第二十四話 アラディアちゃん、襲来!
前回、傀儡使いは取り憑かれて
それは美羽と蛍のトレーニングが始まって二日目のこと。
ノルマの咎人五体の粛正が終わり、堅洲国から帰ってきた集と霞。
霞は天都と酒を飲むとのことで、一階に下りていった。
なのでやることもなくソファーに腰掛ける集。
部屋に居座るスライムを見ながら、思い出すのは先ほどの咎人・サラミナのこと。
辛い戦いだった。外傷以上に心にくるものが多かった。
『貴方はいいわね。羨ましい。ただ産まれただけ。善にも悪にも染まれる自由がある。
私にはそれすらなかったのに』
『馬鹿な話よね、世界に害しか及ばさない存在なのに。
それでも私は、消えたくなかった。生きたかった』
『最後に貴方と話せて良かった。
ありがとう、さよなら』
死者は最後に呪いを託す。
それを聞き届けることが残った生者にできることだと、霞さんは言った。
最近咎人の事で悩む事が多い。
相手にもよるのだろうが、彼らの嘆きや慟哭は胸に突き刺さる。
サラミナの言った通り、救いようのない屑を殺すよう専念していればいいのだろうか。
そうすれば悩む事もないのだろうか。
・・・・・駄目だ、辛気くさくって仕方ない。
粉ニマさんの曲を聴いて気分を変えよう。
俺がスマホに手をかけた瞬間、
その腕を誰かがクンクンと引いた。
「うん?」
目を向けるとそこには幼い子供がいた。
7,8歳くらいの体躯。青色のポンチョを纏い、足は素足。
腰まで垂れる白い髪。一房だけ真上に向いている。白い肌、そして赤い目。西欧の子供だろうか。
女の子かな。子供は中性的だからか、見た目では男の子か女の子か分からない。
見覚えはもちろんない。
なぜここに見知らぬ子がいるのか?
桃花の表の業務は休止中。当然扉は鍵をかけているから入れない。
裏口から入ってきた。いや、そうだとしたら店長や天都さんが対応してるはず。
よく分からないまま、俺はその子に話しかける。
「ええっと、君、どうしたの?」
「おとうさん、どこにいるか知りませんか?」
子供特有の高い声で、少女はそう尋ねた。
おとうさん?あ~、あれか?おとうさんを捜してさまよっているうちにここにたどり着いたとか。
そうだとしたらおとうさんもこの子を探しているだろう。仕方ない。俺も一緒に探してあげますか。
立ち上がり、その子に名前を聞く。
「君の名前はなんていうの?」
「名前ですか?アラディアって言います!」
満面の笑みで少女はそう答えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ん?聞き間違いかな?
今やばい人の名前を聞いたような気がする。
「アラ、ディア?君の名前?」
「はい!ほんとはもっと長いけど、それでいいっておとうさんが言ってました」
・・・・・・・・・・・。
目の前にアラディアと名乗る少女。そして俺の脳裏にちらつくアラディアさんの影。
ここで俺が考えた事は二つ。
一つ。同名なだけで、この子が偶然にも桃花に迷い込んだというシナリオ。
そしてもう一つは、
「君のおとうさんの名前は、なんていうの?」
「おとうさん?おとうさんもアラディアって言います!」
あ、後者で確定した。
ちょうどその時、スライムを突き破って出てきた人影。
噂をすればなんとやら。アラディアさんが姿を現した。
「あ、おとうさん!その中に入ってたの?」
「ん?そうだよ。もしかして玩具は全部使い切ったのか?」
「うん!とっても面白かったよ。おとうさんも後であそぼ!」
アラディアさんの足に抱きつくアラディアちゃん。
その様は飼い主にじゃれつく子猫のようで、本来は微笑ましい光景なのだ、が。
俺の脳内は混乱していて、それどころではなかった。
「どうした集?いつも以上の馬鹿面晒しやがって」
「え、いや。アラディアさん。その子は・・・・・・」
「見て分かんねぇのか?娘だよ」
やっぱりそうか!!!
既婚者だったのかよこの人!!隕石が地球に落ちてくる以上の大ニュースだよ!!!
いつの間に子供作ってたんだこの人は!
「この子、アラディアって名前なんですか?」
「そうだ。まあ、名字みたいなもんだと思え。
ややこしいんならエヴァと呼べ」
「いっぱい名前あるの!」
アラディアさんの足下で嬉しそうに言うエヴァちゃん。
弾けるような笑顔。天使のような可愛らしさ。
とてもアラディアさんのお子さんとは思えな――
ドバァァァァン!!!と、思考していた俺にアラディアさんの蹴りが炸裂した。
割としゃれにならない衝撃を受け、床を転がった俺をアラディアさんが踏みつけた。
「ぐはぁっ!!あ、アラディアさん!
いつものことで慣れてますから俺は良いですけど、子供が見てますよ!?」
「何言ってんだ。綺麗な事ばかり見せんのが健全なわけねぇだろうが。
それにうちの娘はその点安心だ。この前サタ○クロースっていう映画買ってきたら喜んで見てたぞ」
「なんてもん見せてんだあんた!」
いつもの口論を始めた俺たちに駆け寄るエヴァちゃん。
俺を踏みつけるアラディアさんの足を引っ張った。
「おとうさん!おにいちゃんが痛そうだよ」
おにいちゃん!?今俺のことそう呼んだ?!
生まれて初めて、それにこんな可愛い子に言われたもんで、なんかわけのわからない衝動が胸を駆ける。
だがそのエヴァちゃんの嘆願を聞いて、なおも俺を踏み続けるアラディアさん。
「大丈夫だよ。こいつはドMだから」
「ドMって?」
「こんな風に踏まれたり殴られたり、罵倒されたりして興奮する奴の事だよ」
「へ~。おにいちゃんってドMなの?」
「違う!断固として違う!!
アラディアさん!なんつーこと教えてんだあんた!!!」
膝を折って俺に尋ねるエヴァちゃん。ドMの疑いを必死に取り消す。
やがて階段を上る音が聞こえて、霞さんが姿を現した。
「あっれ~?そのロリッ子だ~れ?」
酒瓶を手に持ちながら、霞さんが頭に疑問符を浮かべている。
その霞さんを見て、アラディアさんがエヴァちゃんに耳打ちした。
「エヴァ。あいつは酔っ払いだが寛大な奴だ。はじめましてって抱きついてやれ」
「うん!」
テテテ、と近づき霞さんに抱きつくエヴァちゃん。
何かを察したのか、霞さんもしゃがんで抱き寄せた。
「はじめましてお姉さん。私アラディアって言います!」
「んん?アラディア?
まあいっか、よろしくね~。私霞っていうから」
手にしていた酒瓶を置いて、両手でポンポンと優しく肩を叩く。
ああ見えて霞さんは子供が好きだから、この状況をむしろウェルカムと思っているのかもしれない。
「へぇ~、あんたの娘ね。
それにしちゃあ似てないな。アホ毛が共通してるだけで」
「母親似だからな」
俺たちはソファーに座り、アラディアさんから説明を受けていた。
アラディアちゃんは父親の側に座り、愛らしい表情でプリンを食べている。
癒やしだ。見てるだけで癒やされる。
これまでの話をまとめると、アラディアさんと奥さんとは堅洲国で出会ったらしい。
ニライカナイで自分と同格の魔術師に出会ったアラディアさんは、交友を重ね、ついに結婚。
そして産まれたのがアラディアちゃん。というわけらしい。
基本は母親のいるニライカナイで生活しているらしいが、たまに父親の元へ来るらしい。それが偶然トレーニング日と重なったわけだ。
母親の話になり、プリンを食べていたアラディアちゃんが父親に話す。
「ねえおとうさん!おかあさんがね、たまには顔見せろって言ってたよ!」
「あいつが?・・・・・まあ、経過報告兼ねて近いうちに行くか」
「ほんと!?約束だからねおとうさん!」
嬉しそうに手足をバタバタする。両親が集う機会は少ないのか?
興味を持った霞さんが質問する。
「ねえねえアラディアちゃん。アラディアちゃんのお母さんってどんな人なの?」
「おかあさん?とっても優しいの!どんなにいそがしくても構ってくれるし、私が寝るまでずっと側にいてくれるから!」
「へえ、いい人なんだね~」
「はっ、トリニティの典型みたいなやつだがな」
付け足すように加えるアラディアさん。
本人は気づいていないだろうが、アラディアさんの口角が少し上がっている。
家族の話をするのが嬉しいのだろうか。この人にも人間らしいところがあるとは驚きだ。
「おや、これはこれはエヴァさんではありませんか」
話をしていると、階下から声が聞こえた。
店長だ。手にはドーナツが載った皿がある。
「あ、てんちょー!お久しぶりです!」
アラディアちゃんが店長の下へ駆け寄る。
店長も笑顔で迎える。
「店長、エヴァちゃんのこと知ってたんですか?」
「ええ。私用でニライカナイに行った時に会ったことがあります。
おとうさんとは遊べましたかエヴァさん?」
「ううん、これからもっと遊ぶの!」
「そうですか。この機会です、思いっきり甘えてくださいね」
和気藹々と話し合う。遠目から見ればおじいちゃんとその孫の構図に見えなくもない。
ドーナツをテーブルの上に置いた店長は、
「そういえば、二人は?」
「あ、忘れてた」
素で呆けた声を出したアラディアさんが、立ち上がりスライムの中へ入る。
普段は忘れるなんてミスをしないのに。珍しいこともあるもんだ。
どこから取り出したのか紙をテーブルに置く店長。
「二人が帰ってきたら、これをどうぞと言っておいてください」
そう言って一階に下りる店長。
それから数秒して、スライムの中から美羽ちゃんと蛍君が出てきた。
「お疲れ様、二人とも」
出てきた二人の苦労を讃える。
二人は挨拶を返し、ソファーに座るアラディアちゃんに視線を移す。
「集先輩。この子は?」
「ああ、ええと。本人から紹介して貰ったほうが早いと思う」
曖昧に返して、アラディアちゃんに耳打ちする。
元気いっぱいに頷いて、二人の前にでて挨拶をした。
「初めまして、おにいちゃんおねえちゃん。
私アラディアって言います!」
それを聞いて全身の挙動がピタリと止まる二人。
呼吸さえするのを忘れて、ただアラディアちゃんをじっと見つめる。
たぶんさっき俺が考えていたことを二人も考えているに違いない。
「え、ええと、アラディア、ちゃん?でいいのかな?
初めまして、私は美羽って言います」
「初めまして、僕は蛍。
君はもしかして、アラディアさんがお父さんだったりするのかな?」
蛍君は真相にたどり着いたようだ。二人とも戸惑いながらも自己紹介する。
「そうだつってるだろ。どいつもこいつも、一目でわかんねぇのか?」
スライムの中から小言を言いながら出てくるアラディアさん。
それに対する俺たちの反応は、
「そうは言われましても」
「アラディアさんにお子さんなんて」
「正直想像できないというか」
「天地がひっくり返ってもありえないと思ってました」
「よし。てめえらこれから拷問な」
「「「すいません!!!」」」
三人同時に勢いよく頭を下げた。
あんなん死んでもごめんだ。トラウマが一生残る。
アラディアさんが注射器なり小型ナイフなりを手にして、実際に行動に移そうとしたその時、アラディアちゃんがその足に抱きついた。
「おとうさん。用事は全部終わったの?」
「ん?今日のトレーニングは終わったぞ」
「ならいつもみたいにおとうさんの魔術教えて!」
その言葉を聞いて凶器を引っ込めるアラディアさん。
アラディアちゃんを引き連れて自室に戻る。要望通り魔術を教えるためだろう。
扉に消える間際、アラディアちゃんがこちらを振り向き、可愛い笑顔のままウインクした。
まさか、俺たちを庇ってくれたのか?
だとしたらなんて良い子なんだ!
十代後半の俺たちは揃って、年端もいかないアラディアちゃんに心の底から感謝した。
■ ■ ■
三日目もアラディアちゃんはいた。
熱心に魔術の勉強をしている。紙面に何かを書き込み、鋏で切り取ったり糊ではりつけたりしている。
堅洲国から戻ってきた俺は、それを目にし何をやっているのか分かった。
「シジル?」
「うん!昨日おとうさんから教えてもらったの!」
手にした紙面を俺に見せるアラディアちゃん。
A4の紙に、いくつもの魔法円。
以前俺もアラディアさんから教えてもらった。
「私、魔術が複数の要素の組み合わせだと思ってるの」
「へえ、組み合わせ」
「たとえばシジルだって、円を描いて、対応する霊体の名前を書いて、相応する紋様を描く組み合わせでできてる。
そうじゃないシジルも、複数の文字を組み合わせて効果を発揮する。
有限の組み合わせで無限の選択を生み出す。
どこまで学んでも終わりがなくて、それがとっても面白いの!」
弾ける笑顔。
俺のように咎人の粛正のために魔術を使うのではなく、ただただ面白いから学ぶ。
それが教育の理想なのかな。
俺はなんとなく、アラディアちゃんが羨ましく思った。
「それが、アラディアちゃんが魔術を学ぶ理由?」
「うん、けどそれだけじゃないの」
紙に何かを書き始めるアラディアちゃん。
やがて出来たのは家系図。祖父祖母の代まで書いている。
「おとうさんもおかあさんも魔術師で、おとうさんのおかあさんも魔術師って聞いたの。
だから魔術はね、私にとって家族との繋がりでもあるの」
「繋がり・・・・・」
それは血のつながりとはまた違ったもの。
脈々と連なり、受け継いでいくもの。
魔術はアラディアちゃんにとって家族と繋がっている証なのか。
「おとうさんが好き?」
「うん!大好き!!」
分かりきった質問には、予想通りの答えが返ってきた。
その後、店長がオムライスを作ってくれて、アラディアちゃんは喜んで一階に駆け下りて行った。
スライムの中からアラディアさんが現われ、テーブルに置かれた紙面を見る。
「エヴァは天才だよ」
人を褒めることなんてほとんどないアラディアさんが珍しいことを言う。
「年は7つだが、既に俺の20代のころに匹敵する知識量と魔術のセンスがある。
俺も周りから神童と呼ばれてきたが、あいつは俺を上回るだろうな。
まあ俺の娘だから当然だがな」
ここのところ若干親馬鹿が入っている気がする。
しかしアラディアさんに匹敵する才能があるとは、ますます大物だなあの子。将来が楽しみだ。
「エヴァちゃんから聞きましたけど、アラディアって名前は別に名字みたいなもんじゃないんですね。
実の娘さんにつけるあたりなんか意味があるんですか?」
「まさか、俺は正しい名前を正しい位置に戻しただけだ」
その返答の意味はよく分からなかった。
代わりに、魔術について語ってくれた。
「あいつの使う魔術、というか術式の構成は独特のものだ。
通常、俺たちは何らかの基板を元に魔術を行使する。
有名なのは世界法則とかだな。カバラや四大、五行とか。
そうじゃなかったら自分そのものを基板にしたりとか。まあ、どちらにしろ魔術を構築するための元になるものが必要になる」
「魔術を使うのに必要な、理論に当たるところですか」
「そう。知識とも関係するがな。
だがエヴァは違う。よく子供の想像力は自由で大人の発想を上回る話を聞くが、それをそっくりそのまま魔術に応用できて、しかも行使できるんだあいつは」
「?」
「これ見ろ」
そう言って、アラディアさんは手にした紙面を俺に差し出す。
アラディアちゃんがシジルを書いていた紙。
そこには大小様々な魔法円。
けど俺が使うのとは違う箇所がいくつも見える。
形が違う。三角形や四角形。縦長の棒状のものもあれば、図形が複雑に重なりあっているものもある。
どころか鋏で図形を切り取ったり、糊で上から貼り付けてあるものもある。
霊体の名前もそう。通常は時計回りに書くものだが、左回りに書いたり、円を無視して縦に書いたり、適当に字をちりばめているものもある。
というか何だこの名前は?ソロモン七十二柱の悪魔でも、天使でもない。法則性もバラバラで、適当に創作したようにも思える。
「あいつは想像力とかが半端ないのかな?いや、それを上手く魔術に応用できるって言ったほうがいいか。
一つの型にはまる必要が全く無い。むしろそこから自由自在に組み合わせて、まったく新しいものを産み出す。
想像力で無限の世界を産み出せる」
想像力。それは魔術において極めて重要な要素だ。
可能性の創造。既存概念からの脱却。
想像があってこそ創造が始まる。
「大人っていうもんは既存の考えに囚われているもんだ。
長く生きてるから、世界がどのようなもんか勝手に決めて、決めたからこそそうとしか世界を見ない。
自分の世界観に縛り付けられるっていうわけだ。それが最も影響するのが顕現者だな」
だからこそ二日目で二人の常識を破壊したんだがな。
アラディアさんはそう付け足す。
話が終わって、俺は気になったことを聞く。
「アラディアさんは、エヴァちゃんがこれからどうなってほしいとか、そんな希望はありますか?」
「ない」
即答だった。
「なんで俺があいつの未来を決めなきゃなんねぇんだよ。
俺にできるのは、あいつがしたいと言ったことを叶えること、知りたいと言ったことを教えること、あと愛することだけだ。
それ以外のことはしない。
俺が余計なこと言って、あいつの可能性を狭めたくないんだよ」
アラディアさんは立ち上がり、話したいことは話し終えたと言ったふうに、その足は一階に向かう。
階下から聞こえる「おとうさん!」という子供の声。「食ってるか~?」と父親の声。
一階を見ると、アラディアさんの他に霞さんや店長がアラディアちゃんを囲み談笑している。
いつもとは違う。花が咲いたかのような、微笑ましい光景。
アラディアちゃんの到来。娘の前ではいつもと違う挙動のアラディアさん。
たまにはこんなこともありかもしれないな。
楽しそうな雰囲気に混ざりたくて、俺も足は一階へ向かった。
次回、QandAコーナー