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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
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第十話 ステュムパーリデス

前回、粛正よりも大事なこと



翌日。

放課後、私たちは桃花に向かった。

意気込みは充分。私も蛍も朝からやる気に満ちあふれている。

そのおかげで奏や先生から何事かと心配されたが、それも些細(ささい)なことだ。


「お疲れさま、美羽ちゃんに蛍君」


桃花の二階には、同じく集先輩が待っていた。

ソファーにはアラディアさんが座っている。何やらぶつぶつと呟き、紙面とにらめっこしている。

自分の世界に没入しているんだ。私たちを一瞥もしない。


「お疲れ様です集先輩」

「ジュースとお菓子あるから自由に食べていいよ」


机の上にはジュースとお菓子類。ポテチやクッキーが並んでいる。

私たちはコップにジュースを注いで、お菓子の袋を開けて食べ始める。

集先輩もジュースをグビッと飲み干して、ご機嫌な様子でスマホを見ている。


このように、時々私たちは仕事が終わった後や裏の仕事をする前に食べたり飲んだりする。

店長が決めたことだ。店のお金はいくらでもあるから、私達が自由に買ってきていいのだとか。

店長の言葉を思い出す。


「存分に食べてください。なにが最後の晩餐(ばんさん)になるかは分かりませんからね。

遠慮する必要は欠片もありませんよ。お金は有り余っていて困るくらいですから」


そんなわけで、いつの間にか抵抗感も消え、ごく自然にバリバリむしゃむしゃ口に頬張っていた。

先ほどから集先輩は笑顔になったり、かと思ったら難しい顔になって天井を見たり、そんなことを繰り返している。

それが気になって、聞いてみた。


「集先輩。何かあったんですか?」

「ん? あ、わかる!? そうなんだよ、嬉しいっちゃ嬉しいんだけど、それと同時に困ったことがあって」

「嬉しくて、困ったこと?」


訳も分からず集先輩の言葉を反芻(はんすう)する。

なんだろう。テストの日程が近くて必死に勉強してたけど、急遽(きゅうきょ)取り消しになったとか?

私の横に座っている蛍が言う。


「もしかして、霊格の位階が上がったんですか?」

「お、正解! その通りだよ、さすが蛍君」


集先輩が拍手をする。

位階が上がった。それってまさか。


「このたび俺は主天使(ドミニオン)から座天使(スローンズ)に上がりました!

昨日咎人と戦ってたらそんな気がして、アラディアさんに確認を取ったらそうだって言われたんだ。

だからこれから俺も下層を担当することになるかもね」

「下層って、店長たちが担当している領域ですね」

「うん。と言っても同じ下層でも上の部分。まだまだ熾天使(セラフィム)には遠く及ばないからね」


あいつらほんと化け物だから。

苦笑しながら集先輩はポテチを食べる。


すごいな。下層なんて、私たちには想像もできない場所だ。

そこに至るまでの先輩の苦労を思い、その努力を讃えた。


「とりあえず、おめでとうございます先輩」

「ありがと、美羽ちゃん。でも二人もすぐに下層に到達できるよ」


その言葉を嬉しく思えばいいのか、それとも悲しく思えばいいのか、どちらともつかず戸惑った。

集先輩は姿勢を正して、私たちに向き合う。


「さて、現状を説明するよ。

咎人・ブルーワズはそこら中を動き回ってたけど、途中からぴたりと動きが止まった。

今も移動してない。以前二人が奴と戦った場所でおとなしくしてる。

肝が据わってるのか、それとも自殺志願者か。どっちなのかは分からない」


不可解な咎人の行動に、集先輩は疑問を抱いているようだ。


「まぁでも、奴が新しい武器を手に入れた可能性もあるから、二人とも警戒はしててね。

俺もアラディアさんもいるし、無理だとわかったら逃げちゃえばいいんだから」


集先輩は朗らかな笑顔で告げる。


「はい。けどその必要はなさそうです。対策はバッチリですから」


私の言葉に、集先輩は笑みをこぼす。『そうこなくっちゃ』って言っているように見えたのは、きっと見間違いじゃ無いだろう。

咎人と交戦してから、私たちは時間を見つけては二人で話し合い、検討して、実際に動きを確認した。

この前みたいにはいかない。今回で終わらせる。これ以上犠牲者が増える前にけりをつける。


「じゃあ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


一時の別れを告げて、私たちは奥の壁に進む。

奇妙な紋様が描かれた堅洲国への通行ゲート。

触れた瞬間に波打つ壁。引き寄せられるように吸い込まれ、瞬く間に全身を持ってかれる。


一瞬の空白を抜けたら、そこは赤黒い世界。いつもの死臭あふれる世界。

周囲を警戒。誰もいない。念のため隠れる。

魔術画面を起動。咎人の位置を確認。集先輩の言葉通り、以前私たちが交戦した場所にいる。

しかも前回と違い距離が近い。


これもあの魔術ゲート――通称、鳥居(とりい)の機能。以前通った座標を記録し、使用者が望む場所を用意する。

簡単に言うなら、以前行った場所にピン止めして、すぐさま行ける機能。

私も蛍も、既に顕現は発動している。私の腕は黒く染まり、蛍は望む自分を想像済みだ。

合図をして、すぐそこの空間を引き裂く。


ヴェールを剥ぐがごとく、新たな空間が現われる。

以前と同じ古城。しかしその面影は一切無い。

蛍の想像により、辺り一面は瓦礫の山と化している。

そして瓦礫の中心に、それはいた。


「!」


すぐさま姿勢を整える。

咎人・ブルーワズ。青銅の翼と皮膚を持つ翼人が、ただ何をするでもなく地面に膝をつけている。

ここで違和感に気づく。殺意が無い。憎悪も、かといって悲哀も、ない。

一切の感情がない。死んでいるのではないかと疑うほど、それには意識が無かった。


(死んでる?)


いや、生きている。生きてはいる、のだが・・・・・・・・。

目の前の咎人は、蝉の抜け殻のように生気がない。それはもはや生物と言うより木と呼んだ方が適切だ。


――ぴし。


唐突に鳴る破裂音は咎人から。彼の青銅の皮膚に皹が入る。


――ぴし、ぴしぴし。


それはまるで蛇の脱皮のようで。


――バキン


全身に走った皹はついにはじけ、頭から砕け散る。

砕けた頭から、新たな頭部が覗いた。

蛹を破るように、新たな命が誕生する。


「ぐ、があああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあああああああああ!!!」


生誕の泣き声は、悲鳴と酷似していた。

完全に剥がれた表皮。青銅の鳥は新たな輝きと更なる硬度を手にして、空に翼をはためかせる。

その胴体にあった破壊痕。先日私がつけた傷跡は、すっかり元に戻っていた。


「顕現!!!」


その言葉を聞いた途端、私と蛍の警戒は最大限に引き上げられる。

理性を感じさせない飛翔をするブルーワズは、明確な殺意だけを私たちに向ける。


猛毒の青銅(ステュムパーリデス)!!!」


怒号とともに、周囲に爆発的に毒が広がった。

絵の具を塗るように周囲の空間を黒に染めあげる。

音速を超える速度で、毒を纏った爆風が吹き上がる。


私と蛍はとっさに下がる。直後に私たちの立っていた場所は毒に侵されて溶解した。

そこで気づく。顕現の発動に伴い周囲の毒素が急激に上昇している。

空気中の物質はもちろん、地面や建物に触れるだけで手や足に異常が生じる。

一呼吸するだけで、口内に変な味が広がる。目から涙が溢れ、舌が痺れてきた。

空間全体が、毒と化している。


(前回は使ってなかったけど、発動したらこうなるんだ・・・・・・)


美羽は変化の有様を観察しながら、脳内から知識を引きずり出す。

そもそも毒とは、生命活動に不都合をもたらす物質のことをいう。

ここでいう不都合とは、身体に異常を起こしたり、病気になったりすることだ。酷いときは死ぬこともある。


蜂に刺される、蛇に噛まれる等が代表的だ。想像しやすいと思う。

しかし16世紀には既にわかっている通り、全ての物質は毒になり得る。


砂糖だって食べ過ぎれば糖尿病や(がん)を引き起こす。

酸素だって取り過ぎれば身体が壊れるし、水だって飲み過ぎれば人は死ぬ。

あらゆる物質には毒性があり、多量に摂取しすぎれば死に至る。

つまり量の問題。

そして、どうやらブルーワズはそれを自由に操れるらしい。


顕現により毒が蔓延(まんえん)している空間。常人なら数秒で即死、骨まで残りはしないだろう。

そんな猛毒の空間内で、私たちはなんとか毒の影響を受けずにすんでいた。

私は自分の身体の中で発生した毒素を速やかに破壊する。

さらに無意識に漏れ出ている破壊の膜を強化。外部からも内部からも毒の侵入を防ぐ。

蛍は毒の影響を受けない自分を想像している。その顔はブルーワズに向けられている。


そうだ、こんなもので(つまづ)いていたら話にならない。

現にあの咎人から感じる霊格は、前回出会った時よりも跳ね上がっている。

こんなものは本番の、前座にすぎない。

咎人・ブルーワズは猛毒の風が吹き荒れる中、身体をしならせ矢のように放たれた。


(!!?)


ブルーワズは私たちの横を通り抜け、地面に着弾する。


ブルーワズの通り道は、まるでモグラが地面を掘ったかのように、ぽっかりと穴があいていた。

爆風と衝撃が後から遅れて発生する。砂塵が舞い上がり、視界を塞ぐ。

音速を超えたソニックブームが私たちの身体を叩く。いや、そんなことよりも。


(まったく見えなかった! 反応するだけで精一杯だった!! 前と比べようもないほど速くなってる!!!)


前回の速度でも、優に宇宙速度を超えていた。

だけど今の彼はその比ではない。初動で光を超えている。美羽たちが反応できなかったのも無理が無い。


地鳴り。そして地面を突き破り飛翔する影。

地面から飛び出してきたブルーワズは暴走しているのか、あちこちに衝突を繰り返す。

光速を超えた毒鳥の飛行は、ただそれだけで周囲に壊滅的な被害を生み出す。


城壁を突き破り、瓦礫の塊を吹き飛ばす。砕けた破片が衝撃波で原子の領域に分解される。

そのたびに爆音と衝撃波が生じ、近くにいた私たちも巻き込まれる。


「!」


一瞬、私の近くを何かが通り過ぎた。

足に大きな痛み。半テンポ遅れで発生する爆発の衝撃。

暴走したブルーワズに接し、爆発したかのように太股が粉砕された。

しかしそれもすぐに治まる。蛍がすぐに想像してくれたのか、太股の傷が治った。


(美羽。聞こえる?)


脳内に響く蛍の声。しかしそれは蛍が想像したから起きた現象ではない。

感覚共有。私たちはそう呼んでいる、魔術の一つだ。

共有と名にあるとおり、私と蛍の間で独自のネットワークを形成し、互いの感覚や思念を共有する。


心の中で『おはよう』と言えば、相手の脳内に直接『おはよう』という情報を送れる。

これによりどれだけ離れていても、互いに意思疎通ができる。もちろん故障などしない。

通信機器を用いず会話ができる便利な魔術だ。


(うん。傷治してくれてありがとう)

(どうも。しかし困ったね、速すぎる。

以前とは比べものにならないよ)

(最初の様子もおかしかったし、なにかあったのかな?)

(どうだろう。集先輩の言ったとおり、新しい力でも手に入れたのかな・・・・。

どのみちやることは変わらない。美羽、準備を)

(うん、頑張って)


合図をして、その場を去る。


『オン・マリシエイ・ソワカ』


魔術を使う。摩利支天(まりしてん)の真言を唱え、印を結び、穏形(おんぎょう)の術を発動する。

霧の中に消えるように、陽炎(かげろう)の如く姿が消える。蛍やブルーワズの目には、私の姿が見えないはずだ。

おまけに、この状態になれば相手の攻撃を透過する。

ブルーワズは狂ったように突進を繰り返しているが、その攻撃は私を通り抜ける。

今も私の身体を奴のかぎ爪が通り過ぎた。もし当たっていたら頬肉をごっそりこそげ落とされていただろう。

身の安全を確保する上で大変重宝する魔術の一つ。

ここまでは計画通り、後は蛍に託すだけだ。



次回、復習の成果は

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