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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
32/211

第四話 Singing cicada

前回、心霊動画



翌朝。

昨日の教訓を活かし、結局冷房を少しかけて夜の熱気を乗り切った。

無論汗は多少かくが、それでも昨日ほどの不快感はない。


時間、そして日付を確認。

休日の朝。今日はアラディアさんのシミュレーションの日。

ベッドから身体を起こし、鏡の前へ。いつもの白髪チェック。

見つかったのは計五本。見つけ次第手で抜き取る。

そのうち頭髪が無くなるのではないだろうか。

もしそうなったらこの年で禿げるのか、冗談じゃないな。

少し気落ちしながら台所へ向かう。


「おはよう、お母さん」

「おはよう」


いつも通り、台所で食器を洗っている母に挨拶する。

食卓には既に朝ご飯が用意してある。

テレビを点けて、僕は椅子に座る。

テレビでは最高気温に関する情報。相変わらず日本が茹で上がった蟹のように真っ赤。


あ、そうだ。

昨日のことを思い出し、母に感謝を伝える。


「昨日は助かったよ。スプレーとても涼しかった」

「そう、なら良かった。今日も持って行きなさい」

「うん、そうさせてもらう」


今日も鞄にスプレー類をつめて、外に出る。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


ドアを開けると、途端に押し寄せてくる熱気。

日々暑さが増している。凶暴な日差しに目を細めながら、いつも通り僕は美羽の家に向かう。

セミの輪唱が耳に響く。全くどうでもいいが、蝉の寿命は一週間という情報は俗説だという話を思い出した。

セミの声をBGM代わりに歩いていると、やがて美羽の家に着く。


いつも通り玄関のチャイムを押す。

やがてドタドタと足音が聞こえ、ガチャっと扉が開かれる。

昨日ぶりに見る美羽。運動用の動きやすい服を着ている。


「おはよう、確か9時からだったよね」

「おはよう。うん、今日は表もお休みだからね」


二人して歩道を歩く。行き先は喫茶店桃花。

道中ニュースやネットの話題、昨日の心霊動画の話をする。

そして話題は奏の話題に。


「そういえばさ、カナとこの前話してたんだけど、もうすぐカナの誕生日だよね」

「あぁ、そういえばそうだったね」


確か来週だったか。


「私の誕生日の時も盛大に祝ってくれたからさ、私もカナの誕生日にお祝いしてあげたい。

だからさ、来週手伝ってくれない? カナにプレゼントあげたいの」


親友の素敵な提案。断る理由はない。


「もちろん手伝わせて貰うよ。奏には日頃からお世話になってるからね」

「ありがとう、蛍」


とりあえず来週の月曜日から集まって計画を立てることにした。

そんなこんな話していると、ようやく喫茶店が見えた。


アンティークな外観。白い扉に、closeと小さな看板が飾ってある。

店の前のミニ黒板には、今日は何も書かれていない。


横には季節の花々が咲き誇る庭。先月の紫陽花あじさいが未だに咲き誇り、その周囲には朝顔あさがおが鮮やかに色を添えている。

従業員専用の扉を開けて、中にいるであろう人に挨拶する。


「「おはようございます」」


店内に二人の声が響く。

厨房、そして店内を見渡す。いるであろう人は客席にいた。


「おはよ、美羽ちゃんに蛍君」


集先輩。近くの大学に通っている、僕達の先輩だ。

人なつっこい笑顔。屈託の無い表情。頼れる先輩。

肝心のアラディアさんは、おそらく上で待機しているのかな。


「外暑かったでしょ、今エアコン点けてるから説明している間は涼めるよ」

「ありがとうございます。けっこう暑くてへとへとでした」


用意された席に座る。集先輩が僕達に飲み物を勧めた。

ジュースを飲む。あぁ、渇いた喉によくしみる。


「店長や天都さんは?」

「あの二人は今どっか行ってる。なんか親しい友人に会いに行くって言ってた。だから今は俺とアラディアさんしかいない」


店長の親しい友人か、それはそれで気になるが今はこちらだ。

集先輩が今日の過程を説明する。


「まずアラディアさんの指導の下、二人にはシミュレーションを受けてもらう、ってのはこの前説明したね。

内容はアラディアさんが創った疑似空間内に、能天使パワーズ─四層の咎人相応の敵を配備するから、二人にはそれと戦って欲しい。

敵は殺す気でくるけど、シミュレーションだから死ぬなんてことはない。

危なくなったらアラディアさんや俺が止めるから、まぁできるだけ気楽に、だけど真剣に取り組んで欲しい。

説明は以上だけど、何か質問ある?」


ふむ、なるほど。

咎人と戦う仕事上、今回のシミュレーションも誰かと戦うのかと予想していたが、まさにそれだった。

基本的な、今まで疑問に思っていたことを聞く。


「四層相応ってことは、立ち位置的には僕達と同じ領域にいる相手なんですよね」

「うん、これまでみたいに一方的な展開にはならない。

相手も自分に触れられる、干渉できる、殺せる。なんてったって全員顕現使ってくるからね。

今まで自分たちがそうだったように」


顕現。僕達が扱う異能。

自らの想いが世界に顕われたもの。魂の展開。自己の絶対理由。

定義は様々だが、自分の抱える想いが、何らかの形をとって世界に顕われたものだ。


その形は人によって様々。美羽のように壊すもの。僕のように創るもの。集先輩のように変えるもの。

それをどう利用するかも、その人次第。


その顕現を悪用した者を咎人という。

彼らは堅洲国という、僕たちの住む世界とは位相も次元も違う世界に住む。

咎人は世界の垣根を越えて、僕達が住まう世界、葦原中国に襲いかかる。

物を、人を、時には世界をまるごと破壊する。

生きている異常。意思を持った天災。欲望のままに暴虐を尽くす化物。

そんな咎人と戦い、殺すのが粛正機関。

僕達が働いているこの喫茶店もその一つだ。


さて、聞きたいことは聞けた。美羽も質問は無さそうだ。

そんな空気を悟ったのか、集先輩が唐突に話を進めた。


「今回、次の階層に進むのが異常に早かったと思わなかった?」

「はい。一層や二層よりも格段に早かったです」


それは昨日も美羽と話したことだ。


「その理由は、三層に慣れすぎたら困るからだよ。

これまでの戦闘が一方的な虐殺だとしたら、これからは対等な殺し合い。

なんか慣れたらやばそうな気がするでしょ?」

「確かに」


言いたいことも理由もわかった。

ゲームで例えると、難易度”EASY”から”NORMAL”、もしくは”HARD”に移行するようなものか。

そう考えると今回のシミュレーションの重要性も理解できる。

集先輩がジュースを飲みながら続ける。


「そんで、それが終わったら二人に堅洲国に入界してもらう」

「え?」

「ちょうど高天原から粛正依頼がきて、シミュレーションついでにちょうどいいってアラディアさんが店長に言ってね」

「・・・・・・・・・・まじですか?」

「うん」


嘘でしょ。シミュレーションした後いきなり本番って。

これは予想していなかった。

いや、鉄は熱いうちに打てということわざもあるし、感覚を忘れないうちに咎人と戦うのはありなのかもしれない。


申し訳なさそうに集先輩が頭を下げる。


「ごめんね急に決まっちゃって。俺もさすがにそれはって言ったんだけど、あの人基本話聞かないからさ」

「いえ、集先輩でどうにもならないなら僕達が言ったらもっと無理ですよ」


アラディアさん。桃花のメンバーであり、裏の仕事だけを担当している粛清者。

自らを魔術王と称し、天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)を地でいく、どこか天然で常識が壊れてる、すなわちやばい人である。


「データ採取したいから、お前の頭に俺特性の寄生虫入れていい?」


桃花で初めて会った時に言われた台詞がこれだ。無論断った。怖い。


しかし実力は本物。顕現を全く使わずに咎人を粛正した時は何の冗談かと目を疑った。

少なくとも僕達では足下にも及ばない。雲の上にいるような方、なんだけどなぁ。


恐らく強さと引き換えに常識を捨てたのだろう。

アラディアさんの性格はそれなりに知っている。なので今回の件も「アラディアさんなら仕方ない」と諦めた。否、諦めるしかない。


「あの、その咎人は何をしたんですか?」


美羽が質問した。

確かにそれは知っておかなければ。正当な理由がなければ戦えない。


「ここじゃない平行世界の、顕現者を一人殺したんだよ。そいつ」

「顕現者を?」

「ああ。粛正機関に入っているわけでもない、ただ発現しただけの人。

顕現者は他の人と比べて霊格がでかいから、見つかって殺されたんだろうね」


物憂げにつぶやく集先輩。

発現しただけの者。一年と数ヶ月前の僕達と同じ。

もしかしてそれが僕達だったら・・・・・・・・・・・想像するだけでも恐ろしい。僕達は本当に幸運だったんだ。

心の中で被害者の方のご冥福を願う。


「ともかく、今日はそれなりにきついと思うけど気負わずに。

シミュレーションは俺とアラディアさんが見てるし、咎人も危なくなったら俺とアラディアさんが止めるから」

「はい」


了承すると、二階から白い煙が降りてきた。

アラディアさんの使う気体の人形、ソラだ。霧のような白いもやが人形の形に集まっている。一瞬幽霊かと思って心臓が飛び跳ねた。

ソラは僕達に近づき、深々とお辞儀する。そしてカタコトの日本語を喋った。


「ゴ説明が終わリまシタら、二階に来るヨうニとマスターがおっシゃッていましタ」

「わざわざありがとう。今行くからってアラディアさんに伝えて」

「かシコまりマした」


再びお辞儀をして、二階に戻るソラ。


「さて、催促もあったし二階に行くか。アラディアさん怒らせると怖いし」


同感だ。飲み物はそのままに、僕達は二階へ向かう。


「アラディアさ~ん、準備できてっ――うわっ!!」


僕達の前で階段を上っていた集先輩が慌てて避ける。

刹那後、集先輩の立っていた場所を一筋の閃光が焼き尽くす。

ジュッと、何かが焼ける音がした。


いつもの光景だ。何の不思議もない。

階段を上りきると、アラディアさんが本を片手にソファーに座っていた。


「あ、危ねぇ! 何しやがんだアラディアさん!!!」

「何しやがんだって、挨拶に決まってるんだろ」

「俺の知ってる挨拶はあんな殺人的なもんじゃねぇよ!!」


コントを始める二人。アラディアさんがボケ役で集先輩がツッコミ役かな。

僕達が上がってきたのを確認し、アラディアさんが本を閉じる。


「さて、馬鹿はほっといてさっさと要件をすますか」

「今馬鹿っていったよな」

「説明は聞いてるな。これからシミュレーション行った後咎人を殺しに行く。もちろん異論は認めないんで」

「無視かよ」


傍らにたたずむ集先輩が抗議の声を上げる。

当然無視するアラディアさん。無慈悲。


「はい、聞きました」

「よし。なら早急に始めるか」


パンっと、アラディアさんが手を叩く。

変化があったのは床。一瞬どろっと脈動したかと思えば、瞬時に半透明の身体を構築する。

現われたのは巨大なスライム。天井にまで届きかねない巨体。横幅もそれなりにあり、存在するだけで部屋を圧迫する。中に数人入れそうな程大きい。



そのスライムはガパッと口を開くと――


「え?」


バクン。

二人を一瞬にして飲み込んだ。

比喩でもなんでもない。大きく口を開いたスライムは、二人に覆い被さるようにまるごと食べたのだ。


「え! ちょ、何してんですかアラディアさん!!」

「何って、シミュレーションなんだからそれにふさわしい場所に移動させるんじゃねぇか」


突然の事に困惑する集。シミュレーションということでアラディアさんが空間を創造するのかと思ったら、まさか二人が食われるとは思わなかった。


「移動って、このスライムの中に空間があるんですか?」


集は訝しげに、横にたたずむスライムを見る。

二メートル強ほどの大きさの、ぷっくりとした体躯。白色の半透明な身体。居るだけで部屋を圧迫している。

確かに巨大だが、それでも人が入って動き回れる大きさとは思えない。


「俺特製の実験生物だ。固有の空間軸、時間軸を兼ねそろえ外界から独立した一種の小世界。

その中は異世界そのものだ。思いっきり暴れ回れる空間はある」


そうなのか。設計者がいうのだから間違いはなさそうだが。


「って、じゃあどうやって俺たちは二人を見るんですか?」


俺の問いに対し、アラディアさんはスライムに手を触れた。

すると半液体の表面にスクリーンが表示された。

スクリーンには中の二人と、そしてシミュレーションのために用意された敵が映し出される。


「なるほど、これで確認するんですね」


あ、始まった。

敵の動きに、二人が素早く反応する。さあ、これからだ。


「もちろんですけど、危険だったら止めるんですよね?」

「ああ、気分」

「え?」



次回、二人のまともな戦闘

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