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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 猛毒の青銅
30/211

第二話 コールドスプレーは二人を救う

前回、蛍の家庭事情



学校の休憩時間。最早習慣になっている白髪探し。

学校に来てから五本。今六本目を見つけたところだ。

探せばもっとある。白髪を一本見つけたらその三十倍はあると思った方がいい。ゴキブリかな?


しかし、それにしても暑い。

蒸し返るような暑さ。外からは開け放たれた窓から、熱気とセミの声が教室に届く。

エアコンはある。が、いつもつけているわけではない。節電のために。


先生によってエアコンをつけるかつけないかは決まる。エアコンをつけるとなれば、生徒全員が歓喜の声を上げる。

心なしか、生徒の様子もいつもより元気がないようにみえる。

学校の中でこの暑さなのだから、体育とか部活とかもうどうなるのだろうか。


今朝のニュースを思い出す。35度を超える猛暑日。この暑さで走ったり動いたりするのか、地獄だな。

同時に母から手渡されたスプレー類の事も思い出した。

鞄から冷却スプレーを取り出す。

露出している肌にスプレーをかけ、塗るように冷気を広がらせる。


キーンとした冷たさの後に、刺激のような冷気が持続的に感じる。

まるでメントール。空気に触れるだけで涼しさを感じる。

そして微かに香るシトラスの香り。消臭効果もあるのか。

あぁ、癒やされる。ついでに首にもやっておこう。


これならなんとか今日一日過ごせそうだ。

ちらりと、視線を美羽の方へ向ける。

美羽は見るからに暑そうに、半ば死んだような目をして外を見つめていた。

その手を団扇のように上下に振って風を起こし、涼を取っている。


額に浮かぶ汗が、その白い頬の輪郭をなぞりながら机にポタリと落ちる。

・・・・・・・・・・・何を見てるんだ僕は。


ついでに奏の方にも目を向ける。

特に暑そうにもせず次の授業の用意をしている。さすが運動部。

僕はスプレー類を持って、美羽に近づく。死んだ魚のように無気力な目が僕を見つめた。


「どうしたの、蛍?」

「暑そうにしてるから美羽にスプレーのお裾分(すそわ)けを、と思って」


美羽が僕の持っているスプレーに目を向ける。あ、目が輝きを取り戻した。


「いいの!?」

「うん、全部使ってくれてかまわないよ」

「ありがとう!!」


僕からスプレーを受け取った美羽は、さっそく腕や首、足にスプレーをかける。

一瞬身体がびくっと震え、それから美羽に笑顔が戻った。


「ありがとう蛍。めっちゃ涼しくなった!」

「ならよかった。もし気に入ったなら一日中使ってもらってかまわないよ」

「え、でも蛍が」

「大丈夫、僕はあと一個あるから」


もちろん嘘だ。母に貰ったコールドスプレーは一つだけ。美羽に渡せば自分の分はない。

だけどそれでよかった。美羽が喜んでくれるなら。

美羽は一瞬戸惑い、その後笑顔を僕に見せた。


「じゃあ折角だから貸してもらうね、ありがとう蛍」

「うん、それがいいよ」


ちょうどその時チャイムが鳴り、担当の教師が入ってくる。

僕は自分の机に戻り、授業に意識を向けた。



■ ■ ■



学校が終わり、放課後になって、僕と美羽は図書館で時間を潰していた。

結局冷却スプレーは図書館に向かう際に、美羽に返してもらった。


奏は大会に向けた部活の最中。それが終わったら奏の家に移動する予定だ。

今日は5時半に終わるらしい。だからそれまで本を読んですごそう。ちょうどエアコンもついているし。


さて、何の本を読もうか?

ひとまず本棚の列をぐるっと回る。伝記、エッセイ、小説、図鑑、色々あって悩むな。


美羽は何の本を読んでいるのだろう。

目を向ける。美羽は椅子に座り、机の上で本を広げていた。

本のタイトルは、ここからじゃわからない。


目線を本棚に戻す。

ちょうど気になる本が目に入った。


タイトルは『生命の歴史』

目に止まった理由は簡単。僕が生物の授業が好きだからだ。

なぜかすんなり内容が頭に入るんだ。自然にテストの成績も高く、結果がでるとやる気もでる。


まるで元々知っていたような感じだ。

ともかくその本を持って美羽の正面に座る。

美羽はちらっとこちらを見て、すぐに自分の本に視線を戻す。


僕も本をめくる。


「・・・・・・」


内容はやはり生物関連のこと。


生命がどのように産まれたか。

遺伝子やゲノムの詳しい説明。

加えて、人間が産まれたプロセス。

大別するとこんな感じかな。入門書のようなものだろうか。

なかなかに面白い。ゲノム関連のことが特に。


と、自分の本に熱中している最中に、僕は美羽がどのような本を読んでいるのか気になった。

美羽は本に目を落として、じっと見つめている。

あまり本は読まない友人が熱心に読む本が、どのようなものか気になる。


僕の視線に気づいたのか、美羽はこちらを見て本の表紙をこちらに向けた。

本の表紙には『世界の害虫・害獣』と書かれていた。


「・・・・・・・・」

「興味あったから持ってきたの」


確かに、日常生活であまり聞かない単語だ。

つい手に取ってしまうのも頷ける。


「本の内容は?」

「タイトルのまんまだよ。世界中の害虫とか害獣とか、名前を挙げて説明してる本」

「へえ、例えば?」


問われた美羽は本をパラパラとめくり、僕に所定のページを見せた。


「例えばクマかな。日本でも有名な事件があるよね。三毛別(さんけべつ)(ひぐま)事件とか」

「あぁ、あれか」


聞いたことがある。北海道苫前(とままえ)郡苫前村において起きた最悪のヒグマ事件だったか。

死者7名。負傷者3名(内一人は後日に死亡)。

その事件の内容があまりにも残酷のものだったことを覚えている。

テレビや書籍でも報道されるほどだ。ネット上で探ればその事件の内容がありありと書かれている。


「他にも烏とか猪とか、あと鳩とか」

「鳩? 鳩が?」

「うん、騒音を出したり、穀物を食べちゃうんだって」

「へぇ、そうなんだ」


僕のなかでは公園でポッポーしているイメージしか無かったので驚きだ。

その後も美羽から豆知識を色々聞いている内に、いつの間にか時刻は5時25分。

そろそろ奏の部活が終わる時間だ。

僕と美羽は本を戻して校門へ移動した。

それから7~8分くらいして、奏がラケットを担ぎながらやってきた。


「お、ま、た、せ!!! さぁ、今から私の家にレッツゴーだ! 用意はできてるよね二人とも?」


あれ、おかしいな。部活が終わったばかりだというのにめっちゃ元気だ。

室内とはいえ、気温が暑くてたくさん動くことに変わりはないと思うのだが。

それとも部活に励んでいる人は皆こうなのか。・・・・・・いや、奏が特殊なだけだな。


そのまま奏の後についていく。奏の家にはこれまで数回お邪魔したことがあるが、未だに道を覚えきれていない。

道中も奏のマシンガントークは止まらない。


「いやぁ暑かったよ体育館。一時は温度計がぶっ壊れてんじゃないかって思うほど上がってね。

けど対策といっても窓開けたり水分取ったり休憩したりするくらいしかないじゃん? 体育館にエアコンなんてあるわけないし。

熱中症で倒れるわけにもいかないからさ、自分の体調と相談しながら練習してたんだよ。いつもより神経使うよねこの季節って。

そんなわけで今汗でベトベトなんだよね。だから帰ったら先にシャワー浴びさせて」


その気持ち、よくわかるよ。僕も朝経験した。

気持ちはわかるけど、仮にも男子がいる状況で胸元を開けてぱたぱたするのはどうなんだろうか。それとも僕は男と認識されていないのか。

僕は鞄から冷却スプレーを取り出した。


「奏。もしよければこれ使う?」

「え、いいの!? ありがと!」


受け取った奏は首筋や腕に冷却スプレーを噴射する。


「いやぁ、すんごいひんやりする! 蛍はほんとに気が利くね」

「さっきも私に貸してくれたしね」

「いいねぇ~、気が利く男子はモテますよ? 蛍」

「はは、まさか。そんなことあり得ないよ」


そんな会話を交わしている内に、奏の家に着いた。

外観はTHE・木の家といった感じ。

屋根には太陽光パネルが数枚取り付けられ、庭に木と花が生い茂っている。

玄関にいたるまでの道には石が敷いてある。


「日本の風土とか気候とか考えると、木造のほうが色々好都合なんだよ。お父さんがそう言ってた」


初めて奏の家を訪れた際、奏はそう説明した。

確かに木造の家は親しみが持てる。


「ただいま~」


奏が扉を開ける。

僕たちも続いておじゃまする。


「ん? 父さんも母さんもいないなぁ。仕事か」


台所を見渡した奏が、両親の不在を確認する。

そのまま階段を上り二階へ。

奏、と書かれたルームプレートの部屋に入る。わかりやすいな。

僕たちもそれに続く。


部屋の内装は全体的に白。窓際のベッド、机、テレビ、タンス、本棚など、至って普通の部屋といった感じ。

奏はタンスから服やら下着やらを取り出し、扉を開ける。


「じゃあ私シャワー浴びてくるから、漫画とか見て適当に時間潰してて!」


バタン。

ダッダッダッダ、と階段を駆け下りていく音が聞こえる。


僕たちは座ったまま、何をしようか手持ち無沙汰に襲われた。

仕方ないので、美羽と裏の仕事に関する話をした。


「明日、だよね。アラディアさんのシミュレーションって」

「うん。四層に入る前の試験的なものって言ってたね」


僕たちのバイト先、喫茶店・桃花。

その裏の顔は、咎人とよばれる堅洲国の住人を討滅する粛正機関。


堅洲国はいくつかの層に分けられ、今まで僕たちは第三層を担当していた。

層によって咎人の強さは別次元のものとなる。質も量も格も、前の層とは比較にならない。

といっても三層までは顕現者の都合上、何をどうしたって無傷で切り抜けられる。


実際そうだった。初めて三層に入界した日、僕たちは戸惑いはしたものの負ったダメージはなかった。

そして今回、めでたく? 四層を担当する話を持ちかけられた。

その見極めとして今回のシミュレーションがあるわけなのだが、問題はそこではない。


「今回は随分と早いよね」

「そうだね、まだ三層は四回しか入界してないのに」


そう、今までの比ではないほど、次の層に進むのが早い。

参考までに、僕たちはこれまで一層は五十回程度。二層は三十回程度入界した。


やっと三層の環境にも慣れてきたばかりのタイミングでのシミュレーション。店長の意図がわからない。

まぁ、店長のことだから僕なんかでは思いもつかないことを考えているのだろう。

その意味では安心している。これまで店長の言うことに間違いは無い。


心配は別な点にある。


「四層、か。確か全員顕現者なんだよね」

「うん。僕達と同じレベルしかいない。これからは本当に死にかねないね」


四層、俗に言う中層の一階層。

この層に住まう者は、皆例外なく顕現を使う。

つまり全員僕達と同じ土俵に立っている。


いや、咎人は堅洲国にて日々殺し合いをしている。

単純な戦闘経験なら僕達の数倍以上はあるだろう。

対して僕達はこれまで格下としか戦っていないし、日々戦闘に専念しているわけではない。

プロと赤子。僕が想像している咎人と僕達の力関係はそれだった。


(それを埋めるためのシミュレーションなのかな。集先輩の時には無かったっぽいし)


僕も美羽も、お互い沈黙する。

冗談で死ぬと言ってしまったが、美羽の笑いはとれなかったようだ。

あぁ、なんで僕はいつもこう・・・・・・・。


沈黙が気まずくなってきたその時、ドタドタドタと階段を駆け上る音が聞こえ、そして扉が思いっきり開け放たれた。


「お菓子とジュースですよー! あれ、どうしたの二人とも? ちょっと表情暗そうだけど」


シャワーから上がった奏。タオルを被っているその髪はしっとりと濡れている。

手には袋に入った数種類のお菓子とジュース類。暑いのか上はタンクトップ一枚だ。


「あ、大丈夫だよカナ。二人でテストのこと話してたら絶望してて」


とっさに苦笑いを浮かべる美羽。

あまりに自然な嘘。すごいな、僕も見習いたくなる。


「あ、そういえばもうすぐテストだね。全然復習してないや。

やっばいどうしよう」


奏は口ではそう言いながら、その手は迅速にお菓子とジュースを机に並べていく。

紙コップにジュースを注ぎ、お菓子類を開封し、全ての準備が整ったとばかりに奏は一枚のDVDを取り出した。


そのDVDこそ、僕達がここに集まった理由。

奏はテレビをつけ、DVDを挿入する。

映るのはおどろおどろしい画面。黒が全体の九割を占め、画面の左上に血痕がついている。

そして流れる暗鬱なBGM。

奏が心底嬉しそうに微笑み、僕達に振り返る。


「じゃあ、心霊動画見ましょうか!!!」



次回、夏といえばこれだよね

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