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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
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第三話 三人の日常

黒雲美羽の幼馴染み兼親友、白髪が気になる白咲蛍のお話。

前回、粛正執行及び簡易的な説明回



目を覚ます。

朝、時刻は6時30分。

スマホのアラームが鳴り、眠たい目をこすりながら、今日の到来を実感する。

カーテンを開ける。昇る日に照らされた街はかくも美しい。

僕、白咲(しらさき)(ほたる)は二度寝を誘う魔性の布団から出て、鏡の前に立つ。

寝ぐせでぼさぼさの髪を直しながら、お目当てのものを見つけ出す。


(また白髪だ・・・・・・)


昨日は無かったはずの白髪を発見する。

朝から気分が下がる。これ以上白髪が増えるのは勘弁願いたい。先日、先生方に指摘いただいたこともある。

白髪を掴み、手で抜き取る。ちょっと痛いが、この痛みにも慣れたものだ。抜き取った白髪をゴミ箱に捨てる。

そのまま階段を下り、顔を洗い歯を磨いてリビングにでる。


「おはよう」


リビングにいたのは母。台所で皿を洗いながら僕に声をかける。


「おはよう、母さん」


挨拶を返して、机の上に用意されている朝食をいただく。

食卓には朝らしく、パン、ベーコン、卵、トマトジュースが並んでいる。

父は出勤している。朝は早い分帰りも早い仕事らしく、朝の6時にはもう家を出ているとか。

朝食を食べ、ニュースを見ながら、時刻を確認する。

7時半には家を出て美羽の家に行かなければ。


「アルバイトはどう?」


食器を洗っていた母が口を開いた。

桃花での仕事。高校に入ってから始めたそれを、僕はアルバイトと家族に伝えている。


桃花の仕事は二つ。表と裏で分かれていて、僕と美羽はそれに従事している。

表の仕事では、喫茶店で料理したり皿を洗ったり接客をしたり。

裏の仕事では、堅洲国という異界で咎人という存在を殺したりしている。

裏の仕事? 家族に? 言えるわけがない。

余計な事は言わないように、母に笑顔を見せる。


「順調だよ。勉強ともうまく並行してやれてるし、なにより楽しいから」

「そう、ならいいんだけど」


それきり母は再び作業に戻った。

僕は食べ終えた後の食器を片付け、荷物を一通り整理し、玄関に向かう。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


台所からの声を受けて、僕は外へ出た。

非常に淡泊なやりとりかもしれないが、我が家ではこれで正常だ。

元々母は口数が少ない。本人曰く人見知りな性格らしく、昔からあまり喋らなかったことが災いしているのだとか。

それでもその愛情は本物だ。中学までは忘れ物をするたびに学校に届けたくれた。

恥ずかしかったが、それを上回るくらいありがたかった。


父も優しい。母とは対照的によく喋る性格で、学校のこととか、ニュースの話題とかを夕食に聞いてきたり話してくる。

小さい頃は週末は決まって家族みんなでドライブに行っていた。水族館や遊園地、動物園にも行ったな。

できた両親だ。僕には勿体ない程。

美羽の家に着くまで、僕は両親に感謝した。




定刻通りに美羽の家に着いた僕は、玄関のチャイムを鳴らす。

数秒後、ドタドタドタと走る音が聞こえて、扉が思い切り開かれる。


「おはよう、美羽」


出てきたのは、親友兼幼馴染の女性。

黒雲(くろくも)美羽(みう)。僕と同じく高校二年生。

黒い長髪。端正な顔立ち。肌が白い分、黒が強調して映える。


「おはよう、蛍。今日は白髪ないね」


美羽が僕の髪の毛を見ながら答える。


「うん、朝とってきたんだよ。皆にも白髪が増えたって言われていじられてるからね」


じゃあ、行こうか。

話を切り上げて、僕と美羽は通学路に並ぶ。

話すことはテレビやニュースのこと、昨日見た動画のこと。

どれもとりとめのない話。けれど美羽と話していると落ち着く。


「・・・・・・ねぇ、蛍」

「ん?」


美羽が、ためらうように僕に話しかける。


「今日から、私たち三層担当する、よね」

「うん、そうだね」


ああ、その話か。


異常の力を用いて世界に害をもたらす存在、咎人。

僕たち二人はその咎人を粛正する組織、桃花で働いている。


咎人の強さは彼らが存在する堅洲国の、九層にまたがる各層によって異なる。

層が下がるごとに、その強さは文字通り次元の違うものになる。

今まで僕たちが担当していたのは第一~第二層。

そして今日から担当することになるのが第三層。

この前店長がその話をしていた。その後色々二人で話し合い、最終的には店長の提案に乗ってみることにした。


少し話を聞いた程度だが、曰く三層は可能性の極致だとか。どんなものか想像できない。

しかし集先輩やアラディアさんが言うには、三層の危険度は粛清機関にとって(ぬる)いほうであるらしい。

経験者が語るのだからそうなのだろうと思いたい。

美羽もそのことについて不安があるんだ。

だから美羽の不安を和らげるために、僕は笑顔で言う。


「大丈夫だよ、美羽。いざとなったら僕が守るから」


とくに考えることなく言葉がでた。

嘘偽りない僕の本心が。


「あ、ありがとう」


若干頬に赤みが差して、美羽はうつむく。


・・・・・・・・冷静に考えて今のセリフは恥ずかしいな。

聞いている側もいきなりこんなことを言われたらどう対応したらいいか困るだろう。

そのまま双方口をつぐみながら歩く。


(はぁ、なんで僕はいつも余計なことを・・・・・・)


僕の悪い癖だ。よかれと思って口を開き手を出して、必ず事態を悪化させる。

空気が気まずい。誰か、この沈黙を破ってくれる者はいないだろうか。


「おーい! 美羽に蛍! おはよー!」


救いの女神現る。

反対の通路から現れた女性、愛沢奏。僕は奏と呼んでいる。

僕たちの同級生だ。通学の時間が重なっているのか、よく鉢合わせし、一緒に学校に向かうのがお決まりの流れになっている。


「おはよう、カナ」

「おはよう奏。今日も元気そうでなによりだよ」

「ふふん、元気だけが取り柄だからね。そういう蛍は、今日は白髪がないね」

「ああ、取ってきたよ。いい加減鬱陶しかったから」

「わかるよその気持ち! なんか白髪があると(むし)りたくなるよね」


白髪見つけたら私が取ってあげよっか?

奏が手で草をむしり取るようなジェスチャーをする。

恐ろしい提案をスルーしつつ、三人で校門をくぐり校舎の中へ向かった。



■ ■ ■



しかし、なんで自分の髪はこうも簡単に白くなるのだろうか。

休み時間。がやがやと騒がしい教室の中、自分の髪を指で弄びながら頭の中で疑問を浮かべる。



ストレス? いや、学校とかアルバイトとかいろいろあるが、僕は気に入ってるほうだ。裏の仕事も、それほどまで苦には思っていない。ストレス云々(うんぬん)を言うのなら、美羽のほうが白髪が増えそうだが・・・・・・・。

加齢? 白髪は老化現象だが、個人差がある。僕みたいに十代後半で増える人がいるのだろうか。

遺伝? 可能性はある。調べた記事によると、10代~20代で白髪になる人もいるらしく、メラノサイトだとか色素形成能力だとか色々書かれていたサイトを見たことがある。けれど父も母も白髪はあんまり無い。

若白髪? これもそうじゃないかと睨んでいる。白髪になる原因の一つに、眼精疲労がある。スマホやパソコンの見過ぎで、血行不良になり、白髪の原因を作るのだとか。自分の生活はそれなりに整えてはいるが、ついついスマホを見過ぎてしまうこともある。

気をつけてはいるのだが、それでも白髪は現在進行形で増えている。


(はあ、どうしたものか)


深いため息をつく。朝から美羽が抱えている不安と近いものを、僕は感じているのかもしれない。

その美羽は何をしているのか。ちらりと横目で確認する。


次の授業の教科書を用意する美羽と、その隣で何か喋っている奏。

二人とも表情は明るい。一心に話しかけてくる奏に、相槌を打ちながら話を促す美羽。


まさしく友人のそれ。高校二年になるまで美羽に友達はいなかったが、奏の登場でそれは変わった。

最初は美羽もドギマギしていた。どう対処していいのかわからなかったのだろう。

だけど時間が経つにつれ二人の仲は深まっていった。その中に僕もいつの間にか混ざり、今では月に二回は三人で買い物をするくらいには仲良くなった。

本当に奏がいてくれてよかった。誇張でもなんでもなく、奏は僕たちにとって救いの女神なんだ。

やがてガラガラと教室の扉が開き、次の授業担当の先生が入ってきた。


「やばっ!」


すっかり話に興じていた奏は急いで自席に戻る。

苦笑いでそれを見送る僕と美羽。

さて、意識を切り替えて授業に集中しよう。



■ ■ ■



「それでね、そのクレープがめっちゃおいしかったわけよ!!」


昼休み、僕と美羽と奏は校舎の屋上で昼食をとる。

僕たち以外にも人がいるが、場所は毎回安定して空いている。気兼ねなく喋るにはもってこいの場所だ。

何より外の景色を見ながら昼食を食べるのは格別のものだった。


遠くには緑に色づいた山と閑静な住宅街、下を見れば移動する生徒たちの姿が見える。

そして上空には一面の青と、転々と浮かぶ白い雲。

まるで一枚のキャンパス。そんな光景を見ながら、僕は母が作ってくれた弁当、その中のハンバーグを一口。

うん、美味しい。市販のハンバーグにタルタルソースのアレンジが付け加えられている。

こういうひと手間が嬉しい。改めて母に感謝を。


「最初は、『800円!? ちょっと高すぎない!!?』って思ってたけど、いやぁ、たまには思い切ってみるもんだね。

普通のクレープの1.5倍くらいの生地の中に三種類のクリームとアイス、たくさんのフルーツがぎゅうぎゅう詰めで押し込められてるわけよ!

見えてる地雷ならぬ、見えてる宝箱だね。こりゃハッピーな気分になること間違いなしよ! 今度三人でいかない? 二人にもぜひ食べてもらいたいし、私ももう一度食べたい!

そんなわけで今週の日曜日空いてる?」

「うん、私は空いてるよ」

「OK! 蛍は?」


お、この卵焼き。中にネギとハムが入ってる。

卵の甘さにネギのシャキシャキっとした食感。さらにハムの味が相まってこれまた笑顔が零れる。

さて、箸を持つ手にギアがかかってきた。次は何を食べ――


「蛍っ!!」

「は、はい!」


耳元で聞こえた大音声に、思わず弁当を落としそうになる。

ぎりぎりセーフ。なんとか左手でつかめた。

声の方向に目を向けると、奏がこちらを睨みつけていた。


「ここでクイズです。さっきまで私はなんの話をしていたでしょうか?」

「え?」

「三秒以内に答えてね。はい1、」

「ちょ、ちょっと待って。ええと、は、話?」


唐突に始まったカウントダウン。当然ながら僕の脳内は混乱している。ごめん、まったく聞いてなかった。


「2」

「あ、あれだよあれ。その、た、食べ物だ! 食べ物の話をしてた!」


抽象的にもほどがある。とりあえず思いついたことを言っただけだが、当然ばれた。

奏が溜息をこぼす。


「美羽ちゃん。正解は?」


話を振られた美羽が、ほほ笑んで答えを言う。


「おすすめのクレープがあるから、今週の日曜日食べにいかない? だって」

「あ、クレープ。なるほど。クレープか」

「その通り! で、答えは? 蛍」


先ほどまでの威圧感が一切消えて、にこやかな笑顔で聞いてくる。

どうやら本気で腹を立てていたわけではないようだ。


「もちろん同行させてもらうよ。奏の食レポは確かだからね。今まで行ったところも全部美味しかったし」


奏はいわゆる食通だ。

どこで情報を得ているのかは知らないが、街の美味しい店をめぐり、時には穴場と呼ばれる人知れぬ店にも赴く。

そして今回のように美味しいものを見つけたら僕たちを連れて行ってくれる。この前のカツ丼も美味しかったな。

僕の返答を聞き、奏は嬉しそうにガッツポーズする。


「よし、決まり! じゃあ9時くらいにいつもの場所に集合ね」


こんな感じで、奏が自分たちの主導となり、物事をぐいぐい進める。

それを不快に思うことはない。むしろ僕は優柔不断にもほどがあるので、彼女みたいな人が身近にいてくれると大いに助かる。


「また考え事してたの?」


パンを飲みこんだ美羽が聞く。


「う、うん。ごめん。話を聞いてなくて」


正確には昼食に全神経を使っていただけなんだけど・・・・・・。


「いいよいいよ! 私もそれが蛍だってわかってるから。別に今更怒ったりしないよ」

「ありがとう、奏」


二人は寛大だ。美羽は長年の付き合いゆえにだが、奏のそれは人間的に大成しているものだからだろう。

こんな自分にまで優しくしてくれる。

家族に恵まれ、昔からの幼馴染や素晴らしい友人に恵まれて、本当に僕は幸せ者だ。

僕が、僕が、幸せ、か。

・・・・・・。

そのまま二人の話に耳を傾けながら、昼休みが終わるまで昼食を堪能した。



次回、Let's go 三層


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