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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
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第九話 勉強会withハッピーバースデー

前回、対策会議と不穏な軍人



ぴちゃ、ぴた。びちゃ、ぐちゃ。

足音、もしくは水滴の音が聞こえる。

どこまでも広がる、一切を黒色が占有する空間。

灯りはない。それなのに先の先まではっきりと見える。

生物はいない。風も無い。自分以外の生物が存在しない。


そんな空間を、私は走る。

ずっと、ずっと、走り続ける。

いつから? 知らない。

なぜ? 逃げているから。

何から? そんなもの決まっている。


走りながら背後を見る。

何もいない。いないはずなのに、あの忌むべき音が聞こえる。


ぴちゃ、びちゃ。ぐち、ぐちゃ。


何なんだ、この音は。

まるで血まみれの人が内臓を引きずりながら這い回っているような、そんな吐き気を催すような音が止まない。


それに、なんだかこの音。

いつもよりも・・・・・・・・。




何かに気づきかけたところで、私の意識は上昇した。

目を開ける。

映るのは薄い暗闇に覆われた部屋。私の部屋だ。

横目で時刻を確認する。


3時42分。こんな時間に起きたのは初めて。

わぁい、最速起床タイムベスト記録更新だぁ。あはははは・・・・・はぁ。


ベッドから起きて窓の外を見つめる。二度寝する気など起きない。

夜の暗闇の中に、ちょこっと灯りが点在している程度。


カーテンを閉め、今日の予定を確認する。

今日は待ちに待ったカナの誕生日。

月曜日の内に予定は組み込んでおいた。蛍の家にカナを誘って勉強会withハッピーバースデー。

プレゼントも用意した。喜んでくれるかな、カナ。


さて、学校に行くまでにだいぶ時間がある。

たまにはコーヒーでも飲んでみようかな。確か台所にあった気がする。

いや、その前にシャワーを浴びよう。汗で肌がべたついてる。


その後ニュースでも見て、たまには蛍を迎えに行ってあげようかな。

学校へ行くのは二度手間になるけど、それでもいいや。

そして玄関を出てきた蛍に言ってあげるんだ。『おはよう、今日は私が速かったね』って。

そう考えれば、あの最悪な悪夢にも少しは好感を持てた。



■ ■ ■



そんなわけで学校の授業が終わった後、蛍の家に三人で集合した。


「ただいま」

「「お邪魔します」」


私とカナの声が重なる。

久しぶりだな、蛍の家に来るの。中学校以来かな。

ややあって、奥から蛍のお母さんがやってきた。


「いらっしゃい、どうぞ上がって」


相変わらず若いな~。とても四十代とは思えない。


「奏ちゃん、だったかしら。初めまして、蛍の母の紅音(くのん)です。

いつも息子と接してくれてありがとうね」

「いえいえ! 私も蛍が友達で本当に助かってます。

この間も冷却スプレー貸してくれたりして、本当に紳士的なんですよ」

「まぁ、この子が」


紅音さんが視線を蛍に向ける。蛍は苦笑いを浮かべながら視線をそらす。

お決まりの光景だった。こんな微笑ましい光景を、今まで何回も見てきたんだ。

紅音さんがこちらを向く。


「久しぶり、美羽ちゃん。元気でやってた?」

「お久しぶりです。はい、元気にしてました」


だいぶ久しぶりなものなので、ついぎこちなくなってしまう。高校以前なら何回も来たはずなのに。

隣で蛍が私たちの会話を心配そうに見ている。

ごめんね蛍。こんなにぎこちなかったらそりゃあ心配するよね。


とにもかくにも上がらせてもらう。

そのまま蛍の部屋へ。

机、ベッド、本棚、クローゼット。

それ以外の物はあまりない。物をあんまり持たない、蛍の倹約的(けんやくてき)な性格がうかがえる。


「いいお母さんだね蛍。とっても優しそうじゃん!

まったく、うちのお母さんも見習って欲しいよ。ことあるごとに怒るんだから」

「はは、ありがとう。けど怒ってくれるうちが幸福だよ。

怒ってくれる人がいないのは辛いことだからね」

「・・・・・・・・時々蛍って大人めいたこと話すよね、もしかして精神年齢はもう三十代いってたり?」

「まさか、僕の精神年齢はずっと子供だよ。

雑談は後でいいからテスト勉強しよう。はい、教科書出して」


言われるがままに私たちは各教科の教科書やらノートやら参考書を鞄から取り出す。

長机にそれらを広げ、各々復習にふける。



「ねぇ蛍。ここの『主人公の気持ちとして適当なものを選べ』って問題なんだけど、何度見返してもわからない。ヘルプ!」

「え~と。ここはあれじゃないかな、十五行くらい前に『降りかかる雨は妙に冷たかった』ってあるよね。

雨は主人公の涙ともとれるから、主人公の気持ちが変わってないなら悲しい気持ちになってるんじゃないかな?」

「悲しい気持ち・・・・・・あ、じゃあこれだ! ありがと蛍」


わからない問題があれば蛍に聞けばいい。

蛍は勉強ができる。私たちの学校のテストでは毎回学年十位以内にランクインしている。

顕現を使っているのではないか? いいやそんなことはない。少なくとも本人はそう言っている。あくまで蛍の努力によるものだ。


「確かに楽だろうね。けど勉強って暗記なのかな?

点は取れるだろうさ、先生や親から褒められるだろうさ。何の努力もいらずにね。

けどそんなことをしたら、僕は勉強という行為をつまらなく思ってしまう。覚えて、いつでも引き出せるように想像する一手間だけで何でも記憶に定着できる。

勉強を暗記ゲームにしたくないんだよ。自力で解いた時の達成感は素晴らしいから。

それに、日常生活で僕は顕現をあまり使いたくない」


いつかそう話していた。

すぐに望む現実を引き寄せることができる者は、苦労することを望むのだろうか。


「蛍、ここなんだけど」


私もわからない箇所を見せる。

英文。穴埋めの問題。

空白の部分に適切な単語を入れろ、という問題。

選択肢が四つあるのだが、正直どれがどれだか。


「ええと、ああ、確かにここは長くて少しわかりづらいね。しかも知ってないとわからない。

じゃあbearってどういう意味だっけ?」

「えぇと、何かを持ったり、我慢したりって意味だよね」

「そう。そして後ろにfruitがつくことで実を結ぶ。果実がなったり、努力が報われるなんて意味になるんだ」

「へぇ、そうなんだ」


bear fruit. 覚えておこう。

空白欄に書き込む。これで2点は確定か。

その後も勉強に時間を費やし、蛍に質問をしながら、途中で紅音さんが作ってくれたクッキーを頂きながら休憩。


「うん、だいぶはかどったよ! これで間違いなく60点以上は硬いね。

本当にありがと蛍!」

「どういたしまして。役に立てているなら良かったよ」

「優しいし、勉強できるし、気が利くし、お母さんは優しそうだし。

それでその自信の無ささえなかったらもう完璧じゃない?」


カナが冗談抜きに褒めちぎる。

けれど蛍は申し訳なさそうに否定する。


「いや、かえって僕にはそれが必要なんだよ」

「うん?・・・・・・まぁ、完璧な人よりも欠点がある人の方が親しみやすいしね」


奏は一人納得し、クッキー美味しい! ともぐもぐする。

さて、そろそろ頃合(ころあ)いかな?


蛍と目線を交わし、気づかれないように鞄からある物を取り出す。


「奏、そろそろ時間だし勉強会は終わろっか」

「え? あ、もうこんな時間かぁ。うんそうだね。そろそろ帰ろっか」

「あ、ちょっと待って奏」


教科書類をしまおうとするカナを引き留める。


二人で息を合わせて、せ~の!

パン。部屋にはじける音が響き、若干火薬臭い匂いがする。

手にしたクラッカーから紙テープが飛び出す。

何が起きたかよくわからない顔でカナが見ている。


「「誕生日おめでとう!」」


約3秒の沈黙があって、段々と奏の顔に笑顔が浮かんできた。


「え、ええぇ!? いや、誕生日だな~って意識はしてたけど、勉強会って言うもんだからすっかり忘れてるとばかり・・・・・・・。

私の誕生日覚えててくれたの!!? ありがとう二人とも!!」

 

奏が私たちに飛びついてくる。

47㎏の体重がそれなりの速さで飛びかかってきたもんだから、私たちは倒れるほかなかった。


「ああ! ごめん二人とも、この全身にほとばしる喜びを伝えたいと思ったらつい」

「あはは、喜んでくれて良かった。プレゼントがあるんだ、受け取ってくれないかな?」

「ホント!? うん、受け取る受け取る、受け取ります!」


すぐさま正座に戻り、尻尾を振る犬の如く目を輝かせる。

こうまで楽しみにされたらハードルがあがるな。

最初は蛍がプレゼントを取り出した。


「え? これって」

「奏は食通だから、美味しい食べ物をあげたら嬉しいんじゃないかなって思ってね。

甘い物が好きってこの前聞いたからマカロンを買ってきたよ。はい、どうぞ」


蛍が箱を渡す。カナが開けると、そこには色鮮やかなマカロンがぎっしりと詰め込まれていた。


「おぉ、ほんとにマカロンだ! 25個も入ってる!! 高かったでしょこれ?」

「そんなことないよ。喜んでもらえた?」

「うん、ありがとう! 後で家帰ったら速攻で全部食べる!」

「う、うん。夕食の後でね」


蛍が苦笑いを浮かべながらマカロンを渡す。


さて、次は私の番だ。

蛍が高そうなプレゼントを渡したおかげで自分のプレゼントが少しランク落ちすると思うが、もう背に腹はかえられない。

小さな箱を取り出し、カナに渡す。


「誕生日おめでとう。開けてみて」


カナは箱の中から、多色の花を取り出す。


「これ、ブローチ?」

「うん。スイートピーの。偶然見つけて、カナに似合うかな~って思って」


薄いピンク、紫、赤、黄色、青、白。多種多様な色が一つに合わさっているブローチ。

これを見たとき直感でわかった。カナに似合うって。

それを勢いのままに購入した。


「・・・・・・これを私に?」

「うん、どう?」


ドキドキしながら反応を待つ。

やがて湧き上がったのは歓声だった。


「すっっっっっごい綺麗!!

それにかわいい! えぇと、スイートピーだっけ? うん、形も可愛いな~。

決めた! 明日からこれ付けてくる」

「え、ほんとう?」

「マジマジ! オオマジ!! 鞄につけておいて、『なにそのブローチ?』って友達に聞かれたら美羽から貰ったのって自慢するんだ!!」

「あ、あはは。それは少し困るかな」


何はともあれ喜んで貰えて良かった。

笑みをこぼすカナを見て、自然と私も笑顔になる。



■ ■ ■



「プレゼントほんとにありがとね!

二人の誕生日も、思わず号泣するほど盛大に祝ってあげるから楽しみにしててね!!」


蛍の家の玄関、カナは私たちの手を取りぶんぶん振って感動を表している。

私が渡したブローチは早速鞄につけている。嬉しい限りだ。


「そんじゃあまたね! ありがとー!!」


駆け足で走り去るカナ。この後家族と誕生会があるのだとか。

その姿が見えなくなるまで二人で見送り、やがて蛍が話し始めた。


「喜んでくれて良かったね。あんなに嬉しそうにされるとこっちも嬉しいよ」

「うん。カナはそこにいるだけで人を楽しませる才能があるから。私たちの誕生日も泣かないよう覚悟しとかないとね」


冗談を交えて笑い合う。さて、私もそろそろ帰らないと。


「じゃあ私もそろそろ帰るね。また明日」

「うん、また明日。頑張ろうね」


頑張る。それが意味しているのは一つだけ。

明日は再びあの咎人と向き合う。

今度こそ、ブルーワズを粛正する。

幸せな日々は過ぎた――いいや。

再び戻ってくるために、私たちは戦うんだ。



次回、再戦

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