見受けしますねぇ?」
ジュリアンはまるで子供を揶揄うかのようにそう告げる。するとランジョウは柄にもなく少し素直な微笑みを作ってジュリアンの方に振り返った。
「この星を出るのは気分がいい」
「素敵なお顔ですが理由が悲しゅうございますね」
ランジョウは小さく鼻を鳴らすと、正面を見据えて歩き続けた。
「(……何より……愚弟の過ごした星とやらを見るのもいささか興味がある……)」
この日、ランジョウは慰問の為にセルヤマへ出立した。それはダンジョウ達がアマンダ酒場に辿り着いた翌日の事だった。




