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奴隷からアイドルになりました。



 物騒な世の中になったものだ。

 アタシは定年過ぎて会社を辞めて、それでも暮らしていくのが大変で畑をやりながら昼はパートで働いた。

 年金は少ない。

 切り詰めなければやっていけなかった。

 それでも、アタシには一つ矜持があった。


「おばちゃーん、ご馳走さまー!」

「ごちそうさまでした!」

「いつもありがとうございます」

「また明日ね。気をつけて帰るんだよ」

「「はーい」」


 母親が迎えに来た兄弟を見送る。

 アタシは『子ども食堂』を経営していた。

 利益なんか出ない。

 共働きの両親の代わりにご飯を食べさせ、親が迎えに来るまで遊ぶ子供たちを見守るだけだ。

 そこに責任はもちろん生じるけど……来る子どもたちはみんな弁えている。

 好きなだけ騒いでもいいし、しかし歳上の子は歳下の子の面倒を自主的に見てくれるし困った事なんかついぞ起きた事がない。

 むしろ子どもの声に囲まれてアタシは幸せだった。

 死ぬまで続けられたらいい。

 そんな風にも思っていたぐらいだ。


「ばーちゃん、玉ねぎ採ってきたよ!」

「あー、ありがとう〜! じゃあ明日はカレーにしようかねぇ」

「やった! カレー大好き!」

「トマト入れてー」

「はいよ」


 少し難しいと思うのはアレルギーの子。

 でも、分けて作ってやれば問題ない。

 みんな自分がなにを苦手なのか分かっている。

 子どもたちが採ってきた野菜を冷蔵庫に入れて、一人の子が「おれも野菜育ててみたい」と言い出した。

 あらあら、と頰に手を当てる。


「いいね、それじゃあ今度みんなでジャガイモ植えてみようか」

「わーい!」

「やるー!」


 食育というやつだ。

 みんなは両手を上げて喜んでくれた。

 ああ、可愛い。

 自分の子どもは成人して久しく、実家には寄り付きもしないのだからよその子であっても、こうして笑顔と笑い声が絶えない場所で働けるのは生き甲斐になる。

 カウンターに戻ってふと、入り口を見た時……黒ずくめの男が外をウロウロしているのが見えた。

 嫌な予感がして、みんなを集め、畑のどこにジャガイモを植えるか探しておいで、と声を掛ける。

 そう、それは虫の知らせのようなものだったと思う。

 一番年長の子が小さい子を誘導して裏口から畑の方へと出て行く。


「おばちゃーん……」


 六年生の女の子が振り返った瞬間、アタシは叫んでいた。


「お逃げ!」


 男が入ってきた。

 女の子は目を見開く。

 アタシは振り返って男が通路から子どもを追い掛けようとしたのを、カウンター越しに袖を掴まえて阻んだ。


「逃げるんだ! 早く!」

「っ!」

「あああああああぁぁぁぁあ!」


 男が叫ぶ。

 頭が殴られたと思った。

 けれど、目の前が真っ赤になる。

 ぐちゅ、という音がやけに耳に強く残った。

 真っ赤な視界は、最後に男の手の中を捉える。

 欠けた包丁。

 それは血が滴っていた。

 気がつけば天井を見上げている。

 とく、とく、自分の心音が小さくなるのを感じた。

 おそらく頭を刺されたのだ。

 男がカウンターに入ってきてアタシに馬乗りになる。


 アタシは、あの子たちを守れただろうか?








「っ!」

「いつまで寝てるんだ!」


 冷たい床で目を覚ました。

 途端に咳が出る。

 薄い水色の髪が床に垂れた。


「?」


 今のは一体……夢?


「アクア、大丈夫?」

「フ、フレイ……」


 声を掛けて来たのは同じ奴隷の少女、フレイ。

 紅い燃えるような髪と瞳の美しい少女だ。

 私とは真逆の色。

 だから、私たちはいつもセットにして売りに出されていた。

 屈強な男の奴隷が武装して、私たちの檻の周りにいる。

 私たちはこれから、異世界の富豪へ売られていくのだ。

 それは覚えているのだけど……。


「さあ、行くぞ。たっぷり可愛がってもらえ」

「「…………」」


 異世界のカーテン。

 あそこをくぐれば私たちは富豪の所有物。

 オークに女を犯させて、それを見て楽しむのが趣味だと聞いている。

 恐怖で涙が溢れた。

 さっきの夢、あれは私の前世だ。

 不思議とそれをはっきりと理解した。

 異世界で死んで、この世界で奴隷になったのだと。

 でも、きっとこれから行く異世界とは違う。


「……フレイ、私……」

「大丈夫、アクアはアタシが守るから」

「…………っ」


 死んだ瞬間を思い出した。

 きっとこれから、また死ぬからだろう。

 はらはらと涙が溢れる。

 奴隷の紋章が胸に刻まれている以上、私たちの運命は変わらない。

 気丈に振る舞うフレイだが、私の肩を掴む手は震えていた。

 檻を乗せていた馬車が動き出す。

 ただ純潔を散らすだけでなく、モンスターの慰み者になりながらただその様を鑑賞されて終わるんだ。

 何日保つか。

 早く死んだ方が、きっと楽だろう。

 けれど主人となる者はそれを許してくれるだろうか。


 がら、がら、がら。


 カーテンを潜る。

 ああ、せめて……この先が前世の世界なら……。


「…………」


 そうだ、あの子たち……。

『子ども食堂』に来てた子たちはちゃんと逃げられただらうか?

 無事に生き延びていて欲しい。

 手を組んで祈る。

 せめてあの子たちは、理不尽な暴力の犠牲になっていませんように。


「……! なんだここは!」

「「?」」


 檻の外に目を向ける。

 そこは……私が今し方夢で思い出していた場所だった。

 辺りを見回すと住宅街そのもの。

 間違いない、前世で私が住んでた場所だわ!


「!」


 私の前世の家。

『子ども食堂』の看板が出ている。

 当時のままだ。

 あれからどのくらい経ったのか、分からないけれど……明かりがついてる。

 口を覆って、涙を流した。

 続いていたのね……?

 私が死んだ後も、誰かが続けてくれた。

 子どもたちをお腹いっぱいにして、迎えにくる両親へ帰してあげる。

 この地域の子どもたちを守り続けてくれたのね?

 それに、あのランドセルを背負っている子……一番小さかった兄弟の弟さんだわ!

 あの子も、あの子も見覚えがある。

 無事だったんだ。

 みんな笑顔で『子ども食堂』に入っていく。

 嬉しい……もう思い残す事はないわ……。


「ここは……座標がずれやがったのか。……だがまぁいい、どうやら戻るのは難しくなさそうだ。へへへ、珍しい世界だ。ここのガキを掻っ攫って土産にすれば、次のオークションで高く売れるだろう」

「!」

「おい、さっきのガキどもを連れて来い」

「や、やめて!」


 奴隷商人が男の奴隷たちへ叫ぶ。

 皮の袋を被せられた男の奴隷たちは無言で武器を構え、私の前世で始めた『子ども食堂』へと向かう。

 檻から叫ぶが、誰も見向きもしない。


「アクア?」

「やめて! やめて! この世界の子たちは関係ない!」

「ちっ、うるせぇ!」

「ぎゃああぁぁあぁ!」

「アクア!」


 奴隷商人が魔法で私の胸の奴隷紋章を発動させる。

 全身に凄まじい激痛。

 倒れ込むと、フレイが心配そうに覗き込んできた。

 手を檻の外へと伸ばす。


「や、やめて……やめて……」

「アクア! どうしたの? それ以上逆らったら!」

「お願い……あの子たちは……」


 一度辛い思いをしているの。

 私が死ぬところを見たかどうかは分からない。

 でも、私はあそこで死んだ。

 子どもたちは、それでもまだ通ってくれている。

 嫌だ……あの場所は子どもを笑顔にする場所なんだ。

 それを、その場所を……二度も血で汚すのなんて……嫌。


 誰か助けて。

 誰か……。


「誰か…………」


「ちょっとそこの時代錯誤もいいところなゴミ。退けてくれません?」


 凛とした声に顔を上げる。

 奴隷商人も振り返り、その瞬間に殴り飛ばされた。


「?」


 目を見開く。

 そして奴隷商人が殴り飛ばされた事で男の奴隷たちが振り返った。

 そこにいたのは華奢な女性だ。

 スーツを着て、淡い茶色の髪を手で後ろへと払う。

 実に優雅な動き。


「なっ! なっ! い、いってぇ! ……くっ、そ、なんだこのアマ!」

「貴方、この世界は『閉じた世界』ですよ。どこから迷い込んできたんです?」

「あ? ……なんだ、よく見りゃとんだ別嬪じゃあねぇか。こりゃあ、高く売れる……!」

「…………」


 女性の目が細くなる。

 確かに奴隷商人の言う通り、彼女はとても顔立ちが整った美しい女性だった。

 気品もあり、どこぞの貴族の女性のようでもある。

 しかし同時に、人ならざる冷たさのようなものも感じた。

 奴隷商人が男の奴隷たちへ「この女を捕まえろ!」と叫ぶ。


「これだから異界の者は、交通ルールも知らなくて困るんですよ。警察に連絡しても不思議案件処理班が来るまで時間が掛かるでしょうし……わたしの方で殺しても問題ありませんかね?」


 にこり。

 微笑みながらなんかすごい事をさらりと言い放ったような……?



巨人の腕(ギガント・アーム)



 薙ぎ払う。

 そう、それはまさにその様相。

 彼女の左右に現れた、黄金の巨大な腕。

 その左腕が駆け寄ってきた男の奴隷を薙ぎ払って反対車線へと放り投げた。

 目を見開く奴隷商人。

 彼女は優しく微笑んでいた。


「一円にもならない貴方みたいな人は界の狭間で永遠に魂だけになってさまよえばいいと思います。それじゃあ、さようなら♪」

「え? は? ひっ!」


 巨大な右手が奴隷商人を摘まみ上げる。

 ぐわり、と広がる空間の裂け目。

 その奥は漆黒の闇。

 その中へと、なんの慈悲も躊躇もなく放り投げられる奴隷商人。

 悲痛な悲鳴が木霊したが、それは空間が閉じると同時に絶えた。


「…………仕方ないのであの転がってる人たちには通訳魔法だけ掛けておきましょう。人間って嫌いなんですよね、わたし」

「?」

「で、貴女方は?」


 振り返る彼女の左右にはまだ巨大な腕。

 静かな住宅地ではあるけど、車線は二つあり夕方の時間帯は多少車も通る。

 私はなんとか体を起こして、辺りを確認した。


「わ、私はアクア……こっちはフレイ……私たちは奴隷です。これから異界のお金持ちの元へ売られる予定でした」

「まあ、じゃあ予定が狂ってしまいましたね。帰り道は分かりますか?」

「わ、分かりません。奴隷商人が持つ魔石で、異界のカーテンが開き、異界への行き来が出来ると聞いた事があります。……奴隷商人がいなくなったので、私たちは……」

「…………」


 フレイは心配そう。

 でも、私は彼女に素直に全て話した。

 助けてくれませんか、とダメ元で頼むと、彼女は少しだけ思案顔になる。


「うーん、まあ、別に良いですよ。仕事を掛け持ちしていたので、人手が増えるのはありがたいですから。それに、お二人とも美人ですからアイドルにして売れ出せばそこそこ元手は取れそうかも」

「え?」

「は?」


 ぺろり、と舌を出す彼女。

 その発言と笑顔に、私は今更ながらに「失敗した?」と感じた。

 だが、少なくとも檻から出してもらわねば私たちはどうする事も出来ない。

 それに、今の私はこの世界の人間ではなく異世界の人間。

 それも、奴隷だ。

 ちらりと実家である家を見る。

 あの場所に帰りたい。

 けれど、歳も姿を名前も、住む世界すら変わってしまった私をあの場所は受け入れてくれるだろうか?

 少なくともボロ布を一枚纏っただけの私は間違いなく不審者だろう。


「少し屈んで」


 彼女の指示で、頭を抱えて屈む。

 フレイも私の真似をして、頭を抱えた。

 バキバキ、と天井の部分が巨大な腕に破壊される。


「……そ、その力はなに? 魔法?」

「いえ、生体兵器だそうです。知り合いにそういうのが得意な人がおりましてね。まあ、便利に使わせてもらっています。んー、お馬さんの扱いもどうしたら良いでしょうね。まあ、とりあえず事務所に行ってから決めましょうか。……あーあ、やっぱり学祭なんて見に来るんじゃありませんでしたねー」

「……学祭……」


 この辺りは住宅地だけど、少し進むと中学校がある。

 道の反対側は小学校。

 そうか、今日は学祭だったのね。

 この人は、保護者、には見えないけど……一体何者なんだろう?


「暗くなる前に帰りましょうか。駐車場そこにあるので、乗って」

「は、はい」

「え! ちょっとアクア!」

「大丈夫、フレイ。この世界の人なら奴隷商人よりずっと信用出来るから」


 それは確信を持って言えた。

 そんな私の様子にフレイは驚いていたし、彼女は不思議そうな表情をする。


「私、前世はこの世界の人間だったんです」

「まあ、そうなんですか。……最近転生時の記憶洗浄機能が本当に上手くいってないんですね? なんなんでしょう?」

「? よく分かりませんがな……信じてくださるんですか?」

「わたしは異世界からこの世界に事故で来た者なので信じますよ」

「!」


 異世界から、この世界に!?


「ここは『閉じた世界』なので、基本的に他の異世界とは干渉しない。でも、事故は別。まあ、元の世界に戻るつもりはないですし、貴女たちももう戻れないでしょうね。いえ、貴女はある意味『戻ってきた』と言えますか」

「…………」

「なら、この世界での身の振り方はある程度纏っているんでしょう? そしてその為にはお金がいりますよね?」

「……、……そう、ですね」


 その通りだ。

 駐車場に歩きながら、馬車を振り返る。

 彼女は「あれは多分そのうち通報されるんじゃないですか?」と言い放つ。

 奴隷の男たちと馬車は警察に丸投げするつもりらしい。

 まあ、私も他の方法は思い浮かばない……けど。


「貴方達二人とも美人だしアイドルやりましょうか。プロデュースはしてあげるので」

「…………」

「そ、そのあいどるってなんなんですか? さっきから……」


 聞き間違いではなかった!?

 で、でも、そもそもアイドルなんて……!


「!」


 フレイが美人なのは知っていたけど、車のガラスに映る『アクア』も美しい少女。

 水色の髪と青い瞳。

 整った顔立ちに色白で細い体。

 た、確かにこれなら……い、いやいや!


「でも、私たち歌も踊りも無縁でしたから」

「言ったでしょう、プロデュースしてあげますよ。わたし今、精神科医の傍ら芸能事務所の副社長もやってるんです。一からぜーんぶ面倒見てあげますよ。金の卵さんたち」


 語尾にハートが見えた。

 そして、背筋がぞわりとした。


「元奴隷アイドル。まあ、さすがにそんなキャッチコピーは使えませんけど……磨けばかなり良い線いくかもしれません。ふふふふふ……」

「「…………」」


 叶うなら、もう一度あの『子ども食堂』をやりたい。

 けれど、それにはまずこの世界でもう一度生きていく基盤が必要だろう。

 それは、分かっているんだけど……!


「ア、アクア……この人ほんとに信用出来るの? 付いてくの?」

「でも、他に行く当てもないし……」

「大丈夫大丈夫、悪いようにはしませんよ〜。ちょっとお風呂に入ってご飯を食べさせてゆっくり休ませた後、死ぬギリギリまで体を鍛えてリズム感を叩き込み、歌詞を覚えて人前で歌いながら踊ってもらうだけですよー」

「「……!」」










 これは、異世界に転生後またこの世界に出戻った私が『子ども食堂』をもう一度やる夢を叶えるまでの……謎の遠回り物語。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編なのに、すごく起伏に富んでいて楽しかったです! 2人には幸せになってほしいです。 1つ気になったのが、アクアが前世の記憶を思い出したときに声をかけてくれた子は「フレイ」と呼ばれていたの…
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