表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
31/211

第三話 心霊ビデオ

前回、夏の暑さ

想像力をフルに使ってご覧ください




事の始まりは昨日のLINEの会話。

僕と美羽と奏で、最近暑いねとか、海に行きたいねとか、そんなことを話していた。

そこで奏が謎の連想をした。


『夏は暑い』

『暑いと冷えるものが必要』

『夏・・・冷える・・・そう、心霊動画だ!』

『TSU〇AYAで心霊動画借りてくるから皆でそれ見よう!』


といった具合に。

で、その借りてきた動画。

まず表紙の時点でかなり怖い。

不気味な人形が並んでいるのは勿論、両目がない初老の男性、こちらに伸ばされている手、とどめに『責任はとれません』という脅し文句が僕に恐怖を催す。

そして、肝心の内容を今再生しているのだが。


「・・・・・・・・・・」


無言。僕達は画面に見入って、会話を忘れていた。


画面では三人の若者が深夜の病院内をさまよっている。

もちろん深夜。長い廊下を、ライトで照らしながら、一歩一歩探るように進んでいる。

ライトを持つ男性の後に、二人の女性がついていくという構成。


男性が実況しながら歩を進める。病院の一室を横切った時だった。

突然、後に続く一人の女性が違和感を覚えたようだ。


『ねぇ、今こっちから声しなかった?』


女性が指し示したのは、今通り過ぎた病室。

中は暗くてどうなっているかわからないが、これまでの動画の様子から、少なくとも数年は手入れも何もされず放置されていることはわかる。

もう一人の女性が嘘でしょ? 聞き間違いだって、などと言うが男性はすぐに行動に移した。

402番のプレートが書かれた病室に入る。ライトで照らされた室内は、ベッドが四つ。それらを間切るカーテン。それ以外には何もない。物は床に錯乱している。


女性が反応したのは一番右奥のベッド。薄汚れているが、これといって他のベッドと変わりはない。

しかしその女性は、やはりこのベッドから変な感じがするという。

男性が試しに一枚スマホで写真を取ってみた。

すると写真にオーブが数個映った。

オーブとは霊魂のようなものだ。その場所に浮遊している霊魂が写真に映ることがある。

さらに恐怖で引きつる女性二人とは対照的に、それを面白がった男性がベッドを調べ始める。


しかし元から布団も何もないベッド。調べられる場所など限られている。

ここで、女性が一言。


『ベッドじゃなくて、下からなんか嫌な感じがする』


下? 下というと床下だろうか。

男性が言われた通りにベッドの下、床下を手探る。


男性が木造の床。それを剥がす。

何も無い。続けて二枚、三枚と床を剥がしていく。


というか、いくら年月が経ったとはいえ病院の床ってこんなに剥がれやすいものか?

疑問を感じながら見ていると、男性が何かを発見した。


出てきたのは一枚の紙。

相当古い。何十年前の紙だろう。

表面には何も書いてない。

男性が裏返す。


「っ!」


一目見て背筋が凍った。

黒字、鉛筆で書かれたものだろうか。一面を黒で埋め尽くすように、細かく字が刻まれている。


『今日も薬。苦い。頭がくらくらする。水が欲しい。

皆泣いてる。怖い、怖いって泣いてる。水が欲しい。

喉が焼ける。ヒリヒリする。熱い熱い。水が欲しい。

喘ぐ。呼吸がおかしい。痛い痛い痛い。水が欲しい。

水が、欲しい。水が欲しい。水が欲しい。水が欲しい。

水が欲しい。水が欲しい水が欲しい水が欲しい

水が欲しい水が欲しい水が欲しい水が欲しい

水が欲しい水が欲しい水が欲しい水が欲しい

水が欲しい水が欲しい水が欲しい水が欲しい水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水水』


絶句する男性。二人の女性に関しては悲鳴を上げ、早くここを出ようと男性を催促する。

三人が走って出口に戻る。そのまま画面は暗転し、次の映像に切り替わった。


「・・・・・・・・・・」


言葉が出ない。

例えこれがやらせだとしても、この演出は正直ゾッとした。


こういう怖がらせ方なのか・・・・・・・・。

急に幽霊が映り込むとか、得体の知れない何かが襲いかかってくるとかじゃない。


静かな怖さ。僕が実感したのはそれだった。

誰も襲ってこない。敵意を向けるものは誰もいない。しかし誰かはいる。じっと見ている。そんな恐怖。

あぁ、駄目だ。絶対後で思い出す。トイレとかお風呂とか、一人で行くの躊躇(ちゅうちょ)するやつだ。


思うに、心霊動画の恐怖は見たときではなく、その後に真価を発揮すると思う。

一日は頭から離れない。最悪次の日も恐怖が持続する。

美羽と奏の顔を(うかが)う。美羽は呆然とした顔で見ていて、奏なんて真顔で口が開いている。

どうやら二人も精神的ダメージを負ったようだ。


ようやく一つの映像が終わった。一つで5分。そしてDVDは計2時間ある。

単純計算であと23回あるのか、やばい結構きつい。



以下、僕達の反応を会話だけでお送りいたします。



『え? 行くのあんなところ』

『何でここだけ綺麗なの・・・』

『雑誌が何でこんなところに』

『急に生活感出てきたね』

『今のところ普通・・・』

『うわっ、えぇ』

『危ない危ない危ない』

『一度戻った方が良いって』

『うわああああああああああ!!!』

『あっ、あっ、あっ』

『ん? 今音しなかった?』

『何、この箱?』

『人が死んだってまじか』

『なんで今ノイズ入ったの?』

『うわ勇気あるな~』

『ねぇ、今なんかいなかった?』

『ゴミ屋敷だってこれ』

『今までと全然違う』

『おぉっとこの流れは』

『無慈悲だなぁ』

『中に入るのか』

『古いけど荒らされてはない、って感じかな』

『落書きが一切無いっていうのがまた』

『足音した』

『ねぇ、今絶対足音したって』

『うおぉ! あ、違うか』

『放置されて数年しか経ってない』

『駄目だ、背後を確認してしまう』

『やばいって』

『精神的に、というか物理的に危険だなここ』

『一発でわかるんだね、やばいってのが』

『ホテルとかもう定番じゃん』

『音がやばい』

『今回五人か、多いな』

『黒い。ただただ黒い』

『工事の途中じゃん』

『なんで鏡だけ無事なの?』

『『『うわぁああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』』』

『呼ばれたって、何言ってるの?』

『今絶対声聞こえた』

『オーブ多すぎない?』

『墓場とはまたベタな』

『え、今顔が』

『全員に見えるの?』

『駄目だってそれは』

『お? 次は海外か。新しいな』

『動きが洗練されている。慣れてるなこの二人』

『あれ?』

『・・・・・・・なんで宇宙人?』

『『『いや、そうはならないだろ』』』

『あ、ここテレビでも見た!』

『この人詳しい。霊能力者の人かな』

『心霊写真だけか』

『人形は怖いな』

『人だけが消えてるって感じかな』

『ダム? 沈んだ村?』

『これ、さっき無かったはず・・・・』

『あれ? さっき二階に上ったんだよな。なんで三階があるんだ?』

『ああ、入り口が二階だったのか』

『ひぇっ』

『誰に話しかけてるの?』

『なんだろう、首が痛くなってきた・・・・』

『え? いや、その説明は矛盾してるよ』

『割と心霊写真って映らないもんだね』

『え、あれ人じゃないの?』

『急に音止まるの止めてくれ』

『電話の着信音びびるよ』

『あ~あ、迷った。終わったね』

『温泉宿ってこういうところによくあるよね』

『謎のままに終わるって怖いよ』

『写真がだいぶ古い』

『あはははははははははははは!!!』



以上、ダイジェスト終了。


全てを見終わった僕達は魂が抜けたように呆けていた。

全体的にテンポ良く進んでいた。しかし時間が圧縮していたかのように、体感時間的には二倍にも感じられた。


心霊動画はテレビでしか見たことがなかったが、テレビでは出演者の会話やCMなどで中断がある。

対してこれは無駄を割いている分、より心霊動画として完成していた。


こういう心霊動画では緩急が大事だとどこかで聞いたことがある。

最初から最後まで坂があってはきつい。かといって緩やかな下り坂が続くのも刺激に欠ける。

適度に上り坂と下り坂を用意することが、心霊動画では大事だと。


その意味では見事だった。

時々笑える場面、いわば清涼剤として機能している場面もあり、視聴者の精神にも配慮されている。

一つ一つの映像に恐怖の差こそあれど、十分に冷や汗はかけたし、一週間は僕の脳内で暴れ回るだろう。


いやでも海外のあれはおかしいって。

とにかく全て見終わった。僕は渡されたジュースを一気に飲み干す。


『水が欲しい』


(・・・・・)


だめだ、最初に見た映像をいきなり思い出す。

え、もしかしてこれから水分取るたびに思い出すの? 困るんだけど。


「お、終わったね」

「うん。長かったね」


美羽と奏が放心状態から現実に帰ってきた。

特に奏はダメージが深刻だ。鑑賞中も一番叫んでいたし、たまに隣にいる美羽に抱きついていた。

その顔には苦笑いしか浮かんでいない。そして目は笑ってすらいない。

これは当分恐怖にうなされるな。

容易に予想できる未来に、苦笑しか浮かばなかった。



■ ■ ■



「じゃあね~、また明日!」


帰る僕達を、玄関まで奏は見送ってくれた。

外は完全に黒。夏は暗くなるのが遅いが、それでも8時頃は完全に夜に沈む。

奏の両親は僕たちが心霊動画を見ている最中に帰ってきていたらしく、僕たちの邪魔をしないようにしていたらしい。


街灯に照らされた道を、僕と美羽はいつもより早めに歩く。

電柱の影や交差点の角に、視線が否応なく誘われる。

何もいないはずなのに、背後を振り向いてしまう。


駄目だ、完全に囚われている。

時間が解決してくれることとはいえ、明日のシミュレーションに響くこともあり得る。

見なければよかった。後悔すれど今更だ。

ふと、美羽がこちらを向いた。


「怖かったね」

「ん?」

「さっきの心霊動画。テレビでしか見たこと無かったけど、売ってるものとはだいぶ違うね」

「確かに、テレビじゃ出せなさそうなのもあったね」


だけど、怖いと言いつつも美羽は笑っていた。

というか僕達の中で一番怖がっていなかったのが美羽だ。

絶叫することは無かったし、どちらかと言えば面白がっていた。


「美羽は怖くなかったの?」

「怖かったよ。なんだろう、咎人にもいっぱい怖い相手はいたけど、対処できない分心霊動画のほうが怖いかも」

「ははは、確かにね。咎人のほうがまだ思い通りになるか」


話は盛り上がり、先ほどの心霊動画について語り合う。

古い、けど全く荒らされた痕跡がない廃墟。

殺人事件が起こり閉鎖した温泉宿。

一つだけおかしかった海外の動画。なんであれ宇宙人が登場したんだろう?


そんなことを話して、話し尽くして、やがて静かになったところで。

美羽が、独り言のように呟いた。


「私、さ」

「?」

「友達と一緒に心霊動画見るの初めてだったの」

「ああ、僕もだよ」


きっと奏の誘いがなかったら、一生こんな機会無かっただろうな。

美羽は朗らかな笑顔で僕を見つめる。


「思ってたより楽しかった。心霊動画事態は怖かったけど、蛍以外の友達と一緒に何かするってほとんどなかったからかな、怖さよりも嬉しさがあったの。

だから私時々笑ってたんだよ」

「・・・・・」

「これからも、三人で一緒に過ごしたいね。夏も、秋も、冬も。年を越した来年も」

「うん、僕もそう思うよ」


この三人の関係がこれからも続くのなら、それはどれだけ幸せなことだろう。

奏と美羽と僕が、誘って遊んで叫んで、不安になりながらそれでも最後には笑いあう。

そんな日々が続いてくれるのなら・・・・・・・・・。


そんなことを話していると、美羽の家が見えてきた。

玄関まで付き添って、別れの挨拶を告げる。


「じゃあね、また明日」

「うん、またね」


最後まで笑顔を見せて、美羽は自宅に消えていった。

家に明かりが点くのを確認しながら、僕は自分の家へ歩く。


隣に美羽がいないせいか、さっきよりも暗闇に目がいく。

もう走ったほうがいいかな? それとも顕現を使って跳べば・・・・・・・。


いや、駄目だ。余計なことすると失敗するって朝学んだだろう。

ほんとうに、僕にこの顕現は不釣り合いだ。

そんなことを考えながら、僕は自宅に戻った。



次回、シミュレーション

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ