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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
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第五話 想像+創造

前回、(堅洲国の)日常



そんなわけで奥の壁をくぐり、僕たちは(くだん)の場所に降り立つ。


赤い大地に崩れ落ちた倒壊物。大量の死骸と血と破片。飛び出す臓器。その中には人のものもあった。

死臭が半端ない。臭いなんてもんじゃない、今にも即倒しそうだ。

しかし顕現者の性質ゆえにか、気を失わずに意識を保っていられる。

空気も淀んでいる。なんて言ったらいいかな、空気中に硫酸を振りまいた・・・・・・。うん、これが表現として一番妥当だな。それくらいきつい。


今回は店長も言っていた通り散歩。特定の咎人を殺すわけではない。この環境に慣れるために必要なんだろう。だから特にすることはない。

周囲を警戒しながら、改めて死骸の山を見る。


「ひどいね、これは」

「うん。見てるのきついかも・・・・・」


美羽も隣で顔を(しか)めながら答える。


それなりに裏の仕事をした経験からすれば、堅洲国ではこれが日常風景。もはや朝起きる、夜寝ることと同レベルで、生活の一部なんだとか。

こんな大量殺戮が、暇なのでスマホを見る程度の軽さで毎日行われている。まさに殺し合いの世界。殺人狂にはたまらない世界だろう。


(だけど、なんだかなぁ・・・・・・)


複雑な心境に陥りながら、まぁ今までもこんなもんだったよな、と達観する。

この世界ではこれが常識であり、この光景が正常であるならば、僕からは特に言うことは何もない。何か言える権利などない。

だけど、僕にとってここがずっと非常識であってほしいと、心から願う。


「蛍、周り!」


突如切迫した美羽の声が耳に届く。

周りを見る。そこにいたのは――


「グルルルルルルルルゥゥァア!!!」


僕たちを取り巻くように、それらは威嚇していた。

ハイエナの頭部に胴体は人間。まるで人狼のようだ。人とハイエナが合わさったキメラ。

2~3メートルほどの体躯。それが数十体。

この前の狼と同じく、群れで行動する咎人だろうか。なんにせよ僕達は囲まれている。

下手に動かない方が良い。目で美羽に合図する。


硬直した空気が流れるなか、その静寂を破って、一匹のハイエナが二本足で僕たちに、正確に言えば背後の死体の山に向かってくる。

すれ違う。赤い双眸(そうぼう)がこちらの一挙一動を見つめている。

僕たちは何もしないが、経験則から警戒を強める。自らは敵ではないと主張し、不意打ちを食らわせてきた咎人もいた。


やがてハイエナは通り過ぎる。屍の山に近づき、その一部を手に取る。

手のような、背びれのような部位。それを口まで運び、そのまま咀嚼(そしゃく)

バリボリと、小気味よい音を響かせて骨ごと平らげる。


その様子を見ていたハイエナの群れが走る。警戒しているのか、僕たちの周りだけ穴が開いたように器用に避けて。

彼らは屍に貪りつく。ガツガツと食らいつき、むしゃむしゃと噛み砕き、ごくりと呑み込む。

見ていて気持ちいいほどの喰らいっぷり。あっぱれだ。って、いやいや、今考えるのはそうじゃない。


「死体を、食べてる」

腐肉食(スカベンジャー)なのかな? どのみち僕らには用はないみたいだね」


別名屍肉食い。文字通り動物の死体を食べるもの。

ハイエナやハゲワシなどが代表例だろうか。彼らは屍を食らうことで自らの腹を満たし、生物の分解を促す環境に有益な存在だ。

それ自体は自然界でも見られる。この前テレビで見た。


しかし生で見るものは迫力が違う。

なんて言えばいいか、肉が動いている。温度を感じる。同じ空気を吸っている。

この無秩序な堅洲国にも食物連鎖の流れがあるのだろうか?


「移動しようか」


しばし呆然としながら、今この場に僕たちがいるのがひどく不自然に思えて、死体の山を後にした。



■ ■ ■



「なんでさっきのハイエナは襲ってこなかったのかな?」


死体の山から北に、どこまでも赤い大地を移動しながら、美羽は疑問を(てい)した。

偶然僕も同じ事を考えていたことだ。

これまでの咎人はそのほとんどが僕たちを見るや否や襲ってきた。

猪突猛進に走ってきたり、罠を使ったり、知能の差こそあれ僕たちを敵と認識し排除しようとしてきた。

しかし、先ほどの咎人はこちらを警戒してこそいたものの、襲い掛かっては来なかった。

すれ違った時の目、勘違いでなければ警戒心半分、恐怖心半分が混じったものだった。


「単純に興味が無かったか、あるいはこっちを探っていたのかな」

「探ってた?」

「たぶんね。敵対するというよりは、”こいつは一体何なんだろう”って感じだったと思う」


幾分推測にすぎないが、これ以上の答えもでなかった。


「突然現れた僕たちが敵かどうか、困惑してたんだよ。それで一匹先行させて、何もしてこなかったから安全と判断したのかな」

「ふぅん、なるほど」


納得したように視線を戻す美羽。


「あれだけ食べ物があれば、しばらく困らないだろうね」

「死体を食べても、()()()の効果ってあるのかな?」

「さぁ、どうだろうね」


少なくとも僕にはわからない。後で店長に聞いてみようか。

さて、そろそろ話を変えよう。


「美羽。気づいてる?」

「うん」


屍の山を去ってから、ずっと視線がついてきている。

まるで(ねぶ)るような視線。

先ほどのハイエナだろうか? 危険はないと思われて、もしかしたら舐められたとか。

目の前を魚が泳ぐ。ぶくぶくと太った、犬ほどの大きさの金魚。ただ、それに皮膚はついていない。

脳と肉と内臓が丸見えの、グロテスクな造形。深海魚にこういうのいたな。一種の進化の結果だろうか。


その金魚が、ふいに左に逃げた。


「っ、美羽! 右!」


直後、右側の倒壊した建物。それを吹き飛ばして巨大な影が現れた。

跳ねるように飛びのく僕と美羽。瓦礫が視界を覆い、砂塵が空気中に舞う。

とっさに意識を切り替え、臨戦態勢を整える。


現れたのは三体の巨人だった。

10m近い体躯。肌は黒い。両手両足が丸太など比較にならないほどの筋肉を携え、その腹は異様に膨れていた。

襤褸布(ぼろぬの)を纏い、その目は血走ったように赤い。


「オオオオオォォォォォォォオオオオオオオオオ!!!」


三体が動いた。美羽に二体、僕に一体が向かってくる。

巨体の突進。その速度、威力、ともにこれまで僕たちが見てきた咎人の比ではない。


反応が遅れ、強烈な体当たりを喰らう。

凄まじい衝撃。猛烈な勢いのまま僕の体は吹き飛ばされる。

倒壊した建物をいくつも貫通し、勢いを失って赤黒い大地を跳ねながら転がる。


直後、倒れ伏す僕を中心に巨大な影が広がる。

視線を上げれば、先ほどの巨人がビル十階相当の高さまで跳躍するのが見えた。


(あ、まずい)


激しい衝撃。小惑星の激突すら想起させるほどのスタンプ。

巨人と比べると明らかに華奢なその体に、数十トン以上の体重が叩き込まれる。


「ガアアアアアアアァァァァァァァアアアア!!!」


自身の体重の全てを乗せて、巨人は足元を踏みつけた。そのたびに地震のような振動が周囲に駆け巡る。

一回、二回、三、四五六七八九十・・・・・。

明らかに過剰。オーバーキル。秒間に百を超える踏み付けを喰らった蛍は、血肉の破片すら残っていないだろう。


しかしこれが堅洲国の日常。

思考は常に他者をどう殺すか。あるいはどうすれば自分は生き残るか。

首を刎ねた程度で安心などできはしない。殺すと決めたならばこの世に血肉の一片までも残さない。

ゆえにこの過剰ともいえる圧殺も、ある意味正しい判断だろう。



しかしそれも、自らと同レベルか、それ以下のものに限られる。


「これは驚いた」


涼し気、とまではいかないが余裕のある声。例えるならドッキリにかかった数秒後、全てを察して安堵したかのような、そんな声。

音源は足元。巨人が踏みしめた人間。

粉々に砕け散ったはずの蛍が、髪の毛一本、服に乱れもなく立っていた。


それを確認した巨人が即座に拳を振るう。

横一閃。上半身を消し飛ばすように放たれた鉄拳。

人間など一度に数千単位で消し飛ばす壮大な威力。

しかしそれは、蛍に当たった瞬間ピタリと止まった。

痛みも何も感じない。まるで波の飛沫が岩礁に当たって弾かれるよう。


(店長が言っていたのはこういうことか。なるほどね)


可能世界からの脱却。可能性の裡に在る者には一切傷つけることができない。文字通り身をもって理解できた。


「アアアアァァァァアアアアアアア!!!」


それを見て、狂ったように殴打を繰り返す巨人。

しかし通じない。それどころか岩に殴りかかるが如く、逆に巨人の手が傷ついている。

まぐれではなく必然。この巨人は何をどうしても蛍を殺せない。巨人の攻撃で損害を受ける可能性が無いから。

それを確認した蛍は、いつもは切っている顕現のスイッチをonにした。

呟く、自らの想いを。


「顕現 想造」


特に変化は見られない。身体の一部が変化するとか、全身から光がでてくるとか、目に見えた変化はない。

だが目に見えない何かが、確かに変わった。

顕現を発動できる。それを確認した僕は、目の前の巨人に意識を移す。


さて、どうしようか。

桃花の指針では正当防衛を許されている。

闇雲に堅洲国の住人を殺すことは禁止されているが、それでも自分を襲ってきた相手には自衛のため対処しないといけない。

店長も、わざわざ教えるまでもないことだと言っていた。


(だけど、なんだかな)


目の前の巨人を見る。

今も狂ったように拳を振りかざしているが、それが僕には全く通用していないのだから哀感を催す。

なんだか可哀そうに思えてきた。


きっと突然現れた僕たちの存在が気になった。あるいは、いかにも貧弱そうで殺しやすいとでも思ったのだろう。

余裕があるせいか、反比例するようにやる気は失せていった。

今回は散歩。特に誰も殺す必要は無い。

なので、この場所から退場してもらうことにした。


先ほど僕たちが降り立った死体の山を思い出す。

死体の量。血肉。周囲の倒壊した建物。

空気の重さ、踏みしめた大地の触感。その匂いまでもリアルに。


そして今度は目の前の巨人。僕の前から突然いなくなり、死体の山に登場する。

そんな場面を()()()()


「アアアアアァァァァァァ――        」


するとあら不思議。今まさに拳を振り上げていた巨人が、目の前からぱっと消えた。

音沙汰なく、直前まで荒々しく殴りかかっていたのが嘘のように。

その代わりに僕達のだいぶ背後。死体の山があった場所から大きな震動が伝わる。

それと同時に宙を舞う多数の影。あ、ハイエナいるの忘れてた・・・・・・。


心の中で彼らに土下座し、またやってしまったと後悔する。

これが僕の顕現『想造そうぞう

能力はシンプル。()()()()()()()()()()()()()。想像具現化能力。


目の前に札束の山を想像すれば、テーブルの上に札束が滝のように降ってくる。

自宅にいる自分を想像すれば、例え地球の反対側にいても一瞬で自宅に戻る。

人が死んでいる光景を想像すれば、その通りに人が死ぬ。


素材を必要とせずに、自らの思念のみで世界を形作る顕現。全能にも近しい力。

他人から見れば夢のような力だろう。美羽は便利で羨ましいとよく言っている。

当の本人がこんな時にしか使わないのだから、宝の持ち腐れになっているが。


今もそうして巨人を死体の山に移動させた。

その結果ハイエナの彼らは多大な被害を被った。いつもの悪癖が発生してしまったんだ。

本当に僕は余計なことしかしないな。もはや呆れを通り越して諦めすら覚える。



さて、美羽の方へ向かわないと。

確か美羽は巨人の攻撃を避け、僕とは反対方向へ移動したはずだ。

けれど場所を探るのは簡単だった。なんせそこら中に跡が刻まれている。


とんでもない力によって根元から捻じ曲げられた建物。陥没した大地。割れたガラスのような破壊痕。

少し進めば一体の巨人が地面に倒れていた。その腹部、中身は粉々に破壊されている。

ズズン!! と、近くから巨大な何かが倒れる音がする。


建物を曲がる。予想したとおりに彼女がいた。

大地に倒れ伏す巨体。その頭部が粉々に砕けている。

その傍らに立つ美羽。その手は黒く染まり、無感情なその目は倒れた巨人に注がれていた。


「美羽」


ハッと、僕に気づいた美羽は顔を上げる。

なぜかばつが悪そうな表情をしていた。


「あ、蛍。そっちは終わったの?」

「うん、なんともなかったよ。美羽も無事そうだね」


僕と同じく、美羽も呼吸から服に至るまで乱れがない。

美羽も店長の言葉の意味が理解できただろう。

さて、そろそろ戻っても大丈夫かな?

美羽に近づき、帰還するための言葉を唱える。


その刹那前に、異変は起きた。


「蛍!」


最初に気がついたのは美羽だった。不意に地面が盛り上がったと思ったらぽっかりと穴が空き、僕はその穴の中に落下した。



次回、うわああああああああ!

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