第八話 前兆
前回、ブルーワズ
二人の去りゆく姿を見て、アラディアは溜息をついた。
溜息ついでに、足下に転がる集を死なない程度に蹴りつける。
「ぐはぁっ! あ、アラディアさん。いい加減にしないと俺死にますよっ」
「安心しろ。俺が人をゾンビ化できる魔術を修得してないとでも思ってんのか」
「そういうことを聞きたいんじゃないです。加減をしてくれと言ってるんですけどね」
軽口を叩きながらも、やっとこさ起き上がる集。
ソファーに座ってテレビをつけ、堅洲国にチャンネルを合わせる。
画面には血のような大地と空。所々で殺し合いが行われているが、三層に比べると微々たるものだ。
どのチャンネルにも、先ほど逃げていったブルーワズの姿はない。
「逃がしてよかったんですか?
奴はまだ顕現を完全には発動してませんでしたよ。この際一気に叩いたほうが良かったんじゃないですか?
暴走して被害者増えるかもしれませんよ」
「ほう、俺のやり方にケチをつけるか? なら聞くがお前だったら今回どうするつもりだったんだ」
突然の質問に戸惑う集。しかし考えはあったようで、するすると言葉がでてきた。
「そうですね、俺だったら美羽ちゃんが最初に倒れたところで堅洲国に入界してました。
まぁ死んだふりでしたけど、一応の可能性もあるんで。そんで縄張りの外で状況を見ながら、本格的にやばいと思ったら介入する、みたいな。
というかアラディアさんは性急過ぎるんですよ。店長なら能天使と戦わせる前に一週間か二週間ははかけると思いますが」
「そういうお前は緩慢だと思うがな。あの二人の水準ならさっさと四層にも対応できる。
実践以上に学べる教材なんてないんだよ」
緩慢の一言に集はむっとしたが、アラディアの言うことにも一理あると思ったのか口には出さなかった。
「だから今回早急に事を進めた、と。アラディアさん、もしかして二人が咎人を殺しきれなかったことも計算済みですか?」
「はっ、何を呆けたことを言ってんだ。他人を計算通りに動かすなんざ、傲慢にも程があるだろう」
■ ■ ■
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
堅洲国・第四層。
どこを見ても黒と赤の二色。
そんな世界のある一空間。見えず聞こえず触れられず、それでも確かに何かが存在する場所があった。
縄張り。自らの存在を外に放ち、周囲の空間を塗り替え我が物とする技法。
縄張りは主の属性を色濃く反映する。先ほどの城内も、毒素が空気中に蔓延していた。
一度自らの縄張りを追われた咎人・ブルーワズは再び縄張りを作り上げ、そこで休息を取っていた。
室内。机と椅子が一つあるだけの、小さく古びた部屋。
彼が咎人に堕ちる前の、懐かしい住処だった。
彼の息は荒い。これ以上の損傷を防ぐために、動くこともままならない。
身体の補充のために適当に周囲の生物を殺して肉を貪り食っているが、まるで治る見込みが無い。
無理もない。総体の四割を破壊されたのだ、如何に常識を超越した咎人であろうとも当分はまともに動けないだろう。
そして、損傷は物理的なものだけではない。
ブルーワズの魂。存在の奥にある形而上定理。
破壊の傷跡はそこにまで罅を入れていた。
(くそ、あの女!)
苛立ち、そして悔恨。
自らの身体にこれほどの傷を残した者はいない。
(そしてあの男!)
自らの速度に追いすがり、そして一瞬とはいえ抜きん出た。
幸い全力にはついてこれなかったようだが、全力を出さなければならないほどに追い詰められたのも事実だ。
一度にプライドを二度も傷つけられた気分だ。彼にとっては身体的な痛みよりも、心理的な痛みが勝る。
(一人ずつなら間違いなく殺せた! 実力的には我の方が上。霊格の量もそうだろう。
その優位を一時の油断で台無しにした! くそ、くそくそくそ!!)
しかし起きてしまったことは仕方が無い。
やがてブルーワズは荒れ狂う感情を抑え、現状の打開策を考え始める。
(どうする。奴らは間違いなくまた訪れるだろう。
どういう原理かは知らんが、粛正機関は縄張りの中にいる我々の居場所を突き止める方法があるようだ。
どこに逃げても無意味、か。
戦う・・・、抵抗があるな。奴らは次、万全の体勢で来る。我への対策を備えて。対して我は万全とはほど遠い。奴らへの対策は出来てるが、出来れば戦闘は避けたい。
いっそ命乞いの方法でも考えておくか?
我以外の咎人を捕らえ奴らに差し出す・・・・・・。駄目だ、リスクが大きい。ただでさえ疲労している今の我では論外だ。逆に殺されかねない。
何か、何か方法は――)
「そんな君にいい方法がある」
「!!!」
声。突如聞こえた女の声。
その音源にブルーワズの手刀が飛ぶ。
半ば無意識に、気づいたら身体が動いていた。
自らの縄張りさえ破壊して放たれた加減無しの一撃は、
ぴたりと、その人物の首元に当たり、金剛石を打ち据えたかの如く弾かれた。
「なっ!?」
とっさに距離を取り、改めてそれの姿を見る。
膝にまでかかる長い黒髪。軍人の服にマント。蝶のブローチをつけた軍人帽を深くかぶり、腰には一振りの剣を携えている。
何より目を引くのは、その左胸、心臓が位置する場所に槍が深々と刺さっている。
槍の先端がその身体を貫通し、背中から飛び出してさえいる。
なのに死んでいない。細い目は怪しくこちらを映している。
「いや、お見事お見事。手負いを感じさせない速度でまっすぐに首を狙ってくるとは。
しかも躊躇も何もなし、邪魔だから殺すという発想。
同胞として誇らしい限りだ。うん、これでこそ咎人だ」
感動したようにブルーワズへ拍手を送る軍人。今さっき殺されかけたことなどどうでもいいようだ。
「・・・・・・・・・なんだお前は」
女を警戒しながら正体を訪ねる。
同胞という言葉から彼と同じ咎人ということはわかった。しかし付近でこのような奴は見たことがない。新入りか?
しかし次の一言は、彼の想像を軽々突破した。
「ああ、熾天使と言えばわかるかな?」
「!?!」
もはや声すら出ない。今日一番の衝撃が彼を襲う。
新入りなんてとんでもない。なぜ堅洲国の最下層に座す化け物がここに!?
もはや抵抗は無意味と化した。したところで殺されるし、そもそも抵抗すらできやしない。
自分の運命は目の前の軍人に握られている。それほどまでに強大なのだ、熾天使という存在は。
その衝撃に圧倒されながら、それでもすぐさま冷静を取り戻した。
唸りながら、せめてもの足掻きとして威嚇するように言葉を発する。
「・・・・・・下の連中が四層に何のようだ。能天使を殺し回ったところで、貴様らにとってはまともな糧にはならないだろう」
「いやいや、単なる暇つぶしだよ」
「暇つぶし、だと?」
「そう。息抜き、あるいは散歩とも言うね。
偶然四層に赴いたら、粛正機関と交戦している君を見つけてね。
いや惜しかったね、一人ずつなら間違いなく殺せていただろうに」
「・・・・・・・・・・・」
睨みつけるように軍人の一挙一動を見つめるブルーワズ。
そんなこと自分でもわかっている。さっさと要件を言えとばかりに視線を送る。
そんな視線を面白がるように、軍人は口角をつり上げた。
「そこで君に提案だ。君の絶望的な現状を打ち砕く方法があるとしたらどうする?」
「なんだと?」
思わず反応するが、詰め寄ろうとした足を踏みとどめる。
うまい話には裏があるものだ。労せず手に入れることができる力などたかがしれているし、その末路は碌なことにならない。
しかし、興味を引かれずにはいられないのも事実だ。本当にこの絶望的な状況を打破する方法があるのなら。
目の前の女はその様子を見て、うっすらと微笑む。
「あぁ、もしかして詐欺だと疑っているのかな?
それなら大丈夫だ。準備もかからないし、それも数秒で終わる。
なんなら試しに他の奴で・・・・・・・・・」
不意に女軍人の言葉が途切れる。
口に手を当て、何かを思案しているようで、心ここにあらずといった様子だ。
それを不審がったブルーワズは、その女に問いかける。
「おい、どうし――」
その先を続けることはできなかった。
なぜなら、突如前に出た軍人に、深々と胸を貫かれていたからだ。
「なっ、!?」
「すまない」
突然の事態に戸惑う。
しかし、軍人の一言が嫌に耳に響いた。
「説明するのがめんどくさくなった。以降省略。効果は実際にその身で体験して貰うことにする」
「がはっ!! ッ貴様!!!」
急いで顕現を発動させる。
周囲にあふれる毒素。濃密な死の霧は縄張りを刹那に包み込み、あらゆる生命を根絶させていく。
だが、何もかもが遅かった。
貫かれた胸が淡く光る。
それは蝶のような異様な紋様で
次の瞬間には俺ノイシキハクズレズレズレテイイタノデアッタッタ
■ ■ ■
「そもそも、咎人の動きについてこれなかったね」
桃花を出た後、美羽と蛍は近くの飲食店で食事をとりつつ、さっそく宿題を確認していた。
まずは問題点を抽出する。
「蛍はともかく、私は全然ついていけなかった。速すぎるよあの咎人」
「実を言うと僕もなんだよ。途中まではなんとかなるかな~って思ってたけど、様子見だったらしくてその後一気に加速してきた」
「課題の一つ目は速さへの対策だね。追いつかないと倒せない」
「さて、どうしようか。空間全体に鳥黐でも創造すればかかってくれるかな?」
「う~ん、どうだろうね」
冗談で言ったことだったが、美羽はまじめに検討している。
ノートに一応書き込んで、次の話題に移る。
「結局顕現も見れなかったね」
「うん。けどそれっぽいのはわかった。
彼の顕現は恐らく、毒だ」
毒。身体に有害な物。
有名なものはフグやきのこだろうか。時に死者すらでる毒を、あの咎人は扱うんだ。
彼の身体からあふれ出ていた黒い霧も、恐らく毒性のものだろう。
触れたら終わりと思っていい。美羽のように毒を破壊できるならまだしも、僕は喰らったら実質顕現を封じられる。
そうなったら僕は無力だ。普通に殺されて終わる。
・・・・・・・・・果たして本当にそうか?
発想を逆転させる。問題なのは顕現を封じられること。
その方法は神経毒を利用し、思考のプロセスを疎外すること。
なら対策なんて簡単に出てくる。何のための想像具現能力だ。
思いつく限りの対策をノートに書き込んでいく。
十行分書いたところで、ようやくペンが止まる。
とりあえず毒はこれで大丈夫、と思いたい。
さて、次だ。
「美羽、咎人への攻撃だけど」
「うん。次はいつも通りの方法じゃ厳しいと思う」
いつも通り僕が足止めして、その隙に美羽が叩く。
さっきもその方法で、美羽の一撃は咎人に届いた。決して無視できない損壊を与えた。
問題はそれが再び通用するかどうかだ。
「ブルーワズは美羽を特に警戒するだろうね。
僕の顕現も魔術も全然効かなかったかし、奴にとって僕は無視してもかまわない存在だと思う。
出来ればそこをつきたいんだけどな」
せめて僕にも美羽に匹敵する破壊力を想像できれば。
僕の顕現の効果は、もちろんだが自分の想像力に比例する。
その想像力がリアルであればあるほど、僕の創造のクオリティも上がる。
その時の感触、その時の匂い、その時の味、その時の音、その時の周囲の状況、その時の僕の様子、その時の相手の様子。
うまく想像できれば世界を滅ぼすことが出来る一方で、それができなければ石ころ一つ動かすこともできない。
抽象的すぎる想像もなんとか実現できるが、結果は先の咎人戦でわかるようにまともにダメージが入らない。
様々な要素で格上であるブルーワズを、様々な要素で下回っている僕が勝つイメージなど、一朝一夕では想像できない。
「できれば不意をついて美羽の一撃を喰らわせるっていうのが一番だけど、それ以外の方法も考えとかないとね」
ノートに書き込む。さて、これで三つも問題点がでた。
速さ、毒、攻撃方法。
最低でもこの三つを解決しないと、次に死ぬのは僕らのほうだ。
若干気分が滅入ったところで、美羽が話しを持ちかけた。
「ねぇ蛍。こんな時にあれなんだけどさ」
「ん、どうしたの?」
「来週、私たちの担当の日にもう一度あの咎人と戦うことになると思うけど」
「うん。たぶんそうなるだろうね」
「テストも近いよね」
「うん、そうだね」
「ちょうどカナの誕生日は来週だよね」
「・・・・・・・あぁ、そういうこと」
美羽の言いたいことはわかった。
「つまり、勉強会ついでに奏の誕生日を祝おうってこと?」
「うん。できる?」
「もちろんかまわないよ。昨日も約束したしね。
奏には日頃の感謝も込めて、改めてお礼をしたいところだったんだ」
咎人のこともあるけど、そのくらいなら多めに見て貰ってもかまわないだろう。
その後僕達は一通り話し合って、会計をすませ外に出る。
帰路に向かって、誕生日にはどうするか話し合い、やがて美羽の家につく。
「じゃあ、また来週」
「うん、来週も頑張ろうね」
互いに笑顔を浮かべながら、別れの挨拶を交わす。
さて、僕も帰ったら咎人の対策をさらに検討しなくては。
奏への誕生日祝いには何がいいかも一緒に。
次回、誕生日おめでとう




