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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
35/211

第七話 能天使 

前回、スライムの中から外へ


今回文量多いよぉ!!分けられなかった私を許して!!



突然穴が開いて落ちたと思ったら、いつの間にか堅洲国にいた。

何言ってるんだろうね、僕にもわからない。


放り込まれたのは空中。そしていつもの光景。

倒壊した家屋に、血が染みこんだかのような赤く黒い地面。山。空。

一面赤。そして黒。血、血、血。たまに臓物や肉片が散らばっている。どころかそれがうにょうにょ蠢いている。

この世の終わりを感じさせる世界、堅洲国。


また僕達はここに来た。

やがて重力に引かれるように、赤い大地に着地する。


素早く周囲を確認する。

周囲には何もない。動いているものもいない。視線も感じない。気配もない。

念のため近くの倒壊している建物に身を隠す。


「ここ、堅洲国だよね。なんで?」

「・・・・・・・・・・アラディアさんの仕業かな」


いや、きっとそうだ。あの人ならやりかねない。というかやる。

シミュレーションが終わってからここに連れてこられたってことは・・・


「このまま咎人を倒せってことかな?」

「たぶん、いや、きっとそうだと思う」


美羽も諦めたように呟く。仕方ない、アラディアさんの決定だ。どう抗議したって決して揺るぎはしない。


「ともかくこのまま咎人粛正に移ろう。ええと、対象は・・・・・・・・」


魔術を用いて目の前の空中に、電子的な画面、魔術式探査機を起動させる。

対象の位置情報、周囲の地形、周囲にいる存在を教えてくれる、必需品と言ってもいいくらい便利なもの。

さらに他の同機から情報をやりとりすることもできる。

今も、集先輩から咎人の名前と位階、対象の位置が示された。


「咎人の名前は、ブルーワズ。キメラ型の、位階は能天使(パワーズ)。位置は北に34㎞」


移動しようと思えばすぐにでも移動できる。それこそこの前瞬間移動したように。


「美羽、飛ぶよ」

「わかった」


同意を得られた瞬間、僕と美羽が目的の場所に移動している場面を想像する。

刹那に変わる視界。先ほどと同じく、血濡れた大地と紅い空が広がる。

周囲に何かいないことはわかっているが、それでも警戒は怠らない。状況は一刻ごとに変わるものだから。

ここで異変。周囲には誰もいない。誰も、対象の咎人の姿も。


「あれ? おかしいな」


再び画面を起動する。しかし画面には確かに咎人を示すマークが近くにある。

しかしそこには咎人はいない。一体どういうことだ。

困惑する僕の腕を、美羽が引いた。


「蛍、もしかして集先輩の言ってた『縄張り』ってやつじゃない?」


あ、それだ!

ハッとして、僕は記憶の中からその言葉の意味を思い出す。



一部の咎人は、堅洲国から空間を切り取り、自分だけの世界を構築する。

自分だけの別荘。自分だけの世界。それを縄張りという。

常に殺し合いを繰り広げている咎人たちにとって、縄張りは一時の休憩場所になっている。

それは自分だけの隠れ家であり、座標は同じ位置にあっても、その場所には触れられないし目に映らない。


だけど物事には例外というものが必ずあり、それは縄張りも同じ。

美羽が、咎人がいるであろう場所に手を伸ばす。


「顕現」


漆黒の双腕が、世界を切り裂く。

ヴェールを剥がすように、破るように、目の前の空間が開きまったく別の光景が視界に飛び込んでくる。


完全に別世界と化した堅洲国の景色。

そこは、まるで古城。


頭上には雲一つない夜天の空に白い月が浮かび、星々が光輝いている。

人工的な石造りの壁が僕達を囲んでいる。城の内部に閉じ込められたかのようで、広いのだけど狭さを感じる。見る限り出口が無い。

ひときわ目立つ巨大な塔。天にまで届くのではないかとばかりに、その塔だけひたすらに大きい。


周りに人はいない。生命が感じられない。

そもそも生物が生存できる環境では無い。

空気が重苦しい。いや、死んでいる。

一呼吸するだけで胸に鉛が詰まったような、この感じは、たぶん――


「美羽、あまり吸い込まないほうがいいかもしれない。たぶん、毒だ」

「そうする」


美羽は口元に袖を当て、学校で行う火災避難時の格好をする。

僕は自分と美羽の周りの空気が浄化されている状況を想像する。

その状態で恐る恐る空気を吸う。うん、平気だ。


しかし気づくのが遅く、行動が軽率だった。

僕達が毒の空気に感づいた時、()()はもう翼を広げていたのだから。


「ッ! 美羽、後ろ!」


美羽の背後。それは夜天を背後に身を隠し、高速で迫っていた。

間一髪、僕と美羽は左右に避けた。直後に謎の飛行物体が僕達の立っていた場所を通過する。


僕たちは体勢を整え、突進してきた相手を捉える。

それは空中で静止し、ゆっくりと地面に降りてきた。


翼の生えた人型。そして鳥の頭部。全身が青緑の、青銅の色で輝いている。亜人、それも翼人の類だろうか。

放つ殺気は本人にとっては苛烈なものでも、それを浴びせられる僕たちにとっては氷点下の冷たさ。人がそれをぶつけられたら、意識が混濁し呼吸すらできないだろう。

咎人・ブルーワズ。それは僕達の様子を探りながら、警告するように告げた。


「何用だ。我が領域に無断で侵入するなど、不躾(ぶしつけ)にも程があるぞ。それとも宣戦布告のつもりか?」


苛立った声色。先ほどの牽制(けんせい)も、自らの縄張りに現われた僕達に対する警告なのだろう。

殺気立っている彼に向かって、僕は一歩前に出て要件を伝える。


「僕達は粛正機関のものです」


粛正機関。その単語を聞いた瞬間、ブルーワズの目つきが変わる。

高濃度の殺意が僕達に向けられる。あ、今回も駄目だ。平和的に解決はできそうにない。


「咎人、ブルーワズ。貴方は高天原から粛正命令が出ている。内容はわかっていますか?」

「・・・・・・・・先日殺した、あの顕現者のことか。まさかもう嗅ぎつけられるとはな」


思い出すように沈黙し、その言葉は独り言のように空に消えた。


「このままおとなしく僕達に従う気は?」

「はっ、その言葉に従うとでも? わかりきっていることを聞くな」


嘲笑うように吐き捨てたブルーワズは、その身長以上の翼を広げ、空気を打つように羽ばたく。

月に照らされた青銅の羽に、静かに殺人的な力を蓄えていく。それに応じて周囲の空気も重くなったかのように錯覚する。


「来い、粛正機関。殺し合いの始まりだ」


戦闘の合図は、一陣の風だった。

ブルーワズは空中に飛ぶ。一気に高度100メートルまで上昇し、その手の中に気流を渦巻かせる。

可視化できるほどに圧縮された風。咎人はそれを僕達に放った。


「ッ!」


風は勢いを増し、地面を抉りながら迫りくる。

その様は、まるで地面を飲み込みながら進む竜。


とっさに避ける。風は蛇行しながら突き進み、古城の壁にぶつかる。

轟音を立てて、あっけなく城壁は崩壊した。


「この程度避けて同然か」


呟くブルーワズは次の攻撃に移る。

翼を限界にまで伸ばし、力を蓄え、羽ばたく。


それによって発生するのは渦をまく力場。今度は小型の台風が二つ、周囲の瓦礫を巻き込みながら僕と美羽に襲いかかる。

小さな村程度ならいくらでも壊滅する程の威力を携えている暴風。常人がこれに直撃すれば、全身を引き裂かれ臓腑と血肉が空に舞うだろう。


だがこの程度、対処できないことはない。

美羽は漆黒の腕で切り裂く。風の塊に皹が入り、粉々に砕け散る。

僕は想像する。両掌に双剣を生みだし、小型の嵐を真っ二つに切り裂く。


攻撃を返礼しよう。ブルーワズは僕たちの届かない頭上に陣取ったつもりだろうが、僕にはその限りでは無い。

ブルーワズの頭上、天から雷を想像し、それを彼に叩きつけた。


「っ、これは・・・・・・」


雷の熱に悶える。通常、落雷は一瞬しか継続しないが、僕の創造した雷は帯電し標的に焼き焦がし続ける。

人が死ぬこともある天災。細胞は全て死滅し、体内の水分が一気に蒸発するはずだが、堅洲国ではそんな常識は通用しない。


小癪(こしゃく)、この程度で」


咎人の身に纏わり付く雷が勢いを弱める。ブルーワズから発せられた黒い霧のような何かに触れて、呑まれるように消えていく。

なんだあの霧は。顕現、それとも魔術によるものだろうか? どちらにせよ帯電していた雷が完全に消え去った。


「ハァッ!」


美羽が上空のブルーワズに対して右腕を振る。それにより発生した衝撃波が、大気を破壊しながら飛翔する。


「ふんっ」


ブルーワズは翼を盾のように、身体の前に展開する。

衝突。しかし大気を砕く衝撃も、青銅の翼を砕くには至らない。

飛び道具じゃ意味が無い。奴に近づかないと駄目か。


美羽も同じ考えに至ったのだろう。魔術を使い、空中の大気を階段を駆け上るように踏みしめる。

黒腕を携えながら、音速の数十倍の速さで空を疾走する。

僕は補助に徹する。

ブルーワズの周囲の重力を通常の1000倍に設定し、ブルーワズの動きを極限にまで阻害する。


「・・・・・・・・・・」


並々ならぬ負荷がかかっているはずだ。それでも咎人は飛翔し続け、その眼は僕と美羽をじっと見ている。

わかる。あれは観察している眼だ。


相手の顕現がどのようなものか、どのような戦闘スタイルか、自分との実力差は、他に敵はいないか。

戦闘痕、相手の行動、その他様々な要素から自分に有益な情報を集めている。

時には自らを犠牲にすることもあるほど、情報は価値を持つ。

だからだろうか、ブルーワズは間近に迫った美羽の攻撃を両手で受け止めた。


「!!」


今まで冷静を保ってきた咎人から、初めて驚愕の声が聞けた。

バキバキッと、その掌から金属を砕く音が響く。

その青銅が破壊されていく。

美羽の顕現は破壊一極集中。触れれば形のあるなしに関わらず破壊する。

コンピューターのデリート機能とさえ称されるその力は、音や光や概念であろうが、触れれば皆壊れる。


そうであるはずなのに。


「なるほど」


咎人の驚愕は、すぐに冷静に戻る。

二人は感知できなかったが、先の一瞬、ブルーワズは掌にだけ存在強度を強めた。

結果損害は減少した。本来なら肩にまで広がる亀裂を、手の表面だけに留めたのだ。

最悪、損害が酷い場合は腕を切り捨てる覚悟もしていた。


しかし、その必要は無かった。

そしてその声色には余裕の色が滲み出る。


「お前は大体わかった」


刹那、ブルーワズの身体から先ほどの霧のような黒い何かがあふれ出た。


(なっ、これ、は!)


霧は美羽を包み込み、逃げ場をなくす。

まず襲ってきたのは倦怠感(けんたいかん)。全身に力が入らない。身体が麻痺したように痙攣(けいれん)が起こる。体中が焼けるような痛みが襲う。

視線が曇る。息ができない。嗅覚や視覚などの感覚が途切れていく。

これは、これは一体――。


「ふん」


動けなくなった美羽を、ブルーワズがはたき落とす。勢いそのままに地面にぶつかり、苦しそうにもがくだけで起き上がれはしない。

その一瞬、蛍は咎人のことも一切忘れて美羽の名を叫んだ。


「美羽っ!?」

「心配をしている場合か?」


美羽に駆け寄ろうとしたその時、目にも止まらぬ早さで、ブルーワズが僕の後ろに回り込む。

嘘だろ、さっきまで空中にいたのに


単純な速力が僕達を遙かに超えている。

払うような一閃。まっすぐ首を狙われた手刀は、瞬きの間すら与えず僕の喉元に迫り、


(させるか!)


全神経を使って回避する。目の前すれすれを手刀が通り過ぎる。

後方に下がり、被害は奇跡的に髪の毛数本ですんだ。


「?」


ここでブルーワズが疑問を覚えた。

先ほど蛍が思ったことは真実。ブルーワズはこと速度に関して言えば、蛍や美羽の数十倍も数百倍も上をいっている。

今の一撃も、本来であれば反応することすらできず首をかっ切ることができたはずだ。

それを、ぎりぎりとはいえ、避けた?


「・・・・・・・・・」


そもそも先ほどからこいつはどのような顕現なのか読めない。

先ほど様子見で放った小型の竜巻。最初蛍がそれに双剣で対処した時、ブルーワズはその様から具現型だと予想していた。


しかしその予測はすぐに外れる。直後に発生した雷、あれは顕現によるものだ。魔術を使ったにしては予兆も、魔術を使用した痕跡もない。

そして続くように重力が何倍にもなった。効きはしなかったが、若干動きは鈍くなった。


顕現の法則性がわからない。

情報が足りない。


(探るか)


決意したブルーワズは音を容易く置き去りにして、蛍の懐に潜り込む。

先ほどの五倍以上の速力を初動でたたき出し、さらに加速。

もしも先ほどの回避がまぐれならこれで終わりだ。


「!!」


しかし蛍は反応した。

胸に風穴を空けるために差しのばされた拳を、手にした双剣で弾く。


(・・・・・・・・)


蛍の頭上から翼が襲いかかる。鋼鉄を遙かに凌駕する硬度の翼は、蛍を突き刺すように地面を抉る。

しかし蛍は後方に下がってこれを回避した。身をそらし、空を蹴って後方に着地する。

地面には切断された痕が数十メートル先まで続く。回避しなければ細いその身体は両断されていただろう。


(まぐれではない。こいつは確かに我の早さに反応できる)


自らの速度を上げたのか、それも顕現によるものか?

面白い。こと速さで我と競うか。

ブルーワズは笑い、吼える。


「はあぁっ!!」


身をしならせ、放たれた矢の如く疾走する。

先ほどは五倍の速度。対して今回は十倍、そして徐々に加速し続ける。


音の壁を数百枚は突き破って、さらに天井知らずに加速する。

刹那の内に放たれた都合100の拳打。蛍からすれば、眼前は壁のような弾幕に覆われている。

だが――


「ッ!!」


さばく。手で、脚で、創造した武器で、拳を、蹴りを、翼をさばく。

ブルーワズが加速するに比例して、蛍もまた加速する。

ブルーワズが引き離せば、間髪入れずに蛍が追いすがる。


もちろん蛍は必死だ。

目は血走りながら忙しく上下左右を映し、腕や足は脳からの伝令を待たず脊髄反射の域で稼働する。

躱しきれない攻撃に身を裂かれながら、自らの治癒に思考を割かず、ただブルーワズと渡り合う自らを想像していた。

呼吸はしていない。する暇も無い。瞬き一つでもしたら刹那に五体を切り裂かれることは分かっている。

追いすがり、追いすがり、追いすがり、


そして、

蛍が両手に持った双剣を、初めて攻撃のために構える。

狙いは左胸。人でいえば心臓にあたる部分。

一直線に、攻撃の隙間を縫って放たれた剣閃。

しかし、その剣はガキン!! と、青銅の皮膚に弾かれる。


(反撃までしてくるのか!)


超速の連撃を繰り返しながら、ブルーワズは改めて蛍の顕現を推察する。

武器を作り出し、容易く自然現象を発生させ操る。

加えて自身の強化すら行い、物質の創造すら容易い。


顕現と無縁の者が見れば、神の御業とさえ思うだろう。

神の、御業・・・・・・。


考え事をしていたブルーワズに、目潰しを狙った刃が迫る。

無駄なことを。ブルーワズはわざと防御しない。する必要は無い。


眼球に伝わる衝撃。

しかしそれは柔らかく水っぽいものを潰した感触ではなく、硬い岩石に剣を振り下ろしたもの。

人なら確かに急所だが、この青銅鳥にそれは通じない。


そんなことよりも、重要なのは蛍の加速現象。

ブルーワズの速度に追いすがり、追いつき、やがて。


「!?」


一瞬、蛍の姿がぼやけて消えた。

それと同時に、三ヶ所、青銅の皮膚に切り傷がつく。

ブルーワズの後方に、蛍は双剣を構えていた。


(見えなかった? 我が?)


翼をはためかせ滑空し、再び蛍に迫る。

しかし、攻撃が当たらない。躱される。避けられる。

反対に、奴の攻撃は手数を増し、威力を増し、回転数をあげていく。


ブルーワズが三度攻撃に移るたびに、蛍は四度切り傷を刻む。

端から見ても明らかに、蛍がブルーワズの速度を追い抜いている。


(我の、上をいくだと?)


ありえない。先ほどまで案山子(かかし)同然の鈍間(のろま)な亀だったはずなのに。

速度はさらに上がる。ブルーワズの攻撃は当たらず、蛍の姿はかすれ、次第にブルーワズの目でも捉えきれなくなる速度域に到達する。


(こいつ! 無限に早くなるのか!?)


それは自らの速さを誇りとしていたブルーワズにとって信じられず、それでいて認めがたいことだった。

そんな動揺を感じ取った蛍は、これ幸いと、ブルーワズの背後をとって呟いた。


『四大の一、命をくべて焼き盛れ』


唱えるや否や、ブルーワズの全身を炎が包む。

魔術。四大元素を元に構築された、最も基本的な魔術の一つ。

蛍が使ったそれは発火魔術。

対象の生命が燃え尽きるまで、その炎が鎮火することはない。

顕現が通じないのなら魔術はどうだ、という蛍の考えは容易く崩れる。


(ぬる)いわ!!」


全身から発せられる爆風。

それは炎をかき消し、鎌鼬(かまいたち)のように蛍を切り裂く。


「くっ、」


全身から出血する蛍。痛みに怯むが、すぐに反撃に移った。


「ぬっ?」


突然、ブルーワズの目の前に武器の群れが現われる。

ブルーワズを囲むように、一片の光すら差し込む隙間がない程に敷き詰められた武器の群れ。

剣、槍、槌、ナイフ、杖、棒、矢、etc.

千を超えるそれらが、出現と同時に咎人に押し寄せる。

ガキガキガキガキガキガキガキキキィィ!!!

鉄と鉄が打ち合う音、砕ける音が聞こえる。


わかりやすい、想像しやすい暴力の象徴。武器の創造は蛍が最も得意とする戦法の一つ。

どうせ通じていないだろうが、一瞬の目くらましになればそれでいい。次の想像に移る。


「無駄だとわからんか!」


幾千の武器を吹き飛ばして、ブルーワズは現われる。

木っ端みじんに根元から折れた武器の群れは城内にその破片を飛び散らす。

武器群を破壊して、ブルーワズは城全体に巨大な影が射していることに気づく。


「ん?」


目線を上に。そこには確かに、城をまるごと覆うように迫る惑星ほどの大きさの、超巨大隕石の姿があった。


激突の瞬間、最早音すら消えた。

一際(ひときわ)巨大な尖塔も、堅牢な城砦も、城ごと押しつぶしていく質量の塊。

縄張りごと吹き飛ばしかねない一撃を前に、回避も防御も無意味。


蛍は無事。想像して、自分は一切傷を負わない状況を創造している。

勿論美羽がいる位置には被害が及ばないよう配慮している。自らの攻撃に彼女を巻き込む失態だけは、蛍は絶対犯さない。

やがて衝撃が収まり、立ちこめる粉塵の中から何かが飛び出した。

もちろんブルーワズだ。


(できるなら、これでけりをつけよう)


想像の限りを尽くす。

奴の存在する空間を凍結して固定する。逃げられないように、逃さぬように。

その空間内に、炎が荒れ狂う。水が押し流す。風が吹き飛ばす。土が押しつぶす。

無数の武器が飛び交い、雷鳴が轟く。

空間内に爆発が生じる。星を吹き飛ばす程の爆発を。

宇宙が始まった少し後の、超高温高密度の火の玉を生み出す。空間が爆発するように膨張する。

巨星が死ぬときに発生するブラックホールを想像する。光も抜け出せず、時空がねじ曲がり、周囲の光景が崩壊する。無限の重力で押しつぶす。

最後に空間そのものを握り飛ばすように消滅させる。


バチン!! と、鞭を打つような音がして空間が消え去る。


これまでの騒乱が嘘のように、静寂が支配する。

全力で想像したせいか、精神的な疲労が辛い。

それでもこれだけやったんだ、これでもう――。


「なるほど」

「!」


最早瓦礫すら残っていない城。その上空から青銅の鳥が舞い降りる。

その身体には幾多もの傷。全身から多量の血が流れている。

しかし致命傷には届いていない。五体満足で、その翼は折れ曲がってすらいない。


「がはっ!」


ブルーワズの姿が消えたと思ったら、同時に首に折れそうな程の衝撃がかかる。

見れば先ほどまで離れていたブルーワズが、僕の首を掴みあげている。

全く視認できなかった。この速さ、まさか今まで本気じゃなかったのか!?


しかも、こいつの全身から発せられる黒い霧が僕に纏わり付く。

感覚が麻痺する。手足がうまく動かせない。思考が働かない。

想像が、出来ない・・・・・!

痙攣したように足掻く僕を、咎人はつまらなそうに睥睨(へいげい)した。


「お前の顕現も理解した。想像を具現化しているのだろう」

「ぐっ、どうして、それ、を――」


息も絶え絶えに問う。

ブルーワズは嘲笑いながら答える。


「なに、こうまであらゆる事象を発動させる顕現はそう多くない。

最初は世界を改変しているのか、それとも万物を操っているのか、そのどちらかと思っていたが、お前を観察していたら違うとわかった。

お前、これから想像するものの場所を無意識に見ているだろう?」


言われて、これまでの自分の行為を(かえり)みる。

そうだっただろうか? けど、確かに見ていた気がする。


「それが気になっていた。目線を追ってみればそこから想像されたものがでてくるのだから、あまりにわかりやすくて驚いたよ。

似たようなものは何度か見たことがある。そしてその対策もな」


それが、今蛍を覆っている黒い霧。


「一種の神経毒だ。思考ができないだろう?

想像に至るプロセスを妨害してしまえば、お前達は概して無力だからな」


その指摘はもっともだ。

先ほどまで蛍はブルーワズの速さも力も上回っていたが、それは相手よりも強く速い自分を想像していたから。

通常時の蛍の力などたかが知れている。


「そして、お前の具現化したものはどれも視覚的にわかりやすかったものだらけだ。

武器、星、自然現象。目には見えない事象を用いていたなら、もう少し誤魔化しは効いたかもしれんがな。

まぁ、よくやったほうだろう」


ブルーワズは左手で蛍を掴みながら、突き刺すように右手を構える。

心臓を貫いて止めを刺すつもりだ。

今の蛍は顕現を使えない。当然不死性も驚異的な再生能力もない。

死ねば終わり。濃密な死の気配に、覚悟を決める。


「お前を殺した後にあの女も殺す。

二人仲良く、我をさらなる高みへ導く糧となる!

光栄に思え粛正者。貴様らの死は決して無駄では無いのだから」


死にゆく者へ、最後に一声かけたのは彼なりの慈悲か。

それゆえか、蛍の顔にも笑みが浮かぶ。


「糧、か・・・・・」

「?」

「本当に、そうなるかな?」


その笑みは生きることを諦めたものではない。

わずかな余裕すら感じるそれは・・・・・・・・。


その時、ブルーワズの背後に気配がした。


「!!」


急いで視線をそちらに向ける。

そこには、先ほど毒で動けなくなっていた美羽の姿があった。


「なに!?」


黒化した腕は既に一撃を放つ体勢。

この至近距離、どうあがいても回避は間に合わない。


「貰った!!」


放たれる破壊の一撃。ブルーワズはとっさに身をひねるが、その黒腕が横腹に触れてしまった。

バキン!!! と、鉄の砕ける音が響いて、青銅の皮膚と胴体の四割が砕け散った。


「ぐ、がああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


大空に怪鳥の悲鳴が響く。

激痛。肉体が損壊しただけではない。それよりも深い場所にある、自分にとっての最重要要素が、壊滅的な損壊を受けている。

亀裂は胸にまで届き、わずかに動くだけで広がっていく。


決して無視できる損傷では無い。早急に治さなくてはっ!


悲鳴を上げながら、片手で掴んでいる蛍を地面に叩きつける。

半狂乱になりながらもその行動は最適で、周囲に毒を付与した竜巻を巻き上げる。


美羽はそれらを薙ぎ払い追撃しようとしたが、既にブルーワズの姿はどこにも無かった。

周囲を見渡してもいない。魔術画面を起動すると、超速で移動するブルーワズの表示があった。

逃げ出した。それを確認した美羽は、急いで倒れる蛍の側に駆け寄る。

苦悶の表情を浮かべていた蛍が、美羽を見た瞬間に無理に笑顔を作る。


「お、おみごと。作戦、通りだ、ね」

「喋らないで! 今処置するから!」


作戦。とある方法で美羽と蛍は打ち合わせをしていた。

その作戦は、美羽がブルーワズから黒い霧を食らった時から始まっていた。

美羽は毒の痛みで悶えている振りをしながら、体内の毒を密かに破壊していた。


そして蛍に合図を送り、ブルーワズが油断する隙を作って貰った。

タイミングを(うかが)っていた美羽だが、なかなかに隙が見つからず追い詰められる蛍を見て内心焦っていた。


しかし最後の最後に訪れたチャンス。気配を殺しながらブルーワズの背後に回り、一撃を入れたというわけだ。

結果重傷を負わせた。あれで死にはしないだろうが、今すぐ戻ってくることはないだろう。

俗に言う、死んだふり作戦。なんとか成功して良かった良かった。


じゃない! 今蛍は未知の毒に苦しんでる。

自分がしたみたいに、毒を破壊できないか試みているが、うまくいかない。


一旦桃花に戻ったほうがいい。決心すると美羽は開門の魔術を唱えた。


「黄泉戸大神開きたまえ」


直後何も無い空間に光が満ちる。

横にできた白い扉の中に蛍を抱えて飛び込む。

一瞬の空白を経て、美羽たちはいつもの二階に戻ってきた。

居るのはアラディアさんと、なぜか床に倒れている集先輩の姿があった。


「アラディアさん! 蛍を治してくださいっ!」


蛍をソファーに下ろす。

顔面は蒼白で、荒い呼吸を続けている。素人目にもこのままでは危険だということがわかる。


「・・・・・・・・・ふむ」


アラディアさんは蛍の横に立ち、少しの間観察する。

そして何を思ったのか、その手を蛍の胴体に突っ込んだ。


「!!!??!?!??!?!?!?」


声にならない悲鳴を上げる蛍。目を思いっきり見開き、その手が握りしめられる。

数秒間、内臓をかき混ぜするように手を動かしていたアラディアさんは、その手で何かを掴み持ち上げた。

蛍の身体から摘出されたそれは、黒く、粘ついた液体だった。


「ひっ!」


思わず後ずさってしまう。だってそんな不気味な液体が、スライムのようにぼこぼこ泡立ちながら蠢いているんだから。

あんなものが一瞬でも自分の体内に入っていたのか、ぞっとするなんてもんじゃない。


「神経毒だけじゃない、か。麻痺毒、酸化毒、胞子毒、etc。それに何十種類もの未知の毒。顕現によるものだろうな」


うごめくそれを、アラディアさんは片手で潰した。

生物のように蠢いていた液体は、握り潰された途端に蒸発するように消えていく。

毒を摘出された蛍の表情は、幾分かは和らいだように見える。


「治癒魔術は使えるだろう? やってやれ」

「あ、はい!」


興味を失ったのか、アラディアさんは床で転んでいる集先輩を踏みつけて遊び始めた。

私は魔術に集中する。蛍の中の、自然の新陳代謝(しんちんたいしゃ)を活発化させることで傷の治癒を早める。


魔術は自らの生命力をエネルギーとして用いるのが一般的な方法。

代償として自らの寿命を削ることもあるが、そこは顕現者。

その存在自体が一つの世界そのもの。必要なエネルギーを必要なだけ供給できる私たちに、リスクなんて無いようなものだ。


段々と蛍の顔に色が戻ってくる。漂白剤のような白から桃のような赤を取り戻しつつある。

数分後、立ち上がれるまでに元気を取り戻した蛍を、念のためソファーで休んで貰った。


「あ、はは。ごめんね美羽、迷惑かけて」

「ううん。蛍が頑張ってくれなかったら、咎人に触れられなかった。

迷惑なんてとんでもないよ」


実際、蛍の活躍無しには奴に触れることすら出来なかった。

もしも一人であの咎人と対峙したら、仕留めきれる保証は全くない。

間違いなく格上。戦闘経験も、知識も、二人を凌駕している。


しかしポジティブに解釈するなら、二人なら辛うじて手が届く領域ともいえる。

次こそは必ず、その喉元に刃を届かせてみせる。


「そ、そうだよ二人とも。見た感じ基本はきっちりできてるし、どちらかと言えば何もかも急に決めちまうアラディアさんが悪、ぐはっ!!」


床に倒れている集先輩がフォローしてくれたが、同時にアラディアさんの蹴りが飛ぶ。

ここで当然の疑問を投げかける。


「なんで集先輩は床に倒れてるんですか?」

「そりゃお前、こいつみたいな馬鹿には床を這いずるのが分相応ってもんだろ」

「おい! あんたは事あるごとに俺をディスってくるな!」

「お前らが劣勢になるや否や、『俺も向かいます!』って言うもんだから腹に一発見舞っただけだよ。

まったく、これだから早とちりする先輩は困りもんだな、えぇ?」


ぐぬぬ、と不安を押し殺した声をあげる集先輩。

し、心配されていたのか。何というか、恥ずかしい。

その後も何度か踏みつけていたアラディアさんが、こちらを見て告げた。


「おい、傷の舐め合いはいいから今日はもう帰れ」

「え、帰れって。咎人は?」


ブルーワズはまだ倒していない。てっきりこれからもう一度堅洲国に行くのかと。


「初日にしてはまぁまぁの出来だ。咎人の方は、まぁ、あの怪我なら数日放置しても問題ない。

来週の来れる日に来い。あとお前らに宿題をやる」

「宿題、ですか?」

「そう。今日咎人と殺し合って学んだことがあるだろ。

それを二人で共有しろ。互いの弱点、咎人の力、周囲の情報、なんでもいい。

そして奴を仕留める方法をできる限り考えて、それを身体に叩き込め。それが宿題だ」


・・・・・・・・・・。

まともだ。あのアラディアさんがまともっぽいことを言ってる。

傲岸不遜(ごうがんふそん)を地でいくアラディアさんから教訓のような言葉を聞けるとは思わなかった。

とりあえずアラディアさんに逆らってもいいことは全く無いので従うことにする。

すっかり元の調子を取り戻した蛍と共に、私はアラディアさんと集先輩に頭を下げる。


「わかりました、今日はお先に帰らせて貰います」

「今日はありがとうございました。集先輩、アラディアさん」

「俺こそ何もできなくてごめん。また来週」

「はい、さようなら」


二人して階段を下る。早速言われた通り情報の共有をしよう。

去りゆく間際、アラディアさんの声が届く。


「宿題忘れるなよ。でなきゃ次死ぬのはお前らだぜ」


笑みすら携えるアラディアさんに、今日何度目かになる恐怖を感じた。



次回、宿題

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