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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
43/211

第十五話 きっかけ≒想い

前回、その結末は



これは二人のシミュレーションの数日前のお話。


私――美羽と蛍は、いつも通り桃花でアルバイトをしていた。

時刻も段々と夕方に近づき、客足が遠のいてくる。

すると暇になる。暇になると話をする。

今日は珍しいことに、桃花店内に全員が揃っていた。

正確には一人いないが、今はコンタクトをとれないのであの人は除く。早く帰ってこないかな霞さん。


調理場には二人。私と店長。穏やかな雰囲気でお菓子を食べながら会話を楽しんでいた。

蛍は自ら進んで食器を片付けテーブルを拭いている。集先輩はアラディアさんに共に二階に行った。というか連れ去られた。


「そういえば」


これまでの話の流れを区切る。

どうしても聞きたいことを思い出したんだ。


「店長は、どんなきっかけで顕現が発現したんですか?」


私の問いに、店長はキョトンとした表情で私を見る。


顕現はゼロから産まれることはない。

それは植物のように、想念という養分を与えることで芽を出し花を咲かせる。

ゆえに最初のきっかけが重要だ。人生の転換期とも呼べるきっかけが。

今後の自分を決める、価値観が変わるようなきっかけが。


それは人によって様々だろう。恋人と出会った。心の底から熱中できる趣味を見つけた。親しい人が死んだ。世界を憎んだ。小石に躓いた。シャツのボタンをかけ間違った。

重大なことから些細なことまで、本人の感情が膨れ上がり、それが臨界点を突破して顕現者が産まれる。


ではなぜこんなことを聞くのか。

それは、私と蛍がそのように顕現を発現してはいないからだ。


ある日、突然顕現が発現した。

言葉にすれば一行ですむ。嘘も何も言っていない。


私の顕現は破壊の力。

セオリー通りに事が運ぶのなら、何かしら破壊したいという感情が先にあるはずなんだ。

だけど、私にそんな破壊衝動はない。

そもそも感情的になること自体ない。平凡に、心乱されずに生きてきた方だと思う。


それでもなぜか顕現が発現し、それで・・・・・・・・。


止めよう。それ以上先は考えたくない。

ともかく、特に思い入れもなく顕現者になってしまった私たちは、桃花に保護され咎人粛正に従事している。

そんな私たちが、自分たち以外の顕現者がどうやって顕現に目覚めたか知りたいのは自然なことだった。


「きっかけ、ですか」


難しい顔をして、店長は考えこむ。

その目は、どこかここではない、遠い場所を移していた。


「そうですねぇ、私の場合は恐怖ですかね」

「恐怖?」

「はい」


恐怖。店長が?

いつも温厚に笑っている店長が他人に恐怖するなんて想像できない。どんな咎人相手にも物怖じせずバッタバッタと斬り伏せる店長のイメージからはかけ離れている。


「過去に色々あったんですよ。あの時は私も若かった。

それからは考え方を改めて今の状態に落ち着きました」

「考え方が変わったら、顕現は変わるんですか?」

「いえ、そういうわけではありません。

顕現は一度発現したらその形が変わることはない。たとえ後からどれほど悔いても、魂の底から湧き上がるこの情念は覆ることはない」


悔いる。その言葉に、多大な自嘲(じちょう)が含まれているように感じた。

けどそうか、顕現は一度発現したら変わらないのか。

ますます植物の例えが適している。一度開花したらあとは枯れるだけ。途中で別の花を咲かせるなんてことはない。

私の質問が終わったら、今度は店長が質問をしてきた。


「私にそれを聞いたということは、自分の顕現のことでお悩みなのですか?」

「えっ」


図星を突かれて少し固まった。それを見て店長はニコッと笑う。


「それなら心配ありませんよ。顕現のことは今でも解明されていないことが多い。

今まではきっかけが必要と言われているだけで、それが絶対のルールというわけではありません。

一度芽吹いた顕現が変化しない、という命題も、変化した実例がないからそう結論付けた。それだけの話。

何が起きてもおかしくはありませんからね」

「そう、ですか」


そうはいっても自分の異常性、それに伴う不安が解消されるわけではない。現にその事例が確認されているのは自分たちだけ。

ただでさえ得体の知れない力を、さらに得体の知れない方法で手に入れる。これほど怖いこともないだろう。

そんな私の事情を察してくれたのか、店長が提案した。


「ですが、他人に話を聞くのもありですね」

「え?」

「これも一つの機会です。どうですか? この際、アラディアさんや天都さん、集君にそれぞれのきっかけを聞くのは」

「皆さんに、ですか?」

「ええ、あくまで本人の了承を得た場合ですが。

きっと美羽さんの見解も広がると思いますよ。

ちょうどお客さんもいませんし、まず外に出ている天都さんに聞いてみたらいかがでしょう」


皆に、聞く。

少し考えて、やがて同意する。


「わかりました。少し離れます」

「時間を気にせず、ゆったり話してきてくださいね」


外にでる私に、店長が腕を振ってくれた。



■ ■ ■



喫茶店の裏。そこには立ち並ぶ住宅街と、取り囲む山々を一望できる場所がある。

フェンスに肘かけて、天都さんは煙草片手にぷかぷか煙を吹いていた。

天都さんが店内にいないときは大体ここにいる。


「・・・・・・・・何の用だ」


氷のような声。端から聞けば怒っているのでは? と思わせる声色だが、天都さんにとってこれが常だ。

目を向けてもいないのに背後にいる私に声をかける天都さん。

気配を隠していたつもりはないが、なぜかばつが悪くなった。


「ええと、その、お聞きしたいことがありまして」

「なんだ」

「さしあたり無ければでいいのですが、天都さんの顕現が発現したきっかけを教えて頂けませんか」

「・・・・・・・・・店長から聞けと言われたのか」

「私の意思でもあります」


じっと、私を見つめる天都さん。

数十秒後、観念したかのように話し始めた。


「俺の顕現がどういうものかは知ってるな」

「はい。『契約』ですよね。自分と相手との間に強制的な約束を設ける」


以前天都さんと一緒に堅洲国に赴いた時に教えて貰った。

自分と他者の間で約束事を決め、それを両者が合意することによって、その約束事を実現させる。

発動が条件付けられている分その強制力は非常に強く、一度決定された契約は力業では決して破れない。

顕現が発動するために一手間かかるが、それを鑑みても非常に強力な顕現。


だけど、よく考えてみれば疑問が残る。

どんな想いを抱いたら、どんなきっかけがあったらそのような顕現が発現するんだろう。


「そうだ。そしてそのきっかけは・・・・・」


天都さんが、昔を懐かしむかのようにしばし無言になる。

空を見つめるその瞳は、やけに澄んでいた。


「大事な人がいた」

「大事な人、ですか」

「ああ」


失礼だが、天都さんにそういう人がいるイメージができない。

アラディアさんは天都さんによく絡む方だが、大事という言葉は合わない気がする。

それに、()()。何か引っかかる言い方だ。


「そいつとの約束を守れなかった」

「・・・・・・・・・」

「結果、最悪の事態を招いた。

もう二度とあんなことが起きるのは嫌だった。

だから誓った。それだけだ」


短い言葉だった。

それでも、奥底に秘めている想いは隠しきれずに伝わってきた。

天都さんの過去に何があったのか、私はわからない。

けれど天都さんとその人との間に、天都さんの生涯を決めるような出来事があったことは確かだ。

悲劇、なのだろうか。天都さんが顕現者になったきっかけは。

再び天都さんは煙をぷかぷか吹かす。


「終わりか?」

「え、あ、ありがとうございました!失礼します」


天都さんが言外に「早く行け」と言っているように思えて、私はそそくさと店内に戻った。



■ ■ ■



従業員用の扉を開き、調理場に戻る。

店長が優雅に、椅子に座りコーヒーを飲んでいた。


「早かったですね。どうでしたか?」

「はい。無事教えていただきました」

「そうですか。じゃあ、次は二階のお二方ですね」

「はい、再び行ってきます」


調理場を抜け二階への階段を上る。

思った通り、アラディアさんと集先輩はソファーに座っていた。

集先輩が何かを書きながら、アラディアさんがそれを見ている感じだ。


「それでこの後はなんて書くんですか?」

「円の内側に時計回りで対応する霊体の名前を書くんだよ。一文字ずつ、英語でも日本語でもラテン語でもなんでもいい。

言葉は違っても本質はどれも一緒だ」

「へぇ~、文字は何でもいいんですね」

「そういうわけでもないが、シジルに関してはそれでいい。

それができたら後は応用に進むぞ。いつも使う魔術をあらかじめシジルに書いておけば、詠唱や特定の行動を必要なくショートカットして使える。

文字によって無数に生み出せるから、オリジナルのシジルを堅洲国に行く前に作っとけ」

「便利っすねこの魔術」


どうやら魔術の勉強をしているようだ。

普段は何を考えているかさっぱりのアラディアさんでも、こと魔術に関することになるとまじめになる。

邪魔をしたらいけない。端っこで待っていよう。


「いや、お前もこっちで見たらいいだろ」


そんな私に目も向けず声を掛けるアラディアさん。

今更ですが、ナチュラルに心を読むの止めてもらっていいですか。


「あれ、美羽ちゃん。どうしたの?」


気づいた集先輩がこちらに目を向ける。


「あ、ええと、アラディアさんと集先輩に話があってきたんですけど」

「話? いいよいいよ! 俺で良ければいくらでも――」

「黙れ。お前はシジルを書いてろ。

それで、要件はなんだ?」


アラディアさんの言葉に、集先輩はしぶしぶ手を動かす。


「アラディアさんの顕現について教えて欲しいことがありまして。

アラディアさんさえ良ければ是非お聞きしたくて」

「・・・・・・・・ふぅん」


少し思考した後、アラディアさんはニタァと口角を吊り上げる。

あ、やばい。この顔はまずい。


「別にかまわない。俺の顕現なんて特に隠す必要もなければ情報を惜しむ価値もない。

が、ただで情報を提供する気も無い」

「え、」


背筋が震える。

何だろう。嫌な予感がする。現にアラディアさんの目は「やったぜ!」と言わんばかりに喜色の色に染まっている。


「対価を要求する。なに、すぐに終わるさ。

新しく開発した魔術があってな。それをお前に試したいんだ。

お前が言い出したことだ。了承してくれるよな?」


刹那、私の脳裏に実験用の鼠の姿がよぎった。

恐らく数分後の私の姿と重ねたのだろう。



■ ■ ■



結局提案に了承した私は、半ば連れ去られるようにアラディアさん専用の部屋に入った。

途中アラディアさんを止めようとした集先輩は、ボディブローを喰らい一発KO。そのまま地に伏せた。集先輩・・・・・・。

そんなこんなで、判読できない文字が壁や床にびっしりと書かれた部屋で、私は椅子に座らされた。


「あの、質問があります」

「なんだ?」

「その、安全、ですよね?」


くぐもった声だった。

その言葉に、アラディアさんがなんのこっちゃと首をひねる。


「それを確かめるために、今から実験するんだろう?」

「ハハハ、そうですか」


思わず渇いた笑いがあふれでた。OK、どうなるかはわからないと。

アラディアさんが反対側の席に座る。


「それで、俺の顕現の何を聞きたいんだ?」

「あ、それなんですけど、アラディアさんが顕現に目覚めたきっかけを知りたくて」

「きっかけ、ねぇ」


アラディアさんが私の右手を取る。

その右手の指がほんのりと光り、私の手の甲に何かを書き始めた。

手の平に光る魔術文字が記されていく。熱くもなく、冷たくもなく、ただ白く光る。

少し、くすぐったい。


「そういや俺の顕現見せたこと無かったな」

「はい、そうですね」


アラディアさんは咎人との戦闘は魔術で行う。

アラディアさんが言うには、顕現と魔術では、顕現の方が力や効果は上らしい。

殴ったほうが効率的なのに、わざわざ木の枝を持つようなものだとか。

本人の格にもよるが大抵その原則は揺るがないらしい。

その原則をいとも容易く破って咎人を殲滅できるのだから、アラディアさんはとんでもない魔術師だ。少なくとも私では絶対にできない。

右手を書き終えたのか、次は私の左手に魔術文字を書き始めた。


「俺が顕現を使わないのは必要ないからだ。

咎人なんざ魔術で充分殺せるし、本来の用途は戦闘用じゃないからな」


左手に書き終えたアラディアさんは、私に向けて手を差し出す。


「足」

「え?」

「足。靴と靴下脱げ」


一瞬何を言っているのかわからなかったが、言われた通りに裸足をさらす。

両方靴下を脱ぎ終えると、アラディアさんは右足を掴み、足の甲に同じように魔術文字を書き始めた。


「っ!」


さっきよりもくすぐったい。なんだこれは。

端から見れば変態か何かだ。それでいてアラディアさんは顔色一つ変えない。

恥ずかしがっているのが私だけというのが余計に恥ずかしい。


「それで、きっかけか。

まぁ、魔術を極めたいと思ったからだな。

俺の家系、いや母親だが、魔術師でな。

その人がすごかったんだよ。虚空からクッキーを取り出したり、そこらの石をダイアモンドに変えたり、植物を急成長させたり。

なんせ決まり切った歴史を変えちまったような人だからな。

そんな母親に憧れて、俺も魔術師になりたいと思った。人を尊敬したのはあの人だけだ」


人を全く信用していないアラディアさんが、尊敬する人のことを語る。

アラディアさんが誰かに憧れるなんて、そんなことがあるのか。

右足の甲に魔術文字が描かれ、次は左足に描き始めた。


「実際素晴らしいもんだよ魔術は。

世界に住まうものが編み出した技術。

常に改良が施され、更なる利便性を追求し、研究する。

一つの魔術の発明が、世界を変革するに等しい発見となる。

一生をかけて追い求める価値がある」


価値がある。その言葉は本心から出たものだろう。嘘を言っているようには思えなかった。

羨望、そして興味なのだろうか。アラディアさんのきっかけは。

自らの道を突き進む求道者の姿が、その身に重なった。


「ソラ、エキ、コ」


左足に魔術文字を書き終わったアラディアさんは、自らの魔術人形であるソラ、エキ、コを呼び出す。

やがて気体と液体と固体が現われ、それらにアラディアさんが指示を出す。

透明の液体がアラディアさんの手を洗い、洗った手を気体が乾かし、最後に固体がアラディアさんの左手を覆い、ゴム手袋の形を作る。

もう一連の作業は終わったのだろうか?

再びアラディアさんが私に向き直る。


「舌」

「え?」

「舌。口開いて舌を出せ」


・・・・・・・・・え?

意味を理解できず、数秒後脳が意味を理解して、目眩がしそうになった。

まさか、舌にもあの魔術文字を刻むのか?


あなたは正気ですか? というメッセージを目線に込める。

はい、私は正気です。とアラディアさんは目線で返した。

その目は真剣そのものだ。


あぁ、南無三(なむさん)

観念して恐る恐る舌を出す。

口内から外に出した舌を、アラディアさんがゴム手袋ごしに掴む。


(ふぇっ、)


他人に舌を掴まれる経験なんて初めてだ。きっと多くの人は生涯体験しないだろう。

左手で固定された舌に、アラディアさんが今までと同じく魔術文字を描く。

そのたびになんとも言えない感触が、舌どころか全身に走る。


「ぁっ、ぅあ、はぁ、」


我慢できずに、小さい吐息が零れる。

なに? なんなのこれ? 私は一体何をされてるんだ? この行為に何の意味があるんだ?

もはやインフォームドコンセントがどうこう言う気はなくなった。ただただ、早くこれが終わることを望む。


(あうぅ、蛍、助けて・・・・)


そんな想いは届くはずもなく、二十秒間私はこの羞恥に耐えるしかなかった。

やがて魔術文字を刻んだアラディアさんは涎に濡れる手を離し、液体で手を洗う。左手のゴム手袋も、再び元の形を取り戻す。

その後アラディアさんは、何かぶつぶつ呟き始めた。


「sge大qi7fs一pord火にdasg―5―meiov者/aa7hw:は\サラqhgt2 se]lerが[zbnrwけにnrs}0;@pじまえ」


その言葉は一部しか聴き取れない。日本語だけでない、様々な言語が混ざった独自の多重言語話法。

魔術を使用する際に便利なのだとか。


アラディアさんが呟き始めてから少し経って、私の身体に異常が起こり始めた。

頭が熱い。顔全体が熱い。頬が火照る。

熱はやがて喉に、喉から胃に移動する。

やがて心臓の辺りで、その生物のように蠢く熱は移動を止めた。


全身の体温が上がった気がする。

心臓が炎のように鼓動する。血と共に、輝く炎が全身を駆け巡る。

それは地獄の業火のような、生命を育む炎のような。


じっと私を見ていたアラディアさんは、腰を上げ、こちらに手を向ける。

手の動きに合わせて私の手足と舌の魔術文字が空中に浮き上がり、消える。

加えて黒いビーズのような、穀物のような何かを取り出し、それをジャラジャラ鳴らし始めた。

その音が鳴るたびに、体内の炎が再び動き出した。


「畏tmuapwe炎/pw3leよbg呼1^bfに,psna28だき∋rg極に4fg]すhrytrr/ば@`g座にwuzdだ8srme」


再び紡がれる異次元の多言語話法。その言葉に応じ、体内の炎が、ふっと消えた。

それと同時に身体が軽くなった気がする。全身を駆け巡る炎も消えた。まるで私の中から何かが抜けていったような。


アラディアさんは私の額に手を当て記憶を読み取る。実験なのに、体験者に様子を質問しなかったのはそれゆえだ。

やがて満足したように手を離す。アラディアさんは無から紙とペンを取り出し、それらに魔術を使った。

ペンはひとりでに動き出し、紙にガリガリと文字を記していく。自動書記の魔術。速く、そして丁寧だ。

私は今までの実験が気になって質問する。


「あの、何をしたんですか?」

「簡単だよ。人体の神殿化」


神殿化? 聞いたことのない単語が出てきた。


「依り代ってあるだろ。神様が入ってくる器。物。アニミズム信仰の一例。

わかりやすい例は付喪神(つくもがみ)か」

「あ、それなら聞いたことあります」


確か人が大切にしていた物に神様が宿って、突然動き出すのはそれが理由ってどこかで聞いた。


「人の身体も空間だ。

今までは特定の空間を神域にしてきた。龍脈が通っている土地とか、神話や歴史上特別な意味がある場所にな。

人体に対して行われていない理由は、その器が降ろす霊に耐えられず爆発するか、そもそも単純な内容量が空間に比べて極端に小さいからだ。

それを改良して、霊が寄りつくところではなく、いっそ霊が住まう場所にした。

常人には無理だが、顕現者だから可能な業だな」

「・・・・はぁ」


全体の六割は理解できた。つまり私は霊的な存在をその身に降ろす実験に付き合わされたと。


「最近降霊術が俺の中でブームでな。

過去に数回やってみたが、どれもまぁまぁな結果にしかならなかった。が、再びやってみるといいもんだな。新しい発見がある。

今回の試みもそれだ。手足を柱に見立て、口を門の役割とする。

そこから霊を降ろし、体内に座してもらう。

見事成功だ。これから更に考えを展開して、後は集を被検体にしてデータを集める。どうなるか楽しみだ」


アラディアさんがクツクツと笑う。集先輩・・・・・・・・・。

と、ここで。ある疑問が思いついた。


「そもそも世界に神様とか悪魔とかいるんですか?

今までそういう設定の咎人とは戦ったことがありますけど、なんかこう、もっと観念的な存在は」

「いるさ。それこそ観念的なもんだがな」


実験結果に満足したのか、上機嫌にアラディアさんが講釈を語る。


「誰かが言った。これこれこんな神様がいる。

この神様はあんなことをする。

それに対して人は、わぁ~すごいな~とか、わぁ~怖いな~とか思って恐れ敬う。

これを漢字二文字でなんて言う?」

「信仰、ですか?」

「そう。信仰心もまた想念の一つ。しかも数多の想念の集まりだ。

注目すべきはその数。単純な数で考えてもとんでもねぇぞ。

今の俺たちの世界だけで考えても、たった二つ分岐を遡るだけでとんでもない数の信仰が存在する。

無限の濃度の中でもかなり上位の数がな。

それを平行世界全体で考えたらどうなると思う?」

「・・・・・・・・・よくわかりませんが、とんでもなさそうですね」


思考が追いつかず、とりあえず相槌を打つ。

いつの間に講義は魔術から数学になったんだ。

可能な限り理解しようと、必死にイメージする。


「とんでもないさ。元はたった一人の、あるいは数人だけが共有していた信仰。

塵も積もれば山となる。一が積もりに積もって莫大な質量になる。

一人が抱える想念と違って、世界を超えて存在する信仰はそれゆえ強大なんだよ。

そしてその信仰を受ける対象もな」


そう考えれば、神霊や悪魔等の霊体からその力を借りることの意味が分かった気がする。

莫大な想念量を保有する存在から力を借りれば、咎人との戦いも楽になれるのではないか。

私も機会があればアラディアさんに詳しい話を聞こう。


「これで終わりだ。後は集に聞くんだろ?速く行け」


ドアを指し示すアラディアさん。


「はい、ありがとうございました」


私は一礼して部屋を出た。



次回、集先輩と一緒に

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