第五話 In the slime
前回、セミが鳴く頃に
いきなりスライムに食べられたと思ったら異世界に飛んでいた。
何言ってるんだろうね、僕もわからない。
だけどそれ以外に形容できなかった。
目の前に広がるのは青い世界。
タイル状の床。空間は幾何学模様のようにぐにゃりと歪んでいる。
そして前方二十メートル離れた場所にいる、顔がない人形。フェイスレス。
のっぺらぼう、あるいは顔を構成するパーツがないとでも言えばいいか。ともかく凹凸がない。
武器は持っていない。ただ事切れた人形のように突っ立っている。
「・・・・・・・・・・あれが敵なのかな?」
「その判断で間違いないかもね」
ともかくこのままでは何も始まらない。
僕はフェイスレスに一歩近づく。
反応無し。さらに一歩、二歩。
目の前にまで近づく。のっぺりとした何も無い顔の異常性がより際立つ。
せっかくだから触れてみる。
僕の指先が、フェイスレスの肩に触れた瞬間。
ぐるんと、その顔が瞬時にしてこちらを向き。
そして、僕の頭を蹴り飛ばした。
「!!」
フェイスレスの蹴りは容易く僕の頭と首を分離させた。僕の頭部がはるか後方に吹き飛ぶ。
べちゃ。たっぷり5秒間は宙を舞った頭部はサッカーボールのように数回弾んだ。
残った僕の身体を払いのけ、フェイスレスは美羽に向かって突進する。
「え、と。今のが開戦の合図でいいのかな?」
困惑しながらも構える美羽。
フェイスレスも既に拳を構えている。
激突。フェイスレスの繰り出した拳を、美羽が両手でなんとか押さえ込む。
しかし予想の上をいっていたようで、その勢いに押され美羽は靴底を削りながら後退する。
驚愕の表情を浮かべながら、それでも美羽の対応は素早かった。
「顕現 暴虐の御手!」
黒に染まる両腕。圧倒的な暴威を宿して、破壊そのものが顕現する。
掴んでいたフェイスレスの腕がガラスのように砕け散る。
突然の事に困惑したように動きを止めるフェイスレス。ただ呆然と壊れた腕を見つめている。
「はあぁっ!!」
その顔面を思いっきり殴りつける美羽。右顔面が崩壊しながら、ロケットのように後方に吹き飛んだ。
滑るようにタイル状の床を転がる。痛みなど感じないのか、人形は機械的な動きで立ち上がる。
「顕現 想造」
その人形に追い打ちが飛んできた。
頭を吹き飛ばされた僕は、そのままの状態で、想像する。
フェイスレスの頭上に、大陸ほどの土塊が前兆なく出現する。
もはや視界を覆い尽くす壁。巨大な影に気づいたフェイスレスは視線を頭上に向け、目前まで迫る大陸を確認。
と、同時に激突。轟音と衝撃を響かせて、大陸程の質量がたった一人に突き刺さる。
「決まった、かな?」
フェイスレスに払いのけられた身体を起こし、頭部を創る。
復活。そのまま何も無い空間に生まれた不釣り合いな大陸を見つめる。
この空間に入った時点でスイッチをONにしておいてよかった。そうじゃなかったら今頃お陀仏だ。
死にかけるなんて久々の体験で、久しぶりに痛みを味わった。
美羽は不安そうに僕を見つめる。
「蛍、大丈夫なの?」
「何が?」
咎人にちゃんと有効打を与えられたのか、ということだろうか。
なら心配はいらない。周囲の空間ごと凍結して封印も施した。脱出は――。
できないと思うまえに、サンっと大陸が割れた。
真っ二つに、切り裂かれたように割れた土塊の間から、フェイスレスが立ち上がる。
「おっと、普通に突破してきたか」
「油断しないでね、蛍。あれ結構強い」
「勿論」
再び想像。フェイスレスを取り囲むよう巨大な手を創造する。
一つ一つが数十メートル程の巨大な手は、握り潰すように、あるいははたき落とすようにフェイスレスに押し寄せる。
しかし、
「!」
避ける。空から落ちてくる巨手を、ほんの少し身体をずらして避ける。舞う、踊る。
壊す。はたき落とそうと襲い来る手を、その腕で、その脚で、時には頭を使い砕いていく。
想像した数百の手、その全てをかいくぐり、フェイスレスは僕に攻撃を仕掛ける。
とっさに想像したのは障壁。決して壊れない防御壁を創造する。
しかしこれも突破される。盾など知ったことかと言わんばかりに放たれた拳は、いともたやすく防御を突き破り風穴を開けて、僕に衝撃を与える。
「がはっ!」
腹部に衝撃が入り、吹き飛ばされる。おかしい、さっきよりも速度が増してないか?
僕の身体に風穴が空いている。しかしすかさず想像。激痛は刹那に収まり、胴体に空いた風穴はすぐに治まる。
舐めて貰っちゃ困る。こちとら持久戦は十八番だ。死に慣れてる。
今更この程度でどうにかなる僕じゃ無い。
僕の顕現は創造の顕現。例え死んだとしても、死んだ後で生きている自分を想像すれば生き返る。
この世から一片残らず僕の存在が無くなろうが、僕はこの力でいくらでも再生できる。
・・・・・・・・・・・限界はあるけどね。
「はぁっ!」
横から放たれる美羽のボディブロー。
空気を引き裂き、音速を超え、わずかな時間硬直しているフェイスレスを捉える。
当たった。確かに当たった。衝撃でフェイスレスの身体が宙を舞う。
それなのに、被弾した腹部は破壊されていなかった。
「なっ!」
驚愕した。美羽の顕現を喰らって壊れない?
どういうことだ。あれに対象硬度なんて関係ない。当たれば障子の紙を破るように粉々に砕けるはず。
いや、若干罅が入っている。先ほどは砕けて、今は罅が入る程度。
耐性をつけているのか? 顕現に対して。そんなことが可能なのか?
「学習型魔術人形・フェイスレス」
ソファーに座りながらスクリーンを見ているアラディアさんが解説した。
「一定のトリガーで起動し、周囲にいる存在を敵とみなして、完全な無力化を実現するためだけに稼働する自動人形。
相手の行動、能力を測定し、データを集めながら最善手を実行する。
そして集めたデータを元に、適当な魔術を使って自分を強化していく」
「つまり、一度喰らった攻撃は効かないと?」
「完全に、というわけじゃあないが戦闘を続行できる程度には軽減できる」
「まじっすか」
なんて万能人形だ。いつの間にこんなもの創ってたんだこの人。
しかしそうなると不安も強まる。データを集めるたびに強くなるんじゃ、戦闘が長引けば長引くほど二人は不利になる。
「念のためにもう一度聞いときますけど、本当にピンチになったら助けるんですよね?」
「無力化が目的って言っただろ。あいつらが戦闘続行不可能になったら自然と手を止める」
そうか、生死に関わることはないと。ほっと胸をなでおろす。
・・・・・・・・・ん? いやちょっと待て。続行不可能ってどういう状態だ?
ここで集は、二人がボロボロになり、息をしているかどうかも怪しい状況を想像した。
いけない、それはいけない。
そんなことになる前に、後でアラディアさんに怒られてもいいから無理矢理止めようと決心する。
ともかく今はスクリーンで二人を見続ける。それしかできない。
次回、悪魔の一閃




