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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
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第四話 散歩。散歩?

前回、何気ない日常



「じゃあね~」


やがて放課後を迎え、部活に向かう奏と僕たちは別れた。

奏は見えなくなる最後まで僕たちに手を振ってくれた。

荷物をまとめ、バイト先である桃花へ向かう。


「蛍」

「ん?」


隣を歩く美羽が話しかけてくる。


「ちょっとしゃがんで」


言われたとおりに足を曲げる。美羽は何を思ったのか、僕の髪の毛を触りだした。

・・・・・・若干(じゃっかん)くすぐったい。


「やっぱり、白髪だ」

「え?」


美羽が掴んでいる髪の毛を確認する。

嘘でしょ? 朝それなりに時間を費やしてチェックしたんだけど・・・・・まだあったのか。

決して軽くない衝撃が僕を襲う。悲しい。


「朝見たときには無かった」

「ああ、もしかしたら学校にいる間に白髪になっちゃったのかもね」


冗談を言いつつ話していたら目的地が見えた。

全体的にアンティークな外観。鈴のついた白い扉の中心に、『OPEN』と小さな看板が飾ってある。

店の前には板スタンドにミニ黒板が置かれ、その日の注目メニューが書かれている。今日のおすすめはツナマヨピザのようだ。

横には季節の花々が咲き誇る庭。相も変わらず紫陽花が鮮やかに咲いている。

喫茶店・桃花。僕と美羽がアルバイトをしている店だ。


裏口の扉から中に入る。

複数の笑い声、そして電子レンジの作動音が聞こえる。


「「こんにちは」」


二人分の挨拶が調理場に響く。

いたのは計三人。店長である否笠ひがささん、天都あまとさん、そしてしゅう先輩。

どうやら今日もアラディアさんはいないようだ。


「こんにちは。蛍さん、美羽さん」


サングラスをかけた老紳士、否笠さんが丁寧に挨拶を返す。


「・・・・・・」


横目で僕たちを確認した天都さんは、何も言わずに調理に戻る。

反応してくれただけずいぶん親しくなったものだ。


「お疲れ~。美羽ちゃんに蛍君」


集先輩が親し気な笑顔を浮かべる。

僕たちが桃花で働くことになった頃から、集先輩にはお世話になっている。

レジでの会計や料理の作り方、堅洲国での立ち回りなど、数え上げればきりがない。

それを恩に着せることなく接してくれる。なんともできた先輩だ。


自分たちも作業に加わるため、調理室の先にあるロッカールームに赴く。

制服を脱ぎ、エプロンと三角巾を装備して、さあ今日も頑張ろう。



■ ■ ■



「以前も言いましたが」


時刻は4時を迎えた。

客足はいつもと比べて少ない。そうすると手が空く。暇になる。

すると業務に障らない程度に会話をする。

なので、店長による講義を僕たちは聞いていた。


「顕現とは、自らの想いが発現したもの。

信仰、夢、願い、渇望、思念、誓いなどの目に見えない、しかし確かに存在している想念(そうねん)

顕現は、そうした想念の結晶。自らの望みが世界へ影響を与えるもの。

何故かは分かりませんが、顕現を発現すると可能性世界から脱却し、非顕現者からの干渉を全て無効にしてしまう。これが現状認識されている顕現の特徴です。

”そうなっているのだから、そうなる” 顕現は未だに謎が深く、これ以上のことは言えませんね」


つまり、僕たちの扱う顕現はまだまだ知らないことが多いということ。


「堅洲国の一~三層。俗に上層と呼ばれる階層にいる咎人は全て、可能世界の(うち)にとどまっています。なので顕現に目覚めた貴方達に何をしようが一切通じません。

今回はお二人にそれを確かめてもらいます。なのでターゲットはいません。

つまり散歩と同じですね」


どうぞ気楽にと、店長はほほ笑みながら告げる。


「あの、可能性世界からの脱却ってどういうことでしょうか?

この前も教えていただきましたけど、いまだに全部は理解できてないです」


美羽が食器を洗いながら疑問符を浮かべる。


「確かに、壮大すぎて何を言っているかわかりませんね。

まあ、こういうことです」


すると店長は近くにあった包丁を手に取った。

くるくると手で回転させると、突如自らの胸めがけて突き刺した。


「っ!」


思わず悲鳴をあげそうになる。

まっすぐ心臓の位置を狙った包丁は、そのスーツを裂いて周囲に赤い血をまき散ら・・・・・

すことはなく、スーツに切っ先をあてたまま、静止した。


「え?」


店長が寸でのところで包丁を止めた? いや、そうは見えない。現に何回も連続して胸を突いている。

身体どころかスーツにすら傷一つつかない。


「このスーツが特別性とか、胸に鉄板が仕込んであるとか、そういったものではありません。その証拠に、ほら」


今度はその包丁を首元まで運ぶ店長。

そのまま勢いよく喉仏の位置に狙いを定め、店長の喉に包丁が衝突した。

しかし結果は同じ。まるで固い岩にぶつかったように包丁は停止する。


「つまりこういうことです。可能性世界から脱却したものは、世界の影響を受けず、一方的に世界に影響を与える存在になります。

本来この包丁によって私が傷つく可能性は無限にありますが、顕現者であるためその影響を受けなかったんです。もちろん、貴方達も」


それを見ていた僕たちは唖然とした。そして同時に思い出す。

そういえば、顕現を発現してから怪我をしたことがまったくない。

これといって重大な事故に遭わなかったし、転んで怪我をしたこともなかった。鼻血を流したこともない。

それらは全て顕現が原因なのか。

今まで咎人との戦闘で怪我をすることがなかったのもそういうことだったのか。

一部始終を眺めていた天都さんが、横から口を挟む。


「店長、包丁が変形しています」

「おっと、物は大事にしないといけませんね」


切っ先がぐにゃりと曲がった包丁を見て、店長は苦笑いを浮かべる。

しかしそれも一瞬。店長がそれに意識を向けたとたんに、何が起きたのか包丁は元の形を取り戻した。


「ともかく、これが可能世界から脱却することです。お分かりいただけましたか?」

「はい、なんとなくわかりました」

「まぁ詳しく聞きたいなら説明上手な集くんがいるので、彼に聞いてください」


店長がカウンターで話しを聞いていた集先輩を指名する。しかし当の本人は否定した。


「店長。俺だってまだ完全にはわかってませんよ」

「大丈夫ですよ、私も一割程度しかわかってませんから」


えぇっと、集先輩の驚愕の声が響く。

僕たちはそれに笑いながら、いつの間にか閉店時間が近いことを確認した。


「お客さんもこれ以上来ないですね。では、今いるお客さんがいなくなったら片付けに移行しましょうか」


店長の一声で、皆はそれぞれ片付けの準備をした。



■ ■ ■




時刻は5時を過ぎ、表の看板をcloseにした。店内の掃除もあらかた済んだところで、僕たちは二階に移動した。

白が全体の八割を占める、物の少ない質素な部屋。

ソファーやテレビ、そして別の部屋に繋がるドアが二ヶ所。

そして、奥に不思議な文様が描かれている(ゲート)。異界――通称、『根の堅洲国』への扉。


「では、まずは気になる三層の様子を見てみましょう」


店長が備え付けのテレビをつける。

映ったのは料理番組。魚だろうか。皿の上に盛り付けられた赤身が綺麗だ。

店長がチャンネルを合わせる。黒い画面が数回映った後、画面に倒壊した建物と、赤黒く染まった大地が見えた。

どういう原理かはわからないが、店長たちはいつもこれで堅洲国の様子を伺っているのだそうだ。

僕と美羽は画面を覗き込む。


「見た感じ、今までと様子は変わりませんね」


まるで終末の光景。空も陸も海も一面真っ赤。

血が渇いたような色の大地に、倒壊した建物。人類が戦争で滅んだらこうなるのだろうか。

今まで何回も見てきた光景だ。


視点が移動する。

まるで墓石のように立ち並ぶ建物。その時代も構築も、なにもかもばらばらだ。

静寂に包まれた画面に、突如閃光が走る。


光が画面を一面の白に変え、建物を吹き飛ばし地平線の彼方に飛んでいく。


「今のは、」

「三層の住人によるものでしょうね」


驚愕する僕に、ごく冷静に答える店長。

その後も異常は続いた。


突如地面が盛り上がり、出てきたのは人面の虫。芋虫の顔が人のそれだ。

それだけなら今まで同じようなものを見てきたが、問題はその大きさ。

周囲の建物など比較にすらならない。数百メートルもの巨体は地表に出ると同時に鳴き声をあげる。


「ピキャ――――――――――――――――!!!」


精神的恐怖を催す鳴き声は、遠くから何かを呼び寄せた。

数秒後、遠くの空が黒に染まる。もちろん夜ではない。

それは大量の咎人の群れ。一つ一つの影が空を覆っているんだ。

姿はまちまち。大きさもそれぞれ。


ある者は空飛ぶ龍だった。その口は腹の中ほどまで裂け、手と呼ぶべき部分が八本もある龍。


ある者は蜘蛛だった。八本ある足が軟体生物のようにうごめき、腹部には泡のような白い液体が付着している。


ある者は人型だった。背後に光輪を背負い、その身体は青く透き通っている。人というより宇宙人のイメージが的確だろうか。


ある者は星だった。空から迫りくる巨星。その総体で画面の八割を覆いつくしている。その周囲には尾を引く彗星が続いている。


ある者は鳥だった。全身が光り輝き、身長の倍ほどある三本の尾は神秘的でもあった。


ざっと確認しただけで、数百体以上の異形。その全てが、今まで出会った咎人とは一線を画すほどの存在だ。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!



その絶叫は、最早人間の耳で識別可能なものではなかった。

その衝撃は、最早人間が介入できるものではなかった。


激突。幾百もの咎人のそれは、周囲に存在する建物の一切を吹き飛ばす。

光が満ちて、炎が満ちた。風が吹き荒れ、水が押しよせた。

周囲の空間が歪む。周囲との時間と、衝突の中心部での時間に差異が生じる。

強大なエネルギーのぶつかり合いは天地の創造さえ想起させられる。


衝撃の後に訪れるのは混沌。

咎人たちが喰らいあい、殺し合い、奪いあう。

周囲に飛び散る血、肉片、粒子。空気に触れた瞬間、それらは混沌の衝撃で消滅する。


鳥が竜を啄み、ワニが虎を押しつぶし、蛇が星を食らい、炎が樹を焼き尽くす。

喰らう、喰らう、喰らう、喰らう。誰も彼もが殺し合う。奪い合う。


地に這いつくばる蛇を、巨大な狼が踏み潰す。

口や腹から内臓が飛び出した蛇を、嘲笑いながら狼が喰らう。


多頭の亀が口から爆光を発射する。天上に向かって放たれた黒緑の光は、燦然と輝いていた星を穿ち、遙か彼方に飛んでいく。


戦艦と鯨が融合したような造形の鯨が、その背から幾千もの大砲を放ち周囲を火の海に染め上げる。


透き通った青色の巨人が、天上から光り輝く矢の雨を降らす。数百万もの赤い矢は天罰のように、咎人の一体一体に命中し死体の山を築き上げた。


突如時空に穴が空き、そこから現われた一匹の巨竜が、口内に炎をため込み咎人の群れに発射する。

核爆発のようにドーム状の大爆発が発生する。焼け焦げ、塵すら残らない火の中で、それでも残った咎人は殺し続けていた。


抉り、貪り、殺し。抉られ、貪られ、殺される。

生が瞬く間に死に変わり、殺害の一色がその場を支配する。



「「・・・・・・・・・・・・・」」



絶句。思考が労働を拒否する。

今までと次元が違うとは聞いていたが、この光景は僕の想像を遙かに超えていた。


え、何? 僕たち今からこんなところに行くの?

こんな終末大戦が行われている場所に? たった二人で?

大丈夫なの? 安全なの? 本当に? これは労働基準法に違反していないの?


「裏の仕事は超法的なんです」


いつかの店長の言葉を思い出した。


やがて、一匹一匹と咎人がその場を去っていく。

後に残ったのは大量の亡骸。人のものも、動物のものも、機械のものもある。

静寂を確認した店長は画面の、死体の山を指差した。


「では、せっかくですのでここにいきますか」


えぇ・・・・・・・。



次回、想像

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