第十二話 籠の中の鳥
前回、暴走は止まず
「っ!」
二人の様子を、テレビ越しに集は見ていた。
遠目でも焦燥を感じているのがわかる。本当はすぐにでも駆けつけたいのだろう。
「窮鼠猫を噛む。追い詰めたことで覚悟を決めたか。
しかもそれだけじゃないな。なんだあの紋様?」
同じくソファーに座りながら、アラディアが見ていたのは咎人の胸部。淡い光を放っている紋様がそこにはあった。
(あの紋様・・・・・・・・蝶か? となると最初のあれは脱皮と考えるのが適当か。
それにより傷が完治。しかも霊格が跳ね上がってるな)
今まで見たことの無い未知の魔術、いや、顕現か?
一度逃がした後にブルーワズに何が起きたのか。それが疑問だ。
アラディアは答えに至る数千数万の可能性を即座に考え、現状での結論を出す。
(誰かが教えたってのが一番ありえるか。
あいつらも厳しそうだな、集も飛び出しそうだ。だが・・・・・・・・・)
ニタァと、アラディアは笑う。自分の想定が、更に良い方向に向かう事を歓迎するように。
(これはこれでいい。奴の霊格は力天使に迫る程膨張している。うまく殺せればなかなか美味しいな。精々いい経験値になってくれよブルーワズ)
これも二人のため。ひいては桃花のため。
集が我慢できず飛び出したら、やはり前回のように殴って止めようとアラディアは決心した。
■ ■ ■
そもそもステュムパーリデスとは。
ギリシャ神話の英雄、ヘラクレスが行った十二の試練。その試練の一つに挙げられている怪鳥のことである。
その翼は青銅で出来ており、周囲に毒を撒き散らす。英雄ヘラクレスは同じく十二の試練の一つである、ヒュドラの毒を使ってこの毒鳥を下した。
これがよく知られている話だろう。
ブルーワズという咎人が発生したのは、もしもそんなステュムパーリデスが存在したらというifの世界。
彼はその世界で、ステュムパーリデスという種族として産まれ、他のステュムパーリデスたちと群れで生活していた。
自然界を見てわかる通り、毒は強力な武器であり人間も動物も狩りに重宝する。
毒を持つ動物からすれば敵を殺す手段であり、同時に身を守る手段でもある。
それによって餌を獲得し、襲いかかってきた獣に突き刺す護身用の剣。
ブルーワズは自らの毒を、そして空を打つ翼を何よりも信頼した。
信頼した、なんて言葉では生温い。その念は狂信の域にいたり、自らを絶対と疑うことは無かった。
『我が翼に追いつける者などいない! 我が毒に耐えられる者などいない!!』
その果てに顕現が開花した。
文字通り無敵となった。元いた世界で彼に敵う者はいなくなった。
動物も、人も、同族も。彼は蹴散らして生態系の頂点に立った。
人間の手から城を奪い取り、悠々と空を闊歩するのはこの上ない快感を感じた。
やがて彼に楯突く者もいなくなり、更なる力を求め彼は堅洲国に入界した。
『我は選ばれた。この力を以て世界を征せと、神に選ばれたのだ!』
そしてそんな慢心は、すぐに消え失せた。
堅洲国第四層。まだ顕現を発現したばかりのブルーワズにとって、そこはまさしく魔境だった。
質も量も、彼が誇りとした速度さえも、及びもつかない化け物がいた。
大勢、いた。
自らを下した者の、あの嘲笑を覚えている。
『滑稽だな、お前は井の中の蛙だよ。いや、籠の中の鳥か。
元の世界で、己以上はいないと頭に乗ったか?
天を仰いで、己より高く飛ぶ鳥を見つけられなかったのか?』
教えを説くように、奴は笑いながら言った。
『新入り。お前以上の存在なんて腐るほどいる。
お前なんて及びもつかない奴が、下にたくさん。たっくさん。
今回は見逃してやる。お前もこっちに来てそんなに経ってないだろう。
同僚のよしみって奴だ。精々精進しな』
やがて奴は去って行った。残ったのは地に伏せた鳥一羽。
自慢の翼は千切れ、ボロ雑巾と変わらぬ有り様で、しかし生きている。
あるいはそれが彼にとっての不幸か。
あのまま殺されていた方が、彼の誇りを傷つけずにすんだのかもしれない。
痛みは引いて、段々と動けるようになって、彼は呟いた。
『・・・・・ありえぬ』
彼のプライドは、あの時初めて粉々になった。
『ありえぬ、ありえぬありえぬありえぬ!!! このような失態、我は断じて認めぬ!!!』
誇り高い、いや、驕り高ぶった彼には自らが負けた事実など到底認められなかった。
なぜなら自分は頂点に座したのだから。最も高き天を飛ぶ鳥なのだから。
冷静さを取り戻したブルーワズは、この屈辱を忘れずに自身の強化を目的に動いた。
葦原中国にいる顕現者を殺すこと。それが今回の事件の始まり。
顕現を発現した者の中には、それを隠して、誰にも悟られずに生きていこうとする者も一定数存在する。
高天原や粛正機関は顕現の発動をトリガーに顕現者の居場所を特定する。
すると自らの顕現を隠し持っている顕現者を特定できない。
そんな孤立した顕現者を、咎人は狙うのだ。
哀れにも咎人の目に留まった顕現者は、その命を散らせることとなった。
殺し合いの輪廻。それは全ての命を巻き込んで回り続ける。
死んでは産まれ、産まれては死んで。生きては殺され、殺されては死んでの繰り返し。誰もこの輪廻から脱出できない。
当然、それは咎人にも言えることで・・・・・・・。
次回、黒い世界に