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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 賢兄編
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賢兄編 最終話『黒幕たちの午後』

【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 宮廷庭園】



 ザイクの断末魔が静寂の宮中内に響き渡る。その瞬間、ブリリアントは卒倒し侍従らに抱えられていた。

 静寂に包まれていた広場の中で、血闘を見ていたベルフォレストはハッと我に返った。愚弟であるランジョウがかつて武術会で優勝を治めたザイクを打ち破るなど起こりえない話である。だからこそベルフォレストはすぐさま1つの結論に辿り着いた。


「医者を呼べ! 早く!」


静寂を打ち破るようにベルフォレストが口火を切る。

 彼の怒号にも近い指示に我に返った者たちは慌てふためきながら駆けずり回りベルフォレストはさらに指示を出した。


「下に降りる! 警備兵! 拘束の準備をせよ!」


「は?」


「拘束の準備をせよと申したのだっ!」


ベルフォレストの言葉に疑問を感じていた警備兵らだったが、彼の剣幕に押されて言われるがまま拘束具を手に彼に付き従った。

 城壁から広場に辿り着くと、血の海の中で絶命するザイクを見下ろしていたランジョウは冷たく笑っていた。その光景にベルフォレストは昨晩と同様の恐怖心を抱いたが、それを振り払って彼との距離を詰める。するとベルフォレストの存在に気付いたランジョウはザイクを見下ろしたまま口を開いた。


「どうだベルフォレスト。余の言った通りであっただろう?」


その笑みにベルフォレストは戦慄する。普通の人間が人を殺した後にこのように笑えるはずがないのだ。


「(この皇太子は愚弟ではない。狂気に満ちた異端児だ……このような姿を見せた以上、たとえ形式上とはいえこの男に皇位を継がせるという設定を続けるわけにはいかん。狂人を皇帝に据えると公表していては、いずれ皇族派の盤石も揺るがすことになりかねんのだ!)」


 ベルフォレストは決意した目でランジョウを見据える。こうなればどれだけ危険であろうと優秀な兄君をこちらに戻すほかないとベルフォレストは決意した。


「皇太子様……いや、ランジョウ=サブロ・ガウネリン様。いささかやりすぎましたな」


ランジョウは口調が変わったベルフォレストの方に振り向く。しかし彼は言葉遣いを咎めることはなく、ただうっすらと微笑むだけだった。


「……不敬罪の処刑がやりすぎか? いや、それ以前にこれは血闘だ。法の下で行われた純然たる私刑なのだ」


「分かりませぬか? 私がこの血闘において行っていたことを……ランジョウ様のお命をお守りするため、ザイク様に手心を加えるようお願い申していたのです」


「そんなことは聞き及んでいる。だが彼奴は手加減をする余裕などなかった。ベルフォレストよ。文官としての能力に長けたお主でもあの戦いぶりを見ればどちらに分があったか……」


「気付いておられないのですね。ご自身とザイク様の差というものを」


ランジョウの言葉を遮ったベルフォレストは頭を振る。


「純然たる戦闘で強者にたまたま勝てることなど万が一にもない。武術を嗜まない私でもそれくらいは理解しております。貴方様が今回勝てたのはザイク殿の手加減や、彼のCSに“起きていたであろう故障”に気付かなかったからに違いありませぬ。そうでなくば、B.I.S値に大きな差がある両者の勝敗が覆ることなどあり得ませぬからな」


ベルフォレストはランジョウへの視線を皇族の者から犯罪者へ向ける視線へと切り替える。そして帝国の未来を揺るがす悪逆の皇族を滅するため正義の断罪と言わんばかりに声を張り上げた。


「皇太子は乱心を起こされた! よって執政大臣の名をもって皇太子を拘束する!」


彼の言葉に周囲はどよめきを上げる。人々のざわめきが収まらない中、警備兵らも戸惑ったように顔を見合わせていた。


「こ、皇太子様を拘束?」


「いかに愚弟とはいえ皇族の方を……」


戸惑う彼らにベルフォレストは血走った目で檄を飛ばした。


「何度も言わせるな! 拘束せよ!」


「お待ちを」


激昂するベルフォレストとは対照的に冷静でありながらも通る声が庭園に響き渡る。ベルフォレストは声の先を睨みつけると、そこにはトーマス・ティリオンが立っていた。


「貴様! ジュラヴァナ人の役立たずが何故まだこの神聖なるシルセプター城にいる!」


ベルフォレストはさらに激昂するが、トーマスは彼など眼中にないと言わんばかりに通り過ぎるとランジョウのもとに歩み寄った。そして、まるで彼に付くと言わんばかりにランジョウを背にしてベルフォレストを睨みつけてきた。


「これは帝国法に基づいた純然たる血闘であります。いかに執政大臣なれど、法に反するのは感心いたしませんな」


「侍従風情が何を申す! 失せろ!」


「私目はランジョウ様の側近であります。皇族の側近職となれば皇族の方のお世話に限らず身を守るのも職務の一つ。私目は今不当な逆賊の拘束から殿下をお守りしよとしているに過ぎませぬ」


「ぎ、逆賊だと!? このナヤブリ家の当主たる執政大臣の私の事をいっているのかッ!?」


ベルフォレストは怒りで我を忘れたと言わんばかりにトーマスに掴みかかろうと走り出した時だった。

 彼は反射的に身の危険を感じて思わず立ち止まると、その眼前に急に壁ともいえる鉄塊が飛び込んできた! 轟音を巻き起こして地面に食い込んだ鉄塊は大の男が数人いても持つのが困難であろう巨大な斧だった。

進路を塞がれたベルフォレストはあまりに突然の出来事に思わず尻もちを付く。さらに驚かせたのが、どこからか現れた女の存在だった。


「殿下への無礼は、許しません」


ベルフォレストは声の先に振り返ると、そこにはトーマス同様に昨晩解雇した巨体のスコルヴィー人女性が立っていた。


「き、貴様っ!」


ベルフォレストは出来る限りの声を張り上げようとするが、そのあまりの光景に声が上ずっていた。巨体の女……ベアトリスは彼の眼前に飛んできた斧を()()()持ち上げると、その重量に見合ったように地面に足跡を残しながらランジョウの方に歩み寄っていったのだ。


「殿下、遅ればせながら参りました。このような逆賊を僅かでも殿下に近づけたことをここにお詫び申し上げます」


「構わぬ」


片膝を付くベアトリスにランジョウはそう告げると一歩前に歩み出てきた。ベルフォレストを見下ろすその光景は正に勝者と敗者の縮図のようだった。


「ベルフォレスト・ナヤブリよ。貴様もこのザイク同様の不敬罪に当たる所業を行ったが……これまでの功績により極刑は見逃してやる。だが、不問という訳にも行くまい」


ランジョウの目には怒りだけでなく悲しみがあった。その相反する感情が入り混じった深紅の瞳で告げた。


「ベルフォレスト。貴様に蟄居を言い渡す。期間については追って申し渡そう。警備兵、拘束せよ」


皇太子の勅命に警備兵たちは再び戸惑いの表情を浮かべる。

拘束する人間が皇族ではなくなっても、執政大臣となれば彼等にとってはそれほど変化はないのだ。


「これは皇太子殿下の勅命であるぞ!」


トーマスは焚きつけるように声を張り上げると、彼の隣にいるベアトリスは斧を持ち直した。その身の危険を感じる光景、そして周囲を完全に支配したランジョウの圧倒的勝者の風格に警備兵らは背筋を正した。


「は、ははっ!」


「執政大臣! 拘束させていただきます!」


先程と一転して警備兵らはベルフォレストの腕を掴むと、彼はハッとしながら抵抗した。


「何をするかッ! 私は建国以来皇族を……ひいては帝国を支えてきたナヤブリ家当主なるぞッ! 下賤の者が軽々しく触れるなッ!」


「抵抗するな! おい!」


警備兵の指示を合図に応援の警備兵が現れ、ベルフォレストを拘束していく。ベルフォレストはその巨体に見合った力で抵抗するが、やがて地面に押さえつけられた。


「くッ! き、貴様等! どこの者だッ! 私は執政大臣の……!」


「ベルフォレスト」


ランジョウは足掻くベルフォレストの言葉を遮ると、彼の眼前に歩み寄り海陽を背にして今一度見下ろした。


「執政大臣が皇族を拘束しようとするなど前代未聞。もはや反逆罪に問われても反論の余地はない。恥を知り猛省せよ」


ベルフォレストは屈辱と怒りに満ちた目でランジョウを睨みつける。しかし、ランジョウはそんな彼をあざ笑うかのように通り過ぎると最後の言葉を残した。


「良い機会だ。この蟄居を機にそろそろ隠居でも考え、後継者に道を譲ればどうだ?」


「! ……おのれ……おのれ!」


ベルフォレストは心の中で悪態を叫び続ける。血走った目で睨みつけるベルフォレストを背に、ランジョウはトーマスとベアトリスを従えて庭園を後にしていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 東塔】



 「ええもん見してもろうたなぁ」


東塔の上から宮廷庭園を眺めていたコウサ=タレーケンシ・ルネモルンは思わず微笑む。その視線の先には拘束されるベルフォレストに背を向けるランジョウの姿があった。


「これでナヤブリ家は終わりだな」


コウサの横に立っていた長身痩躯の男ネメシス・ラフレインがそう告げると、コウサは再びケラケラと笑った。


「いやいや、まさか執政大臣がここまでアホやとは思わんかったわ」


「ほう。では皇族派筆頭の失墜はお前の予想外という事か?」


ネメシスは意外そうに尋ねると、コウサは肩を竦めながらかぶりを振った。


「万分の一でもあるかとは思っとったけど、ホンマにこうなるとは思わへんかったわ。多分、皇太子はんもナヤブリ以外に信用できる人間が出来たんかも分からんなぁ」


「その者も愚弟から信用を得て何の得があると言うのだ? ……いや、そうか。もしそうならばお前の予測が正しいというわけだな」


ネメシスは何かに気付いたかのようにコウサに視線を向ける。彼はただ満足気に窓に肘を掛けながら庭園を闊歩するランジョウの姿を眺めていた。


「そうやな。間違いない。あの皇太子はんは愚弟ちゃう。賢兄の方っちゅうことや」


コウサは予測が確信に変わったような笑みを浮かべると立ち上がる。そして簡易部屋から出ると長い階段を降り始め、ネメシスは彼に後ろに付き従った。


「いつ頃から気付いていたのだ?」


「最初からや。ホンマに賢兄が死んで愚弟が生き残っとったとしたら、皇族派の対応がずさん過ぎる。彼女が何もせんわけないやろ?」


コウサはニヤリと微笑みながら頭だけで振り返る。その表情からネメシスも納得したように頷いた。


「……シャイン=エレナ・ホーゲン。お前のお気に入りだったな」


ネメシスは親友であり自らの命を預けているコウサの心情と推察力に感嘆する。しかし、まだ彼には納得がいかない事があった。


「しかし皇族派は何故そんな偽情報を流した? 生き残っているのが愚弟ではなく賢兄と伝えた方が国民や他有力者の支持も得られそうなものだが……もしや、ベルフォレストも皇帝の座を狙っていたのか?」


ネメシスは思い付く限り新たな推測を並べるが、コウサはニンマリと笑ったまま首を横に振る。


「いや、あのおっさんにそこまでの胆力があるとは思えへん。僕の予想が正しいなら……」


コウサはそこまで言って言葉と共に足を止める。背後にいたネメシスはその急停止に「おっと」と一瞬戸惑うが、すぐにコウサが新たな試案をしていると気付き、黙ってその動向を見守った。

 やがて、コウサはまたしても小さくほくそ笑んだ。彼が果たしてどれだけ先を見通しているのかはネメシスには分からない。だからこそ彼はコウサという男に付き従っているのだ。


「ま、とりあえず様子見やな。お兄ちゃんもいろいろ動いとるみたいやし。それを見てから次に進もか」


「いいだろう。それで? 皇太子はどうする? 賢兄だとすれば後々厄介だぞ?」


「いや、しばらく放っておけばええやろ。今気になるんは、死んだっちゅう愚弟、それと僕もあずかり知らん所で動き回っとる親父殿やな」


コウサはそう言って何かを企むかのように口角を上げる。そしていつもの癖である後頭部の蓮の花を摩りながら再び歩きだした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス ルネモルン家邸宅】



 「そうか、失敗か」


高価な椅子に腰を下ろす帝国宰相ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンの目の前には「voice only」という立体文字が浮かび上がっている。すると、その立体文字から不気味な笑い声が響き渡った。


『フェフェフェ! まぁ長年続けている実験がこうも簡単に完成するはずもないもんね? もしそうならば私もとっくにこの研究は辞めているもんね』


薄気味悪い口調に奇妙な笑い声。それだけで声の主は異常者であることが手に取るように分かり、本来ならば付き合うべきではない人間であることが伺えた。だが、ハーレイは最早そんな声に慣れているのか、全く動じることなく会話を続けた。


「だが、お前のその成果は私にとって大きな武器になる。そのために貴様らを見逃し予算を割いてやっていることをゆめゆめ忘れるでないぞ」


『もちろんだもんね。とりあえずデータがまだ足りないもんね。次は私の遺伝子をもとに人体の構造からもう一度調べるつもりだもんね』


「好きにするがいい……だが、時間は無限ではないことは忘れるでないぞ」


『フェフェフェ! 心得ているもんね』


不気味な笑い声を残して通信が切れる。ハーレイは隣にいたキョウガが無表情の奥に不愉快さを押し隠していることを察しながら微笑んだ。


「納得いかんか?」


その問いにキョウガはうっすら見えていた不愉快な感情を押し殺し完全な無表情に戻って答えた。


「宰相閣下のお考えは間違っていないでしょう。ですが、あのノヴァ・ホワイトという男は危険です。そのうち我らではなくこの海陽系全体を揺るがす何かを生み出しそうな気がします」


「考えすぎだ。あの男は根っからの科学者であって世界をどうこうしようと言う考えは持たん」


「宰相閣下がそう仰るなら……」


キョウガはそう一言置いて納得すると、タブレットを手にして取るに足らない報告を行った。


「1つご報告があります」


「何だ?」


「はっ。皇太子とザイクの血闘日と同日に、セルヤマでも血闘の申請があったようです」


ハーレイは眉を顰める。そして怪訝な表情でキョウガの方に振り向いた。


「同じ日に2件も血闘があったというのか?」


「そうです。血闘法の申請自体が83年ぶりでしたが同日に。取るに足らぬことかもしれませんが念のためご報告を」


「申請者は?」


「クロウ・ホーゲン、ビスマルク・オコナーという12歳の少年2人です」


その回答を聞いてハーレイは一口元を手で覆いながら思考を巡らせる。


「(この時世に同じ日に血闘が2回も……? しかし12歳の子供同士の喧嘩か……中には血闘法を知る子供がいても不思議ではない……)」


帝国の国民は100億をゆうに超える。そう考えれば利口な子供と大人ぶる2人の子供が一緒にいることも考えられなくはない。そう思ったハーレイはキョウガの方に振り返った。


「珍しいこともあるな。そちらの結果は?」


「クロウ・ホーゲンが勝利。相手の少年の傷は鼻腔から出血。以上です」


ランジョウのものとは比較にならない結果にハーレイは思わず鼻で笑ってしまう。そして安心したように微笑んだ。


「子供の喧嘩か……捨置け」


ハーレイはそう告げて今の報告から問題点を消し去る。そして、これからの算段を組み立てた。

 ザイクがランジョウに敗れると言うのは予想外だった。愚弟である彼が勝ち得たのは見事なまでに整備されたCSの要因があるのだろう。しかし、そんな小事よりもハーレイにとって大きな収穫が2つあったことで彼の機嫌は上々だった。


「ザイク=モウト・イルバランとブリリアント=イイチ・イルバランだけでなくナヤブリも陥れられたのは大きいな」


「は、イルバラン家の失墜は計画通り。ナヤブリ家の方はまさに……閣下が覇道を進むべしという天啓かもしれません」


キョウガの言葉にハーレイは微笑む。彼の計画は確実に進んでいた。

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