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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
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第六話 魂喰い

前回、散歩の途中で



「え、うわぁああああああああああああ!?!」


突如足下に穴が空き、蛍は絶叫しながら奈落の底へ落ちていく。

美羽は咄嗟に手を伸ばすが届かない。

瞬く間に蛍の悲鳴が遠のいていく。

後に残ったのは底の見えない穴と、それを覗く一人の少女。


(ど、どうすればいいのかな?)


穴に飛び込む? それとも待機する?

少し悩み、この場に残ることにした。

蛍ならすぐにでもここに戻ってこれるだろうし、それに。

片付けないといけないこともある。


「・・・・・・・・・」


視線を周囲に向ける。すでに囲まれていた。

その姿は千差万別。ある者は蜥蜴のような爬虫類。ある者は風船のような花弁。ある者はカマキリと蛇が合体したようなキメラ。

ある者はのっぺらぼうの天使。ある者は地中を泳ぐ鯨。ある者は形を持たぬ霊魂。他にも他にも他にも・・・・・・。


その数、優に数十を超える。

その全てが、美羽に対して濃厚な殺意を放っていた。


(さっきのを見てたのかな)


先ほどの巨人との戦闘。蛍も思った通り危なげなく戦えた。

それを見ていた咎人が、単体では敵わないと感じ徒党を組んできた、と。

それとも、灯に群がる蛾のように、極上の餌に釣られてきたのか。




一方。場面は地面の中。

同じ事は地下でも起きていた。

そう、蛍は地獄を見ていた。


(あぁ、夢だ。これは悪い夢だ)


たどり着いたのは巨大な洞穴。そこらかしこの岩壁に穴が開き、まるで虫の巣のような印象を覚える。

そしてその予想は見事的中していた。

巣の上部。真上に空いている穴。今さっき僕が落ちてきた穴。

そこから、巨大な何かがこちらを見ていた。


「ピキャ―――――――――!!!」


形容するなら人面の芋虫。

数百メートルはあろう体躯、不気味な赤ん坊の顔。さっきテレビで見たあれ。

そんな異形が、岩壁に空いている穴。その全てからこちらを見ていた。


常人なら発狂もののシチュエーション。堅洲国でそれなりに異形の咎人たちを見てきたけれど、これは、その、精神的によくないと思う。

今にも気を失ってしまいそうだ。これ以上直視したくない。本当に。


ともかく深呼吸を一つ。そして現状の分析のために脳を使う。


(僕だけを引きずり込んだのは、美羽との分断を図るため、だろうね。

多数なら勝てると思ったのかな。実際戦略としては間違ってない)


それとも、突如現れた極上の餌に目が眩んだか。

蛍は桃花店長・否笠の言葉を思い出した。




「堅洲国には、魂喰(たまぐ)いという術があります」


桃花の仕事が終わってからの休憩時間。

店長は僕たちが知りたいことや、僕たちの知らないこと――ほとんどが咎人関連の事を語ってくれる。


「魂喰い? 何ですかそれ?」

「正確に言えば世界の法則ですね。堅洲国にいる者たちがなぜああも毎日殺しあっているか、疑問を抱いたことはありませんか?」


無論、疑問には思っていた。

なんせ殺しあうのが日常の世界だ。朝起きる、夜眠ることと同程度の感覚で、彼らは殺しあっている。

気にくわないから? 邪魔だから? 殺さないと殺されるから?

推測は推測のままにしておいて、誰かに聞くことはなかった。


「あれはですね。他者を殺して、その魂を奪っているんです」

「魂を、奪う。ですか」

「そう。相手を殺して、その魂を奪い、自らの霊格を高める。

そのために、彼らは日夜殺し合っているんです」


魂を奪う。なにやら不穏な言葉が出てきた。


「それって、どういうことですか?」

「そうですね・・・・・・・わかりやすく言うのなら、RPGゲームの経験値のようなものですね。

あれは敵を倒せば経験値が手に入りますよね。経験値が貯まればレベルアップして、攻撃とか防御とかのステータスが上がっていく。

これ、結構重要なことなのでぜひ覚えておいてくださいね」


漠然とは理解できた。が、具体的にどのようなものかは思考が追い付かない。

店長もそれを察したのか、さらに魂喰いの効果について語ってくれた。


「殺した者の魂、存在規模すなわち霊格をまるごと自分のものにできる。

百人殺せば百人力。千人殺せば一騎当千を実現できる、魔法のような術ですよ」


それはすごい。便利にも程がある。素人目にもわかるほど破格の術だ。

同時に、ある可能性が脳裏をよぎった。


「それって、僕たちにも適用されるんですか?」


不安半分、期待半分が混じった疑問を投げかける。


「ええ。私もあなたも、老人も幼児も、動物も植物も、有機物にも無機物にも、一度堅洲国に訪れた者には平等に適用されます。なんたって世界法則ですからね。重力みたいなものです」

「そう、ですか・・・・・」


それを聞きたかったような気もした。聞きたくなかった気もした。

自分の心情を誤魔化すように、店長に質問する。


「他者の魂を喰らって、自分のレベルを上げて、それで彼らはどうしたいんですか?」


聞いた限りでは、魂喰いはあくまで手段であって目的ではない。

先ほどのRPGの例で言うなら、ボスを倒す目的のためにレベルアップという手段を用いるだろう。

手段として魂喰いを利用するなら、何らかの目的があるはずだ。

ではその目的は何か?


「そうですねぇ、目的は様々です。自らの理想を叶えるため。大切な者を守るため。単に欲を満たすため。色々ありますが、一番多いのはやはり」


一瞬、店長が言葉を切った。言うか言うまいか考えたような空白。

それでも店長は続けた。


「全てを超えた存在になるため、ですかね」




最後の意味はわからなかったが、高次の存在になるための手段として魂喰いを利用していると僕は解釈した。

曰く顕現を発現した者は、そうでない者と比べてその霊格が段違いに大きいらしい。


霊格というものは、まぁ自分の存在規模だと思ってくれれば助かる。

科学的にいうなら、質量やエネルギー量、熱量。魔術的にいえば魂の大きさ、想念の強さ、霊的質量。

具体的な例を挙げるなら、星の方が人間より霊格は大きい。もちろん単純な質量が違うから。

好きなことに熱中している人は、惰性で日々を過ごしている人間よりも霊格は大きい。両者の間では想いの重さが違うから。

ともかく、咎人にとって顕現に目覚めた者は格好の餌というわけだ。だから顕現者はよく咎人に襲われる。今の僕のように。


さて、僕の前には直視したくない巨大な虫が数十体。

しかし先ほども思ったとおり、今の僕に殺意は更々ない。

可能な限り無力化を狙う。そう決意した瞬間。


「キュアアアァァァァァァァアアアアア!!!」


無数の穴から、巨体を揺らして一体の虫が突進してくる。

その速度たるやまるでジェット機。空気が引き裂かれ甲高い悲鳴のような音が洞窟内に響き渡る。


回避。安全圏に移動した自分自身を想像する。

思考が完了。僕は左に500m離れた位置にいた。

直後に衝突の衝撃が全体に響く。洞穴全体が震えた。僕の身体が浮き上がり、一時的に地面と別れを告げる。


それを見ていた第二陣、第三陣が爆進する。

愚直な突進。他に攻撃方法は無いのか。それともその巨体からしたらそれが一番利口な方法なのか。

そのたびに回避を繰り返す。思考、そして完了の連続。次第に足場が無くなっていくため、空中に立つ自分を想像する。

浮遊。僕は見えない足場があるかのように空気を踏みしめる。


さて、良い感じに虫が下に溜まってきたな。

ちらりと視線を下に向ける。数十体の巨大な幼虫が、まるで蛇が密集しているように絡まっている。うぅ、見るのが辛い。


それらの幼虫を視界に収め、意識が途切れている状態を想像する。

蠢き、鳴き声をあげていた幼虫たちが、まるで死んだように倒れ伏す。

上で待ち構えている虫にも同じように対処する。

意識が切れたそれらは、次々と穴から下の蠱毒に落下していく。


全て想像通り。まるで予定調和。

気を失っている様子を想像しただけなので、数分もすれば元に戻るだろう。

ともかくこれで始末できた。後は美羽のところへ戻って――



「ピュヤアアアアアアアアアア!!!」


え?


真横から聞こえた爆音に、思わず思考が空白になる。

確認するが行動に移すまでが遅かった。鼻先まで迫っていた幼虫が、大きな口を開けて、僕をまるごと呑み込んだ。


「!!???!?!???!??!?!?!」


そのまま僕は腹の中に直行。薄暗く、1m先しかまともに見えない。

赤い、赤い肉壁に囲まれる。目で見える程度には透明な、まるで唾液のような液体が肉壁からあふれ出ている。

僕と共に呑み込まれた岩が液体に触れ、シュゥウウと、音をたてて溶けていく。


(酸、か。これに触れても大丈夫なのかな?)


無論僕にも液体はかかっている。しかし頭から酸を被っても、髪の毛一本も損傷無し。無事だ。

どころか皮膚や服まで撥水性があるかのように、まったく水分を吸収していない。

確認できたし、何の害も無いとはいえこれ以上謎の液体に濡れるのも不快だ。

想像。腹の外に移動する自分。視界が赤い肉壁から、黒い洞穴に変わる。

目の前に僕を飲み込んだ芋虫がいる。

幼虫は突如現れた僕に驚いたように目を見開く。


「ごめんね」


想像する。創造する。

それだけで幼虫の目は光を失い、事切れたかのように、下の仲間達の所へ落下した。

ズズンと、重々しい最後の音が洞穴に鳴り響く。


これで最後。周囲を見渡して何もいないことを確認した後、僕は美羽の元へ移動した。

地上の風景を想像し、そこに自分がいる光景を創造する。


視界は一瞬で変化し、先ほどまで美羽と僕が立っていた場所が映る。

しかし、先ほどと違うことが一つ。

多種多様な咎人が、僕たちを囲んでいた。


「蛍、終わったの?」


背後に立つ美羽が、多少の疲労が混じった声で僕の名前を呼んだ。

見れば、足下に割れたガラスのような破片が大量に散らばっている。

相当激しい戦闘が行われていたことが察せられる。


「うん、遅れてごめん」

「ううん、大丈夫。けど、半分お願い」

「了解」


背後を美羽に任せ、前方に構える。

そこには様々な異形。蛇と蟷螂が合成したかのようなキメラ。僕の膝ほどしかない小人。機械的な配線が腹部からはみ出ている鮫。

そのどれもが殺意を滾らせて僕らを見ている。


想像力をフルに働かせる。思考が加速する。

さて、今日は何時に帰れるかな・・・・・・・。



次回、クレープ

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