第八話 大会
前回、地下への誘い
6月の中旬。
休みの日。私と蛍は県営の総合運動公園、その体育館に立ち寄っていた。
熱気が渦巻き、歓声が飛び交う。シャトルを打つ音と、靴の擦れるキュッキュッて音が連続して聞こえる。
私たち二人は体育館の二階で、バドミントンの試合を見ていた。
今日は県の高校生バドミントン大会が開催され、県内の各所からやってきたバドミントン選手が雌雄を決している最中だ。
外は夏の熱気。もちろん中もそれ相応に暑い。ただ立っているだけで汗がしたたり落ちる。
近くに自動販売機があって助かった。私は手に持っているポカリスエットに口をつける。
私と蛍はバドミントンに興味があるわけでは無い。昔部活でやっていた経験もない。
部外者である私たちがここに来た理由は一つ。
「カナー! 頑張れー!」
今まさにコートで動き回っている友人、カナ。彼女を応援するためだった。
「・・・・・っ!」
カナの鋭いスマッシュ。アウトギリギリのラインに落ちるシャトルを、対戦相手の人は高く打ち上げた。
後方に上がったシャトルを、カナは素早くステップを刻み、今度はネットギリギリの手前に落とす。
対戦相手の人はまるで予想していたかのように移動する。もちろん難なくカナへ返す。これもネットギリギリの手前に。
カナは全力で前に戻る。ネットを超え、自分コート内に落ちるシャトルにラケットを伸ばす。
ぎりぎりラケットに当たり、対戦相手の手前の左側に落ちる。
ヘアピンをヘアピンで返したんだ。この前ヘアピンを特に練習すると言っていたが、それは本当だったようだ。
反対側にいた対戦者は急いで打ち返そうとするが、あと少しというところで球はコートに落ちた。
わっと湧き上がる歓声。カナと同じバドミントン部活生が、歓声を上げながら拍手をする。
それとは反対にカナは辛そうだ。肩で息をして、手で額の汗を拭う。眼光は獣のように前に向けられ、対戦相手以外が見えていないようだった。
点数はカナが19で、対戦相手の人が18。一点リードしたが、気休めにはならない。
バドミントンは3ゲームマッチで行われる。21点を取った方が1ゲームを制し、先に2ゲームを取った方が勝つ。
20対20になったらゲームは延長され、先に二点差をつけた方が勝つ。
カナとしてはこのまま引き離したい所だが、そうはいかない。
実力は伯仲していた。今のゲームは3ゲーム目だが、1ゲームはカナが、2ゲームは対戦相手の人がそれぞれ取った。
このまま逃げ切って欲しい。その想いが届いたのか、次のカナのサーブが相手コートにすんなり入った。
手前の線、アウトかセーフか判断が難しいところ。またしてもそこに入れた。
「すごいね。奏はきわどいところを攻めるのが上手だ」
横で蛍が感心している。
それがカナの戦法なのかな。相手はなかなか打ち辛そうにしている。
まあ、ギリギリすぎてカナがアウトになることもあるけど。
どうにせよこれで20対18。カナは王手をかけた。30分以上続く試合の終わりが近い。
続くサーブ。先ほどと同様に手前に落ちたシャトルを、今度は対戦相手の人は拾って打ち上げた。
打ち上がったそれを、カナは高く、後ろの方に打ち上げる。
それを待っていたとばかりに、相手は素早く移動し、ジャンプしてスマッシュを打った。
シャトルは左に突き進む。カナはなんとかラケットを振るが、空回り。
シャトルは床に叩きつけられる。同時に聞こえる相手方の歓声。そして加えられる得点。
これまで見てきたけど、相手の人はスマッシュがかなり速い。
そのスマッシュにカナが反応できない。スマッシュを打たれたらほとんど点を取られている。
20対19。追い上げられてきた。これであと一点取られたら、ゲームは延長になる。
焦りで鼓動が速くなり、思わず唇をかみしめる。
(頑張ってカナ。あと一点。あと一点だから・・・・・)
注目する皆が固唾を呑む。
相手の人がシャトルを打つその前に、カナが二階にいる私たちを見た気がした。
そしてサーブが放たれた。
手前に落ちるそれを、カナがヘアピンで手前に返す。
ネットに引っかかりそうな、かなりきわどい角度だったが、なんとか球はコートに入った。
すると困るのは対戦相手の人。ネットギリギリの球を、体勢を崩しながら上に打ち上げる。
ライトでまぶしい頭上に打ち上がった球の落下地点には、既にカナが構えていた。
パァン! 軽快な音と共にスマッシュが放たれる。
打たれたシャトルは相手コートにまっすぐ進む。
ステップですぐさま戻った対戦相手は、それをなんとか打ち返す。
しかし球は再び打ち上がった。その方向にはカナがいる。
再度放たれるスマッシュ。それを再び上に弾く相手。
受け身のまま、カナのミスを待っているのだろうか。相手の人は腰を落としどっしりと構えている。
それを察知したのか、カナはスマッシュの姿勢で、力を抜いて相手の手前に球を落とした。
確か、あれをカナはドロップと言っていた。
いわば騙し手。スマッシュと違い勢いは無く、代わりに相手のコート手前にふわりと落ちる。
スマッシュと打つフォームが似ているため、それに反応するのは困難。
案の定相手は手前に落とされた球を急いで拾う。
前に落とすのでも、後ろに打ち上げるのでもない、中途半端に浮いた球。
それをカナは見逃さなかった。
一気に前に近づき、浮いた球を、蠅を叩くようにラケットで叩く。
鋭い軌道を描いて、シャトルが相手コートに突き刺さった。
直後に響くゲームセットの声。
その声を聞いて、カナは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。
勝った。カナが、勝った。
「やったぁ!」
歓声と共に、激闘を繰り広げた二名の選手に万雷の拍手が送られる。
二人はやがて握手をして、チームメイトの元へ戻る。
カナは仲間達に抱きしめられ、満面の笑みを浮かべる。
その姿を見て、私も同じように思わず顔がほころぶ。隣の蛍もそうだ。
仲間達に取り囲まれながら、カナは二階の、私たちの方を見た。
満面の笑みとピースサイン。どうやら私たちに気づいていたようだ。
「おめでとう、カナ!」
「おめでとう!」
死闘を制したカナを、私と蛍はそれぞれ祝した。
次回、二人の異常




