皇帝崩御 第6話『保身と疑心』
【星間連合帝国 帝国領宙域 超速移動宙路 上り線 VIP航宙機】
VIP用の航宙機の乗り心地は格別である。テセウスはひじ掛けに摩りながら、真新しいシートの香りを一頻楽しむと、懐から通信機を取り出して眼前の簡易テーブルの上にそっと置いた。
『お待ちしていました中将』
通信機からラヴァナロス人と思しき黒髪と紅眼の男が姿がホログラムとして小さく浮かび上がる。そしてその傍らには、やや色黒な肌と、銀色の髪を携えた軍事惑星クリオス星人の青年が立っていた。
仰々しく敬礼するラヴァナロス人のジルギラン・ミッドウィル中佐とクリオス星人のクヌカ・バーンズ中尉にテセウスは簡単な敬礼を済ませる。
「たった今ストラス知事との会談を終了しタ。今晩中に事態は動ク。諸君等はすぐさまセルヤマに向かイ、スパイをあぶりだしたまエ」
『お任せください。編隊は済んでおりますので直ちに……』
そう告げて首を垂れるジルギランの隣で、クヌカはどこか不服そうな表情を浮かべていた。
「バーンズ中尉。君は今回の作戦が不満かネ?」
『い、いえ! 決してそのようなことは……』
クヌカはハッとしながら慌てて頭を下げる。そんな彼の心情を全てを見透かしたかのようにテセウスは微笑んだ。
「無理をすることはなイ。元々皇后様直轄の護衛騎士団にいた君にとっテ、スパイのあぶり出しなど大して面白くもない任務なのだろウ?」
『……中将。スパイの殲滅に私は何の不満もございません。ですが1つ。解せぬことがあります』
意を決したように顔を上げるクヌカを見て、テセウスはニンマリと笑みを浮かべる。部下の不安材料を取り除くのは上官の勤めに他ならない。自らの保身以外にも仕事をこなさなければ、中将という地位には昇り詰めることなどできないのだ。
『中尉。口を慎め』
「良イ」
テセウスはジルギランの方には見向きもせず、クヌカを見つめたまま足を組んだ。
「何かネ? 言ってみたまエ」
『はっ。スパイのあぶり出しと、捕縛後の強制送還に関しては何も不満はありません。ですが、これらの任務遂行上いかなる犠牲もやむなしという点についてはいま一度ご再考していただければと思います』
「君はスパイに情けを掛けよと言うのかネ?」
『いえ、決して。しかし、この内容では帝国民にも多大な被害が出てもおかしくありません。まるで、セルヤマを惨状にしようとしているかのように見受けられます』
「バーンズ中尉」
テセウスは彼の言葉を遮ると、足を組み替えながら組んでいた両手に力を込めた。
「セルヤマが惨状になるかどうかは我々軍の働き次第ダ。だからこそ私は君がいる部隊を今回の件に派遣することにしたのだヨ」
テセウスの言葉にクヌカは押し黙る。その表情を見てすでに自分の説得がほぼ完了したと感じたテセウスは、前屈みになりながら期待を込めた言葉を投げかけた。
「君は元・護衛騎士団という経歴以外にモ、虎殺流の本流を受け継ぐ一族の1人だろウ?」
『……私は分家に過ぎません』
「しかし今では宗家の人間は公の場にも姿を現さなイ。分かっているんだヨ。君の一族が分家の中でも筆頭であリ、誰もが君たちバーンズ家が正当な虎殺流の主流派となることをネ。……今回の件が収まれバ、私は再び虎殺流を皇族の指南役に推薦するつもりダ。宰相閣下にもこの件はすでに伝わっているのだヨ。そうなれば君がその指南役に選ばれる可能性は限りなく高イ。これが何を意味するか分かるだろウ?」
テセウスは優しく……そして残酷にクヌカの退路を塞いでいく。伝統ある武術の一族に生まれたエリートでありながら、厄介者扱いされる皇后の護衛騎士団に所属していたという経歴を持つクヌカを受け入れる場所は限られている。これからテセウスの重要な部下となり得るクヌカには、選択肢がほとんど残されていないという事実を今一度再認識させる必要があった。
「私は個人的にも君に期待していル。今回の件も速やかに対処してくれたまエ」
『……精進、致します』
唇を噛み締めながら、それでいてどこか力なくクヌカは首を垂れる。その姿に満足したテセウスは前屈みを解いて背もたれに体を預けると、通信機に新たな着信を告げるランプが点灯した。
テーブルの上に立つ2人のホログラムの隣に着信の文字情報が浮かび上がる。着信者情報を見てテセウスは小さく顔を顰めた。
「(なるほド。まだそこまで私を信頼は出来ぬカ)」
今の今まで部下を篭絡し懐柔していたが、次は同格の……いや、恐らく自分以上の立場にある人物と話さなければならないと考えると、彼は少し辟易した。しかし、彼にとってみれば中将という上層部ではあってもトップではない立場である以上、これはどうしようもないことだった。何より、彼は今以上の地位を望んでいない以上、この気苦労は一生付いて回るものなのかもしれない。
「ではミッドウィル中佐。あとは任せル。スパイの排除は徹底的ニ、尚且つ迅速に処理してくれたたまエ」
『はっ!』
ジルギランは再び仰々しく敬礼を返すと、2人のホログラムが消え去る。
テセウスは襟と姿勢を正して座りなおすと、着信の許可を出して新たなホログラムを浮かび上がらせた。
「キョウガ殿。いかがなさいましたかナ?」
ホログラムとして浮かび上がるキョウガに、テセウスは先程とは違う部下としての口調で尋ねる。するとキョウガは年下とは思えない冷たい表情のまま口を開いた。
『中将。ストラス知事との交渉が上手くいったようですね』
「お耳が早イ。知事から連絡が入りましたかナ?」
『ええ。助かりましたよ。宰相に代わり礼を言わせていただきます』
冷徹さを保ったまま笑みを浮かべるその表情にテセウスは少し身震いする。この若い男が人知れず暗躍し、多くの人間を葬っているという噂は軍内では有名な話だった。
神栄教の枢機卿であり帝国随一の才覚者コウサを弟に持つせいで薄れてしまっているが、この男も並外れた才覚を持っているのだ。
そしてその権力や手腕はテセウスでは遠く及ばないことを彼自身も強く自覚していた。だからこそ、テセウスはこの男から信頼を得て将来を安定させる必要性があったのだ。
「とんでもありませン。キョウガ殿のお役に立てたならバ、私としても光栄の限りでス」
『ご謙遜を。中将は我々宰相派に限らず多くの者から信頼を得ている。私如きなど取るに足らないでしょう?』
真正面からのけん制にテセウスは微笑みながらも胸中は穏やかではなかった。先にも告げたように、彼に目を付けられるのは得策ではないのだ。
「何を仰るやラ……キョウガ殿は私を誤解なさっているようですナ」
テセウスは長年の経験から覚悟を決める。今こそが目の前の男から信頼を受けるチャンスであり、ここを逃せばこの男は次の機会を見せない可能性があった。
「私は帝国軍人の中将ではありますガ、その前に帝国民なのでス。帝国民は個人の幸せを尊重する権利があル。私は今の立場に満足している以上、これからの私にとっての幸せとハ、現状を維持することなのですヨ」
『それは惜しい。中将ならばいずれは大将……いや、元帥まで昇り詰めてもおかしくないでしょうに』
「自分の力不足は把握しているつもりでス。大きな栄光よりも目の前の小さな利益のみで現状を保ツ。それが私の生き方なのですヨ」
テセウスはホログラムからキョウガの表情を何とか読み取ろうと凝視した。ここでの彼の反応によって彼の今後の行動が決まる。それはまさに合格発表にも似た緊張感のようなものがあった。
「なるほど。どうやら中将は任務や上層部の言葉には忠実な方のようだ。実に軍人らしい……いや、軍人の鏡のような方ですね」
キョウガの態度にテセウスは少し胸の撫でおろす。どうやら、キョウガからある程度の信頼を勝ち得たらしいと判断できたからだ。
こうなればこのままある程度の愛想を売って通信を終えるべきだったが、テセウスは1つ気になっていることがあった。もしも、自分の想定内の信頼値を得られていれば、この問いには答えてもらえるはずなのだ。
「しかしキョウガ殿。此度の件で1つ気になることがありましテ……」
『何でしょうか?』
「これはストラス知事も同じく疑問に思っていたのですガ、何故皇太子殿下はスパイのあぶり出す星をセルヤマにしたのでス?」
その問にキョウガは再び冷たい表情を浮かべた。
『セルヤマは春ごろの周期になると、我が国の星々の中でも最もパルテシャーナ星に近づく。その軌道位置的に外交的重要拠点となりやすいからでしょう。何より、これまで準惑星という曖昧さから、管理しきれていない居住者リストも把握できる。そうなれば密入星者の管理もし易い。皇太子殿下の考えは正しいと思いますが、それが何か?』
キョウガはそこまで告げてから口を噤むと、それ以上語りはしなかった。どうやら、テセウスに話せるのはここまでらしい。
「いエ、確かにその通りですナ。でハ、派遣した部隊がラヴァナロスを出発次第、セルヤマの出入規制を行いまス」
テセウスは自らに助け船を出すかのように話題を仕事に切り替えるとキョウガは満足気な表情で頷いた。
『ええ。明日はセルヤマで起きる惨劇の犠牲者を共に弔おうではありませんか』
漆黒の宇宙の中には様々な謀略が渦巻いていた。
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【星間連合帝国 帝国領宙域 超速移動宙路 下り線 ヴィーエス―セルヤマ間航宙機】
ヴィーエス星からセルヤマ星まで現在の周期上から換算するとおよそ52億㎞の距離がある。この距離はエルフィント航宙社が帝国領宙域に張り巡らせた超速移動宙路を使えばおよそ7時間ほどの時間がかかるだろう。
『ここで超速移動宙路を簡単に説明しよう!
惑星間移動が必須のこの海陽惑星系では、超速移動宙路は欠かせない発明なんだ。
道のない宇宙に道を作り、そのトンネル内の空間を音速以上の速さで移動させる。その中を宇宙船が移動することで本来ならばあり得ない速度を実現させる。それが超速移動宙路さ。
簡単に言うと、みんなが住む星にも電車はあるよね? 超速移動宙路を電車に見立てて、宇宙船を電車に乗るお客さんと見立ててみよう。
電車に乗るお客さんが電車と同じ進行方向に向かって歩くと、外から見れば電車よりも速いスピードで動いていることになるんだ。
これが簡単な超速移動宙路の説明さ!』
エルフィント航宙社公式マスコットキャラクター、シュータくんの解説をシャインは真剣な眼差しで見つめていた。やがて、シューターくんは説明を終えると、彼が立っていた目の前の簡易テーブル上に「みんなで学ぼう超速移動宙路!<入門編>(児童向け)……おしまい」というテロップが浮かび上がった。
「(分かんない……何であのバカはこんな分かりやすい解説を見ても理解できないんだろ?)」
出来の悪い弟分の顔を思い浮かべながら、シャインはテーブルのテロップから窓の外へと視線を移した。無限の広さを誇る宇宙において、どれだけ早く動いても景色はそれほど変わらない。しかし、海陽の電磁波やガスの塊が少ないのか、心なしか今日の宇宙空間はいつもより澄んで見えた。
「(しっかし……アイツは相変わらず機械工学はからきしだったなぁ)」
ノヴァの作った試作機は一目見ただけで欠陥箇所が多々見受けられるほどにガラクタ同然であり、結局現状ではBEの試作機を動かすことはできなかった。しかし原因ははっきりしている。
ノヴァの所属するデセンブル研究所はあくまでも研究機関であり、製造機関ではない。もちろんヴェーエス星には製造に特化した研究工場も存在するが、極秘に進めているこの計画に宰相派の息がかかった組織の協力を求める訳にはいかない。何より、製造に関する最大の企業とシャインはキッチリ繋がっているのだ。
「(ヒカルさんにまた借りが出来たな……ま、あの人にも利益が入るから借りにはならないか)」
今後のことを考えながらシャインは思わず溜息をつく。
本来ならばBE制作に付き添いたかったが、ダンジョウのもとに向かう期日が迫っていたため、そうも言っていられなかった。
「はぁ~(……準備が思った以上に時間がかかるなぁ……そろそろ本腰を入れて宰相派を何とかしなきゃ不味いってのに)」
彼女はそう思いながら両手を組んで枕代わりに後頭部を支えて宰相派の内部勢力を思い返した。ハーレイを筆頭に秘書官のキョウガ、帝国軍大将のオデュッセウス、そして中将のテセウスも恐らく宰相派に入っているだろう。何より、敵か味方かも測りかねるコウサというイレギュラー的存在もいる。それに引き換え、皇族派は規模が小さくなりこそすれ大きくなることは一切なかった。
「(ナヤブリ家も今じゃ失墜状態だしね……)」
4年前の城内で起きた血闘事変によってベルフォレストは未だ蟄居が解かれておらず、皇族派をまとめる人間はいない。
シャインは何とかランジョウとの接触を試みたが、今ではシルセプター城は宰相派の手に落ちたも同然であり、ランジョウ自身が城外からの来訪者を受け入れない為、接触は出来なかったのだ。
「(ランジョウが皇太子として過ごせているのは良かったけど……皇帝陛下にもしものことがあったらどうしようもなくなる)」
今後のことを考えながらシャインは眉間にシワを寄せた。膨大過ぎる問題の量は20代の彼女が抱えるには多過ぎもしたし、大きくもあり過ぎた。
――『乗客のお客様にお知らせいたします』
館内アナウンスにシャインはハッとしながら顔を上げる。
アナウンスは的確に、そして冷静に事実だけを述べ始めた。
『只今、ラヴァナロスよりセルヤマの出入規制が発令されました。これより、本艦は進路を変更し、ジキル衛星へと着陸します。繰り返します……』
アナウンスに乗客たちから「はぁ?」「何だよそれ」などといった不満の声があがる。しかし、シャインは膨大な問題を一先ず置いて、すぐさまその状況が齎す最悪の事態を想定し始めた。
「(出入規制? ……セルヤマで何かが起きる可能性がある……まさか……ローズマリーの件のターゲットがセルヤマになったってこと?)」
掴んでいたスパイあぶり出しの情報がシャインの頭の中を駆け巡る。しかし、それ以上に不可解なことがあった。彼らがスパイのあぶり出しを行う星をこの準惑星という辺境の星にしたことだ。重要な惑星は他にもある。にもかかわらずこのセルヤマを選んだということは最悪な事態が想定できた。
「(……あのバカが生きてるのがバレた……?)」
シャインは珍しく冷や汗を一筋流すと、息を飲みながら眼下にあるセルヤマを見つめる。漆黒の宇宙の中、セルヤマはただ美しく漂っているだけだった。




