第十七話 友人とドライブ
ある休日。夏の暑い日。
自宅でゴロゴロしていると、突如友人である結城から連絡が入った。
車に乗らないかと、俺、海曜集は友人に誘われた。
「もう免許取ってたんだな」
結城の車。助手席で俺は外の景色を見る。
過ぎ去る街並み。山に入り、青々と茂る木々が映る。
山道は高低差があり、車道の横下には川が流れ、数人の釣り人が竿を握っている。
俺たち以外の車はない。悠々と運転できるってもんだ。
窓を開ける。風に打たれるのが好きなんだ。分かる人いるかな?
「一回テストに落ちたせいで夏までかかっちまったが、なんとか免許は取れたよ。
毎回行ってた教習所とこれでお別れだと思うと、寂しいもんがあるな」
運転しながら結城は呟く。
非常に丁寧な運転だ。うちの親がするような片手運転や姿勢を崩した運転はしていない。
まさしく教科書通りの運転。視線は前面や、時々窓に移動する。
しかし折角の景色なのに、それを堪能しないのはどうなんだ?
俺は蝉の声が鳴り響く山道を見て、面白い事を考えた。
季節は夏だ。この時期にもってこいの話題をしよう。
「なあ、結城。この山道ってさ、出るらしいぜ」
「出る?何が」
「これだよこれ」
俺が手を下に向け、幽霊のようなポーズを取る。
結城はそれを一瞬見て、すぐに視線を元に戻す。
「脅かそうたってそうはいかねぇぞ。少なくとも俺はここらで心霊関係の話は聞いた事が無い」
「そうか?先輩から聞いたんだけどあまり広がってないのかもな。俺も実際に見たことは無いけど」
「おおかた、自動車事故で死んだ人の霊が出るとか、そんな感じだろ?ここらへん結構道幅狭いし、見通しも悪いし」
「いんや、そうじゃない。確かにここらへん交通事故多いけど、聞いた限りそうじゃなかったな」
「へえ、じゃあ何なんだ?」
逆に聞いてくる結城。
大なり小なり興味を持った証拠だ。第一段階は無事終了したようだ。
さて、問題は次だ。上手く話に引きずり込もう。
俺は運転している結城にもわかりやすいように、道路の隣で流れる川に指をむける。
「幽霊は水場に集まりやすいってよく言うだろ?先輩から聞いた話もそうなんだ。
昔さ、ここらへんで身投げした人がいるんだってよ」
「身投げって、自殺したと」
「ああ、女性が。どういう理由かはわからないけど。
ここを流れている水死体が発見されて、死体解剖の結果ここらへんで落ちたことが分かったらしい。
それから、周辺で妙な現象が起きるようになったらしい」
「例えば?」
「夜に自動車で走ってると視界の隅に白い人影が現われたり。
運転していたら突然目の前に人が現われて、轢いたと思って周りを確認しても誰もいなかったり。
釣りをしてると魚の割には異常に強い引きがあって、ようやく釣ってみたら髪の毛が釣り針についてたり。
この山道を車で通ってると、ふとバックミラーを見ると白い女性が後部座席に乗ってて、あわてて確認したら誰もいない。けど女性が座っていた席が濡れていたり。
そんなことが度々起こるんだってよ」
話していると、やがて山と山を繋ぐ橋が見えた。
その上を走る車。後付けするように俺は話を付け足す。
「ここの橋。特に交通事故とかが起きたわけでもないのに、橋の出口らへんにお地蔵さんが建ってるだろ」
「ん?ああ、そういえばそうだな」
「それって、その人を供養するために建てられたらしいぜ。
ちょうど、この橋から飛び降りたみたでさ」
「・・・・・・・・・へえ、そうなのか」
平静を装っているが、ちょくちょく視線が泳いでいる。
橋の下を何回か見ている。どうやら効果はあったらしい。
そうこうしているうちに橋の出口につく。
俺が言ったとおり、橋の近くには小さいお地蔵様がちょこんと建っていた。
横目でそれを確認する俺と結城。
「それで、オチは?」
視線を戻した結城が言う。俺に続きを急かしている。
・・・・・・と言われてもな。
「え、これで終わりだけど?」
「は?」
信じられないような目をする結城。
「ここまで意味ありげに言っておいてオチなし?
いや、それはそれで現実みがありそうだけど、まじで言ってんの?」
「仕方ねぇだろ。先輩に聞いた話はここまでなんだし、つうか特に被害がなくて結構なことだろ」
「それはそうだけどよ、あ~、なんだこのもやもやは」
どうやらすっきりしていないようだ。目を細め、俺に悪態を吐く。
目の先に自動販売機が出てきた。結城は車を止め、お前も何か選べと俺を呼ぶ。
俺が何を買うか迷っていると、結城が車の後部座席を見ている。
何やってんだ?数瞬後に吹き出した結城を、奇妙な目で見る。
結城は俺を見て、やってくれたなと笑う。
「集。なんだお前、きっちりオチを用意してるじゃねぇか。だからって飲み物こぼすのは止めてくれよ」
「は?何言ってるんだ?」
「何って、お前が仕掛けたオチだよ」
俺の頭に疑問視が浮かぶ。
オチ?さっきの話の続きか?
オチつってもあれで話は終わりだが、何を言っているんだ?
とにかく俺は結城が見ていた後部座席を見る。
開く。何も変わっていない。
だが、一箇所。結城の後部座席が、濡れていた。
まるでそこに、ずぶ濡れの誰かが座っていたかのように。
「いつやったんだ?まさか車に乗った直後にか?
だとしたらすげぇなお前。この山道に来ることも織り込み済みだったってことか」
「い、いや、だから俺はなんもしてねぇよ!偶然お前がここを通ったから先輩から聞いた話をしただけだ!
そもそもこんなことするわけねぇだろ、人の車に!!」
親しき仲にも礼儀あり。少なくとも友人の車を濡らすような事は礼儀に反すると俺は思う。
結城が首をかしげる。
「じゃあ、どういうことだ?車を走らせた時には濡れてなかったぞ」
「後ろに何か乗せてたってこともないし、今お前がジュース零したってわけでもないよな?」
「当たり前だ!開けてもないだろ!!」
結城が手に持つコーラを見せる。
自動販売機から取り出されたばかりで、蓋は開いてない。
結城も違う。俺も違う。
じゃあ、一体何が?
「「・・・・・・・・・」」
もう一度、俺と結城は濡れた後部座席を見る。
身投げ。自殺。水死した女性。
俺が言った心霊話を思い出し、結城ともども背筋を震わせた。
「それで、だ」
結局あの後、俺と結城は5分ほどその場で動かずにいた。
言葉は交わさずに視線だけで、これはやばいと会話した。
幸いそれ以上の異常は起こらず、様子を見ながら俺たちは出発した。
帰りの車内。口火を切ったのは結城だった。
「お前、将来どんな職に就きたいかって決まってるか?」
唐突な質問だった。予想していたよりまじめな話で驚いた。
「将来?うぅん、正直言って決まってないな。
自分が何したいってのがそもそもわかってねぇし、近くでどんな職業があるかもわかんねぇし」
そもそも仕事をする理由を金銭に求めるのならば、俺はもう仕事をする必要がない。
桃花の裏の仕事は莫大な金銭が支払われる。桃花の店員全員が、その生涯で使い切れないほどの金を持っている。
それに、桃花の仕事も気に入ってるっちゃ気に入ってる。大学を卒業した後も桃花に就職すればいいや、と楽天的に思ってさえいる。
だから俺は他の大学生と比べると、将来の職に関する興味は低い。
「実は俺もだよ。一応公務員目指す体で大学に入ったはいいんだが、講義を聞けば聞くほど俺の思ってるのとはかけ離れていくんだよ。
かといって他にやりたい事もねぇし」
どうしよっかなあ、俺。結城は髪を掻いて独り言う。
多くの大学生の悩みだろう。夢や将来の展望を持てない人が増えているのだとか。
「将来、か。やっぱり自分の得意な事とか、趣味とかと合致してるところ選んだ方がいいのかな」
「それが出来ればいいんだがな」
「まぁ、そりゃそうか」
外の景色を眺めながら、自分事として考える。
俺が好きな事。いや、考えるまでもないか。
誰かに笑顔でいてもらうこと。
悲しそうにしている人を、笑顔に変えること。
それが俺のきっかけであり、同時に顕現の形だ。
子供の時。あの日、そうしたように。
たとえ世界が丸ごと改変されたとしても、それだけは俺の中で変わらないと信じている。
その後も話をしていたら、いつの間にか俺のアパートに着いていた。
「今日は突然無茶言って悪かったな。付き合ってくれて感謝するよ」
「何言ってんだ水くさい。俺とお前の仲だろ?」
「それもそうか。じゃあな」
俺を降ろして、結城は車を走らせる。
蒸し返る暑さ。熱気の籠もった室内に閉じ込められたような、そんな暑さ。
部屋に戻ってテストの準備しよ。
そう思った瞬間に、ポケットのスマホが震えた。
確認する。黒い画面に白い文字でこう書かれていた。
『今すぐ桃花に来い byアラディア』
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