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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 傀儡使いと紅蓮鬼
82/211

第九話 サラミナ、怒笑

前回、やっとまともなトレーニング



堅洲国・第七層 サラミナの縄張り内部。

たった一人に襲いかかる巨大な臓器の群れ。

腸、胃、肺、脳、膀胱、子宮、心臓・・・・・。

しっちゃかめっちゃかな軌道を描き、しかし互いが互いを妨害しないように、血を撒き散らしながら進行する。

流星のように降り注ぎ、蛇のように蛇行して、物量という単純な戦闘要素を一人に叩きつける。

対する俺は、


「おぉぉぉぁぁぁあああああああああ!!!」


拳を叩きつけ、それらを迎撃していた。

殴られた巨大な臓器が大量の血を撒き散らす。強い酸性を持つそれを、集は顕現で向きを変換し方向をそらす。

次いで襲いかかる第二第三の臓器。それを殴って吹き飛ばすのではなく軽く触れる。

その主導権を奪い、肉壁から出てこちらを見ているサラミナに臓器を食らわせる。


ドパァッ!! と色々ぶちまけた生々しい音が聞こえる。

血の雨が降り注ぎ、酸性のそれが肉壁を焼く。

白い煙が立ち上る。視界を塞ぐ煙を手で払う先には、無傷のサラミナの姿。


「う~ん。触れる事が顕現のトリガーなのかしら。

だとすると距離を取りながら戦うのがベスト、なんだけどこのままじゃ時間がない」


膝をつきながらこちらを睥睨(へいげい)する目は変わらず。

確かに当たったはず。だがここは彼女の縄張り。内部の物は自由に操れるのだろう。

サラミナは思考する。どうやって俺を殺すか。わざわざ声に出して確認している。


「仕方ないわね。久しぶりのお客さんで嬉しかったけど、そろそろ終わらせるとしましょう」


サラミナから放たれた殺意。それを一身に浴びた俺は、まるで魂が抜けるような虚脱感に襲われる。

それは強者が放つ殺気ではない。方向性が別の、底なしの悪意に満ちた、玩具に対する嗜虐(しぎゃく)

空気が震え、空間全体が大きく脈動する。

これまでの戦いなど単なる様子見。これから先は異常の中の異常。

彼女は、笑いながら告げる。自らの顕現を。


「顕現 悪性腫瘍・サラミナ」


言葉と同時に空間全体に広がる波動の奔流。

その直撃を受けて、しかし変化は何もない。

目に見えない事象が発生している?つまり、


「無形型だと思うでしょう?」


俺の考えを読んでいるのか、サラミナは俺が出そうとした答えを言う。

彼女は二本の指でバッテンを作った。


「けど残念。私の顕現は具現型よ。名称で察しがついているでしょう?貴方の中に私が発生しているって」

「君が、発生?」


どういう意味だと問う前に、俺は口元に鉄臭い味を感じて――。


「う、ぐぶはぁ!!」


ゴボッという音がして、俺は口の中の血を吐き出す。

赤い肉壁で目立たないが、相当量の血が体内に排出される。

外傷はない。つまり内臓にダメージを受けている。

なにが、起きた・・・・。

俺は高速で思考し、これまでに得た情報から正体を類推する。


先ほど彼女は自らの顕現を悪性腫瘍と呼んだ。

医学には疎いが、腫瘍(しゅよう)というのが身体の内側に出来て、それゆえに様々な弊害を起こすものという想像はできる。

ならそれを人為的に発生させたと見るべきか。


いや、そんな単純なものでもなさそうだ。

私が発生する。その言葉がどうも気になる。

全力で思考していると、プツッという音が腕と顔から聞こえる。

見る。腕には肉が丸見えの、まるでメスを入れたかのような傷跡が。


「なっ、くそっ!」


今度は身体が裂け始めた。

手が、指が、足が、腹部が、顔が、目が、耳が。

身体の内側にも、臓器が千切れるような痛みが襲う。というかねじれて千切れかけているのが分かる。

俺自身の回復力でも治癒が間に合わない。

気を失いそうな激痛の中、俺は顕現を使う。


(コンバート 回復)


裂け、肉が見えていた手や足が瞬時に欠損を埋める。痛みも治まった。

だが一時しのぎにしかならないことは明らかだ。再び口の中に鉄臭い味が込み上がってくるし、原因をなんとかしないかぎりこれは終わらない。


「苦しそうね。ええ、元の世界でもそうだったわ。

私を発病した者の末路はそれはもう酷かった。

内側から徐々に壊死(えし)して、確実に迫る死のカウントダウンに怯えながら過ごすの。

咳をするたびに血を吐き出して、出血多量で死んでしまった人も何人もいたわね。

やがて病は脳まで犯し、内臓は完全に腐りきる。

肉がブヨブヨしたゼリーみたいになってしまうのよ。面白いでしょう?」


高みから笑うサラミナに向けて、先ほどと同様に遠当てを見舞う。

最近身につけた術技。顕現の効果までは飛ばせないが、射程距離はだいぶ向上した。

衝撃はサラミナを捉え、その身体を木っ端に引き裂く。

しかし哄笑(こうしょう)は止まらない。


「あははははははははは!!無駄よ、それでは私を殺せない。

貴方に世界の形の一つを教えてあげる」


言葉と童子に、肉壁からサラミナが姿を現す。

その数10,20,30,40・・・・・・・。まだまだ増え続ける。

偏在?空間中に自らを拡散させているのか?顕現の効果か?

やがて臓器と血で赤い世界は、大量に現われたサラミナたちによって一面の白に変わった。

その内の一体が言葉を続ける。


「モナドロジーって知ってる?詳しく言うのなら、ライプニッツという哲学者が考えた宇宙観なんだけど。

誤解を恐れずに言わせてもらうと、水滴の中に無限の宇宙があるっていう理論よ」


ライプニッツの名前は一度は聞いたことがある。それこそ教科書に載っているくらい有名な哲学者だ。

モナドは部分を持たない単純な実体。分割不可能なもの。宇宙の鏡。モナドロジーというのはモナドが存在することを仮定した宇宙観(コスモロジー)のことだと思えば良い。

モナドは宇宙の一切を所有していて、0のなかに無限の変化と推移が表現されている。


「それをエンテレケイアと呼び、完全性と呼んだ」


それ即ちこういうこと。俺という存在が、無限に広大な葦の国含む全世界を内に含み表現する。

さらに俺の器官――脳や臓器等がそれまた全てを内に含み、さらにさらにそれを構成する組織が全てを含み・・・・・そんな繰り返しを無限に繰り返すという。

それは俺だけでなく外も。石も、風も、噴き出るガスもサラミナもそうであるだろうし、俺と彼女を含むこの縄張りもそうだろう。

物質のそれぞれの部分が、草木の茂る庭や魚が泳いでいる池のようなもので、その草木の一つ一つの枝や葉、動物のそれぞれの肢体や、樹液や体液の一滴一滴が、またそのような庭や池である。

部分の中にどこまでも部分が存在する連続律。

内側にも外側にも無限に分割可能で、その全てに最大の全体が内包されている。


そして絶対の中心点が存在しない。

俺を軸に世界が積み重なっていく。石を中心に世界が積み重なっていく。サラミナを中心に世界が積み重なっていく。無限の要素で積み上がっていく。

多重に積み重なる世界。その世界のいたるところ全てが中心であり、別の存在と層が重なろうと問題は生じない。

さらにそんな世界が、一つ一つの要素ごとに無限の可能性を有し、その度に分岐していたら?


結果生じるのは目眩がするほど遙かに巨大な世界。

単純な多元宇宙が点にさえ見えない程。

そしてその世界の全てにサラミナが複数存在する。

宇宙論の仕組みを自らに組み込む。展開型の基本だ。規模が増えれば増えるほど展開型は強くなるのだから。

だが完全な専売特許(せんばいとっきょ)というわけではない。今目の前に具現形であるサラミナが使っているのだから。


「葦の国が抱える無数の宇宙論のその一つ。そうである世界もそうでない世界も無限にあって、さらに葦の国自体がその構造になっている。複雑ね、この世界は」

「わざわざその話をしたってことは、君はそれを体現できるのか?」

「応用してるだけよ。顕現の効果じゃない。私の顕現は、ほら、こんな風に」


彼女が手をかざす。

すると俺たちの目の前に巨大なスクリーンが現われた。

映像だけを映す電子スクリーンは宙に浮かびながら、赤い肉壁を投影する。

腸の中、だろうか?肉壁の中には白い粒々が幾つも、腫瘍のように腸内に存在する。

それの正体を見てゾッとした。それは全て人型だ。白い異形の少女が、こちらを見てクスクス笑っている。

スクリーンが倍率を上げて、内側を鮮明に写す。

原子、素粒子の域にまで倍率が上げる。

そこには数十、数百のサラミナがクスクス笑い、その手で量子を弄っていた。

そして、砕いた。


「がはぁっ!!」


それと同時に内側から爆発したような痛み。

すぐさま顕現で体内を復元し、サラミナを睨み付ける。


「つまり、君は悪性腫瘍である自分を、他人の中に無尽蔵に発生させるってことか?」

「正確には貴方の全世界。無限に続く分割された各世界。その中に私が発生し、その世界に害を及ぼす。

活動を阻害したり、破壊したりしてね。

元々の私はこんなに凶悪な病ではなかったわ。精々潜伏した体内で増え続け、いずれ食道や腸を塞ぎ宿主を殺す程度。けど魂喰いのおかげで、霊格の増加にともない顕現が進化したの。

多重的な構造の人体を、好きに壊せるように」

「それが、悪性腫瘍・サラミナ」


となると今目の前でも増え続けている彼女は、この縄張りを体内に見立ているからだろう。

さて、ここらで一度状況を整理しよう。

サラミナは顕現を発動させた。具現型で、その効果は俺の体内に無尽蔵に自分を発生させること。そのために自分を世界や俺の中に偏在させることが出来ること。

今も内臓はキリキリと痛み、口や鼻から血が止まらない。顕現を発動してもいたちごっこ。

あ、指取れた。ポロリと落ちた指が地面に吸い込まれる。粒子の域にまで侵入するんだ、これくらい可能だろう。

このままではジリ貧。血管が破れた足に力を入れ、今まで喋っていたサラミナの後ろに回りこむ。


「コンバート 浄化」


俺が触れた少女は、光の粒子のように輝きながら、その存在が消えていく。

痛みもなく、病そのものである彼女が光の中に消えていく。

だが彼女たちの笑い声は止まらない。


分かっていた結果だ。偏在能力を持つ者にとって、個の消失は終わりではない。

自分そのものを世界中に好きなだけ配置できるその力は、こと防御において最上レベルのものだろう。

なんたって自分全てが消えない限り滅びないから。

後は相手が死ぬのを待てばいい。相手が徐々に衰弱するのを高みから見ていれば良い。

彼女たちにはそれができるのだから。


俺の隣に現われたサラミナが、呆れながら呟く。


「知ってる?私みたいに人の想念から発生した存在はね、その想いも人が思い描いたものになるの。存在意義とも言うわね。

キャラクターみたいなものね。ある役割を与えられ、その通りに動く。勇者が勇者の役割を演じるよう強いられるように、魔王が魔王の役割を強いられるように。

私も病そのものとして崇拝され、それを依り代に世界に生まれた。生まれ堕ちたの」


目線を下に落としながら語る彼女は、どこか寂しげで、過去に思いをはせているように見える。

その目が俺に向く。羨望の眼差しで俺を見つめる。


「貴方はいいわね。羨ましい。ただ産まれただけ。善にも悪にも染まれる自由がある。

私にはそれすらなかったのに」


最後の言葉からは憎悪が滲み出ていた。

ゴポゴポと煮え立つマグマのように、抑えきれない憎悪が山頂から零れる。

羨望はやがて殺意に、親愛はやがて憎悪に変わる。


「ああ、憎い。憎くて憎くてたまらない。たまらないわ!

私をこんな所まで追い詰めた人間が!私を発生させた人間が!!

存在するだけで忌み嫌われる業を私に背負わせた人間が!!!

ええ、いいでしょう!お前たちがそう願ったのなら、その存在意義を果たしてあげましょう!!

(サラミナ)という病で、世界の全てを侵してやる!!!」


身の毛がよだつ程の殺意。それと同時に強まる彼女の顕現。

全身から血が噴き出し、もはや内臓からは痛みが感じない。

その代わりボゴボゴ不規則に腹部が動いている。内臓が意思を宿し踊っているように。

俺の肉体すら自由に操れるのか!?


肉壁が脈動し、サラミナたちが憎い憎いと輪唱する。

憎悪の視線が俺に突き刺さる。今この場で、彼女たちの殺意の的は俺だ。

狂乱の声を上げながら両手で地面を這いずるサラミナの群れ。

改めて戦慄を覚えながら、俺は手を硬く握った。



次回、直感

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