第十四話 LESSON5
前回、次元移動
年内最後の投稿。皆様、来年もよろしくお願いします!
キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴り響く。
昼休み。英語のテストが終わり、学校の屋上へ私と蛍とカナが集まった。
空いている場所に座り、ミーンミーンと絶唱する蝉の声を聞きながら、各々食事を取る。
「くぅー、テストもだいぶ終わったね。
あと少し頑張れば夢にまで見た夏休みですよ、な・つ・や・す・み!
ここまで長かったね、本当に~」
「あはは、後二日だからね。
テストもそろそろ返されるだろうし、確か来週の金曜日から夏休みだよね?」
「うん。そうだね」
昼食を食べながら、気持ち早に夏休みの事を話し始める。
まだテストが残ってるいるが、終わりが見えると人というのは余裕を持ち始めるものだ。
昼食を食べていると、カナが話を切り出した。
「ねえ、二人とも。
夏休みってさ、なんか予定ある?」
ない。ほとんどない。
カナと違い、部活に所属していない私たちは学校での予定なんてほとんどない。
強いて言えば勉強くらい。あと桃花でのバイトかな。夏休みには再開するだろうし。
トレーニングやファルファレナの事に頭が一杯で、今後の予定を考える余裕など全くなかった。
「特に、ないかな」
「ほんと?ずっと勉強してるの?」
「う、う~ん。どうだろ・・・・・・・」
まあ、確かに色々とやってみるべきかもしれない。
地域のボランティアとか、資格とか。高校性になると将来の事に思いを巡らす時期だ。
インターンシップなんてどうだろう。将来どんな職に就くことも考えないといけない。
将来の夢、か・・・・・・。
けど、私の将来は大体決まっているようなものだ。
これからもずっと、桃花で働く。
表の仕事も裏の仕事も、ずっと続けていく。
誰かから言われたとか、自分が強くそう望んでいるとか、そんなわけじゃないけど。
なんとなく自然に、私はそうなるだろうと思っている。
そんな私を尻目に、カナは指折り数え始めた。
「夏といえば海でしょ、山でしょ、夏祭りでしょ、花火でしょ、映画でしょ、旅行でしょ、ほら、こんなに色々あるよ!
私なんて予定詰めすぎて『あれ、休みある?』って状態だし」
「急がしそうだね。部活もあるんでしょ?家で何もしない日も入れた方がいいんじゃない?」
「そうなんだよね~。けど何もせずボケーッとしてたら落ち着かないんだよ」
蛍の言葉に、カナは身体を動かして答える。
それは理解出来る。私もこの前何もやることがないまま伏せていた。暇で暇で仕方なかった。
私も蛍も特に予定がないことを表現すると、カナが身体を身を乗り出した。
「ねえ、もし予定が合ったらさ、三人でどっか行かない?」
「三人で?」
「うん!夏祭りは当然として、海なんてどう?
街の近くに人気の海水浴場あるし、海の家があるからご飯も食べられるし。
素敵だと思わない?」
海・・・・。三人で・・・・。
私と蛍が顔を見合わせて、互いに頷き合う。
「うん。いいかもね、それ」
「そうだね。たまには海に行きたいね」
「やったー!
実を言うと美羽ちゃんにお似合いの水着見つけてたんだよ。着て欲しいな~って思ってたんだ!
蛍も眼福だよ~。なんたって、私と美羽ちゃんの水着姿を見られるんだから!」
「それは素晴らしいね。是非とも拝見したいよ」
「お、おお。随分直球だね、蛍。
じゃあ二人ともOKってことで、詳しい日時とかは後で決めるとして、その前に残りのテスト頑張んなきゃね!」
楽しみだなーと言いながらお弁当を食べるカナ。
この前もだけど、カナと一緒に何かする、それだけでとても楽しい。
学校でもそうだし、たまの休暇でもそう。
だから、三人で行く海もきっと楽しくて、華やかなものになることは間違いない。
私はそれを想像して、自然と口角が上がった。
だからこそ、私たちは奴に勝たなきゃいけない。
「ハァッ!!!」
スライムの中。トレーニングルームにいる美羽、蛍、そして天都。
既に到達した次元は昨日の倍以上、26次元に達していた。
その領域で繰り出される攻防。次元を破壊しながら、美羽の爪は天都に迫る。
放課後に桃花を訪れて、天都さんとのトレーニングが再開された。
前日は10次元が限界だった上昇も、今やすっかり慣れてきたものだ。
まるで階段を上るよう。一歩一歩自らを昇華し、一段抜かしで飛ぶこともできる。
次元に限りなんてない。自らが望む限り、時間をかければいくらでも登れそうだ。
私の爪が天都さんに突き立てられる寸前、横から黒弾が飛んできた。
それは私の腕を弾き、軌道を外す。
天都さんによるものではない。飛び退き、横を見る。
見ればアラディアさんが指鉄砲を私に向けていた。
確か、フィンの一撃だったっけ。
北欧源流のガンド魔術。「棒」とか「狼」などの意味をもち、幽体離脱や相手を呪う「ガンド撃ち」等の呪術的な行使方法がある。
その上位のものは物理的な威力を発生させることもできる。それが今アラディアさんが使ったフィンの一撃。
西欧での「人を指差す事が失礼にあたる」というマナーの由来にもなったとか。
「おい、もうそこまででいい」
「今日もですか?早いですね」
「ああ、その代わり新しいことをするぞ」
天都さんとのトレーニングは強制的に終了した。
私たちは付き合ってくれた天都さんに礼を言い、アラディアさんに続いてトレーニングルームの出口に出る。
即座に再構成される世界。
現われたのは机に椅子二つ。そして脚が付いたホワイトボード。
「座れ」
アラディアさんが椅子に座ることを促す。
恐る恐る座ると、アラディアさんが私たちの前に立つ。
なんだかこれから授業が始まるみたいだ。
「大体合ってるぜ」
ナチュラルに思考を読み取るアラディアさん。
前々から言ってますが、勝手に人の思考を読み取るのは――んなもんお前が無防備にしてるのが悪いんだよ。
もはや思考にすら介入してきた。けどアラディアさんの読心術を防ぐなんて不可能な気もする。
「さて、今から新しい術技を修得する。
これを修得すればお前達の戦術は今までの何十倍も向上するだろう。
が、これは普遍的なものでもあり、当然咎人共も使ってる。
利用できるものはなんでも利用するからな奴ら。
ま、要はそれくらい重要で、なおかつ基本てことだ」
目前にあるホワイトボード、そこに油性のマジックが浮き上がり、ある用語を書き始める。
「並列思考?」
「そう。見ただけで大体分かるだろ」
言いたいことはわかる。だが具体例が思い描けない。
先に手を上げたのは蛍だった。
「あれですか。本を読みながらテレビを見るとか、歯を磨きながら新聞見たりとかする」
「そんな感じだ。
まあ、けどあれだ。
ぷ○ぷよとか、相手との対戦ゲームで、相手の盤面をずっと見てることはできないだろ?
理由は簡単。作業量に対して脳の処理が追いつかないから」
あ、確かに。
アラディアさんの例えを聞いて、小さい頃蛍と対戦型のテレビゲームをしていたことを思い出す。
相手の手の動きとか、画面とか見ながらプレイできたらいいのにって、あの頃は思ってたな。
「当然、これはあらゆる場面で言えることだ。
咎人の戦闘でもそう。蛍みたいに波状攻撃をバンバンやってくる相手に、一々ああしようこうしようなんて考えられるか?」
「それは、すいません」
なぜか蛍が頭を下げる。謝る必要はないのに。
「一つの思考だけでは追いつけない。やがて限界に達し、それは死と同義語である場合が多い。
なら、使える思考を増やしちまえばいい。
そんなことを考える奴はどこにでもいるもんだ」
油性のマジックが樹形図を描く。
一つの点から、右に何本か枝分かれする。
枝分かれした線の先に四角い枠を書き、その中に攻撃、防御、回避など、RPGで出てくる単語を書き並べる。
「つまりだ。思考の基板を増やすんだよ。
例えば三つ思考基板を増やしたとする。A、B、Cって感じでな。
Aの思考は攻撃だけに集中する。Bは防御だけ。Cは回避に専念。
それらを統合し、なおかつ矛盾を起こさず、高速で思考を回転させる。
聞いただけで便利だと思うだろ?」
それを聞いて、再び私はホワイトボードの図を見る。
先ほど私は樹系図と思ったが、ある意味フローチャートの図とも呼べるかもしれない。
相手へ勝つために思考を分割し、それぞれの観点から必要なプロセスを実行する。
けど、それって・・・・・。
「あの、一つ疑問があります」
「なんだ?」
並列思考を修得するとなると、あるトレーニングを否定することになる。
だからこそ、蛍はそれを指摘した。
「僕たち、この前直感を鍛えました。
無駄な事は考えず、第六感に任せろと。
けど、並列思考を使うとなると考えることになるんじゃないですか?
それは直感に悪影響を及ぼすのではないでしょうか」
「安心しろ。
直感に任せる思考を残しておけばいいだけだ。
脳を高速で思考しながら、思考しないで勘に任せれば解決だろう?」
「・・・・・欲張りですね」
「はっ、殊勝なこった。
少なくとも咎人共は遠慮せずに使ってくるぞ。当然、ファルファレナの奴もな」
笑いながら告げるアラディアさん。ファルファレナの名前を聞いて、無意識に緊張する私たち。
咎人が並列思考を使うのなら、当然奴も使うはずだ。
ただでさえ私たちは奴に及ばないというのに、今更何を控えるというんだ。
「そんで、さっそくそれを習得するわけだが」
前に立つアラディアさんが、その手でガシッと、私たちの頭を鷲掴みにする。
突然のことだが、もう特に驚かなくなった。きっと習得のために必要なことをするんだっていうのはわかっているし、何より相手がアラディアさんだから。
「とりあえず最初は10個からやってみるか。
最初は自分の中で齟齬が発生したり、脳が混乱したりもするが、まあじきに慣れる。
聖徳太子みたいに、十人に話しかけられてもしっかり聞き取れるようになる」
アラディアさんの説明の中盤から、脳に複数のイメージが浮かび上がってきた。
思い出。お気に入りの曲が脳内でBGMのように流れる。違う視点からの情報。今日の夕飯。テストの復習。カナと蛍と海のこと。咎人・ファルファレナ。トレーニングの不安と実感。アラディアさんの説明。並列思考。
まるで、パソコンで複数の動画を何画面にも分けて見ている感じ。
情報量に耐えられないはずなのに、それを無理なく受け止めているという食い違い。
なんだろう、車酔いしたかのような吐き気が襲ってくる。
理解できるが、私の意識だけが混乱しているような異常事態。
「あ、あれ?並列思考ってもっと、こう、訓練とかで増やしていくのかと思ったんですけど」
身体の態勢を崩しながら、蛍が疑問を呈する。
「そのやり方もあるだろう。ていうかそっちのほうが負担は軽いわな。
が、多少の負担を覚悟してでも最短ルートを突っ走るぞ。
今お前の思考回路、精神に色々手を加えた。
強制的に並列思考を増やしたんだよ。
数時間もすれば、右手でお手玉をしながら左手で本をめくり、本の内容を熟読しながらテレビとパソコンを見ることも余裕でできるようにもなれる」
わあ、すごい。すごく魅力的だ。
だが頭の中で発生したこの混沌に慣れるには、それなりに時間がかかりそうだ。
椅子から降りて立ち上がろうとする。
けど身体をうまくコントロールすることができず、倒れそうになり机によりかかる。
情けないことに、足が生まれたての小鹿のように震える始末。
まずはこの状態で立つことから始めよう。
今更だが、つくづく慣れというのは便利で、かつ恐ろしいものだ。
どんなに過酷な状況でも、新しい環境でも、人はいつしかそれを当然のものだと思う。
時間と経験を積み重ね、それを自らの中で常識としてしまえる。
たった二つの事を思考することすら難しい人間が、同時に十もの思考をいきなりコントロールするのは無理難題。
しかしこれまでのトレーニングが功を奏したのか、二人は30分足らずで普段通りに行動できるようにはなっていた。
脳が今までの数倍以上エネルギーを使っている。けどそれは些細なことだ。
もとより常識を超越している顕現者。自らの中で常識の基板を組み替えることができてから、二人の中の世界観はさらに荒唐無稽なものになっている。
そんな二人にアラディアが課したトレーニングは、
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・ははっ」
空間に突然現れたそれぞれ十台のテレビ。
縦横に積まれたテレビが、それぞれ別チャンネルを移す。
アニメ、ニュース、グルメ番組、旅番組、クイズ番組、CMオンリー、子供向け番組、ワイドショー、歌謡、そして映画。
蛍と美羽は一挙に放送されているそれらを、ただ鑑賞していた。
「30分間見てろ」
そう言われ、二人はリラックスしながらも集中して十面のテレビ画面に見入っていた。
これがトレーニングであることに変わりはないのだから。
『有月ちゃ~ん、おはよ~!』
『昨日、都内で男性が刃物を振り回し、二名の──』
『では次にニンニクを潰しましょう。こうやって包丁を平らに置いて、上から潰します』
『ヨーロッパの街並み。まるで中世の世界に迷い込んだようで、なんだか幻想的でもありますね』
『はい。内藤さん、解答をどうぞ』『蜜柑!』『んん、おしい!』
『皆違って、皆良い。C&A共済』
『じゃあ皆、お兄さんと歌を歌ってみよう!』
『犯人は、『自分は無実だ』と主張しているそうです』
『では次、山形県からお越しの松浦さん。曲名は――』
『この荒廃した世界で俺たちにできることは、ただ生きることだけだ。未来につなげることだけだ。それが、人の持つ使命だと思っている』
同時に入ってくる情報を、前のめりになりながら処理する。
脳内で展開される十の画面。パソコンで画面を十に分割したかのよう。
音、声、人、色。
二人と緊迫と調理と絶景と笑い声と真顔と子供と無表情と歌と荒廃。
常人がこれを見たら、どれを見ようか目移りするだけで、全ての情報を理解することなんて不可能だ。
後で思い出せと言われても、精々言えて一つか二つくらいだろう。
それは数時間前の二人もそう。
だけど、今それを可能にしている自分がいることに、二人自身も動揺していた。
アニメは学校で話している女子三人、ニュースは都内で刃物を振り回した事件関連の事、料理番組は潰したにんにくをソースにして鶏肉の上にかけている。
旅番組では女性がヨーロッパの観光名所を回り、クイズ番組では司会が回答者を指さしながら気の利いたツッコミを入れている。
CMはこれで42個め。長さは平均して15秒くらい。子供向けの番組では折り紙を使った工作をしている。
ワイドショーでは先日あった事件。ニュースで放送している刃物男とは違うようだ。
歌謡では男性が演歌を歌う。異様に上手い。映画は中盤にさしかかるところだ。主役の男性とヒロイン役の女性が車を運転しながら、近未来兵器で砂漠と化した元アメリカを走らせている。
人は確かに思考するが、人は異なったいくつもの思考をするものなんだ。
ピッと、音がしてテレビの電源が切れた。
背後を振り向くとアラディアさんがリモコンを持っていた。
「実感は持てたか?」
「はい。すごいですねこれ。本当に聖徳太子になった気分です」
「そうか。なら次だ」
アラディアさんが指を鳴らすと、虚空から何かが落ちてきた。
紙とペン。本が数冊。ゲーム機。座布団ほどの大きなジグソーパズル。
数学の問題集。ルービックキューブ。端末とイヤホン等々・・・・・。
再びアラディアさんがテレビをつける。だけど十の画面の中で点いたのは一つだけ。
「次は身体を動かしながらだ。
両手にそれぞれ何か持ちながら作業。イヤホンで曲を聴きながらテレビも見る。あと足も使え」
その言葉を最後にどこかに消えるアラディアさん。
呆然としながら、私たちは床に落ちている道具に視線を向ける。
さて、何から始めようか。
次回、五層に参ります




