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前編

他の連載があるにも関わらず読み切り短編を企画・予定したはいいものの、あまりにも長くなったため前後編に分けることに致しました…が、それでも長いため閲覧の際は御注意くださいませ(汗)

幼き頃に一度は誰しも触れたことがあるだろう世界各国の童話や日本古来の昔話、その他児童文学や小説、神話や伝承…ありとあらゆる創作物とされてきた架空の世界が実は我々人間の世界と隣り合わせに存在していることは御存知だろうか?


現実世界と異世界、二つの世界は交錯し、新たな物語が紡がれる。



紅里霧(ぐりむ)市、一見何処にでもあるような市街地ではあるが街中の雑踏に紛れ、普通ならば信じられない者達がアチコチに居る。例えば…。


「その鉄骨、ドンドン運べブー!」


「了解した兄者!ブォーーーッ!!」


「さぁさぁ休む暇などないぞブー!皆も続けるブー!!」


「豚達に負けてられないぞ!我々も行くでアリますぞーーーっ!!」


「「「おぉーーー!!」」」


人間達に混じってマッチョな三匹の豚や蟻達がビルの建設作業を手伝っていたり。


「ねぇ、見て見て!小人ブランドの新作の靴!昨日買っちゃった!!」


「マジィ!?こっちはお鶴ブランドの服、高いお金払って漸く手に入ったばかりなのに!アンタ、セレブなわけ!?クッソ羨ましい!!」


「「ウレタ!ウレタ!靴ウレタ!!キャッキャッ!!」」


「フフッ♪私達の作ったもので此方の世界の人達が喜んでくれるなんて、昔じゃ考えられない事だわ♪」


二人連れの女性が小人や鶴のマークが入った紙袋を持ち歩きながらはしゃぎ、それを見て喜ぶ二人組の小人と白い着物を着た鶴の翼を生やした女性。


御覧の通り、彼らは見た目からして明らかに人間ではない。




幻創者(ファントメイカー)』、ありとあらゆる様々な御伽話や文学作品といった創作された物語の登場人物…と、される者達が住まう異世界『幻創世界(ファントメイク)』からやって来た人種。


今から約六十年前…突如として人間世界と幻創世界、二つの世界は繋がり、ある『災害』と共に幻創者達は人間世界へとやって来た。




幻創(ファント)災禍(カラミティア)』…八俣大蛇(ヤマタノオロチ)、ジャバウォック、ドラキュラ、白鯨(モビーディック)…幻創者の中でも特に危険な存在である怪物や悪人達が引き起こした大罪にして大災、彼らは世界各地で破壊や殺戮の限りを尽くしており日本だけでも約四十万人もの犠牲者を出す大惨事となった。


それを命懸けで止めたのは同じ世界出身の幻創者達、自分の世界の者達の始末は自分達でつけるとして主に物語の主役である幻創者達が彼らの掃討にあたり、これ以上の犠牲が出る事をなんとか阻止したもののその傷跡は余りにも深過ぎた…今でこそ幻創者達は世界に、特にこの事件を知らない若い世代の人間には受け入れられている傾向にあるが、各国への償いのために必死に働きかけたが『お前らのせいだ』『この世界から出ていけ』『責任取れ』『金返せ』『おっぱい触らせろ』などという非難罵倒と一部欲望ダダ漏れな謎の要求は当然ながらあった。幻創災禍の傷跡はかつて世界で行われていた戦争の様に今尚人々の記憶からは決して消えずそれらを経験した事のある中高年の世代の人間には蛇蠍の如く嫌われていたりしている。


妖精王オベロンならびに妖精女王ティターニアをはじめ、雪の女王、ロバの耳の王様、裸の王様など幻創世界の代表者(トップ)達と共に形だけなどではない人間世界との真の意味での和平交渉を現在でも進めてはいるものの芳しい結果は未だ得られずにいるのが現状である。


ところ変わり、此処は紅里霧市の隣にある偉想符(いそふ)市にあるペロー・マンションの一室にて…。


「ムニャムニャ…すぅ、すぅ…うへへ~…ねてるときがいちばんしぁわへだよ~…」


昼も回り、そろそろ二時頃になるというのに…ベッドの上でそれはそれはとても幸せそうな寝顔でダメ人間的な寝言をしながらグースカと夢の世界に陥っている一人の黒髪の少女が居たが、やはり現実は厳しいもので…。


「起きろォオオオオオッ!!」


「うぴゃあああああ!!?」


突如、窓のガラスを盛大にドロップキックでブチ破りながら外から不法侵入してきた一人の人物が怒号を発しながら少女を強引に夢の世界から現実へと強制送還したのだ。


「新入りィイイイイ!!こんな時間まで寝坊たぁ良い度胸してんじゃねぇかぁ?あぁ!?ゴルァッ!!俺達ゃ目覚まし時計代わりか?おぉ?毎日毎日オメェを起こしに来る身にもなれよやぁアアアアアアア!!」


「ザムザくん、ザムザくん、そんなに怒っちゃダメだよ?新入りちゃんも悪気が無いわけじゃないんだから?ね?新入りちゃん?」


人間大のコガネムシなどの甲虫に似た姿をしカミキリムシばりに長い触角を生やした黒い甲殻を持つ昆虫人間…幻創者・グレゴール・ザムザは複眼を血走らせながら激怒した…どうやら毎日の様にこの少女が自分達の『仕事』に寝坊して遅刻する事を毎日の様に繰り返しては自分達が起こしに来なくてはならないという負の連鎖を繰り返していたためとうとう我慢ならずプッツンしてしまったが、一緒に起こしに来た仕事の同僚(なかま)である澄みきった青と紫色のインナーカラーのロングヘアーに寝惚け眼をし全身が海水で出来た水の球に包まれた状態でプカプカと宙に浮く下半身が魚の様になっている幻創者・人魚姫はザムザの怒りとは対照的にのほほんとした優しい態度で少女に接した。


「うぅっ…いつもごめんなしゃい、ザムザさん、人魚姫さん…お二人が起こしに来た…ということは…『お仕事』ですね…?」


「あ?それ以外なんかあんのか?まだ寝惚けてんのか?ぐうたら娘。」


「こーらッ!ダメよ、ザムザくん。女の子にそんな言い方…めっ!」


「…チッ…まぁいい、これ見て眼ェ覚ましとけ。刺激が強すぎかもだがな。」


「…?これって一体…うっぷッ…!?ウオェェエエエエエッ!!」


「だぁあああああ!!?その場でゲロッてんじゃねェエエエエエ!!」


『仕事』の先輩である二人の幻創者が自分をわざわざ起こしに来た理由を少女が察したのを見たザムザは手持ちのスマホのニュース動画を見せた次の瞬間、彼が見せてきた映像のあまりの衝撃を受け…気が弱かったのだろうか?少女は顔を青褪めさせ自室で嘔吐してしまった。


動画の内容…それはあろうことか、幻創者による人間に対して行った『怪事件』、ならびに被害者達の凄惨な姿だった。


「カネー!!カネ!カネ!カネェエエエエエ!!」


「ギブミー!マネー!!」


「カネカネカネカネェー!!ゲンキンオンリー!!」



スマホの画面に映された映像には頭部がどういう訳か宝石にすげ替えられてしまっている人間が狂った様に高速で首を上下や左右に揺らしながら金の亡者全開な台詞を吐きつつ、銀行などの金目のものがありそうな施設に雪崩れ込み、現金を奪っていったのだ。


「これは…この人達は…人間、なんですよね…?どうしてこんな姿でこんな事を…」


「一部、幻創者も被害者として混じってるけどね。恐らく、犯人である幻創者に操られてるのね~。」


「何者かの仕業かはまだ解っちゃあいねぇ…だが、オベロン王直々に犯人(ヤロー)への討伐命令を出した。俺達以外のメンバーは既に捜索を開始してるぜ。」


「今月入ってからこれで三件目ね~。この手の幻創者は~。」


「いやぁ、『マッチ売りの少女』や『狼と七匹の子ヤギ』の母親は実に強敵でしたね…って、そんな事言ってる場合じゃ無いですよ!?」


実のところ幻創者による人間世界でのこういった事件がここ近年で徐々に増えつつあった。何故彼らがこの様な凶行に走るのかは理由は様々である…ザムザ達が過去に担当した庵出流(あんでる)市で起きた『住宅地連続放火事件』の犯人である『マッチ売りの少女』は自身の不幸を世の中のせいにして全ての幸福を妬んで灰にし、宮沢(みやざわ)市で起きた『人体帝王切開殺人事件』の犯人『狼と七匹の子ヤギ』の母親は子供を助けるためとはいえ狼の腹をハサミで切り開いた時の肉を切り裂く快感が忘れられず夜な夜な獲物を求めては腹部を切り開くという残虐極まりない事を人間相手にしていたのだ。無論、そんな事は同じ幻創者として見過ごせるハズもなく、この二件の犯人はザムザ達が既に逮捕したらしい。


「こうしちゃいられません!今すぐイきましょう!お二人共!!」


「フフ、やっと目が覚めたよう、ね…って、へっ!?ザムザくん!!見ちゃダメェエエエエエ!!」


「うぎゃあああああ!!?人魚姫ェエエエエ!!?何しやがるゥウウウウウ!!」


やる気満々になりベッドから起きた少女のいでたちを見た次の瞬間、人魚姫はザムザの両の複眼に指を突っ込んでの目潰しをするという暴挙に走る…何故かというと、少女はなんと上半身は豊満な胸を丸出しにし、下半身は黒のやたらエッチなデザインの下着一丁という殆ど裸同然の姿だったからだ。


「新入りちゃん!?なんでそんなスッポンポンなの!?露出狂なの!?」


「いやぁ~…私、服を着てると寝つけなくて、落ち着かないっていうか…えへへへ…」


「ダメェエエエエエ!!女の子がそんなはしたないことしちゃダメェエエエエエ!!めっ!なのォオオオオオ!!」


「目が!目がァアアアアア!!」


あろうことか、少女は衣服の類を着てると寝れない主義だという衝撃的な事実にショックを受けた人魚姫は同じ女性としては流石に見過ごせないらしく激しく説教(ツッコミ)したのは言うまでもなかった。尚、ザムザは潰された目を押さえながら床にのたうち回っているが気にしてはならない。


偉想符(いそふ)市・市民公園のベンチにて…。



(ハァッ…どうしてこうなったんだ…?)


クリームイエローのロングヘアーに夕陽の如く煌めく緋色の瞳、身長は140㎝そこそこという女子高生としてはかなり低めな体型をした制服姿の少女・櫛笥緋向(くしげ・ヒナタ)は物憂げな表情を浮かべながら読んでる本にも集中出来ず何かに悩んでいた。


(…危険視する気持ちは解らなくもないが何もあそこまで言うことはないだろうに…。)




その悩みの原因は数時間前の事…私立メーテルリンク女学館・図書室内にて。


「ヒナ。貴女、最近幻創世界に関する資料ばかりを借りてる様だけどもしかして幻創者達に興味があるの?」


「…?それが何か?」


「…やめなさい、あんな汚らわしい連中なんかと関わろうとするのは。」


「…なんだとッ!?」


高校一年の同級生である臙脂色の髪、前髪で右目を隠し、クール且つ大人びた雰囲気をした御嬢様風の少女・金剛院聖羅(こんごういん・セイラ)が幻創者に興味津々な緋向に対し、彼らに向けた冷たい差別的な発言を言い放つ。いくら友人の言葉とはいえ緋向は我慢ならず聖羅に食って掛かった。


「どうしてそういう事を言うんだッ!!」


「…聞こえなかった?なら何度でも言ってあげるわ、幻創者なんて奴等はね…どいつもこいつも自分勝手に振る舞う事しか頭にない、薄汚くて醜くてどうしようもない、そういう化け物なのよ…特に心がね。」


「聖羅!いい加減にしろ!なんなんだ!急にッ!?」


「フンッ…追々解ることよ…。」


「おい!待てよッ!!」


これでもかと言わんばかりの幻創者に対する悪口雑言、人種差別の類の言葉を数々を吐き捨てながら聖羅は怒り心頭な緋向に背を向け、図書室を出て何処かへと行ってしまう…。




(あいつ、あの目は…なんだ?怒ってるのか?それもただ怒ってるんじゃなく、まるで敵でも見るような…。)


友人…とはいっても決して長い付き合いではないがそれなりに仲の良かった聖羅の態度…幻創者達に向けた仄暗い憎悪に満ちた怒りの様子と物言いに緋向は困惑し、すっかり参ってしまっていた。


「…ふー…うん、考えても仕方ないな!コンビニでも寄って糖分(スイーツ)でも補給しようか!!」


だが此処で自分がクヨクヨしても何も解決はしない…緋向はこの悩みを一旦自分の無い胸に仕舞い込み、買い食いでもしようと思い近場のコンビニに向かったが、これがいけなかった…何故ならば。




偉想苻市・バリーマートにて。


「カネェッ!!カネカネカネェッ!!」


「ゲンキン!ゲンナマ!!」


「マネー!マネー!」


「ひぎゃああああ!!誰か助けっ…ぐぼぉっ!!」


「いやぁあああ!!お金返してぇええ!!」


頭部が宝石で出来た複数人の珍妙な人間や幻創者達が店内で大暴れしており、店員を殴り飛ばしながらレジの金を盗み、客のバッグをひったくり現金だけを抜き取るなどの暴挙を働いていたのだ。


「んなぁっ!?なんだこれは!?」


「「「ギブミー!マネー!!プリーズ!!」」」


「うわぁああああん!?寄るな!バカやろー!!」


最悪のタイミングでコンビニに来たことと甘いものに対する欲求に後悔してももう遅い…宝石化した暴徒達が自分の存在を認識するや否や商品の棚を豪快に押し倒しながら此方に向かってきたため緋向は慌てて逃げ出すも…


「ヤメロー!変なところ触るな!ヘンタイ共ッ!!ちくしょうっ!!」


残念無念、呆気なく簡単に捕まってしまった…恥ずかしながら緋向は学校での全成績の中でも唯一の欠点を通り越して汚点としか言いようがないくらい運動が大の苦手であり、それこそ『ウサギとカメ』のカメにすら余裕で負けるレベルでの鈍亀(ドンガメ)ぶりであった。


「カネ、カネカネ?ノーマネー?」


「オカネナーイ!?」


「「「プーッ!クスクスクスクスッ!!」」」


「んがぁあああああ!?わ、笑うなァアアアアア!!悪かったなァッ!?お小遣い少なくって!」


抵抗出来ぬまま暴徒達に財布を奪い取られその場で現金チェックをされる…だがしかし、その中身は僅かワンコイン…ジャスト500円、正直気の毒になってくるほど少なかったため思いきり嘲笑されてしまい、緋向は顔を真っ赤にしながら憤慨した。


「「「キェエエエエ!!カネカネカネカネェッ!!」」」


「うわぁああああ!!?」


一文無しと知ると用済みと言わんばかりに暴徒は緋向を乱暴に突き飛ばし、持っていた金属バットやゴルフクラブ、ハンマーといった凶器を振りかざし一斉に襲いかかる。もう駄目だと思ったその時、緋向は運命の『出会い』を果すのであった…。




「操られてる皆さん!ごめんなさい!はぁあああああ!!」


「ぶべらッ!?」


「はべらっ!!」


「もぐらッ!!」


「…え?」


突如、空からフワリと音も無く地面に舞い降りた細身の刀身を持つ所謂レイピアと呼ばれる種類の西洋剣を腰に下げた何者か…黒髪に動きやすさを重視して改造した黒のタキシード風の服装、黒皮のブーツを履いた緋向とそう変わらない年齢の少女が暴徒達の鳩尾目掛けて鋭い蹴りとストレート、鞘に納めた状態のレイピアの突きの応酬を繰り出しての峰打ちをしたことにより緋向は間一髪助けられたのだ。


「こっちへ!!早く!!」


「え、あ…?あ、あぁ…すまない…!」


「「「ギィイェエエエエ!!カネカネカネカネェエエエエ!!」」」


少女は緋向の手を牽き、捌ききれなかった暴徒達を振り切るために全力疾走するのだった。


その後…。


「あ、あの~…?だ、大丈夫ですか…?」


「ゼヒッ…ゼヒッ…!コフッ…かはぁっ…!!し、死ぬる…!!」


何処かの路地裏にて、黒髪の少女は地面に伏して大げさに息を荒げながら過呼吸を起こしグロッキー状態になってる虚弱体質極まりない緋向の情けない姿にオロオロと心配するのだった。


「ご、ごめんなさい!あの場から逃げるにはああするしか…!!」


「い、いや…大丈夫さ、謝らなくていい、むしろありがとう…ゴフッ…ゲホッ…おべぇえええ!!」


「はわぁあああああ!!?全然大丈夫じゃないィイイイイ!!」


暴徒共に襲われかけたという非常事態とはいえ黒髪の少女は運動音痴の極致でしかない緋向を無理に走らせた事を頭を深々と下げて詫びるも緋向はというと気にしておらず怒るどころか形はどうあれ危ないところを助けてもらった事に感謝した…が、嘔吐(ゲロ)ったせいでなんかもう全てが台無しになってしまった。


「ふぇええええん…ごめんなさい~…ぐすっ…うう~…。」


「はぁ、はぁ…うぷっ…あ、あぁ~…さっきより大分楽になった。初対面の人にここまでさせてしまって重ね重ね申し訳ない…」


それから数分ほど黒髪の少女はあまりの申し訳無さと罪悪感に苛まれながら半泣き状態で緋向の背中を優しく擦る羽目になったがその甲斐あってか緋向はようやく復活した。


「改めて、助けてくれてありがとう、それより君ぃっ!あの動き、どう考えても人間技じゃないだろう?もしかして幻創者なのか?」


「え、えっと…その…うっ…は、はい…。」


こんなにも華奢で年頃も自分とそう変わらない女の子があの数の暴徒達を人間離れした動きで退けた事から彼女を幻創者と見抜く緋向のその言葉に黒髪の少女はさっきよりも一際暗く今にもまた泣き出しそうな顔をしながら俯いた。幻創者は今でこそ受け入れてくれる人間もいるにはいるが大半はかつてこの人間世界を滅ぼしかけた人知を越えた異世界の住人と見なし、差別的・排他的な意識を心のどこかで抱いてる…黒髪の少女は緋向が自分の事をどう思ってるのか段々と怖くなり、後退りをしながらこの場から逃げ去ろうと考えた。自分やザムザ、人魚姫も何度も経験した事…故にもう慣れっこだ。


「おいおい、別に責めてる訳じゃないんだ…だからそんな暗い顔しないでおくれよ?言っておくが私は幻創者を嫌ってる訳じゃあない、むしろ会えて嬉しいくらいさ!」


「…は、はい…!?それは、どういう…ええと、あの…」


しかし、少女の予想に反し、大規模な幻創災禍を経験した事の無い若い世代ということ、そして何よりも幻創者という存在を好意的な意味で興味津々だということもあってか?漸く面と向かって御対面出来た幻創者との出会いへの感謝しながら緋向は悪戯っぽく小悪魔的な笑みを浮かべた。


「おっと、名乗るのが遅れたね。私は櫛笥緋向、私立メーテルリンク女学館在学のしがないJKさ♪」


「わ、私…私は、ティエルといいます…。」


「んー?ティエル、ティエルねぇ…はて?私の覚えてる限りではどの物語にも君に該当しそうな登場人物は居なかった気が…。」


「私の場合はその、ちょっと事情がありまして…緋向さんの記憶と食い違ってるかもしれないのはそのためかと…。」


自己紹介する緋向に倣い、幻創者…ティエルと名乗る黒髪の少女。だが緋向からは見た彼女は現存する数多の物語にはその様な名前の登場人物は思い当たらないらしいが、どうやらティエルにはその辺りに何らかの込み入った事情があるようだ。


幻創者(ファントメイカー)とは即ち主役となるメインキャラクターやサブキャラクター、脇役(モブ)、悪役などを問わずありとあらゆる物語に登場する人物達。


なんの因果だろうか?外見や性格、歩んできた人生と経験の違いこそあれども人間世界とは違う異世界・幻創世界(ファントメイク)に住まう彼らの生きざまをまるで見てきたかの様に、様々な空想の物語として絵本や小説などの媒体に偶然の一致とは思えないくらいほぼ正確に書き綴ってきた人間の想像力に驚かされた事は世界が繋がったばかりの当初、幻創者達からはちょっとした話題となっていた。


「そうか、そんなこともあるんだな?こう見えて私はね、ティエル。幼少の頃から『桃太郎』とか『赤ずきんちゃん』の様な子供向けの代表的なものから『銀河鉄道の夜』『ロミオとジュリエット』などの本格的な文学作品や古典、多くの物語の触れて育ってきたんだ。」


「え、えぇっ!?も、もしかして緋向さん、私が登場する物語も読んでいたりしますか!?」


「ははっ♪知らないだけでもう読んでしまってるかもしれないね♪私の祖父母や両親は君達幻創者に偏見なんか抱いてない変わり者でね、そのお陰か君達(ファントメイカー)私達(にんげん)…その書き綴られてきた物語に夢中になれた。つまりは君達の大ファンって事さ♪」


緋向が現在こうして幻創者に対する差別意識など変な先入観も無く真っ直ぐに自分の感性を伸ばし、純粋に物事を見極め、何より『好き』だという気持ちを素直に押し出せるのもひとえに彼女の祖父母や両親など理解ある家族達からの教育(おしえ)の賜物であり、彼らの優しさは子である緋向にしっかりと受け継がれていたようだ。


「君がもし私に対して不安を抱いてるならば安心して欲しい。私は決して君達をその辺の歩み寄る度胸も理解しようという努力もない奴等と同じ目線なんかで見てなどいない。ましてや命の恩人なら尚更だ…っと、すまないね。初対面だというのに一方的にペラペラ喋っ、て…。」


「ひ、緋向さん…あ、ありがとう…ございま…ひぃいいいいん…!!」


「…んんっ!?ちょ、ちょっとォッ!?ガチ泣きかよォオオオオッ!?なんか私が泣かしたみたいで心が痛むんだけどォオオオオ!?」


ティエルは泣いた。幻創者を嫌う者の方が多い一方で緋向の様な純粋な存在が居てくれるとは思いもせず、彼女の言葉の数々に心打たれ感情を抑えられなくなってしまったのだ。だが緋向としてはまさか泣くとは思いもせず彼女の泣き顔に良心の呵責がのし掛かり、慌てふためく羽目になった。


(…だけど、友達は…聖羅は解ってくれなかった…)


ふと、此処で緋向は幻創者を嫌う友人・聖羅の事を思い出して表情を曇らせる…。


あの時は聖羅が特にそれ以上何も話さずにそのまま立ち去った事もありその真意を問い質すことは出来なかったが、冷静に考えてみれば嫌うには嫌うなりの理由があるはずなのに…自分は幻創者の事しか頭に無く、彼らを侮辱された事による怒りの余りちっとも聖羅の事を考えてなかったのではないか?と思い至り、(全く無い)胸が締め付けられそうになる。


「…っ!?ティエル!!」


「え?うひゃああぁっ!!?」


…と、ここで何かに気づいた緋向は咄嗟にティエルを押し倒し、体勢を低くしたまま地面に伏せる。


「…あ、あ、あの…!ひ、緋向さん…!?」


仰向けの状態で押し倒されたティエルは赤面しながら…


「困ります!普通に困ります!こういうことッ!!た、確かに緋向さんは幻創者の私なんかにもとても優しくしてくれて、笑顔が素敵な女の子だとは思いますけど…それとこれとは話は別ですよ!?私、ソッチの気は無いんです!至ってノーマルなんですゥウウウウ!!」



『緋向がなんか変な衝動(テンション)に駆られて自分を相手に劣情でも拗らせたのだろうか?』、と…



「それに私、将来を誓い合った相思相愛の婚約者が居るんです!っていうか近々、もうじき結婚するんですゥウウウウッ!!お願いですから襲わないでェエエエエエ!!」


「うおぉおおおおーいッ!!?なにとんでもない勘違いしとるんだ!?このおばかちゃんはッ!!私をなんだと思ってる!?ンな事だぁれがするかァアアアアアア!!出会ってまだ数分足らずの、それも女の子相手にナニをしろと!?…っていうか今、最後になんて言った!?婚約者!?結婚!?本当に君は一体、どの物語の誰なんだッ!?」


…そういったあらぬ誤解と疑惑を抱き、割とガチで恐怖しながらさっきとは違う理由で泣きながら緋向に許しを乞うが当然彼女にはそんな気は無いため即座にその戯れ言を全否定したのは言うまでもない…尚、ティエルがシレッと何か気になるような発言をしたが気にしてはならない。


「違う!そうじゃない!表通りにさっきの頭が宝石で出来てる金の亡者達の姿がチラッとな…だからこうして身を隠そうと…!!」


「な、なぁーんだ…!!私はてっきり…ハッ!?」


「てっきり…?泣くぞ!私も泣くぞ!赤子のようにィイイイイ!!」


「ご、ごめんなしゃいいいいい!!」


緋向がティエルを押し倒したのは単に隠れるためだった。自分達が今いる路地裏から見た街の表通りから先程襲いかかってきたあの宝石頭達の姿を視認し、見つかったらマズイと判断してのこととはいえ何も言わずに強引に押し倒した自分も悪いには悪いが何もここまで疑わなくても…大人しそうな外見に反して意外とグサグサ心を突き刺しまくるティエルのあんまりな物言いに緋向まで年甲斐無く泣きたくなった。


「…ン?アイツらに混ざって誰か居るな?捕まったんだろうか?」


緋向は路地裏から顔を少し出して表通りの様子を伺うと宝石頭の暴徒達の中に約二名ほど…彼らに捕らえられた捕虜らしい幻創者が居たのを確認した。


「くっ…!殺せっ…!!このような辱しめを受けるくらいなら拙僧は死んだ方がマシだ!!」


「やめてワン!僕達にひどいことしないで欲しいワン!薄い本のように!!薄い本のように!!」


一人はなんと両耳が無く両目を常に閉じてる全身の素肌に墨で経文が書かれてる半裸姿のハゲ頭をした琵琶を持つ法師、もう一人は犬の耳や尻尾を生やしコリー犬の毛並みを彷彿とさせる黒・茶色・白が入り混ざったセミロングの髪をしてる一人称が『ボク』な獣人の少女だった。何故か捕まった二人は揃って亀甲縛りというやたらマニアックな縛られ方をされていたが気にしてはならない。


「あ、ああっ!?あれは耳無し芳一さんとラッシーさん!?」


「おおっ!彼らも本物の幻創者か!?それもかなり有名どころの…!!こんな状況じゃなければサインを貰いたかったのだがな、今は流石にそれどころじゃないから惜しい…っていうか、知り合い?」


「はい、私の仕事仲間でして…まさか御二人が捕まるなんて…」


坊主…幻創者・耳無し芳一(ほういち)、獣人の少女…幻創者・名犬ラッシー、ティエルの仕事仲間でもあったこの二人の幻創者はどうやら油断でもしたのだろうか?宝石頭達に捕まってしまい、何処かへ連行されている最中だったがそういうシチュのプレイなどでは断じてないので悪しからず…。


「おや?あそこは、この前潰れた学習塾の跡地じゃないか?確か、塾講師の受講生への度重なる猥褻行為が原因で…。」


「あー…人間世界ではよくあることなんですよね?なにかと世知辛いというか、なんというか…。」


捕虜である芳一とラッシーの連行先は元々は中高生を対象としていた学習塾であったが、如何せん…塾の講師が現代の人間世界でも今尚変態の代名詞として語り継がれている幻創者・青髭(あおひげ)だったせいか、女子受講生に露出した下半身をボロンと見せつけあまつさえそのボロンを頭に乗せて擦りつける、男子受講生の首筋を『美しい』とか言ってペロペロ舐め出した挙げ句首をもぎ取ろうとするなどの問題行為の末、開講して一年どころか一ヶ月すらも経たずに速攻で潰れてしまったという、そういう悲しい背景がある廃屋だった。


「二人を助けないと…緋向さん、ここから先は危険です。安全な場所へ…。」


「待て待て待てェエエエエエ!!?いやいやいやっ…無理くない!?アイツら心なしかさっきより増えてきてるし!コンビニの時みたいに襲われたら私一人だと確実に詰むよッ!?それに『逃げろ』とか、そう簡単に言われても私にとっちゃあ到底クリア不可能な無理ゲーだからァアアアアアア!!99回コンティニューしても無理だからァアアアアアア!!」


「は、はぅあっ!?確かに…!!わ、解りました…危険ではありますが私が守りますので、決して離れないでくださいね…!!」


「ホッ…あ、あぁ…助かるよ…」


二人を助けるためティエルは単身で宝石頭達が集まる学習塾跡地に行くため緋向と別れようとするものの、緋向は物凄い力でティエルの服の裾を掴み、首をブンブン横に振るいながら激しく拒否した。今ここでティエルに置いていかれたら次に宝石頭達に襲われた場合…運動神経クソザコナメクジな自分は確実に捕まってしまうのが目に見えている。緋向のその致命的な運動音痴と体力の無さの事を考慮してなかったティエルは慌ててさっきの発言を撤回し、結局緋向を同行させることにした…。




学習塾跡地・内部の廊下にて…。


(アイツら、奥の教室に入っていったぞ…)


(…ドアが少しだけ開いてる。中の様子を見ましょう。)


不法侵入した二人は1階の一番奥の教室に宝石頭達全員が芳一とラッシーを連れて入ったのを確認するとキチンと閉められてないのかドアが僅かに開いてるのを見つけるとそこから教室内の様子を探る…。





その光景が、緋向にとって一番見たくなかったものとは露知らず…。




「貴様か!?この罪無き者達を操っていたのは!!許さぬ、許さぬぞぉおおおおー!!ぬぉおおおおおっ!!」


「芳一さん!?」


正気を失い暴徒と化したとはいえ元は何かしらの力により操られただけの人間や幻創者達…そんな無辜の民を自分の薄汚れた欲望のためだけの手駒にした『犯人』に芳一は正義の怒りを爆発させ、己の鍛え上げた筋肉を膨張させて縄を引き千切り、『犯人』に立ち向かうが…


「悪霊退散…!!がはぁっ!?」


「…どっちが悪霊(バケモノ)よ?バカじゃないの?」


芳一は自分の全身に描かれた経文を背負っていた琵琶に集め、目にも留まらぬ速さで奏でられる旋律をぶつけようとしたが『犯人』の展開した巨大なダイヤモンドで出来た盾で全て防がれてしまい、更に別方向…背後から弾丸のように飛んできた銀貨が命中してしまう。


「ギラギラギラ~ッ…本当にバカなハゲ頭ですねぇ…相手が『彼女』だけではないというのに。」


「ひっ…卑怯なっ…ごばぁっ…!」


「芳一さん!芳一さぁああああん!!」


吐血しながら芳一が倒れると同時に現れた周囲に土星の環の如く大量の銀貨を浮かばせている銀色に発光する球体状のナニカが彼の無様な姿を見て嘲笑し、ラッシーは芳一に駆け寄りボロボロ涙を流した。


「シュテルン、よくやったわ。さぁ…あなた達バケモノも醜い本性を解放しなさい、そして欲望の奴隷になるといいわ…。」


「ぐ、ぐぁああああああ!!」


「アォオオオオオオン!!」


シュテルンと呼ばれた銀色の発光体が芳一を始末し終えた後、ダイヤモンドの盾を消した『犯人』は芳一とラッシーの頭を掴み両手から眩い七色の輝きを放つと二人の頭部を色彩豊かな宝石に変えてしまった。


「カネ、カネェエエエ!!カネヲダセェエエエエエ!!」


「マネー!マネー!ヨノナカカネガスベテー!!」


「ククッ…ウフフフッ…アハハハハッ…そうよ…!どんな聖人君子だろうと幻創者も人間も所詮…腹の中では『金が全て』っていう考えなのよ!この薄汚いバケモノ共ッ!!そう思うでしょお?ねぇっ!?そこで覗き見している貴女に言ってるのよ!ヒナァアアアアアア!!」


宝石頭になった二人は他の仲間に混ざって頭を高速で振りながら金の亡者発言をし、その醜く浅ましい有り様に顔を歪ませ静かな狂気がこもった笑みを浮かべると同時に『犯人』はダイヤモンドを教室のドア目掛けつけた…その際に何故か緋向の名前を出したがその理由は酷く簡単、且つ、残酷なものだった…





「せ、聖羅…?君、が…幻創者…?この騒ぎの…犯、人…?」


「あはッ…アハハハハッ…♪そうよ?私も、コイツらと同じ…幻創者(バケモノ)よ?」


ドアが破壊され、緋向は青ざめた顔で対面した人物の姿に…宝石頭の暴徒達による暴動の首謀者にして学校の友人であり、幻創者でもあった金剛院聖羅の姿に絶句した。


「…?緋向さん?知り合い、ですか…?」


「う、嘘だ…聖羅!これはどういうことだッ!?なんでこんなことするんだ!?なんで…!!」


「…どうして、ですって?ンフッ…ハーッハッハッハッ!!そんなもの…幻創者と人間…どっちも憎いからに決まってるじゃない?」


「お、お前…。」


緋向が信じられないのも無理はない、幻創者をバケモノと罵るなど侮蔑の言葉を吐き捨ててた当の本人がその同類だとは露程も思わなかったのもそうだがそれに加え、聖羅がこんな暴挙をしでかした理由が幻創者と人間への恨みからだというのだ。


「私はね、幻創世界で歩んできた人生とこの世界で描かれてきた『私の物語』の結末に失望したわ…どっちの世界からも私の存在価値は金だけしかない、金以外の他はなんにもない世間知らずの『元・御嬢様』っていう烙印を押されたんだからッ!!」


「バカ言えっ!そりゃあ私もお小遣い少なくて常日頃お金に餓えてるが、人間も幻創者もそれだけが全ての価値だと決まったわけじゃないだろっ!?」


「そうですよ!私だって御給料少なくて婚約者(ハニー)に大した贈り(プレゼント)が出来ないことありますけど…ああ、私は一分一秒でも早く貴方(ハニー)の元に帰りたいのです…単身赴任の身はこれだから辛い…。」


「ティエル、逆だよ!?逆ゥウウウウウッ!ハニーって…普通はダーリンだろ!?というか君は単身赴任だったのか!?サラリーマンかよ!!」


「あの…そんなおふざけ全開なノリ、今はいいですからね?今、聖羅は真面目にお話ししてるのですから…私も昔していた仕事が薄給な上にやたら忙しくて…」


「…~~~~っ!!むーーーーっ!!」


サスペンスドラマにありがちな犯人の独白シーンに突入するかの様に聖羅が真面目にその心に抱えた(どうき)を話してるという最中なのに、ティエルが単身赴任(ひとりみ)の辛さのせいもあってか故郷に残した婚約者(ハニー)の事を思い出してブルーになってしまい、緋向と敵であるシュテルンから突っ込まれてしまう。そんなこともあってか、聖羅はなんだか…こんなバカ共相手にマジになっていた自分が急に恥ずかしくなり涙ぐんだ真っ赤な顔をリスのように膨らませプルプル震えていた。


「…いいえ!それが全てなのよ!!幻創世界でも人間世界でも、どいつもこいつも…!!大切な家族と財産を失った私を孤独で哀れな弱者と決めつけ!これでもかというくらい迫害して追い詰めて…しかもこっちの世界の『設定』では私を支えてくれた『優しい友達』がいて?挙げ句、私を虐げてきた『あいつら』にろくな復讐もさせずにそのままハッピーエンド?ふざけるなァアアアアアア!!」


聖羅はまだ気恥ずかしさが残ってるものの強引に話を戻して本音を吐き散らかす…幻創者は辿ってきた人生の物語は概ね同じであっても必ずしも人間世界で描かれた物語と同じ経緯とその結末を歩んできたとは限らないのだ。


どうやら彼女はなにかしらの不幸に見舞われたタイプの物語の登場人物であるらしく、彼女には人間世界の自分を助けてくれる友人など設定通りの心の支えになってくれる人達は一切居らず、日々虐げられてきた惨めな人生を送ってきたにも関わらず、その結末は自分を散々苦しめ、追いつめ、傷つけてきた悪役(クズ)共になんら制裁すら加えてないなどという聖羅本人からして見たら断じて納得のいかない、とてつもなく胸糞悪いものだったようだ。


「あぁあああっ!!クソが!クソが!クソがァアアアアアアッ!!ムカつき過ぎてゲロ吐きそうだわッ!!だから私は決めた!シュテルン以外、誰も助けてくれやしないあんなクソな幻創世界の奴等も!私の物語(くるしみ)をクソ甘設定の駄作にしやがった人間世界の奴等も!不幸な者を虐げるだけの不愉快な娯楽に興じたどっちの世界の奴等の本性を晒して見せつけて弱い自分からおさらばしてやるってねぇ!!こんな風にィッ!!」


「「「カネ、カネ、カネェエエエエ!!」」」


「「「マネー!マネー!マネー!」」」


「「「オカネガスベテー!!」」」


「ひどい…そんな理由でこの人達をこんな目に遭わせるなんて…」


「何が本性だよ…!お前の力で心をねじ曲げて無理矢理そう言わせてるだけだろ…!?目を覚ませ!!聖羅!!」


「…無理矢理ィ?ねじ曲げるゥ~?違うねっ!!目を冷ますのはそっちよ!ヒナッ!!それがコイツらの正体よ!!金!金!金!金のためなら親友・家族・恋人だろうと平然と裏切り、金のためなら他者をも殺し、金のためなら国家間の戦争すら厭わない…世界の(しくみ)は幻創世界となんら変わらない!人間だって同じよぉッ!!」


苦痛しか無かった幻創世界と虚飾(うそ)にまみれた人間世界、二つの世界の愚かな者達への復讐のためだけに自分の抱いてる『金の亡者』の権化の勝手なイメージを押しつけるかのように幻創者と人間の両者を無差別に宝石頭に変えてその醜さを本性として晒し者にしようとした事が動機と知り緋向は友人として聖羅の暴挙を見過ごす訳にいかず食って掛かるも今の彼女は憎しみを爆発させるあまり冷静さを欠いており、自分の意見を聞き入れてくれそうにもなかった。


「もう…やめろよ!もうっ…!こんなもの最早復讐でもなんでもない、君は怖がってるだけなんだ…近づく者全てをみんな敵だと決めつけてたらなんの解決にもならないって、どうして解らないんだよッ!?なぁっ!?」


「…緋向さんの言おうとしてる事、なんとなく解ります…聖羅さんと言いましたか?今の貴女、まるで寄り添おうとしてるもの全てにナイフを振り回しながら泣きじゃくってる子供みたいなのものですよ?どっちの世界も綺麗事だけじゃない、時に残酷な事だってあります…だからといってこんなことをしていい理由なんかにならない、絶対にしちゃいけないんです…!!」


「あ゛ぁあ゛ああああッ!?今、なんて言った!?私が臆病者だって言いたいわけなの!!?アンタ達も私を弱者と罵るのね!?クソみたいに勝手な綺麗事ばっかり抜かしやがって!!もういい!!シュテルン!金の亡者共!そいつらを殺せェエエエエッ!!」


「気は進まないのですが…仕方がありませんね。」


「「「カネェエエエエ!!カネサエアレバナンデモデキルゥウウウウウ!!」」」


聖羅の抱える怒りと悲しみがどのようなものか解らない…だがそれがいかに想像を絶するものなのか本人から強烈に伝わってきてるせいか、気づかぬうちに緋向はボロボロと大粒の涙を溢しながら、そしてティエルもまた彼女に続くように拙いながらも説得を続けるが聞く耳持たず…むしろ逆上させるだけに終わり、聖羅は剥き出しの殺意を微塵も隠さずにシュテルンと宝石頭達に二人の殺害を躊躇いなく命じた。


「そっちの幻創者はともかく…人間のお嬢さん、貴女に私から個人的な恨みはありませんがこれも聖羅のためです。まぁ死なない程度にはしてあげますので…。」


「…緋向さんっ!!うぐぅううう!!?」


「ティエル!?」


宙にフヨフヨと浮遊しながらシュテルンは自身の周囲に回転してる銀貨を無防備な緋向目掛けて射出、だがティエルがそれを許すわけがなく身を挺して彼女を守る…代償として背中に無数の銀貨が突き刺さり、痛々しく流血する。


「大丈夫ですよ…これで緋向さんを守れるならば…安いものです、からっ…あがっ…!?」


重傷を負って吐血するも緋向を心配させまいと痛みに堪え、無理矢理作った笑顔で応えようとするもそんな余裕さえも与えられず、ティエルの後頭部に強い衝撃が容赦無く走った。


「ティエル…おい、やめろ!!お前ら!ティエルの仲間のはずだろ!?」


「ラ、ラッシーさんに芳一さん…!!ガッ…!んぁっ!?」


「カネカネカネカネカネ!!」


「マネープリーズ!!」


ティエルの後頭部に一撃を与えたのは先程宝石頭の一員にされてしまったラッシーと芳一であった。今の彼らには自分達が傷つけたのが仲間であったティエルの事さえも理解出来ず、残酷なまでに他の宝石頭達と共に彼女を攻めたてる。


「カネカネカネカネカカネカネカネカネ!!ゲンキン!チョキンバコ!キンコ!!」


「ゴァッ…ギッ…ぎあぁあああっ!!痛い…!痛いィイイイッ…あぁあああっ…!!」


宝石頭になったラッシーはバタリと力無く突っ伏したティエルの髪を乱暴につかんで床に何度も顔を叩きつけ、更にはよってたかって宝石頭達は彼女に組みついて左腕の骨をヘシ折るという最悪の追い討ちまでしてしまい、ティエルは激痛のあまりに失神してしまう。


「あ、あぁ…そんな…」


「いい気味よ!バァーカッ!!私に偉そうに説教タレやがるからそうなるのよ!!」


「頼む…聖羅…やめて…ひっく…もう、ティエルは…なにも出来ないよぉ…グスッ…」


「はぁー!?そんなものダメに決まって…!いや、そうねぇ?考えてあげてもいいわよ?」


「本当、か…?」


動かなくなったティエルが乱暴に教室の隅に投げ捨てられたのをただ見ることしか出来なかった緋向はその場に崩れ落ち、聖羅に許しを乞う。最初こそは即座に却下しようとしたものの意外にも彼女はその頼みを受け入れた。


「簡単なクイズよ、これに答えられたら助けてあげてもいいけど?ねぇ?シュテルン。」


「ギラギラギラ…解りました♪さ~て、ここで問題です。私達は一体どこの誰なんでしょう?聖羅から聞きましたよ?貴女、童話や小説に詳しいんでしょう?もう既に正体は察してるんじゃないんですかねぇ?」


聖羅とシュテルン、二人の出したティエルを助ける条件とは自分達が何者かを答えるというクイズの回答、それに正解すれば命を助けるというものだった。こんな絶望的な状況に追い込まれたら普通はどんな人間でも心が押し潰されて泣き喚きたくもなるが、それでも緋向は涙をこれ以上流すのを必死に堪え、自身の記憶力をフル回転させる…ヒントは二人が既に出していたためその正体の目星はついていた。


「…ダイヤモンドに…聖羅という名前…そうか、君は…セーラ・クルー…『小公女』…そしてそっちの銀ぴかは…シュテルン・ターラー、『星の銀貨』か…?」



緋向の導き出した答えにより明かされる二人の正体…


金剛院聖羅…否、『小公女(リトルプリンセス)』こと幻創者・セーラ・クルー、その人生はとても悲惨なものだった。


物心つく頃には既に母を亡くし、ダイヤモンド鉱山の事業を勤めてた父親も病死、この父親の死がキッカケで彼女は唯一の家族と財産を失い、それだけに留まらず寄付金目当てでセーラを寄宿学校に入れた薄汚い金銭欲の権化の様な院長から屋根裏部屋に押し込まれて一生徒から使用人の身に堕とされ奴隷同然の扱いをされ、学校の看板生徒の座を奪われたことを根に持ち嫉妬に狂った同級生達から嫌がらせを受け続ける毎日を送ってきた。


だが彼女は心ある友人に恵まれたおかげか公女様(プリンセス)としての気高さを失わず必死に堪え、最後は父親の友人が失敗したと思われていた父親の事業の成功ならびにその財産をセーラに継がせ、再び公女様として返り咲く…ダイヤモンドを盾として展開したり弾丸の様に飛ばしたりというとんでもない能力も恐らくは父親の事業であるダイヤモンド鉱山に因み、自身がそれを受け継いだ事が由来であろう。


そしてもう一人、シュテルンの正体はシュテルン・ターラー…幻創者・『星の銀貨』。


両親を早くに亡くし、持ち物がパンと身に纏ってる衣服だけの貧しい少女がそんな状況にあるにも関わらず、自分以外の貧しい者達にその残されたパンと衣服を分け与えるという行動に心を打たれた神によって遣わされた使者たる一つの『星』。


そして舞い降りた星は少女の目の前で銀貨と化して貧しき彼女を裕福にさせたという…人や動物などではなく、まさかの星そのものの姿をしてるという一際変わったタイプの幻創者であった。


「ギラギラギラッ♪正解でーす♪よく出来ました♪」


「…と、言いたいところだけど…その名で私を呼ぶなァアアアアアア!!」


「うぐっ!?」


しかし、緋向が正解を言った直後、何が気に入らなかったのか聖羅…セーラは自分の拳をダイヤモンドに変えて彼女を殴り飛ばす。


「今まで私がその呼び名にっ…箱入りで、冷たく醜い現実を知らなくて夢見がちな…『公女様(プリンセス)』なんて安易な呼び名にどれだけ振り回され!どれだけ怒りと憎しみを募らせ!そしてどれだけ暗く、惨めで…屈辱にまみれた日々を送ってきたと思ってるゥウウウウウーッ!?あ゛ぁあ゛あんっ!?」


「ひぎっ!?く、苦し…!!」


セーラの怒りは治まるどころかますます膨れ上がり、緋向の首を力を込めて万力の如く締めながら彼女の小柄な身体を軽々と持ち上げながら世界を焼き尽くさん勢いの憎しみを吐き散らかす。


「ヒナにはとても残念なお知らせがあるわ!『考えてやる』とは言ったけど『助けてやる』なんて言ってない!二人ともまとめて殺す!!」


「は、話が…違うっ…!」


「黙れ黙れ黙れェエエエエ!!」


「ぎゅっ…!?ぐが、おげっ…!!」


そしてやはりこの手の約束は即座に破られるのが運命なのか?セーラはついさっきした助ける約束をあっさり無かったこととして覆し、緋向を殺そうと首を締める力を更に強めた。




「ぐすっ…う、うう…ごめん…ティエル…私には、君も…セーラも…友達、を…助けられない…」



意識が段々と薄れてく…緋向はティエルとセーラ、二人の友を救えぬ己の無力さへの絶望にうちひしがれながら死の世界へと堕とされそうになったその時だった。





「…謝れ。」


「…セーラ!後ろ!まだ生きてますっ!!」


「はっ…!?ぐがはぁっ!?」


シュテルンが警告するも時既に遅し、意識が刈り取られていたはずのティエルがいつの間にか背後に立っており、避ける間もなくセーラは喉を鞘に納められたレイピアで思いきり突かれてしまう。


「ゲホッ…カハッ…い、息が…グゴッ…でき、な…ゼヒッ…ゼヒッ…!!」


「…緋向さん、に…謝れっ…!ド外道ッ!!」


「この死に損ないっ!?よくもセーラを!!」


喉を突かれた事により酸素を上手く取り込めずガマガエルの様な醜い声しか出せずにのたうち回るセーラ、シュテルンはこの行為に怒りを露わにしたがそのような怒りは今のティエルに比べたらほんの些細なものでしかなった。


「はぁ…はぁ…貴女を、最後まで友達として信じて止めようとした…そして…まだ出会ったばかりだけどっ…貴女の言うところの『バケモノ』にも関わらず…それでも私を、友達と呼んでくれた緋向さんを、貴女は殺そうとした…もう、許さないッ!!」


ティエルは激怒した。目の前の邪智暴虐の外道共を必ず退かねばならぬと決意した。


「Mask…Of…Z…!!」


ティエルはどこからか黒い狐を模した機械的な仮面を取り出し、自らの顔に近づけさせると仮面は自動的に彼女の顔全体を覆い、短い髪は狐の尾を彷彿させる形状の腰どころか踵にまで届く長さのロングヘアーをポニーテールにしたものに変わり、頭部から長い狐の耳が生え、横一文字に走るシンプルなカメラアイ部分は深緑色の輝きを放ち、いつの間にか装着されたマントには黒い狐の紋章が描かれており、最後に黒薔薇があしらわれた帽子を被ると後頭部から勢い良くスチームが噴き出された。


「は、ははっ!!何をするかと思えばそんなコケおどし…え?」


「な、に…!?」


単なる苦し紛れ…無駄な悪足掻きと思い、嘲笑うのも束の間…気づけばシュテルンとセーラの背後にあった壁には何時刻まれたのだろうか?巨大な『Z』の文字を刻みつけられており、一体何が起きたのかまるで解らないといった顔で絶句した。





「我こそはティエル・ベガ、だがそれは世を忍ぶ仮の姿、貴様ら悪を征伐するため、敢えてその身を影に堕とした守護者…」



威風堂々、自らの名を名乗ると同時にティエルは右手に握り締めたレイピアを構え、もう一つの…幻創者(ヒーロー)としての『真の名』を高らかに明かした。





「…『黒狐(ゾロ)』!!人は私をこう呼ぶ!『怪傑ゾロ』とッ!!」

どうも皆様、作者の槌鋸鮫です。前書きで書いた通り読み切りにも関わらず連載扱いでの前後編に分けなければならないほど膨大な文量予定になり大変申し訳ありません!


今回の新作のテーマは童話や昔話、児童文学や小説など全てをひっくるめた『おとぎ話』、主役から名前のみの登場人物が出る元ネタのチョイスが有名だったりマイナーだったりその落差、そしてなにより今作の主人公であるティエルの『元ネタとの違い』への指摘などに関しては御勘弁を…特にそのことに関しては後編にてサラッと触れますので(←軽い)。


以下、軽い設定の説明ならびに妄想混じりの登場人物紹介


幻創世界(ファントメイク):今から約六十年前に災害・幻創災禍(ファントカラミティア)が発生したと同時に人間世界と繋がってしまった異世界。幻創災禍以降、繋がったままとなってしまったためか人間世界と幻創世界は互いに行き来可能となっている。尚、幻創世界のトップは妖精女王ティターニアならびに妖精王オベロンをはじめとした王族達。


幻創者(ファントメイカー):幻創世界の住人。人間世界でいうところの『おとぎ話の登場人物』であり主役やサブキャクター、脇役(モブ)や悪役を含めて多く存在する。その姿や歩んできた人生は人間世界にて創造された元となるおとぎ話とは奇跡的なまでに偶然が一致しているため大変似てる部分もあるが彼らは全員が全員物語通りの人生を経験してきた訳ではなく、それに合わせて外見や性格なども元との設定と大きく外れている場合もある。人間世界での評価としては幻創災禍が原因で中高年世代からは蛇蠍の如く嫌われているため、それを経験しておらず好奇心旺盛な若い世代の人間達からは逆に好意的に見られており交流を重ねているのは大体がこの世代である。


幻創災禍(ファントカラミティア):約六十年前に人間世界にて全世界規模で起きた災害、おとぎ話における悪役達の暴走により日本国内だけでも約四十万もの犠牲者を出す大惨事となり、その責任を取るためにティターニアやオベロン王をはじめとした代表者達が復興などに尽力を尽くすものの人間との関係性の修復は完全とは言えず未だに中高年世代からは恨まれている。ただでさえそんな中、幻創災禍に影響されたり幻創世界での生き方に不満を覚えた者が近年人間世界などで暴れ回る傾向にあり、その度にティエル達一部の幻創者達がオベロン王の命令の下に早期解決に取り掛かっている。



ティエル(イメージCV:上田麗奈)・出典『怪傑ゾロ』(?)


櫛笥緋向(くしげ・ヒナタ)(イメージCV:水瀬いのり)


グレゴール・ザムザ(イメージCV:鈴村健一)・出典『変身』


人魚姫(イメージCV:花澤香菜)・出典『人魚姫』


金剛院聖羅(こんごういん・セイラ)(イメージCV:佐倉綾音)/セーラ・クルー・出典『小公女』


シュテルン・ターラー(イメージCV:山寺宏一)・出典『星の銀貨』


後編は鋭意制作中につきお待ちくださいませ!!(汗)


それではまた後編にて、槌鋸鮫でした!


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