第九話 サラミナ、怒笑
前回、やっとまともなトレーニング
堅洲国・第七層 サラミナの縄張り内部。
たった一人に襲いかかる巨大な臓器の群れ。
腸、胃、肺、脳、膀胱、子宮、心臓・・・・・。
しっちゃかめっちゃかな軌道を描き、しかし互いが互いを妨害しないように、血を撒き散らしながら進行する。
流星のように降り注ぎ、蛇のように蛇行して、物量という単純な戦闘要素を一人に叩きつける。
対する俺は、
「おぉぉぉぁぁぁあああああああああ!!!」
拳を叩きつけ、それらを迎撃していた。
殴られた巨大な臓器が大量の血を撒き散らす。強い酸性を持つそれを、集は顕現で向きを変換し方向をそらす。
次いで襲いかかる第二第三の臓器。それを殴って吹き飛ばすのではなく軽く触れる。
その主導権を奪い、肉壁から出てこちらを見ているサラミナに臓器を食らわせる。
ドパァッ!! と色々ぶちまけた生々しい音が聞こえる。
血の雨が降り注ぎ、酸性のそれが肉壁を焼く。
白い煙が立ち上る。視界を塞ぐ煙を手で払う先には、無傷のサラミナの姿。
「う~ん。触れる事が顕現のトリガーなのかしら。
だとすると距離を取りながら戦うのがベスト、なんだけどこのままじゃ時間がない」
膝をつきながらこちらを睥睨する目は変わらず。
確かに当たったはず。だがここは彼女の縄張り。内部の物は自由に操れるのだろう。
サラミナは思考する。どうやって俺を殺すか。わざわざ声に出して確認している。
「仕方ないわね。久しぶりのお客さんで嬉しかったけど、そろそろ終わらせるとしましょう」
サラミナから放たれた殺意。それを一身に浴びた俺は、まるで魂が抜けるような虚脱感に襲われる。
それは強者が放つ殺気ではない。方向性が別の、底なしの悪意に満ちた、玩具に対する嗜虐。
空気が震え、空間全体が大きく脈動する。
これまでの戦いなど単なる様子見。これから先は異常の中の異常。
彼女は、笑いながら告げる。自らの顕現を。
「顕現 悪性腫瘍・サラミナ」
言葉と同時に空間全体に広がる波動の奔流。
その直撃を受けて、しかし変化は何もない。
目に見えない事象が発生している?つまり、
「無形型だと思うでしょう?」
俺の考えを読んでいるのか、サラミナは俺が出そうとした答えを言う。
彼女は二本の指でバッテンを作った。
「けど残念。私の顕現は具現型よ。名称で察しがついているでしょう?貴方の中に私が発生しているって」
「君が、発生?」
どういう意味だと問う前に、俺は口元に鉄臭い味を感じて――。
「う、ぐぶはぁ!!」
ゴボッという音がして、俺は口の中の血を吐き出す。
赤い肉壁で目立たないが、相当量の血が体内に排出される。
外傷はない。つまり内臓にダメージを受けている。
なにが、起きた・・・・。
俺は高速で思考し、これまでに得た情報から正体を類推する。
先ほど彼女は自らの顕現を悪性腫瘍と呼んだ。
医学には疎いが、腫瘍というのが身体の内側に出来て、それゆえに様々な弊害を起こすものという想像はできる。
ならそれを人為的に発生させたと見るべきか。
いや、そんな単純なものでもなさそうだ。
私が発生する。その言葉がどうも気になる。
全力で思考していると、プツッという音が腕と顔から聞こえる。
見る。腕には肉が丸見えの、まるでメスを入れたかのような傷跡が。
「なっ、くそっ!」
今度は身体が裂け始めた。
手が、指が、足が、腹部が、顔が、目が、耳が。
身体の内側にも、臓器が千切れるような痛みが襲う。というかねじれて千切れかけているのが分かる。
俺自身の回復力でも治癒が間に合わない。
気を失いそうな激痛の中、俺は顕現を使う。
(コンバート 回復)
裂け、肉が見えていた手や足が瞬時に欠損を埋める。痛みも治まった。
だが一時しのぎにしかならないことは明らかだ。再び口の中に鉄臭い味が込み上がってくるし、原因をなんとかしないかぎりこれは終わらない。
「苦しそうね。ええ、元の世界でもそうだったわ。
私を発病した者の末路はそれはもう酷かった。
内側から徐々に壊死して、確実に迫る死のカウントダウンに怯えながら過ごすの。
咳をするたびに血を吐き出して、出血多量で死んでしまった人も何人もいたわね。
やがて病は脳まで犯し、内臓は完全に腐りきる。
肉がブヨブヨしたゼリーみたいになってしまうのよ。面白いでしょう?」
高みから笑うサラミナに向けて、先ほどと同様に遠当てを見舞う。
最近身につけた術技。顕現の効果までは飛ばせないが、射程距離はだいぶ向上した。
衝撃はサラミナを捉え、その身体を木っ端に引き裂く。
しかし哄笑は止まらない。
「あははははははははは!!無駄よ、それでは私を殺せない。
貴方に世界の形の一つを教えてあげる」
言葉と童子に、肉壁からサラミナが姿を現す。
その数10,20,30,40・・・・・・・。まだまだ増え続ける。
偏在?空間中に自らを拡散させているのか?顕現の効果か?
やがて臓器と血で赤い世界は、大量に現われたサラミナたちによって一面の白に変わった。
その内の一体が言葉を続ける。
「モナドロジーって知ってる?詳しく言うのなら、ライプニッツという哲学者が考えた宇宙観なんだけど。
誤解を恐れずに言わせてもらうと、水滴の中に無限の宇宙があるっていう理論よ」
ライプニッツの名前は一度は聞いたことがある。それこそ教科書に載っているくらい有名な哲学者だ。
モナドは部分を持たない単純な実体。分割不可能なもの。宇宙の鏡。モナドロジーというのはモナドが存在することを仮定した宇宙観のことだと思えば良い。
モナドは宇宙の一切を所有していて、0のなかに無限の変化と推移が表現されている。
「それをエンテレケイアと呼び、完全性と呼んだ」
それ即ちこういうこと。俺という存在が、無限に広大な葦の国含む全世界を内に含み表現する。
さらに俺の器官――脳や臓器等がそれまた全てを内に含み、さらにさらにそれを構成する組織が全てを含み・・・・・そんな繰り返しを無限に繰り返すという。
それは俺だけでなく外も。石も、風も、噴き出るガスもサラミナもそうであるだろうし、俺と彼女を含むこの縄張りもそうだろう。
物質のそれぞれの部分が、草木の茂る庭や魚が泳いでいる池のようなもので、その草木の一つ一つの枝や葉、動物のそれぞれの肢体や、樹液や体液の一滴一滴が、またそのような庭や池である。
部分の中にどこまでも部分が存在する連続律。
内側にも外側にも無限に分割可能で、その全てに最大の全体が内包されている。
そして絶対の中心点が存在しない。
俺を軸に世界が積み重なっていく。石を中心に世界が積み重なっていく。サラミナを中心に世界が積み重なっていく。無限の要素で積み上がっていく。
多重に積み重なる世界。その世界のいたるところ全てが中心であり、別の存在と層が重なろうと問題は生じない。
さらにそんな世界が、一つ一つの要素ごとに無限の可能性を有し、その度に分岐していたら?
結果生じるのは目眩がするほど遙かに巨大な世界。
単純な多元宇宙が点にさえ見えない程。
そしてその世界の全てにサラミナが複数存在する。
宇宙論の仕組みを自らに組み込む。展開型の基本だ。規模が増えれば増えるほど展開型は強くなるのだから。
だが完全な専売特許というわけではない。今目の前に具現形であるサラミナが使っているのだから。
「葦の国が抱える無数の宇宙論のその一つ。そうである世界もそうでない世界も無限にあって、さらに葦の国自体がその構造になっている。複雑ね、この世界は」
「わざわざその話をしたってことは、君はそれを体現できるのか?」
「応用してるだけよ。顕現の効果じゃない。私の顕現は、ほら、こんな風に」
彼女が手をかざす。
すると俺たちの目の前に巨大なスクリーンが現われた。
映像だけを映す電子スクリーンは宙に浮かびながら、赤い肉壁を投影する。
腸の中、だろうか?肉壁の中には白い粒々が幾つも、腫瘍のように腸内に存在する。
それの正体を見てゾッとした。それは全て人型だ。白い異形の少女が、こちらを見てクスクス笑っている。
スクリーンが倍率を上げて、内側を鮮明に写す。
原子、素粒子の域にまで倍率が上げる。
そこには数十、数百のサラミナがクスクス笑い、その手で量子を弄っていた。
そして、砕いた。
「がはぁっ!!」
それと同時に内側から爆発したような痛み。
すぐさま顕現で体内を復元し、サラミナを睨み付ける。
「つまり、君は悪性腫瘍である自分を、他人の中に無尽蔵に発生させるってことか?」
「正確には貴方の全世界。無限に続く分割された各世界。その中に私が発生し、その世界に害を及ぼす。
活動を阻害したり、破壊したりしてね。
元々の私はこんなに凶悪な病ではなかったわ。精々潜伏した体内で増え続け、いずれ食道や腸を塞ぎ宿主を殺す程度。けど魂喰いのおかげで、霊格の増加にともない顕現が進化したの。
多重的な構造の人体を、好きに壊せるように」
「それが、悪性腫瘍・サラミナ」
となると今目の前でも増え続けている彼女は、この縄張りを体内に見立ているからだろう。
さて、ここらで一度状況を整理しよう。
サラミナは顕現を発動させた。具現型で、その効果は俺の体内に無尽蔵に自分を発生させること。そのために自分を世界や俺の中に偏在させることが出来ること。
今も内臓はキリキリと痛み、口や鼻から血が止まらない。顕現を発動してもいたちごっこ。
あ、指取れた。ポロリと落ちた指が地面に吸い込まれる。粒子の域にまで侵入するんだ、これくらい可能だろう。
このままではジリ貧。血管が破れた足に力を入れ、今まで喋っていたサラミナの後ろに回りこむ。
「コンバート 浄化」
俺が触れた少女は、光の粒子のように輝きながら、その存在が消えていく。
痛みもなく、病そのものである彼女が光の中に消えていく。
だが彼女たちの笑い声は止まらない。
分かっていた結果だ。偏在能力を持つ者にとって、個の消失は終わりではない。
自分そのものを世界中に好きなだけ配置できるその力は、こと防御において最上レベルのものだろう。
なんたって自分全てが消えない限り滅びないから。
後は相手が死ぬのを待てばいい。相手が徐々に衰弱するのを高みから見ていれば良い。
彼女たちにはそれができるのだから。
俺の隣に現われたサラミナが、呆れながら呟く。
「知ってる?私みたいに人の想念から発生した存在はね、その想いも人が思い描いたものになるの。存在意義とも言うわね。
キャラクターみたいなものね。ある役割を与えられ、その通りに動く。勇者が勇者の役割を演じるよう強いられるように、魔王が魔王の役割を強いられるように。
私も病そのものとして崇拝され、それを依り代に世界に生まれた。生まれ堕ちたの」
目線を下に落としながら語る彼女は、どこか寂しげで、過去に思いをはせているように見える。
その目が俺に向く。羨望の眼差しで俺を見つめる。
「貴方はいいわね。羨ましい。ただ産まれただけ。善にも悪にも染まれる自由がある。
私にはそれすらなかったのに」
最後の言葉からは憎悪が滲み出ていた。
ゴポゴポと煮え立つマグマのように、抑えきれない憎悪が山頂から零れる。
羨望はやがて殺意に、親愛はやがて憎悪に変わる。
「ああ、憎い。憎くて憎くてたまらない。たまらないわ!
私をこんな所まで追い詰めた人間が!私を発生させた人間が!!
存在するだけで忌み嫌われる業を私に背負わせた人間が!!!
ええ、いいでしょう!お前たちがそう願ったのなら、その存在意義を果たしてあげましょう!!
私という病で、世界の全てを侵してやる!!!」
身の毛がよだつ程の殺意。それと同時に強まる彼女の顕現。
全身から血が噴き出し、もはや内臓からは痛みが感じない。
その代わりボゴボゴ不規則に腹部が動いている。内臓が意思を宿し踊っているように。
俺の肉体すら自由に操れるのか!?
肉壁が脈動し、サラミナたちが憎い憎いと輪唱する。
憎悪の視線が俺に突き刺さる。今この場で、彼女たちの殺意の的は俺だ。
狂乱の声を上げながら両手で地面を這いずるサラミナの群れ。
改めて戦慄を覚えながら、俺は手を硬く握った。
次回、直感




