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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
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第二十三話 悪夢と現実

前回、協力意思



「う、」


意識が戻った俺は、胃から湧き上がるものを止めるので精一杯だった。

なんだ今の映像は。気持ち悪い。胸くそ悪いにも程がある。

俺の異変に気づき、エクシリアちゃんは俺を呼ぶ。今に引きずり込む。


「先輩!落ち着いてください!!今は咎人が先決です!後で泣き叫ぶ時間ならいくらでもあります!!!」


その言葉にハッとし、俺は咎人を見る。


「ギャアアアアアァァァァァァアアアアアアアア!!!」


悲鳴。肉塊の悲鳴。

それが、先ほどまで見ていた光景と嫌でも重なる。

俺は最悪な可能性を思い至ったが、それをかき消した。

エクシリアちゃんの言う通り、今はあいつをなんとかしないと。


「魔術は、使えません。先ほどと同じ状態になってしまいました」

「実は俺もだ。これで強化も治癒も移動もできないな」


先ほどから魔術を使用しようにも、正しい順序を踏んでいるのにも関わらず使えない。

空間移動という、緊急脱出装置が使えなくなったのはきつい。

だが、顕現が使えなくなったわけではない。

手をグーパー握りしめる。これさえあれば戦える。


「エクシリアちゃんは下がって今まで通り援護をお願い。さっきと同じように俺は奴に接近する」

「わかりました。危険だと思ったら撤退も視野に入れてくださいね。私の顕現もどうやらもう通用しないようですから」


言い残すと同時に、彼女は山を下り遠方に避難した。

俺は再び咎人と向かい合う。

数十メートルはあろう巨大な肉塊。無数の手足が無秩序に生え、(うごめ)く有様はまさにクリーチャー。

表面に浮かぶ人相は、悲しみ、怒り、憎悪、絶望。様々な感情を乗せて俺を睨む。

正面からそれを受け止めて、俺もまた視線を返す。

このままお前を、野放しにしてはおけない。


咎人に向かって突っ走る俺。

先ほどのダメージは既に変換済み。五体満足で傷一つ無い俺になっている。

しかし咎人は手足を動かさない。俺に向かって迎撃をしない。

それを謎に思いながら、それでも俺は足を止めない。

どうせこうするしか他に方法が無いんだ。どんな迎撃が来てもその都度対処するしかない。

半ばやけくそ気味に走る。


突如、俺の目の前の次元が断裂した。


「!!!」


断裂は口のように開き、その奥に異世界が広がっている。

これは、エクシリアちゃんの顕現!

吸い込まれる。重力とはまた違う引力。しかも対象は俺だけ。それを証拠に、俺より異次元の近くにある石ころはピクリとも動かない。

抗えない程の強大な力で俺を引きずり込もうと口を開ける。

こうなったら仕方ない。俺はあえて異次元の境に飛び込む。


どんどん迫る堅洲国とも異なる世界。

追放されたら出られる保証はない。そう言う意味ではこの行動も一か八かの賭けだ。

鼻先まで迫った異次元の口。俺はそれに勢いよく手を突っ込む。


「コンバート 崩壊」


肘まで異世界に吸い込まれた俺の腕。

感触は無い。強いて言えば堅洲国よりも空気が重い。

腕を伝わって伝播した命令は、ただちに異世界に崩壊をもたらす。

砂のように目の前の光景が崩れ落ちる。

自然も、遠くに見える人工物も、まるで絵が砂となって風に流されるかのように形を失っていく。

それは次元の狭間まで達し、ぐにゃりと歪む異世界の口。

最後にバチンと砕け、突っ込んだ手は帰ってきた。


手は無事だ。外傷も違和感もない。それを確認して安堵する。

同時に、先ほどから気になっていた、どうやってエクシリアちゃんの顕現を食らって戻って来ることができたのかという疑問。その答えが分かった。


奴はさっき俺の顕現を模倣したように、エクシリアちゃんの顕現を模倣した。

それを使い、自らが追放された異次元世界から堅洲国へと、自分を対象に追放した。

そして奴は戻ってきたと。

これでもうエクシリアちゃんの顕現は完全に無効化された。彼女の顕現は単発型。いわばここぞという場面で使う必殺技。対処法が確立されたら意味が無い。


異世界を崩壊させると同時。

俺を囲むように、小さい次元の断裂が五、六個現われる。

異世界の数も位置もコントロールできているようだ。完全に自分のものにしている。

あらゆる方向から引力が発生する。前後左右、異なる場所から吸引しようとする力が働く。

その結果俺の身体は千切れそうになる。右腕、右足、左腕、左足、頭。上に引っ張られ下に引っ張られ、右に引っ張られ左に引っ張られる。

本来の使い方では殺せないと思ったのか、それとも数打ちゃ当たると思ったのか。


四肢が千切れそうになる引力に抗いながら、俺は身体を振り回す。

目的は異次元の断裂に触れるため。先ほどの結果から、俺の顕現で異世界が崩壊することが分かった。

なら触れることさえ出来ればこの引力も止まる。

右手左手で計三個。右足と左足で残りの三個の異次元を消滅させる。


そして俺を拘束していた引力が消える。四肢に鎖をつけられて引っ張られるような力がなくなる。

目の前には咎人。さらに異次元を生み出そうとするが、遅い。


「コンバート 貫通」


全力を込めた一撃を、咎人に叩き込む。

一つに収束された衝撃は咎人の身体を光のように突き抜け、破壊がその後にもたらされる。

無限に広がる平行世界の何割かを瓦解(がかい)させる威力。単体で軽く宇宙を凌駕する意思。それをもろに食らって無事などあり得ない。


「グギュガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!」


人面の全てから悲鳴が上げる。

今までで最高の一撃は、その魂に致命的な損壊をもたらした。

あまりの威力に吹き飛ぶ巨体。威力を逃すこともできず、全身を巡る破壊にのたうち回っているんだ。

これで三発目の貫通。どうやら無事倒せそう――。


そして、集の脳内にまた砂嵐が流れ始めた。



ザザザザッザザザザッッッッッッッザザザザザザザザザザザザザーーーーーーー(またあの人の記憶。悪夢が続く)



ここは、どこ?

目を開けると、そこは白い部屋。なかなかに広い。

なぜここに?わたしはさっきウリエルと名乗った男に・・・・・・・・。


「一応は、成功です。ウリエル様」


声は眼下から聞こえた。

目線を下に、そこには、鼠?科学者のような衣服を着ている鼠が、近くにいる男に何やら説明している。

その男を確認して、再度恐怖で魂が引きつる。

その男は、ウリエルだ。

彼は相変わらず焦点のあっていないぼやけた目で、わたしを見上げている。

見上げている?なぜ?わたしはどこか高いところにでも上っているのだろうか?


鼠は説明を続ける。


「魂の分割実験の際には素体が何度か壊れかけましたが、そこは我々の技術、すぐさま復元いたしました。

十に分割しましたが、個々に分けられるとやはり顕現は使えないようですな。本体の霊格も分散し弱体化しました。

詳しい結果は後で報告いたしますので、大まかな結果はそのようなものだとお思いください」

「うん、わかった。で、僕が言ったことはできたの?」


調査報告がどうでもいいのかウリエルは自分の用件を確認する。

鼠は嬉々として、それでいて冷静さを忘れずに報告する。


「もちろんです。粛正機関と認定した者を自動的に追跡して殺す、一種の思考プログラムを課す顕現。

それを魂に埋め込み、試しに一度外に放ちましたが、無事結果は得られました。

四層で咎人を粛正していた粛正機関を見事に食い殺しましたよ。本当はもう少しテストして試行回数を増やしたかったのですが」

「いいよ。欠陥品なら欠陥品で楽しめる」

「寛大なお言葉。ありがたき幸せでございます。

我々としても今回粛正機関の顕現者をいただけると聞いて、我々の研究を活かせる機会だと心を躍らせていました。これからも七大天使様方とは末永いお付き合いを願っております」


懇切丁寧な口調。しかしそれから興奮冷めやらぬように、鼠は報告する。


「我々としても今回多大な発見がありました。一定の思考ルーティンをするようにプログラムを埋め込んだはいいものの、顕現には影響を及ぼさないことなどは特に。

魂の複製、転写、創造、分離・・・・・etc。今まで様々な魂への干渉を行いましたが、顕現にだけは手が届かない。外部から解析しようとしても、水のようにするりと手から抜け落ちる。

今回のように外部から強制的に思考を植え付けようにも、それに適した顕現が発現しないことがその証明。

もしかして顕現とは魂すら超えた内在要素ではないのでしょうか?

口惜しいですが、我々では解明できない最奥の秘宝とでも呼べばいいか・・・・・・・・・。

こほん、長くなってしまいました。

しかし、良かったのですか?素体はそれなりの美貌。玩具にするなり作品を作り上げるなり、他に使い道はあったと思いますが」

「うん。僕は醜いものの方が好きだから。

表面だけ飾った美しさなんて信用できない。

ねえ、そうだろう?」


そう言って、ウリエルは手を伸ばして白い肉塊に触れる。

それに触れられた時、私の肌に感触があった。


「いい?レイナ。君は今から咎人だ。

君が殺してきた、そして僕と同じ咎人なんだ。

君は自動的に粛正機関を見つけ、殺そうとする。それは君の意思では止められない。

元粛正者と粛正者の殺し合いなんて、好事家たちが知れば垂涎(すいぜん)の眼差しで観戦するだろうね。

僕たちとしても得をする。少し手間がかかるけど、敵同士で勝手に潰し合ってくれるんだから。

殺して、殺して、殺して、殺して、かつての同胞を殺し回るんだ。

そしていつか、誰かが君を救って(ころして)くれる。

その時まで、君はこの醜い姿で堅洲国を行進するんだ。

ほら、鏡を見てご覧」


ウリエルが口にすると、目の前に突然出てくる巨大な鏡。

そこに映ったのは、巨大な肉塊だ。

醜悪、その一言に尽きる。

数十メートルはあろう巨大な肉塊。そこに無数の手足が付いて、自重を支えている。

象の鼻のように長い触手は計八本。ワームのように牙が生え、肉を求めて勝手に動き回る。

化け物だ。たとえ聖人だろうと目を背け吐き気を催す、クリーチャーがそこにいた。


これが、わたし?この醜い化け物がわたしなの?

張り付いて人面の一つ。その一つが鏡と目があう。

わたしの目が動くと、鏡の顔も目が動く。

化け物に付着した顔。それがわたしだった。

発狂しそうな私の恐怖を案じてか、ウリエルの声は優しいものに変わっていく。


「君がどれだけ絶望しても、この悪夢(ゆめ)は終わらない。

どれだけ泣いても変わらないんだ。

悲しいだろう?辛いだろう?希望なんて見当たらないだろう?

けど大丈夫。この世界に絶対なんてない。永遠も同じく存在しない。

きっと、いつか誰かが君を殺してくれる。怪物を倒すのはいつだって英雄なんだから。きっとそうさ」


だから安心して、粛正者(どうほう)を殺してきてね。



ザザーザザザザザザッザザーーザザザザーーザーザーーザザー(・・・・・・・・・・・・)


次回、断罪の矢。

たぶん長文になります。

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