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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
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第十一話 対策

前回、異変



美羽の姿が消えたことを確認して、蛍は次の行動に移った。

目的は時間稼ぎと咎人の静止。

ともかく動き回っているブルーワズを止めないことには始まらない、が。


「!」


近くをブルーワズが通る。奴の手に僕の脇腹が接触し、それだけで上半身の四割が吹き飛ぶ。

顕現により即座に身体を再生する。欠けた内蔵と肉と血を創造する。


そこに再びブルーワズの突進。今度はもろに当たってしまった。頭部が弾け、トマトのように中身を辺りにぶちまける。

それも再生しようとした矢先に再度の突進。鉄を容易く両断する翼に切り裂かれ、上半身と下半身が宙を舞う。


(こいつ、だんだん理性を取り戻し始めてるな。的確に僕を狙ってきてる)


自分の肉体を再生しながら、冷静に蛍は咎人の動きを観察する。

先ほどまでむやみやたらにぶつかっていたブルーワズの攻撃が、蛍に集中し始めた。


「があぁぁあああっ!!」


咎人の咆哮とともに、その青銅の爪が振り下ろされる。

とっさに防御するが、いかんせん咎人が早すぎる。

その凶爪に切り裂かれ、身体が綺麗に四等分に切り刻まれる。


(速いな! 初撃は光速の速さだったんだけど、今は数十倍にも数百倍にもなってる!!)


顕現を発現した者に、世界の常識は通用しない。

善くも悪くも自らの法則(常識)で生きている彼らにとって、死は死になりえず、生は生になりえない。

光の速さであろうが、個人の想念次第で容易く突破する。

ゆえに相対性理論は奴に機能しない。

だけど、それは僕にも言える話だ。


「!」


ガキィイイ! と鋭い金属音が周囲に響く。

蛍が想像した剣と、ブルーワズの青銅の爪がぶつかった音だった。


「やっと」


笑みすら浮かべて、蛍は咎人の顔を見る。


「慣れてきた」


想像できてきた、と言った方がいい。

それを見たブルーワズは手を離し距離を取る。

翼を広げ加速して、僕の周りをしっちゃかめっちゃかに飛び回り、何度も僕に攻撃を繰り出す。


正面から、後方から、左右横から、上下から。

時にはタイミングをずらして、時にはフェイントを入れて。

一発一発が必殺の威力。星を揺るがし、なんなら木っ端微塵に破壊しかねない威力。


「はあぁっ!」


光速を超える連撃を、僕は手にした双剣で払う。

忙しなく動きまわる腕、手、指。ついでに足。


周りから見れば一瞬の出来事だが、僕には数分間にも感じた。

圧縮された時間の中。僕とブルーワズは空中に何度も火花を散らす。

やがてそれは終わる。咎人の攻撃が止み、毒鳥は警戒するように距離を取る。

双方傷無し。


対策その1は無事功を奏したようだ。

まあ、対策と言ってもしたことは簡単なことだけど。

先日、咎人と交戦してから今まで、僕はイメージトレーニングを怠らなかった。

咎人、周囲の状況、美羽の動き、自分の感覚。

あの城の中、どこをどう動くか、どういった攻撃をするか、防御のタイミング、移動方法など。


緻密に、よりリアリティを高く。

一日に最低5時間。それだけを想像続けた。


しかしそれでも現実には及ばない。今日も、ブルーワズの速さに僕はついてこれなかった。

そこは実戦で補完した。改めて咎人の実力を確認し、足りないピースを補うように自分の想像に組み込んでいった。


そして、なんとか渡り合える程度には想像できた。


攻撃に移る。彼の周囲を取り囲むように武器を想像する。

剣、短刀、槍、槌、矢等々。数千を超える武器群はブルーワズの360度に現われ、その刃先を突き立てる。

鋭い金属音が連続し、一瞬後に武器群が吹き飛ばされる。無論、ブルーワズが起こした風によって。

以前と同じ光景。しかし異変が一つ。

これまで傷一つなかったブルーワズの身体に、切り傷、打撲の痕が刻まれている。


(通じた! よし)


前回は通じなかった想像が、確実に傷を与えている。

これもイメージトレーニングの賜物(たまもの)。僕が納得し、確信できるまで、奴を打ち倒すイメージを繰り返し続けた結果だ。


空中に無数の武器を創造する。武器の雨は圧倒的な物量を伴って、雨霰の如く降り注ぐ。

対するブルーワズは慣性を感じさせない動きで、迫る武器の雨を避け、時には破壊して道を作る。


そう簡単にはいかないか。それでもいい。以前は効かなかった攻撃が通用するのは、精神的にけっこう楽になる。

飛び回る咎人の周囲に結界を創造する。空間ごと凍結し、脱出を許さない障壁。奴の攻撃も数回なら耐えるだろう。

それだけ時間を稼げれば十分。前回は通じなかった僕の想像のフルコースを、再度味合わせてやる。


そんな不穏な空気を感じ取ったのか、ブルーワズは翼を広げ大きく羽ばたく。

それで結界が破壊されることはない。

が、何かに侵食されるように、結界はその形を失って崩れた。毒か。


毒は可視化するほど濃度を増し、大気を空間ごと汚染していく。

縄張りの中はすでに生物が生存出来る環境ではない。


草木が枯れ、動物が息絶え、大地と森を死滅する。

触れるだけで皮膚が溶け、筋肉が溶け、骨をも溶かす。

一呼吸で内臓と口内がただれ、二呼吸で心肺機能が停止し、三呼吸で完全に絶命する。

この空間内の空気が少しでも人界に漏れれば、忽ちに人類絶滅を成し遂げられるその猛威。


物理法則を超越したその毒は、容易く僕を捉え身体を蝕む。

毒が効かない自分を想像していたが、奴の顕現は僕の想像を上回るほどの危険性を備えている。


毒が回る。強靱に創り変えた僕の身体を毒が侵していく。

これでは先日と同じように思考が封じられ、僕の想造が使えなくなる。


思った通りに神経毒が回り、何も思考が出来なくなっていく。

想造が解けた僕はあっという間に全身に毒が回り、肉が溶け、ぐじゃぐじゃの液体となって、最後には細胞の一欠片も残らなかった。


「・・・・・・」



その様を見て、ブルーワズはなお周囲を警戒していた。

無論、彼に理性はない。ゆえに動物的な本能で行動する。

蛍が死んだとしても、先に消えた美羽はどこにいるかわからない。

もしかしたら今も、ブルーワズを殺そうと虎視眈々(こしたんたん)と狙っているかもしれない。


数十秒周囲を警戒し、それでも何も起こらず、美羽を探そうとするブルーワズ。

姿を隠す魔術を使ったのだとは予想はついている。ならばそれを破る術を使用するまで。


全ての魔術にはそれを破る魔術が存在する。絶対の魔術など存在しない。絶対の法則などない。

必ずその構造は解き明かせる。必ず破れる。

見えないのなら見破るだけ。見鬼(けんき)の魔術を使用する。


この世ならざる者を見ることに特化した魔術。視界領域を広げ、別のチャンネルを視る魔術。

これを用いて、美羽を探すために、完全に意識が向いたその時――


「!?!」


視界が、八つに割れた。

剣閃が走り、ブルーワズの目を切り裂いたのだ。

それに気づき、すぐさま割れた視界で原因を探る。


幸い、それはすぐ側にいた。

蛍。先ほど原型すら留めずに死んだはずの蛍が、無傷で立っていた。




動揺してくれて助かった。

慈悲を持たずブルーワズに更なる追撃。空から数千の流星が音速の数千倍の速度で降り注ぐ。

そのまま押しつぶす。ブルーワズは受け止めようとしたが、押し負け、地中にめり込んでいく。


これが対策その2。


毒が回ってしまったら僕はもう戦えない。後は殺されるのを待つだけだ。

なので僕が毒に侵されたとしたら、それが消えて、そして自分が無傷の状態で再び現われる場面をあらかじめ想像しておいた。つまり復活。


これなら毒が回ろうが殺されようが関係ない。何度でも殺せばいい。そのたびに僕は蘇る。

代わりなんていくらでも創造できる。

そして、やっと隙ができた。


(美羽!!)


隠れているはずの美羽に合図する。


(わかった)


美羽の返事が聞こえ、突如この場に巨大な力場が現われる。

ブルーワズの対角線上、身体を落とし、右腕に莫大な力を蓄えている美羽がいた。

美羽最強の一撃。El Diablo Cojuelo。前回は使う暇も無かったが、これを喰らえば青銅の鎧といえど砕け散るに違いない。

押しつぶされていたブルーワズもそれを感知した。


「ぎゅああぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


自らを押し潰す小惑星を吹き飛ばし、美羽の元へ疾走する。

その速度たるや今までの数十倍。絶命の危機を前に魂を燃やしたのだ。

美羽もそれを迎え撃つ。溜めに溜めた一撃に全てを賭け、突進してくるブルーワズに振り下ろす。


衝突。巨大な力と力のぶつかり合いは、周囲の物質を原子よりも細かく分解していく。

爆風と衝撃が僕の立っている場所まで届いた。

最早音すら聞こえず、数拍子遅れて圧倒的な破壊が世界を覆う。


これで倒れてくれと、僕は衝撃に耐えながら一心に願った。

戦闘の中で、奴の想念はさらに高まっていく。このまま僕の想像を超え続けていったら、先に限界を迎えるのは僕だ。


El Diablo Cojueloは美羽の精神力をかなり消費する。

もしこれを耐えられてしまったら、美羽にこれ以上の戦闘は厳しい。

だから現状、僕に出来ることは祈りながらその結末を見届けることだ。


しかし結果は非情なものだった。


「っ!」


目にした現実。美羽の胸に深々とブルーワズの手がめり込んでいる。

対照的にブルーワズは無傷。多少青銅が剥がれてはいるが、それだけだ。


ブルーワズが笑みを浮かべる。安堵したような、興奮したような笑みを。

そのまま美羽は、致死量の血を撒き散らしながら地面に崩れ落ちて・・・・・・・・。




まるで、全ては()だったかのように、痕跡を残さず消えた。



「!??」


驚愕したのはブルーワズ。状況を確認するために周囲を確認する。

しかし遅い。僕はその首と手と胴体と足が、鎖に繋がれている姿を想像する。

突如現われた鎖に拘束されるブルーワズ。こちらを睨んだ彼にネタばらしをする。


「残念。君が殺した彼女は、僕の想像だよ」


本物はあっちだ。


再び空間内に現われる巨大な力場。それは僕の想像の比ではない。

ブルーワズの正面、20メートル前に現われた美羽は先ほどと同じ構えから、疾走するために一歩踏み込む。

あまりの力に大地が陥没する。それから先は僕の目では追えなかった。


光速を凌駕し、拘束されたブルーワズにむけて最後の一歩を踏み込んだ彼女は、その巨腕を振り下ろした。


「El Diablo Cojuelo(穿て、跛行の悪魔)!!!」


それはまるで天からの鉄槌。

咎人に振り下ろされる断頭台。


その一撃は肉を砕き、霊を砕き、魂を砕く。

いかなる防御も無意味。全て平等に打ち砕かれるのみ。


美羽を中心に、大地に亀裂が走る。

時間の連続性と、空間の偏在性が破壊される。

大地に巨大な穴が空き、足場が完全に崩壊した。


後に残るは惨状のみ。

縄張りごと敵を殲滅するその威力。間違いない、こんなものを喰らって生きている者など存在しない。



――はずだった。


「ぐ、がぁああ、あああぁぁぁぁああ!!!!!」


驚愕したのは美羽。

声が聞こえた。呻き声が。今にも消えてしまいそうなかすれた声が。

しかし、確かに生存を証明する声だ。


美羽の巨腕。それを両腕で受け止める影。

間違いない、ブルーワズだ。

その全身は重傷。至るところから血が吹き出ている。青銅の皮膚は剥がれ、特に両腕はあらぬ方向に折れ曲がっている。


しかし、依然としてブルーワズが生きていることには変わりない。

極限を前にしてブルーワズの想いが美羽を凌駕したのだ。


「ぐるわああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」


血まみれの身体に鞭打ち、ブルーワズは翼を羽ばたかせた。

風圧で吹き飛ばされる美羽。それにより咎人と距離を取る。

再び、戦況は元に戻った。



次回、鳥の過去

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