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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
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第一話 眠り姫の起床

自灯籠 領域内の数学者 はじまりはじまり




「ねえ」


黒い世界。一片の光も射さない漆黒の空間。

丸いのか、四角いのか、境界が全く見えない。輪郭が分からない。

そんな世界に、一人ぽつんと、私は立っている。

そしえt今、誰かに呼びかけられた。

振り返る。そこには少女の姿があった。


(からす)のように黒い長髪は腰にまで伸びている。

赤い瞳は、私だけを映している。

陶磁のように白い肌は、纏う黒服と対照的で太極図のような色彩を描く。

その容姿はまるで、そう。

私に、似ている。


「もう少しで死ねたのに、そんなに嫌なの?」


少女は私に疑問を投げかけた。

死ぬのが嫌なのか?

嫌だ。死ぬのは嫌だ。

私の存在が消えること、ではない。

死んだら、目の前の少女に捕まってしまう。

それだけは嫌だ。明確な意思で、私は少女の言葉を肯定する。


「だって、あの時死んでたら、皆に会えたよ」


・・・・・・・・・・・・・。

皆、皆。

心臓が嫌に鼓動を増して、私に異常を知らせる。

思い出す。私のせいで死んだあの三人。

私が、ころ――。


口に出そうとした言葉を飲み込む。

落ち着け。違う、違うんだ。だって、あれは。


「死ぬ勇気が無かったの? そんなにして(すが)り付いていたいの? あの穢土(えど)に、穢れた世界に」


穢れた、世界?

私の日常のことを言っているのか。

いいや、それは違う。輝いている。

カナという親しい友人がいて、店長や天都さんやアラディアさん、そして集先輩がいる喫茶店があって。

何よりも愛しい、彼がいる。


穢れてなんかいない。穢れてるなんて言わせない。

ああ、そうだ、そうだとも。縋り付きたいんだ私は。あの陽だまりに。


「安心して」


私の決意を、しかし目の前の少女は冷ややかな目で睥睨する。

背筋がゾッとする。嘲笑と侮蔑と悲哀が入り交じった、どうしようもない愚か者を見ているような目をしているから。


「あなたの悪夢は終わらない。近いうちに、それを知ることになる」


言うと、少女はその手を重ねて、蝶々の形をつくった。


「てふてふ、ひらひら、呪いを告げる」


少女の(かたど)った蝶は羽ばたく。

やがて、少女は再び私を見る。


「あなたは決めることになる。その時まで、精々逃げ続けていればいい」


少女が呟き終わった瞬間、私ははじき出された。

急速に遠のいていく黒い世界。視界に映る白の中で、一瞬で黒が点になっていく。

その最後に、少女は告げた。


「まだ鬼ごっこは始まったばかり。少しは楽しませてね」



■ ■ ■



目が覚めた。

移ったのは白い天井。

私の部屋。

私は自分のベッドに寝ていた。


身体を起こそうとして、ここでようやく、誰かが私の近くにいることを発見した。

視線を右に向ける。

そこには、幼馴染(おさななじ)みの姿。


「おはよう。いや、もうこんばんはだね。美羽」


白咲蛍が、そこにいた。


「・・・・・・・・・・・・」


理解が追いつかない。ちょっと待って、順番に整理していこう。

まずここは私の部屋。間違いない。物の配置からしてそうだ。


部屋は真っ暗だ。恐らく夜だろう。

時計を確認。20時42分。うん、夜だ。

そして椅子に座っている蛍。そわそわと、心配しながら私を見ている。


なぜ蛍が私の部屋に?

いや、別に不法侵入がどうとか言う気はない。私と蛍の仲だ。小さい頃には一緒にお風呂に入ったこともある。

私の部屋を覗かれたくらいで、今更何か言うことはない。

だけど、蛍は毎朝私を迎えに来るけど、家に入ったことはない。

その蛍が私の部屋にいる。それが嬉しくて、少し落ち着けた。


「美羽、具合は大丈夫?」


具合? 言われてみれば熱っぽいような気がする。風邪だろうか。

過去の記憶を思い出す。私は確か、ブルーワズという咎人と戦って、それで・・・・・・・。


あ、そうか。

私はブルーワズの毒を喰らったんだ。

鮮血に(まみ)れて地面に倒れ伏す自分、その私を見て絶叫を上げながら駆けつける蛍を思い出す。


確か、首が腐って千切れそうになっていたはずだ。

恐る恐る首に手を当てる。

無事だ。何事もなく繋がっている。

ほっと安堵の溜息をついた。


「うん。熱っぽいけど平気」

「そう、よかった」


蛍の手が私のおでこに差し伸ばされる。熱を測っているんだろう。


「確かに、少し熱いね。

もう少し寝ていた方がいい。水を持ってくるからそのままでいてね」


立ちあがろうとする蛍。私は慌ててその服を掴む。


「待って蛍!」

「ん?」

「その、あの後何が起きたか、話して」


まだ私があの後どうなったのか、肝心なことを聞いていない。

蛍は数回(まばた)きをして、再び座り直す。


「分かった。君が倒れた後、何が起きたか話す」


そして蛍は語り始めた。



■ ■ ■



青銅の毒鳥を倒し、魂喰いによりその存在が膨張した美羽の元へ蛍は走った。

しかし異変に気づいた。美羽はその目から涙のように血を流し、数秒後地面に倒れ伏す。

その口からは血が大量の血が溢れている。

腐りきった首からは半ば液体状になった骨が見え、今にも頭部と胴体が千切れそうだ。


「美羽!!!」


叫び、駆け寄って、想像する。美羽の無事な姿を。

瞬時に欠損を補っていく肉体。千切れそうな首も、口から(あふ)れでている血も止まる。

しかし、美羽は目を覚まさなかった。


「くそっ、黄泉戸大神(よもつどおおかみ)開きたまえ!」


口早に呪句を唱え、堅洲国から脱出する。

赤い世界に一筋の光明が射す。僕は美羽を慎重に抱きかかえ、光の中へ飛び込む。


頼む、死なないでくれ美羽!

一瞬の空白ですら今は惜しい。早く、早く桃花へ繋がってくれ。

やがて世界は色を成し、僕は桃花二階に踏み出す。

二人の姿が見えた。


「アラディアさん!」


その中で最も信頼できる人に叫ぶ。


「わかってる。ソファーに乗せろ」


幸い、アラディアさんは迅速に動いてくれた。

言われた通りに美羽をソファーへ移す。

骨董品を扱うかのように、丁寧に、最大限注意して、なおかつ迅速に。

ソファーに美羽を寝かせると、ことさらにその異常が際立つ。

ただでさえ色白の肌が、さらに白みを帯びている。

まるで死人のようだ。


「アラディアさん、美羽は――!」

(わめ)くな、死んじゃいねぇよ」


アラディアさんはいつか僕にしたように、美羽の胴体、その中へ手を突っ込んだ。


「ぁうっ!!!」


美羽の身体がビクンと震えた。ソファーの端を千切れんばかりに握りしめる。

痛みを押し殺した声も聞こえる。生きている。

その事実に安堵しながら、それでもその悲鳴に不安を覚えずにはいられない。

僕では何も出来ない。それが苛立つ程にもどかしい。


やがてアラディアさんは、美羽の中から手を引き抜く。

その手は何かどす黒く、粘ついた液体を掴んでいた。

ブルーワズの毒だ。店内の空気を穢しながら、その毒は不吉な蒸気を上げている。

グシャッ! と、それを握り潰すアラディアさん。毒は気化したかのように、煙となって消えた。


毒を摘出された美羽。徐々にだが、顔に赤みが戻ってきた。

小さく呼吸もしている。とりあえずは無事そうだ。


「毒は排除した。そのうち自然と目を覚ます。それまで手でも握ってやれ」

「はい!」


言われた通りに僕は美羽の手を握る。

まるで氷のよう。ひんやりした冷たい手だ。

一連の作業が終わり、ようやく緊張が解けて、ここで初めて僕は二階の様子を見渡した。

いつもと変わりない店内。だけど、床下に倒れ伏す人影が一つあった。


「集先輩、何をしてるんですか?」

「・・・・・・・・・・」


返事がない。屍か?

身体が微動だにしていない。冗談抜きで死んでいるのではないか?


「お前たちを助けにいこうとしたんだよ。鬱陶しいから魂ごと金縛(かなしば)っておいた」


余計なことすんじゃねぇ、とアラディアさんは倒れ伏す集先輩を踏みつける。

集先輩・・・・・・・。


「・・・・・ん」


美羽から吐息のような声が零れる。

健やかな寝息だ。さっきまでの苦痛の表情はそこに無かった。


「蛍」


美羽の顔を見ていると、ふとアラディアさんが僕に声をかけた。


「はい、なんでしょうか」

「しばらく来なくていい」

「え?」


アラディアさんの唐突な言葉に呆ける。どういう意味だろうか?


「裏の仕事は休んでいい。店長は来週まで来ねぇし、表の仕事もない。

お前らの分は俺がやっておく。一応今回の責任者は俺だからな。

何かあったら呼び出すが、それまで眠り姫の側で経過を見ていろ」


つまり仕事を休んで美羽の看病をしろと。

もちろんそのつもりだ。美羽を見守れるのなら、いくらでも側にいられる。


「今日はそのまま横にさせてろ。6時過ぎたら家まで送ってやれ。

一応毒は取り除いたが、何か異常が起きたら俺に伝える。いいな?」

「はい。わかりました」



■ ■ ■



そんなこんながあり、今蛍は美羽の家にお邪魔している。


「はい、水」

「ありがと」


手渡された水を飲む。ずっと水分を取っていなかったせいか、喉がからからだ。

一通り説明を聞いて、私は事の次第を理解した。

とりあえずベッドから起き上がろうとする。しかし、足下がふらつき、倒れそうになった。


「危ない!」


慌てて蛍が私を抱き留めた。

服越しに伝わる蛍の体温。

私の身体はあっさりと受け止められ、ベッドに戻される。


「安静にしてなきゃ駄目だよ美羽」

「ごめん、蛍」


蛍のいたわる言葉。心配そうに下がる目と眉。本気で私を案じている気持ちが伝わる。

ありがとう、蛍。心の中で、静かに感謝する。

ここで、私は一つの疑問を抱えた。


「学校、いけるかな?」


頭に浮かんだのは学校のこと。テストが近いし、それに、カナに心配かけちゃう。

いつも朝は必ず会って挨拶してくれるのに、私がいなかったらカナはどう思うか。

そう思うと、胸に苦いものがあった。

蛍は私の言葉に難色を示す。


「多分、完全に治るまで難しいと思う。

今の美羽は風邪を引いてるなんて状態じゃない。あんな危険な毒が体内に入ってたんだ。

顕現によって発生した現象は常識を越えてる。

何が起こるか全く分からない。念には念を入れるのが一番いいと思う」

「そっか、だよね」


親友の言葉。全くもって正論だと思う。

私は蛍の提案に従い、大人しくベッドに横たわる。


「蛍は、家に戻らなくて大丈夫なの?」


外は真っ暗。時刻は9時近く。蛍のご両親は心配していると思うが。


「大丈夫。自分をもう一人作っておいたから。

バレはしないよ」

「・・・・・・そっか」


それを聞いて、余計に申し訳なくなる。

蛍は家族を大事にしている。そりゃそうだ。あんなに優しいお母さんとお父さんがいるんだ。

そんな貴重な時間を、私が奪ってしまった。

何も持たない私が。


「けど、私は大丈夫だから。熱以外にこれといった異常もないし、何かあったら呼ぶから。

今までずっと側にいてくれたんでしょ? そろそろ帰った方がいいよ」


罪悪感からか、蛍に帰宅を促す。

蛍はしばし逡巡(しゅんじゅん)し、それでも私の言葉に従ってくれた。


「わかった。けど、何かあったらすぐに連絡してね。

それと安静にしていること。動くなって意味じゃ無いけど、くれぐれも激しい運動はしないでね」

「うん」


まるでお母さんみたいに、矢継ぎ早に警告する蛍。

大丈夫だよ蛍。自分の身体のことなら自分が一番分かってるから。無茶はしないよ。

蛍は立ち上がり、いつの間にか手に持っていた熱さまシートを、私のおでこに張った。

涼しい。ひんやりとした冷気だ。気持ちいい。


「じゃあ、また明日」

「うん、またね」


別れの言葉を告げて、蛍の姿は消える。

顕現を使って自分の家に飛んだのだろう。

後には蛍のいた名残(なごり)があるだけ。


一転して静かになる室内。いつも通りの静寂が支配する。

本音を言えばずっといて欲しかった。

本人もその気だったし、私が適当に理由をつければそれも叶ったはずだ。

けど、蛍には蛍の日常がある。それを壊したくない。


早く、早く治らないだろうか。

私はどうにもならない自分の身体を恨めしく思いながらも、もう一度眠るべく静かに目を閉じた。



次回、美羽のいない蛍の日々

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