第七話 答え合わせ
前回、圧倒 (される)
光が収まり、目の前には桃花二階の景色が出現する。
店長とアラディアさんがソファーに座っていた。
二人に対して、僕は頭を下げる。
「申し訳ありません。咎人の粛正、失敗しました」
「いえいえ、むしろよく逃げてくれました。その判断が出来たことを私は嬉しく思います」
予想に反して店長の言葉は明るかった。
僕の失敗に対する怒りも悲しみも無い。かといって今回の結果がどうでもいいという風でも無い。
浮かべるのは、今までと同じ喜色。
「そもそも急に咎人の粛正を任せてしまった我々に問題があります。
蛍君が申し訳なさそうにする必要なんて欠片もありませんよ。
それに、今回は蛍君の成長を確認することが優先事項です。それが確認できましたし、咎人は・・・・言ってはあれですけど二の次です。ご自身でもそれを確認できたでしょう」
「はい。ですが何もできませんでした」
「いえいえ、エンケパロスの顕現を引き出したではないですか。
どころか、彼の攻撃を受けて生きている。
充分戦闘が成立しています。少し前の貴方ならそんな暇すらなく消されています」
それが励ましなのかどうかは分からなかったが、店長が言うのならそういうことなのだろう。
層が一つ違うだけで次元違いの強さを持つ咎人。基本格下は格上には勝てない。
戦闘にならないんだ。どれだけ必死に刃を振りかざした所で、蝿を叩くように叩き潰される。
それを鑑みて、僕は充分戦闘になっていたと店長は言っている。
「問題なのはエンケパロスの顕現ですね。
蛍君。君にはどう見えましたか」
店長はエンケパロスの顕現の話題をする。
どう、と言われてもな。
「全く分かりませんでした。エンケパロスも言っていた通り無形型でしょうけど、それにしたってやっていることが不明です」
「そうですね。攻撃の無力化、事象の縮小、超高速移動。これだけ多岐にわたると何がなにやら」
困りましたねぇと、店長は笑う。けど全く困っているようには見えないのは、僕の思い違いではない。
店長はエンケパロスの顕現が分かっているのだろうか?
「無形型はわかりにくい。確かにその通りです。
ですが、同時にその根本にある想念が最も態度や言動に出やすい。
つまり顕現者をくまなく観察していれば、その傾向と顕現に気づけます」
「観察していれば・・・・・・」
「はい。蛍君、貴方が戦闘の際に油断していなかった事は分かっています。
エンケパロスの一挙一動を注意深く見ていた事も。
故に問います。咎人の気になる言動はありませんでしたか?
何か他の人とは違う、特徴は」
気になる言動・・・・・・。
思い返す。彼の縄張りに入った時から。
黒板のように黒緑の世界。チョークで書かれた白い数式。
そういえば、最初に出会ったとき彼はなんと言っていた?
『心拍数76』
『歩行速度、時速5.2㎞ 身長167㎝ 体重52㎏』
数値を量っていた。
僕はそれを、戦闘時自らを有利にするための、一種の情報収集と思っていた。
だけどエンケパロスと戦う事になったのは、僕が粛正機関だと告げた後だ。
となると彼の癖、なのだろうか。
店長の言う気になる言動。それが数値を量ること。
そしてその癖は、彼の根本にある想念と繋がる。
・・・・・・・・・。
・・・。
・・・・・・?
・・・・・・・!!?
あ、予想出来た。出来たけど、同時に僕の予想が外れてほしいとも猛烈に思えた。
だって、え、どうするの?
もしもそうだとしたら、彼に勝てる想像が全く思いつかない。
その様子を見て、店長は笑みを深くする。
「どうやら予想できたようですね。外れていても構いません。どうぞお答えください」
「えっと、もしかして、彼の顕現は数値を操るんですか?」
それが、僕のはじき出した答えだった。
だってそれしか思いつかない。逆にそれが答えだとしたら全て説明できる。
「僕の攻撃を無効化したのは、僕の攻撃の威力をゼロにしたから。もしくは自分の硬度を大幅にひき上げたから。
僕の想像した現象を消滅させたのは、その数量や質量、エネルギーをゼロにしたから。
突然僕の目の前に移動したのは、僕との距離を狭めたか、自分の移動速度を上げたか、僕の反応速度を遅くしてその間に近寄ってきた」
僕の答えを聞いて、店長は満足したように頷く。
「私もその解釈で合っていると思います。
彼は数を操る顕現者。どういう想念の元にそんな顕現が発生したのか、それは分かりませんが厄介な顕現ですね。
数値化できる全てを支配下に置く。悪夢のような顕現です」
全くだ。これでは僕が無限に速くなろうが、無限に強くなろうが意味が無い。無限も数価の一つだからだ。
同じように、どれだけの破壊力を持った一撃を用意しても無意味だ。その力をいとも容易くゼロに変えてしまうのだから。
考えれば考えるほど、その顕現の万能性に絶望する。
数の領域、数の概念に留まる存在なら、彼は全てを自由に操れる。
どんな想いを抱いたらそんな顕現になるんだ。彼に直接聞いてみたい。
これは、本当に、どうしような・・・・・・。
本格的に頭を抱え込んだ僕を尻目に、店長は時計を見た。
「この後、美羽さんの元へ向かいますか?」
「え、えぇ、はい」
「時間も時間です。今日はこれでお終いにしましょう。
美羽さんにもよろしく言ってください」
「咎人は、どうするんですか?」
「様子見ですね。動きがあれば我々が対処します」
「・・・・・そうですか、わかりました」
店長の言葉通り、帰る身支度をするために一階へ下る。
一階には変わらず天都さんが新聞を読んでいた。
「用事は終わったのか?」
「はい。なんとか」
よくわからない返事をして、僕は調理室を抜ける。
「お先に失礼します」
「ああ」
天都さんの声は、いつも通り無機質なものだった。
■ ■ ■
トボトボと帰り道を歩く蛍を二階から見ながら、否笠は先ほどのことを思い出す。
五層、力天使の咎人と、一応とはいえ張り合えていた蛍。
少し前の彼とは比べようのない霊格の増加。数日前のシミュレーションすら見ていない否笠には信じがたい事だった。
その増加量は、同格の顕現者を何十体も魂喰いした値に匹敵する。
蛍たちの先輩である集もそうだ。彼は同格の咎人を15人程殺して力天使に成った。
それでも十分な急成長だ。一概に比べることはできないが、蛍たちの成長速度は異常の域にある。
魂喰いはしていない。かといってその想念の熱量が急激に増した、というわけでもなさそうだ。
たった一回同格の敵と相対しただけで、こんなことが起きるのか?
「謎ですね」
少なくとも今はそれしか言えなかった。
ソファーに座るアラディアに否笠は声をかける。
「アラディアさん。貴方が言っていたことは本当のようです。
どうしましょうね」
「放置でいいんじゃないですか? 今はそれよりも面白い話題がありますし」
投げやりな態度のアラディア。その言葉通り、彼の興味関心は他に向いていた。
「咎人の急激な強大化。堅洲国の各地で起きているこの現象。
いいですね、食指を動かされます。
もしかしたら蛍たちとも関係があるかもしれませんよ」
クツクツと笑いながらアラディアは付け加えた。
「先日美羽と蛍がバトったブルーワズという咎人も、一度逃がした後になぜか強くなってましたからね。
見た感じ、強化とはまた違う現象だと思われます」
「そうですか。どうにせよ厄介ですね」
やれやれと、否笠は肩をすくめる。
かくいう否笠自身も、思い当たる節があるのだ。
事の始まりは否笠が堅洲国にいる旧友を訪ねたこと。
最近の話をしていたら、友人は突如真面目な顔になり否笠に告げた。
『最近、咎人が異常だ』
いやいや、咎人なんていつも異常でしょうと否笠は冗談交じりに言ったが、そうではないと首を振る。
『九層はともかく、全ての階層で鼠共が強大化している。
原因は不明だ。御目の事だから万が一も無いと思うが、とにかく留意しておいてくれ』
友人の言葉を否笠は信用した。
それをアラディアに話したら、ああそれっぽい事が起きましたよ、と返ってきたのだ。
アラディアは軽く言っているが、それが本当なら事態は深刻だ
全階層における咎人の強大化。最も負担がかかるのは他でもない、否笠たち粛正機関だ。
「人為的なものである可能性が高いですね。ブルーワズも蝶のような紋章が刻まれていました。
もしそうなら大元を潰せばいい。ですが、その大元が誰かは分からない」
そう言うとアラディアは立ち上がった。
向かう先は自室、ではなく堅洲国への移動に使う、複雑な紋様が壁。
「どこへ?」
「サンプルを取りに行ってきます。
研究に必要なので」
サンプル。つまり堅洲国の住人を適当に捕まえてくると。
「そうですか。お気をつけて」
ともすれば危険を冒しにいくアラディアに対し、否笠の返答は軽いものだった。
彼なら容易くそれが出来るだろうと信用しているからだ。そして実際に可能だからだ。
やがて堅洲国への扉の向こうに消えるアラディア。
一人取り残された否笠はソファーに座る。
(もうすぐ霞さんが帰ってきます。情報収集を頼んでいますから、きっと今回の異常事態も調べてくれているでしょう)
桃花の店員である彼女を思い浮かべ、否笠は今後どうしようかと思慮を巡らす。
が、あまりいい考えも思いつかず、コーヒーでも飲んで一息つけようと下に降りていった。
次回、美羽の元へ




