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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 領域内の数学者
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プロローグ 流るる流木、演算の果てに

前回、QandAコーナー



そこは一面の黒い世界。

異界――堅洲国にある、どこかの縄張り。

空気中に白い数式が浮かんでいる。それらは魚のように、黒板のような黒緑の世界を泳いでいる。

カリカリカリと、無音の縄張りにチョークで書く音が聞こえる。


ただしチョークを持つ手は異形。肉塊だ。白いチョークに触手のような肉塊が(まと)わり付き、握って、扱っている。まるで人の体内の臓器がそのまま表に出たような、不気味な外見。

その本体もそう。

脳髄(のうずい)。人の脳を取り出して、それを何倍にも大きくした姿。

それがぼろ切れを纏い、むき出しの脳を大部分さらしながら、同じくむき出しの眼で、自らが解いている数式を見ている。


作業を続けて実に数十時間。ひとしきり解き終えた巨大な脳髄は手を止め、最近の事を思い出す。

といっても目新しい事など限られている。


この間まで所属していた組織を抜けたこと。

葦の国に必要なものを取りに行って、結局無意味と知ったこと。

そして、彼の縄張りに()が舞い降りたこと。


『君を、いと高き場所へ連れて行こう』


それが、蝶に触れた時に聞こえた女性の声だった。

数ヶ月前だったか、縄張りの中でいつも通り数式を解いていた彼の前に、その蝶は現われた。

堅洲国の時間は葦原中国とは違う。葦の国の一日が数千倍になることもあるし、逆に数十秒で経過することもある。時間の流れが不規則なのだ。

その蝶は美しい蝶だった。黒と青の羽が幻想的に輝き、金色の鱗粉を振りまいていた。

それを見た瞬間、恐らく幻術にかけられてしまったのだろう。

蝶が彼に触れて、その瞬間に契約が交わされた。


脱皮のように全身が砕け、そして新生した。

生まれた直後は理性を失いまともに思考もできなかったが、時間の経過と共に知性を取り戻した。

そして、自分の霊格が以前よりも増大しているという特典付き。

誰が、なぜ、その目的は? 疑問は絶えず渦巻(うずま)いているが、結局は分からずじまい。

他の咎人にも同様の現象が確認されている。決して自分だけではない。

未だあの現象が何なのか、彼自身でも解明できていない。



けれど、彼自身にはもうその現象を解き明かす気など起きなかった。

老けたものだ。最盛期であれば未知の事態など許容できない探求心に動かされていたというのに。

今ではもう、川を流れる枯れ木に付いた、ほのかな火程度の想念しか燃え上がらない。

無様だ。寄る年波には勝てぬというが、それは身体だけでなく、精神にも変容を及ぼす。


(儂もそろそろ潮時か)


死ぬならばせめて花火のように。それだけは数百年前から決めていた。

既に彼は罪を犯した。高天原から咎人と認定され、もうじき粛正機関が派遣されるだろう。

彼の命運は決したも同然だ。派遣された顕現者を撃退したとして、その次はより強大な顕現者が粛正に来る。

それゆえ、本来なら下層に到達してから己が欲のままに行動を起こすのが最適な行動なのだが、それまで大人しく待てる程咎人は利口ではない。

そのためのバトルフィールドが堅洲国だというのに・・・・・・・・・。


まあ、それも今となってはどうでもいいことだ。

死に支度(じたく)は済ませた。

この命を賭して、枯れ木に花を咲かせよう。

その時こそ、この胸に渦巻く執着と離別することができるのだから。



次回、目覚め

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