第六話 成長と圧倒
前回、店長の帰還
長くなってしまった・・・・・
結局、最後の助け船である店長もアラディアさんに賛成した。
店長なりに考えがあるのだろう。それほどまでに僕の成長が異常なのだろうか。なんだか怖いな。
「では、咎人の説明をさせていただきます」
店長はいつものように、僕に咎人の写真を渡す。
それを見て、絶句した。
脳だ。脳の集合体だ。
本来なら頭蓋に収まっているはずの脳漿。それが外に飛び出ている。
というかそれ以外がない。身体がない。首がない。あっても脳から神経で繋がれている二つの目だけ。
それでいてその脳は巨大だ。大きさは二メートルくらいある。
ピンクのような赤、血管のように浮き出る紫の脈。
これまで様々な咎人を見てきたが、脳だけで生きている咎人は初めて見た。
「咎人の名はエンケパロス。ご覧の通り巨大な頭脳の咎人です。
そして理由は不明ですが、こちらの住人を襲って脳を吸い出したとか」
「脳を吸い出す?」
「ええ。これまで1539人もの方が犠牲になっています。
いずれも歴史に名を残す程の科学者。それにより各平行世界の発展が致命的に遅れているとか」
僕たちの世界で言えば、アインシュタインとかダーウィンなどの人物が殺されるとか、そういうことか。
確かにそれはまずい。歴史が大幅に遅れをとることに繋がる。
「咎人の位階は力天使。
どのような顕現かは判明しておりません。
突然の事態で申し訳ありませんが、確かに蛍君の急な成長を確認したいのも事実。
了承してくれてありがとうございます」
「まあ、それが仕事ですから」
本当はアラディアさんの圧力に負けただけだけど。
まあいい。いつもと同じように戦えばいいだけだ。
今日は美羽はいないが、その分僕が頑張れば良い。
奇妙な紋様が描かれた堅洲国への壁の前に立ち、店長に告げる。
「じゃあ、行ってきます」
「くれぐれも無理は禁物ですよ。行ってらっしゃい」
店長の言葉を背に、僕は壁を通る。
一瞬真っ白になる視界を抜けて、すぐに赤黒い大地に降り立った。
堅洲国。相も変わらず血を塗りたくったような世界だ。
まるで人間の体内のような空間。鼻腔をくすぐる血の臭い。
五層。辺りを見渡しても咎人の姿はない。
四層と同じく、派手に殺し合っている咎人の姿はない。
それでも無言で僕に突き刺さる殺気の数々。
肌身を貫く一方的な視線。咎人はいないはずなのに、その気配を色濃く感じる。
注意深く目を凝らし、誰もいないことを再度確認。
魔術式探査機を起動して、咎人の位置を探る。
ここから数㎞南東の位置に反応がある。
顕現のスイッチをONにして、そこまで跳ぶ。
想像は直ちに現実となり、視界が一転して変わる。
しかし咎人の姿は無い。
ブルーワズと同じく、縄張りの中にいるのだろう。
手に双剣を創造し、鋼の剣で目の前の空間を裂く。
するとカーテンを開けるように空間の色が変わる。
赤に塗れた世界は黒い世界に変わった。
それはまるで黒板のような黒緑。
大地は黒。天井も黒。横も同様。地平線の果てまで黒。
黒く四角いキューブの中に閉じ込められている。そんな感じだ。
縄張りに、白い何かが魚のように浮いている。
よく見ると、それは数式だった。
高校でよく見る数式や記号。そして僕では訳の分からない、とてつもなく長い数式が宙に浮かぶ。
それが数千、数万、数億。宙に浮く縄張りの黒板に幾多の数式が描かれている。
さながら水槽の中だ。
そして、それがいた。
「・・・・・・・・・・」
おそらくエンケパロスだ。
ボロ布を纏い、その巨大な頭脳を隠している。
その手? 肉塊のような部位でチョークを握り、目の前の黒板に数式を書いている。
カッカッカッ、という音が連続して聞こえる。高校で毎日見る、数学の先生の姿が一瞬重なった。
「あの、」
彼に声をかける。
しかしその手は止まらず、数式を書き続ける。
「心拍数76」
「?」
声。恐らく目の前のエンケパロスからのもの。
心拍数? 何の話だ。
「歩行速度、時速5.2㎞ 身長167㎝ 体重52㎏」
次々と呟かれる謎の言葉。
すいません。あの、何を言っているか全く分からないのですが。
「全てお主の情報だ。若い人。
身長や装いから察するに十代後半だろう」
それが振り向く。
二つの眼球が僕を見た。
ただしそれは眼窩に入ってない。むき出しの目が、巨大な脳に細い神経で繋がっている。
人から頭蓋骨だけを抜き出したような姿。
咎人・エンケパロス。写真で見た姿そのものだ。
「さて、このような場所に何用か?
儂はこの通り数式を解いている。年寄りの道楽を邪魔せんといてくれ」
口のないその身体のどこで声を発しているのか、検討がつかない。
道楽。その言葉を聞いて、彼がしたであろう行為を思い出す。
「その道楽は、他者の脳を奪うことですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
エンケパロスの動きが止まる。
溜息を吐いて、手の中のチョークを投げ捨てる。
「粛正機関の者か」
「はい。蛍と言います。
咎人・エンケパロス。今回貴方の粛正を担当されました。
契約に従えば、拘束される代わりに命は助かりますよ」
その言葉に、エンケパロスは笑った、ように見えた。
「く、かかか、優しいのう若い者。
折角の提案だが、儂は断らねばならない。
ちょうどこれから新たな脳の採取をするため葦の国に行くところだった。
悔いてもおらぬし、罪悪感も特にない。
それがゆえに殺されたとしても、儂は何も言うまいよ」
きっぱりと言い切るエンケパロス。
まるでこれから僕が何を言うのか分かっていて、その答えを一度に言っているような。
今回も駄目か。溜息をつきそうになる。
「そう、ですか」
「そうだとも。お主からすれば儂は、殺さなければならない敵だ」
エンケパロスが殺気を放つ。
今までの柔軟な態度は一変し、鬼神のような怒りが周囲に震動する。
たった二メートル程の脳体。そこから発揮される圧力は、それだけで星の軌道を曲げ、彼方に吹き飛ばしかねない。
この霊格、間違いない。ブルーワズ以上の圧力だ。
全身を雷に打たれたような痺れが走る。
瞬時に気を引き締める。
最高の想像し、手に双剣を構え、目の前の敵を凝視する。
殺気を研ぎ澄まし、手に持つ武器を握りしめる。
僕の殺気を、エンケパロスは容易く受け流す。
強者ゆえの余裕か。構えというものを一切取らない。
どころか、信じられない事を言い出した。
「儂はここから一歩も動かん」
「はっ?」
「そちらから仕掛けてくるといい」
宣言したとおり、エンケパロスは巨大な脳を床に落とし、それから動こうとしない。
冗談を言っているようには見えない。
何らかの罠かどうか警戒する。が、彼の動きは何も無い。不動の姿勢を保つ。
・・・・・仕方ない。そう言うのならこちらから仕掛けさせてもらう。
既に最強の自分は想像済み。床を蹴り爆発させて、エンケパロスの背後を取る。
手に持った双剣を、眼下の脳髄に勢いよく振り下ろした。
この時、僕は二つの事に驚愕した。
一つは自分の速さ。
確かに僕は最速の自分を想像した。
速度は加速し続け、その限界はない。
つまり無限に早くなる。今までもそうだった。
しかしその加速は段階的だ。初動では音速を超える程度の速さから始まり、徐々に、少しずつ加速する。
ブルーワズのように、僕の何十倍以上も早い相手に急な対応はできない。
だが、今の僕の初動は光速を超えていた。
光の視点で世界を見る。ほんの一瞬でエンケパロスとの距離は零になった。
それと同時に、僕の身体能力も向上している。
僕は顕現を用いて大規模な破壊を行えるが、素の実力は高くない。
精々、美羽の数分の一くらいだ。無形型はえてして身体能力が高くない。
それなのに、振り下ろした刃に込められた力は星すら穿つ。
冗談抜きに惑星を両断しかねない。
先日戦ったブルーワズの威力に並んでいる。
アラディアさんは、僕の霊格が膨張していると言った。
その言葉は本当だったようだ。僕自身も気づかなかいまま、魂の総質量は増大していた。
そして二つ目の驚愕。
そんな速度と力で放たれた一撃。
巨大な脳に吸い込まれた必殺の一撃は、しかし鋼鉄にぶつけたように弾かれた。
「なっ!?」
思わず飛び退く。
たっぷり50メートルは飛び、エンケパロスと距離を取る。
「おや? どうした若いの。
この老体に加減をしてくれたのか?」
エンケパロスは笑いを含みながらこちらを見る。挑発のつもりだ。
その返答は刃で返す。
一回で駄目なら何度でも。僕の想像が続く限り、僕の身体能力は強化され続ける。
戦闘が続くのならいくらでも、そうしていつかは相手の力を追い越す。ブルーワズの時のように。
長期戦闘は得意分野なのだから。
走る。
エンケパロスとすれ違いざまに一撃を刻む。
ボロ布の上から横に割く。
しかし星を切り裂く刃は、そのボロ布すら切り裂くことが出来なかった。
逆に僕の刀身が欠ける始末だ。あの布は何製なんだ。
空中で身を翻し、大気を足場にして、再び刃を振る。
欠けた右剣ではない、左の剣。
僕の想像により、エンケパロスを切り裂ける程の力を付与された剣。
その総身を六分割にするはずだった斬撃は、しかしこれまでと同じように弾かれる。
逆に刃こぼれする刃。これまたおかしな現象。砕けないと想像したはずの剣は、想定を外れて砕け散る。
両手の双剣を再創造し、今度は僕の動きを追っているむき出しの目を狙う。
間違いなく急所。感覚器官の中で最も重要な箇所を、一寸刻みに切り分ける。
ギャリン!! と、柔らかいはずのそれは、しかし鋼のように僕の刃を弾いた。
僕の攻撃が通じない。
それは咎人の霊格の強大さゆえのものなのか。それとも顕現を用いてのものなのか。それさえ分からない。
咎人は先の宣言通り、一切動いていない。ただ僕の動きを見ているだけ。
もしかして・・・・・・・。
ある可能性を思いついた僕は、エンケパロスの足下が脆く、崩れている情景を想像する。
想像通り、地盤沈下の如く奴の足下だけ床が崩壊した。
「ぬ?」
エンケパロスが不思議そうに足下を見る。しかし彼自身はその場で浮遊している。
十倍ほど急加速した僕は、彼を十字に切り裂いた。
結果は同じ。ボロ布さえ割くことが出来ず、強襲は失敗。
そんな僕を見て、咎人は申し訳なさそうに謝った。
「ああ、儂の足下に何か仕掛けがあると思ったか、思わせてしまったか。
それならすまんな、若いの。どうやら誤解させてしまったようだ」
僕の考えをエンケパロスが代弁する。
動かないと言ったのはミスリードだったか。大地に身体を固定して、衝撃を足下に流していると思ったが、見当外れだったようだ。
そもそも足下が無くなった時に全く焦っていなかった様子から察するべきだった。
とにもかくにも、僕の攻撃を無効化しているものの正体を探らないと戦闘にすらなりはしない。
想像。エンケパロスを囲むように幾千の武器が虚空に現われ、その切っ先を突き立てる。
その威力、精度。剣を手に持つ僕の威力と同等。やはりこれまでの比では無い。
僕の想造のクオリティが上がっている。霊格が増大すると同時に、顕現もその効果をさらに発揮する。
しかし効果は薄いようだ。
咎人に突き刺さった武器群は唐突に輪郭がぼやけて、その形が消えていった。
エンケパロスは無傷のまま。少しも応えた様子はない。
ならば想像の限りをつくす。
手数なら負けない自信がある。森羅万象、大抵の現象なら再現できるのだから。
まず想像したのは太陽。赤熱の塊が黒い世界を照らしながら、灼熱となって天から落ちてくる。
次は絶対零度の寒波。原子の動きがことごとく制止し、溶解した縄張り内を白く凍てつかせる。
爆発的な轟音が響き、天から幾筋もの雷が降り注ぐ。
地面が脈動し、岩石と土塊で構成された何百本もの巨腕が、波のように襲いかかる。
風が凝縮して、超巨大な台風が生まれる。巻き込まれれば中は巨大なミキサー。細胞レベルで引き裂かれる。
僕を巻き込みながら、咎人を中心にブラックホールが形成される。
無限の重力は周囲の全てを引きずり込み砕き、事象の彼方へ追放する。
奴が二分されている場面を想像する。発生した切断現象は、奴の存在する空間ごと薙ぎ払い、世界に断層を残す。
そして毒。ブルーワズレベルの毒を想像したが、さすがに彼には届かない。
それでも充分。既に空間内には黒色の粒子で満たされている。常人なら数秒で骨も残らない。
未知のエネルギーを含んだホーミングレーザーはいくつもの放物線を描きながらエンケパロスに直撃する。
目の前にはその現象を想像した僕でさえ訳の分からない光景が広がっている。
異なる色を混ぜ合わせたら全て黒になるのと同じく、全ての現象が混ざり合い、禍々しい黒が生み出される。
混沌。まさにその言葉がふさわしい。
「かっかっか! 混沌じゃ混沌! 久しぶりにかような混沌の様相を見れるとは、お主、さては創造に関する顕現者じゃな?」
しかし、黒い混沌の中から響く嬌笑。
その次にパチン、という指を鳴らした音。
それだけで、全ての現象はシャボン玉のように消えさり、何も無かったかのように元の光景に戻った。
「・・・・・・・・っ!」
僕は無言で、僕の力をかき消した彼を見る。
言葉が出ない。しかしブルーワズのように力で拮抗したのではないことは分かった。
それも恐らく顕現だ。指を鳴らしたのはわかりやすい精神的なトリガー。それと同時に顕現を使ったんだ。
呆気に取られている僕を見て、エンケパロスは挑発するように疑問を投げた。
「どうした若いの。見世物は終いか?」
「ッ!」
想像。
虚空が開き、黒緑の縄張りに星空が生じる。
50メートル大に凝縮した宇宙をそのままぶつけるという力業。
円のように広がる、無数の銀河を内包したそれは、僕が想像できる中で最も質量を持つもの。
その重さ。その質量。もはや語るまでもないだろう。
そんな膨大な物質をぶつけられた人物がどうなるのか。きっと触れる前に消し飛ぶのだろう。
「シンプルじゃな。それゆえ面白みもない」
しかしここは堅洲国。常識を超越した世界。
肉塊のような手で、ぶつかってきた宇宙に触れるエンケパロス。
それと同時に、宇宙空間は徐々にその規模と質量が縮小していく。
50メートルもの空間は、40、30、20,そしてついには1メートルにも満たなくなり、やがてパッと消えた。
その信じがたい現象を起こしたエンケパロスは、なぜか上機嫌に僕を見る。
「いいぞ。お主との戦闘はええトレーニングになる。なかなかに刺激的だ」
「・・・・そうですか? どうも貴方は一歩も動いていませんが」
「いやいや、動かしているとも。今も高速で」
意味ありげな言葉を口に出すエンケパロス。
しかし僕はその真意に気づけない。どのような顕現か分からない。
辛うじて推測できるのは無形型であることだけ。目に見えるような形はとっていないし、空間を塗り替えてもいない。
無形型の顕現を推測するのは難しい。目に見えないから、非常に分かりづらい。
ふと、咎人が考える素振りをする。
「しかし、そうじゃな。確かに動いかないのも健康に良くない。
たまにはお主のようにぴょんぴょん跳びはねてみるか」
その言葉を聞いて、注意していた意識をさらに引き締める。
感覚の全てを、奴の動きを捕らえることだけに集中させる。
「かかか、注意深い奴よ。このような老人の動き、若いお主に捕らえられないはずもあるまい」
僕の態度がよほど緊張しているように見えたのか、エンケパロスは笑う。
笑って、そして宣言する。
「3秒じゃ。3秒間隔で、お主をこの杖で叩く。用心せい」
手にしている棒をブンブン振って僕に見せる。
ますます何を言っているんだ? 思考に空白が生じそうになる。攻撃のタイミングを言うなんて、ハンデ以外のなんでもない。
今も僕自身の強化は進行中。既に全身は光速を三桁上回る速度で稼働できる。
膂力もそう。もはや惑星なんて規模に留まらず、銀河規模の破壊だって巻き起こせる。
そして今の反応速度はそれらを上回る。今ならブルーワズの全速力にすら容易に反応できる。
いつでも来い。可能ならカウンターを仕掛けてやる。
「では行くぞ。1・・・・2・・・・」
秒を刻むごとに研ぎ澄まされる僕の意識。
時が圧縮したように、周囲の全てがゆっくりに見える。
瞬きせずに、咎人の姿を視界に捉え続ける。
「3」
秒と共に、腹部に伝わる衝撃。
気づいたら、胴体にエンケパロスの杖がめり込んでいた。
「なっ?!」
そのままの勢いで真横に吹き飛ぶ。
光の数万倍の速さで吹っ飛ぶその勢いは、まるで大砲のよう。
黒板のような壁にぶつかり、壁に大きな亀裂を残して、僕は床に落ちる。
「ぐ、がはァ!!」
床に這いつくばって血反吐を吐く。
バケツをこぼしたかのように、血のプールが広がる。
身体が分離しなかっただけ幾分かはましだが、内臓がいくらかやられてる。骨も、背骨が逝ってるかも。
被害がこれだけで済んだのは、僕の想像による強化が原因だ。
今の一撃。僕の力を遙か上回っている。
いや、それよりも、まったく反応できなかった。
「1・・・・・2・・・・・」
再び聞こえるカウントダウン。
慌てて立ち直り、目の前に障壁を創造する。
半透明のバリアを咄嗟に創造したのは、突然現われるエンケパロスの攻撃を防ぐため。
突然、現われた・・・・・・・。
「3」
障壁など意味をなさなかった。
胴体を突き出す一撃。障壁を貫き、正面から繰り出された杖。
またも砲弾のように吹き飛ぶ僕の身体。杖がめり込んだ箇所は貫通し、そこだけぽっかりと穴があいている。
やはり、やはりだ。致死寸前の身体を健全な状態に再創造しながら、僕は確信する。
突如現われた。まるでテレポートしたように、タイムラグが全くない。
3と言い終わった瞬間には、僕に杖が突き刺さっていた。
何をした。時を止めたのか? いや、それだと僕の攻撃を無効化した原理がわからない。
思考を最速で回転させながら、顕現の正体を掴もうとする。
「鈍いのぅ。亀と競争した兎がどのような気持ちだったのか、よく分かるわ」
タイムラグ一切無しに、僕の目の前にエンケパロスが出現する。
「ッ!!」
反射的に双剣で切り裂く。
もちろん身体に触れた瞬間刃は弾かれる。今までと同じ。
足下を蹴って距離を取る。
無駄な事だとは分かってるけど、それでも足は動いた。
「そうよ、そうよ。若者は元気でなくてはなぁ、呵々カカか!!!」
その様子をエンケパロスは呵々と笑う。
想像して、咎人との距離をさらに離す。
空間を移動して、咎人が点に見える距離に僕は立つ。
完全に逃げの一手だ。無意識に咎人の攻撃は防げないと知ったからだろうか。
「こらこら、あんまり遠くへ行くものではないぞ」
距離を離したはずだった。
咎人が点に見える程、遠くへ離れたはずだった。
しかし奴がこちらへ来るように、僕を手で招いた。
視界が切り替わり距離の概念が消えた。
僕の目の前にエンケパロスがいた。
「・・・・・・」
地面を見る。エンケパロスは動いていない。先ほど刃が弾かれた時の斬撃が地面に残っている。
つまり、僕が元の場所に引き寄せられた。
軽く数十㎞は離していたはずなのに。
「儂の顕現が分からんか?
そうじゃろう、そうじゃろう。無形型はわかりにくいからのぅ。
加えて様々な現象を発生させる顕現は特定が難しい。お主もそうじゃろう?」
エンケパロスは間近にいる僕に対して、構えもせずに話しかける。
余裕だ。僕の攻撃が通用しないことが分かっているから、こんなにも油断している。
「想像具現化じゃな。お主の顕現は。
無闇にバンバン想像するものではないぞ。相手を探るのも重要じゃが、それよりも自らの顕現のヒントを出すものではないなぁ。
時には誤解させることも必要じゃ」
終いには易々と顕現を見破られた。もはや何も言えない。
ブルーワズに指摘されたことを思い出す。目線には気をつける。視覚的にわかりやすいものを創造している。
今回もそれで見破られたのだろうか。幾分かは気をつけていたはずなのに。
エンケパロスは僕を指さし、笑いながら告げる。
「若いの。蛍と言ったか?
今回は葦の国に帰るといい」
「・・・・・・・・・・・・はぁ?」
耳を疑う。なんだ?この人ボケているのか?
今さっき自らを殺そうとした相手を、顕現まで見抜いているのに、見逃す?
この時、真の意味でエンケパロスは僕の想像を超えていた。
「今回の教訓を活かし、さらに励め。
そして次、もし今一度会う機会があるならば、見事儂を越えてみせよ。
まぁ、どうするかはお主次第じゃがな」
硬直する。硬直したまま思考だけは稼働する。
目の前の頭脳体の意図が読めない。
あれか? あまりに僕が弱いので、可哀想に思って見逃すとか、そういうことか?
そうだとしても仕方ない。未だエンケパロスの顕現は分からないし、体勢を立て直すという意味でも戦線離脱は充分にあり得る。
どうする?
現状僕が不利だということは分かってる。おそらくエンケパロスの脳内では、僕を殺す手段は幾つも思いついているのだろう。
運に頼るか? 偶然エンケパロスの顕現が使えなくなるとか。いや、あり得ないな。
思考と本能の両方が告げている。逃げろと。それが最良な選択だと。
本来屈辱的な状況なのに、なぜか僕は悔しいとは感じなかった。
こうまで実力の差がはっきりしているのに、逆に清々しさすらある。
最後まで咎人から目を離さず、僕はその言葉を唱えた。
「黄泉戸大神開き給え」
白い光に包まれる。身体が光に溶け、元の居場所に転送される。
その最後まで、エンケパロスは特に妨害も何もせず、ただ上機嫌にこちらを見ていた。
次回、答え合わせ




