表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
海陽連邦暦 78年
2/110

プロローグ『兵どもが夢の跡』

【海陽連邦加盟 自治惑星ラヴァナロス パネロ大学】



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ラヴァナロス最終戦争背景における考察


――あの戦争は何だったのか?

半世紀ほど前まではそんな疑問を抱く人々が多く存在したという。

しかし、疑問とは時間という抵抗できない力によって風化していくのが世の常である。

「戦争はやめよう」

「暴力より対話を」

この教訓がすべてであり、教訓は時として人から探求心を奪ってしまうのだ。

何より人類史における汚点の最上級に位置する「戦争」という行為からは目を背けたくなるようにできているのだろう。


パネロ大学 海陽系歴史学科 助教授 トーマ・タケダ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「こりゃ……悪くないんじゃないか?」


我ながら良い書き出しだと俺は思わず呟く。

 思わず口元が緩むが、俺は慌てて頭を振りながらその自惚れを振り払った。海陽語に関しては一般知識しかなく、ましてや文学など専門外な俺がそう感じても信憑性が薄い。

何より俺は歴史研究を行う万年助教授であり、文学者でなければ作家でもないのだ。


「あとで同期に校閲でもしてもらうか……」


俺はそう呟きながら水を一口含むと背伸びしながら立ち上がる。周囲を見回してみると窓の外は深夜の時分とあって暗闇に包まれていた。当然、研究室にはもう俺しか残っていない。


 一度立ち上がって背伸びをしてから再び腰を下ろすと、眠い目をこすって宙に浮かぶ浮かび上がる無数の二次元ディスプレイを凝視する。立体二次元として浮かび上がるその姿は物体が通れば擦り抜けるが、手のひらで掴むことも出来る。俺はその中の一つを摘まむと、眼前に引き寄せて少し遠い目で眺めた。


――――――――――――――――――――――


帝国暦元年:星間連合帝国建国


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


帝国暦3340年:政務冷戦


帝国暦3356年:皇帝崩御


帝国暦3357年:復古宣言


帝国暦3358年:皇宰戦争


帝国暦3359年:ナスカブディア協定締結


帝国暦3360年:皇宰戦争終戦


帝国暦3361年:神栄教民主共和国建国


帝国暦3362年:簒奪禅譲論


帝国暦3363年:天二日


帝国暦3364年:バルトルク研究所爆発事故


帝国暦3365年:帝公分離


帝国暦3368年:ナスカブディア協定終結


帝国暦3372年:帝教分離


帝国暦3376年:羊海炎上戦争


帝国暦3377年:煉獄隊壊滅事件


帝国暦3379年:教公同盟


帝国暦3380年:デセンブル研究所反人道実験事件


帝国暦3384年:閏年の悲劇


帝国暦3385年:第一次帝教公戦争


帝国暦3386年:皇女騒乱


帝国暦3387年:第二次帝教公戦争


帝国暦3388年:変革反乱運動


帝国暦3389年:アルカイド監獄襲撃事件


帝国暦3389年:皐会談

         連邦協定締結


帝国暦3390年:ラヴァナロス最終戦争

海陽連邦暦元年(帝国暦:3390年):海陽連邦設立


――――――――――――――――――――――


これこそがこの世界の近代史である。年表を眺めながら俺は思わず溜息をついた。

 海陽系の近代史を研究する俺は、一つの論文を発表することにしていた。それはこの海陽系最後の戦争であり、年表によるところの“帝国暦3390年:ラヴァナロス最終戦争”である。

俺の見立てではこの戦争の引鉄は絞られていた。改めてその推測を頭の中で組み立てていると背後から声が掛かり俺は思わず肩を震わせた。


「こうして見ると帝末期(ていまつき)って戦争だらけですね」


「うおっ……何だミハエル君か」


俺は暗闇の室内で思わず振り返る。

 俺の背後を取った後輩研究員であるミハエル・インデットは、肌が黒い特性を持つクリオス人と大きな黒い瞳が眼球を覆うジュラヴァナ人を両親を持つハーフである。その特性を引き継いだ彼は肌が浅黒く目玉の全体を黒い瞳が覆っているので、暗闇の中では視認しづらかった。

 見慣れた後輩の姿に俺は再び息をついて体制を元に戻すと、年表が書かれた二次元ディスプレイを空中に放り投げる。するとミハエル君はその二次元ディスプレイを掴んで小さく笑った。


「それにしても先輩も物好きですよね。こんな近代史に興味持つなんて」


「生意気な物言いだな。俺からすると資料が乏しい神話時代の考古学に興味を持つ君の方が物好きに見えるぞ」


俺は言葉を返すようにそう告げると、ミハエル君は苦笑しながら隣の椅子に腰を下ろした。


「なーに言ってんです。帝末期なんて画像だけじゃなくて映像として死ぬほどデータが残ってんですよ? それよりも全く情報が無い古代の方がロマンがあるでしょ」


「古代史から得られるものもあるだろうがな。この帝国時代からも得られるものはまだ沢山ある筈だ。細かい部分から目を逸らしていては歴史の研究にならんよ」


「ごもっともです。でも気を付けてくださいよ? ラヴァナロス星人の先輩が帝国時代のことを調べるなんて……良い顔しない人が沢山いるんですから」


「分かっている。旧王朝種族のラヴァナロス星人を戦犯扱いする人間はまだいるからな」


口は悪いが慕ってくれる後輩の助言に俺は素直に頷いた。


 俺達が暮らす海陽系12惑星のほぼ8割を支配していた星間連合帝国。

それに反旗を翻した自由と平等を掲げる統合軍の戦いから78年――敗戦国である帝国の総本山があり、皇族の種族であったラヴァナロス星の人間は、戦後迫害を受けていたという。つまり、俺の種族である。

……と言っても、未だにそんな差別を振りかざすのは古い人間だけだ。俺たちの親世代からは、そんな差別感情を抱いているのはごく一部だけである。しかし、世論は落ち着いてもこの海陽系を統治するのは古い人間が多い。だからこそ、ミハエル君は俺に進言せずにいられないのだろう。


「先輩が前に別れた彼女も、確かラヴァナロス星人だからって理由で向こうの親類から反対されたんでしょ? 何より一昔前の助教が帝末期の論文出そうとしたら連邦政府からかなり厳しい監査受けたらしいですよ」


「ああ。その時はパルテシャーナ星人の助教だったから何もなかったけどな。俺だと歴史改竄なんて言う濡れ衣を着せられるかもしれないな」


俺は敢えて大げさなことを言って笑ってみせるが、ミハエル君は至って真面目だった。俺が言ったのは大げさでも何でもなく、有り得る話だからだろう。


 戦争は綺麗事ばかりではない。


 勝者である統合軍……つまり現政府にもかなり後ろめたいことがあるのは暗黙の了解だろう。

事実、海陽連邦政府設立の裏には様々な都市伝説が存在している。そしてその見解に対して、政府は否定も肯定もしていないのだ。

そんな後ろ暗い背景に飛び込めばミイラ取りがミイラになると人間であれば躊躇うのは必然だろう。


「先輩。そんな危険って分かってるのに、何で研究続けてるんです? もうこの辺にして、また前みたいに一緒に女神メーア時代の研究しましょうよ。ノイトラ教授も先輩のこと高く買ってくれてますし」


「悪いな。今更引き返すことは出来ないんだよ。お前には話しただろう? 俺の爺さんの話」


俺はそう言ってミハエル君の方に視線を投げると、彼は背もたれに体を預けながら首だけで頷いてみせた。


「聞きましたよ。旧帝国で軍人だったんでしょ?」


「ああ。戦後間もない頃は今と比較にならないくらいにラヴァナロス星人差別が酷くてな。俺の爺さんも相当苦労したらしい。でもな。爺さんは一度だって俺に過去を恥じたりすることはなかったよ。ガキの俺に寧ろ戦中のことを誇らしげに語ってたもんだ」


俺は懐かしい爺さんの顔を思い出す。

 十年前に亡くなった俺の祖父は口癖のようにいつもこう言っていた。


『儂だって戦争なんぞ好みはせん。だからこそ戦争を引き起こす事になった責任は感じておる。しかしそれでも構わんのだ。儂等には皇帝陛下に多大な恩があった。何より皇帝陛下は格好良くてなぁ! あの孤高に戦う姿を見りゃあ男でも惚れるぞ。何より目には見えない……B.I.S検査なんぞじゃあ分からん魅力が皇帝陛下にはあったもんだ。今は汚名を着せられとるが、いつの日か陛下という方の本質が明かされる日がくるじゃろうて』


耳にタコが出来るほど繰り返し聞かされた爺さんの昔話……こいつこそ、俺が帝末期を調べたくなった起源といえる。しかし、そんな俺の懐古をよそにミハエル君は怪訝な表情を浮かべていた。


「先輩のお爺さんって帝国を肯定してたってことですよね。……先輩、まさか帝国は正しかったなんて論文を書く気じゃないでしょうね?」


「……ククク……あっはっはっはっは!」


「な、何がおかしいんですか?」


的はずれなミハエル君の推測を聞き、俺は思わず笑ってしまう。どうやら彼は俺の性格を理解しきれていないようだった。


「はっはっは! 何でそうなるんだ? 何だ? 君は俺を思想犯か何かと勘違いしてないか?」


「いやいや! だから言ったでしょ? 先輩はラヴァナロス星人だからそう思われることだってあるってことですよ!」


慌てて弁解するようにサラッと差別的ニュアンスを入れる彼に俺は益々笑いそうになってしまう。


 ひとしきり笑い終えたところで俺は目尻の涙を拭うとミハエル君に微笑んだ。心配性な後輩を安心させるのは先輩としての務めだろう。


「なぁミハエル君。君はラストエンペラー……いや、闇帝でも暴君でもいいが、その人物を問われて何を真っ先に思い出す?」


唐突な俺の問いにミハエル君は怪訝な表情を浮かべる。しかし彼も学者の端くれである。問われたことには答えずにいられないのか、怪訝な表情を保ったまま口を開いた。


「そりゃ有名なのは無能ってことですかね。B.I.S検査……遺伝子から調べる才能検査じゃ歴代皇族どころか一般人と比較してもかなり低かったとか」


「つまりは凡才ということだな。よろしい。次は何を思い浮かべる?」


「あとはそうですね。国民を徹底管理して締め付けていたとか、幼少期はかなりハードな人生だったとかですかね。確か幼少期は当時の宰相が皇族から帝位を簒奪しようとしてたんですよね? そのまま奪われてたらどうなってたのかってのは気になってますよ」


ミハエル君の及第点の解答に俺は微笑を保ったまま頷いた。


「そうだ。君が一番目に言った徹底管理。これは初等部の教科書にも載っているな。B.I.S検査や経歴を基に行動を管理した。それは職業だけでなく婚姻に至るまでだ。そして二番目に言った宰相の皇位簒奪は起こらなかった。彼は人一倍努力して、その姿に感銘を受けた優秀な人間が彼の下につき、やがて宰相を打倒したからだ」


自論に紐づけるために俺は淡々と話を進める。口に出す事によって俺は自分の頭の中を整理させるつもりでもあった。そんな俺の行動を知ってか知らずかミハエル君も頷きながら言葉をかぶせてきた。


「それからの話は有名ですよね。皇族が復権して民意によって兄から皇帝の座を奪った」


「そう。そこまでは良かったんだよ。ただその後に軌跡先導法を作ってからおかしくなっていったんだ」


「どういうことです?」


ミハエル君は首を傾げる。その仕草のおかげで俺の目には彼の素性に疑問符が浮かんでいるのが見て取れた。


「君も言った国民の徹底管理。その根源たる軌跡先導法がどんなものか分かってるだろう?」


「ええ。国民にB.I.S検査を義務付けて、その結果が低かった人間、あとは重犯罪歴持ちや惑星間の混血人種、神痛力持ちなんかの異端者は惑星に降りるのも許可がいるんでしたよね。後は先輩が言ってたように労働、婚姻、住居まで管理されていた」


「大正解だ。な? おかしいだろう?」


俺はそう言ってニヤリと笑うが、ミハエル君は頭上に疑問符を浮かべている。

 俺は少し呆れながらも、まるで種明かしをするマジシャンのような気持ちになって俺の研究理由を告げた。


「君も最初に言ってただろ。皇帝は元々凡才として生まれてきた。それを絶え間ない努力で運命を切り開いていった」


「そうですね。それで?」


「察しが悪いな。おかしいだろ? 彼はB.I.S値が低いのにそれを努力で覆した。つまり、現代の価値観であるB.I.S値は目安でしかないということをその身をもって証明しているんだよ。なのに何故彼はB.I.S値を基準にするような法案を作ったんだ?」


俺の言葉にミハエル君は「まぁ……確かに」と少し驚いたように呟いている。俺は自分の気持ちを告げたところで、無数にあった二次元ディスプレイの一枚に手を伸ばしそこに映る人物を改めて眺めた。


 真紅の瞳に漆黒の髪……ラヴァナロス星人の象徴とも言えるその特徴もさることながら、その画像の中で微笑む人物にはどこか人を引きつける魅力が感じられる。


愚弟として生まれ

多くの英雄を率いる英傑となり

民衆から賢帝と崇められ

暴君として死んでいった男


……その男の生涯にこそ、最後の戦争の発端があるに違いないのだ。


 だからこそ俺は長年にわたって調べ続けてきた。


最後の皇帝……ダンジョウ=クロウ・ガウネリンの生涯を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] トーマさんとミハエル君の会話を読んでいて、最初は近代史に興味あって調べてるんだなぁ……という感じでしたが、トーマさんのおじいさんの話から急に最後の皇帝に対して興味がググッと沸き上がりました…
[良い点] まず設定が緻密に練られていることが1話読んだだけでもよく伝わってきました。文章も一つ一つが簡潔で分かりやすかったです。張られた伏線(BISを基準にする法律をなぜつくったのか)も今後の展開を…
[良い点] 壮大な視点ですな! 主人公の立ち位置が定まると移入しやすいかと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ