第13話『それぞれの知略縦横』
【星間連合帝国 カルキノス星 知事官邸】
カルキノス星は海陽周期に乗った天然の惑星なのだが様々な星から機械惑星と呼ばれている。その理由はカルキノス星に向かわずとも宇宙から見えるその姿で理解出来た。カルキノス星の地表は7割が人工物に据替られていたのだ。
地表を覆う無機質な地面は地下深くの地上への排水処理設備が整っており、無数の人工衛星によって全地域の天候も完全に管理されている。にもかかわらず機械産業による環境破壊のせいで空気は非常に悪く、わずかに見える土壌もやせ細っていた。自然とは程遠いその星は、当然食料自給率が全惑星で最下位であり、むしろカルキノス産の農産物は有害物質とさえ言われるほどの悪評が立っていたほどである。
「うん。不味い。これカルキノス星の葉っぱでしょ?」
紅茶を一口含んだカルキノス星知事アンドリュー・レオパルドは笑顔で自らが統括する星を蔑む。するとアンドリュー同様の青い肌と金色の瞳を持つ青年は事務的な口調で頷いた。
「ご明察です知事。ウチの研究室で取れた茶葉と浄化処理した水で入れた紅茶です」
彼の秘書官であるステファン・レオパルドは、悪びれる素振りも見せずにそう告げる。するとアンドリューは苦笑しながら力なく項垂れた。
「何だってそんなものを出すのさ? パパ何かした?」
30手前の年齢を迎えるステファンに対して、アンドリューはまるで幼児をあやすかの様に告げる。その表情を見たステファンは少しムスッとしながら答えた。
「知事がしでかしたことを箇条書きにすると知事官邸のメインデータバンクがパンクするでしょうね」
「おや? もしかしてまだ怒っているのかい?」
アンドリューは父親と男の両面が入り混じった表情で少し得意気に微笑むが、ステファンは反抗期の少年のようにそっぽを向いた。
「何のことです?」
「僕がエヴァ第二秘書官と夜の街に消えたことだよ」
「……」
息子の秘書官……しかもその息子が少し好意を抱いていた雰囲気の女性と一夜を共にする。それは端から見れば褒められるどころか蔑まれる行為かもしれない。しかし50歳を迎えながら、息子と同世代の女性を口説き落とすことが出来た。それはアンドリューからすれば男の自信を再確認できたのだから得意気になっても仕方がなかった。
「……知事。自分はプライベートなことをとやかく言う気はありません。エヴァ秘書官の事も2人の問題ですので」
ステファンは明らかに本心ではない表情でそう告げるが、アンドリューは顔色一つ変えずに話し続けた。
「君のそういうところに彼女はウンザリしていたんだよ。生真面目過ぎて融通が利かず、それでいて優柔不断。君には若さって武器があったんだよ?」
「知事。分かりましたからその辺で……」
「何を恥ずかしがる必要があるのさ? 今は知事と秘書じゃなくて父と子、謂わば1人の男として助言しているんだ。僕は何か間違ったことを言っているかい?」
アンドリューは両手を広げながら正面のソファに腰を下ろす2人に問いかける。
ホログラムで知事室に鎮座していた2人の内1人は気まずそうに黙っていたが、もう片方の大男は意に返さず無機質な目をアンドリューに向けてきた。
「レオパルド知事。殿下にお取次ぎはしていただきましたでしょうか?」
赤肌の大男は先程までの話など聞いていなかったかのように自分の要件を口に出す。その微動だにしない佇まいを見てアンドリューは心の中で舌打ちした。
「(……これじゃ僕が愚を演じた意味が無いじゃないか)」
アンドリューが見境なく女性と浮名を流すのは本性でもあったが、その性格から相手を油断させることが彼の常套手段だった。
「ええ。抜かりないですよ。アプリーゼ知事」
クリオス星初の外惑星人知事……しかも差別対象であるスコルヴィー星人でありながらそこまで上りつめた男、ミドガルド・アプリーゼにはそんな策略は罠は通用しなかった。
アンドリューは不服さを押し隠しながら努めて笑顔を作ると、ミドガルドは無表情のまま小さく会釈した。
「急なこちらの提案に乗っていただき感謝します」
「何を仰います。軍事惑星のクリオス星。そして兵器開発のカルキノス星の仲ではありませんか」
アンドリューは完璧な作り笑顔でそう告げる。しかしミドガルドは仏頂面のまま再び小さく会釈だけを返してくると、まるで探りを入れるかのように口を開いた。
「しか我々が協力すると言ってこれほど早く信用していただけるとは意外でしたよ」
明らかな牽制にアンドリューは笑みを絶やさない。そして、自分はあくまでも知事であるという装いで頷いた。
「ラヴァナロス星入星ルート、宰相派の軍事規模情報、これらのデータを全て提出してくださったのです。これだけの情報をいただいて信用できないという事はありませんよ。何よりその情報を齎してくれたのが美女なら尚更です」
アンドリューはそう告げてミドガルドの隣で静かに座る女性に微笑む。その女性はミドガルド同様に赤い肌を持ちながら、スコルヴィー人には持ち得ないクリオス人やヴェーエス人特有の銀髪を携えていた。察するにスコルヴィー人とクリオス人、またはヴェーエス人の混血だろう。
惑星間の混血児の半数は両親どちらかの特性を受け継ぎ、もう半数は両方の特性を受け継ぐ。どうやら彼女は後者のようであった。
赤い肌でありながら髪を持つ神秘的な彼女に微笑みながら、アンドリューは彼女の父親でもあるミドガルドに視線を移すと、今まで沈黙していた息子兼秘書官が口を挟んだ。
「しかし、クリオス星はこれまで皇族派と宰相派の政戦には一貫して不干渉を貫いていた筈……それが今回は何故?」
ステファンの問いにミドガルドは答えない。すると彼の代わりと言わんばかりに、ステファン同様に沈黙していた混血の女性が口を開いた。
「外交上の問題です」
見つめていた女性が急に言葉を発したのでアンドリューは思わず微笑む。
「動いた表情も実に美しいですね。しかし今は貴女の言葉に興味があります。外交上の問題というのは隣国の淑女方の事ですか?」
アンドリューの軽口混じりの問いかけに彼女は表情を変えずに頷く。
「そうです。宰相派は共和国の医療技術を接収するため、共和国に我がクリオス星の軍事行使件を与えるとの事です」
「なっ!」
「……」
唐突な重要事項にステファンは驚愕しアンドリューは黙って顔を顰めた。
自国の軍事力を隣国に提供するなど考えられない事である。ましてや協定が切れれば隣国とは敵対関係になる可能性もあるのだ。そんなあり得ない交渉材料にステファンは興奮気味に問いただした。
「そ、その情報は確かですか!?」
「我が惑星は帝国軍の中枢とも密な関係です。とだけ申しておきましょう」
「し、しかし! 知事、宰相派の目論見は何なのです?」
ステファンは戸惑いながら尋ねる。アンドリューは一考してから、大きく息をついて目の前の女性に微笑みかけた。
「失礼。そういえばお名前をお聞きしていませんでしたね」
アンドリューはまるで口説くように微笑むが、彼女はそんな微笑みを嘲るかのように躱しながら微笑した。
「エヴァ・アプリーゼと申します。知事が懇意になされた秘書官と同じ名前とは光栄ですわ」
冗談と皮肉の微妙な境界線を渡るエヴァを見て、アンドリューは少し言葉が詰まりそうになった。彼女の目の奥にはホログラム越しにも分かるほど何かを企む鋭さがあったからだ。
「なるほど。分かりました。貴女方を信用しましょう。美女を疑うのは僕の倫理に反しますしね」
「知事!」
ステファンは咎めるような声を上げるがアンドリューは余裕の表情で立ち上がる。そしてゆっくりとホログラムの2人に歩み寄った。
「ですがもう1つ確認しておきたいことがあります」
アンドリューは小さく息を呑む。もしも彼の推測が正しければ、彼は今重罪人等を前にしているともとれなくなかったからだ。
「セルヤマ星の宇宙船爆破……あれの実行犯はクリオス星が手を引いていますね?」
「っ!」
その言葉はステファンを再び驚愕させ、エヴァは表情を怒りに一変させてミドガルドの方に振り返った。
「……知事。どういうことです?」
エヴァは隣に座るミドガルドを睨みつける。彼女の様子からアンドリューはクリオス星の危険性とある種の信用性を察知した。クリオス星は決して一枚岩とは言えない。恐らく目の前のミドガルドとエヴァは互いに違う目的を持っている事が推測出来た。
「おや? 娘さんにはお伝えしていなかったのですか?」
アンドリューは少し挑発するようにそう尋ねるが、ミドガルドはその問いに答えず質問返しという愚行を繰り出してきた。
「何故そう思うのです?」
「何故? と申しますか。……てはお答えしましょう。本来であればダンジョウ殿下はこのカルキノス星にいらっしゃるご予定でした。ですが今回の爆破事件で移動手段が無くなった。そんな中で急にクリオス星から協力者が現れた。随分都合が良い……そして僕は都合が良いことが起きると裏を考えてしまうのが癖でしてね」
簡潔な説明と同時にアンドリューはミドガルドを追い詰めていく気分だった。そしてもしもこれが事実ならば見逃せる話ではなく、ダンジョウの為にも爆発事件の加害者をここで手中に収める必要があった。
空気が張り詰める中でミドガルドはようやく体制を動かす。しかし顔は無表情のままアンドリューと視線を重ねてきた。
「……成程。貴方は為政者に向いているようだ」
「誉め言葉として受け取っておきましょう」
「無論賞賛です。そして洞察力も素晴らしい。確かにあの爆破は我々クリオス星が行ったものに相違ないのだからな」
ミドガルドのあっさりと白状する姿にアンドリューは微笑を保つが、ステファンとエヴァはそうもいかなかった。
「貴様!」
「いかに我が父といえど捨て置けません」
いきり立つ2人の青二才にアンドリューは少し冷ややかな視線を投げかける。
「2人とも落ち着きなさい」
まるで今にも喉元に噛み付きそうな気配に2人は押黙ると、アンドリューはゆっくり立ち上がりミドガルドから視線を外すことなく尋ねた。
「いかに罪人といえど弁明の余地はある。何故そのような愚行を犯したのかお聞かせ願えますか?」
アンドリューはもはや裁判官のようにそう尋ねるが、ミドガルドは相変わらずの無表情で彼を見つめながら答えた。
「知れたこと。ルネモルン宰相閣下からそうするように指示があったからだ。帝国の未来を揺るがす元凶が乗っているからとな」
「ほう。そしてむざむざ多くの帝国民の命を奪ったと」
「レオパルド知事。貴方はドライな人間かと思ったがロマンチストのようだな」
「それも……誉め言葉として受け取っておきましょう」
アンドリューは怒りを押し殺して微笑む。するとミドガルドは初めて大きな動作を見せた。彼はスッと立ち上がり、その大きな体で見下ろしてきたのだ。
「だが、我々は諸君等の味方だ。それだけは断言出来よう」
「殿下のお命を危険に晒し、宰相の野望の為に国民の命を奪う者を信用せよと?」
「そうではない。根本的に間違っておる」
ミドガルドはそう告げると懐から筒状に丸まった書状を取り出した。そして小さく広げると、アンドリューにのみ見えるように広げると、彼は思わず目を見張った。
「こ……これは……!?」
今まで余裕の笑みを絶やさなかっアンドリューが驚愕する姿を見て、ステファンとエヴァも書状の中身を確認しようと歩み寄ってくる。しかしミドガルドはすぐさま筒状に丸め込んでしまった。
「お分かりいただけたか? 私にも真意は分かりかねる。しかしこれが何より私が皇族派に属している証拠となった筈だ」
「……」
アンドリューの額にうっすらと汗が滲み出る。自分の目的が……いや、自分が何のために皇族派として戦っているのか。そんな自分の存在意義が消え去っていく。彼の心の中にはそんな恐怖と不安が渦巻いていた。




