プロローグ 青銅の狂笑
自灯籠 猛毒の青銅 はじまりはじまり
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い息遣いが夜道に消える。
一人の男が、夜の街を全速力で走っていた。
切羽詰まった表情で、何かから逃げるように。
やがて街灯に手をつけて、男は肩で息をする。その姿から相当の疲労が伝わる。
周囲には誰もいない。当然だ。誰もいない場所に向かって走ったのだから。
やがて男は顔を上げ、背後の暗闇に目を向ける。
そして友人に話しかけるように、フランクに声をかけた。
「延々と付き合わせて悪かったね。ここなら誰にも迷惑はかからない。
いい加減、俺も疲れたよ」
希望が一割、諦めが九割を占めている、そんな表情だ。
男が顔を向ける方向。やがて暗闇から光沢を持つ人型が現われた。
それは青銅。皮膚の代わりに青銅の羽がその身体を覆っている。
そして鳥のような頭蓋。背中には翼。しかし二本の足で立つその姿は、鳥人間という表現がふさわしい。
「死者の最後の願い。生者の我が叶えないわけにもいくまい。
なに、一瞬ですむ。貴様が無駄に抵抗しなければな」
まるで死神を気取っているかのような、尊大さと慢心を孕んだ口調だった。
その言葉に、追われていた男は苦笑する。
「ふう、これでも今までなんとか生きてきたんだけどな。
まったく、顕現者に安息の場所は無いのかね」
顕現者。顕現という異能を発現した者。
世界の可能性から外れ、ただ一方的に影響を与えるだけの存在。
自らをそう自称したということは、彼も顕現者なのだろう。
「君のような咎人に見つかるとは、今日は厄日だ。我ながらついてない」
咎人。男は眼前の鳥人間をそう呼んだ。
堅洲国という異界に住み、世界に害なす者。通称咎人。
彼らは時に人を殺し、時に国を滅ぼし、時に世界を破壊する。
今も、この咎人は目の前の顕現者を殺そうとしている。
「くく、我を呪うよりもまず自分を呪え。殺されるしか能のない力無き自分をな」
青銅の鳥は続ける。
「それに、これ以上自らの異常性に怯え、他者との相異に苦しむこともない。
我が供物となること。そこまで悲観的に考える必要は無いぞ」
「ははは。確かに、そう考えると少しは楽になれるかもな」
男は笑う。自らの過去を思い返しながら、笑う。
顕現に目覚めたのは数年前。ちょうど彼の誕生日。
それから彼はこの力を隠し続けていた。誰にも知られず、変わりなく、元の生活を続けていた。
顕現を利用する気は更々無かった。彼が望んだのは普通の生活。友人と共に笑い合い、家族と共に食卓を囲み、恋人と共に手を繋ぐ。
そんな陳腐な、だけど黄金のように輝く日々。
それが今日終わるなんて。
・・・・・・いや、終わらない。勝てばいいんだ。自分が。
死にたくない。こんなところで終わりたくない。
彼は決意する。
咎人はそれを察知したのか、哀れな者を見るかのように目を細める。
「では、殺すぞ」
そして、死を宣告した。
その言葉に、男は咄嗟に反応した。
空気が震える。これから起きる異常事態に警鐘を鳴らすように。
呟くは宣戦の合図。必殺の力を発動させる。
「顕げ――!」
「遅い」
最後の一言を呟くその刹那前。
青銅の鳥は彼我の距離を瞬時につめて、男の頭に手を伸ばす。
ボキリと、男の頭は果実のようにもぎ取られた。
「――ぁ――――」
一瞬だった。
胴体と分離した頭部から、言葉が漏れ出る。
咎人はその頭を掴む手に力を入れ、それを握り潰した。
ブジュッ! と、トマトを潰したような音がして、青銅の皮膚が血に濡れた。
残った胴体。それが力無く地面に崩れ落ちる。
身体から魂が分離し、それが咎人の元へ飛翔した。
咎人の中に入ってくる魂。一体となり、咎人の存在を更に強固にする。
「く、はは、はははははははは」
それを感知し、哄笑する咎人。
その笑みに後悔はない。一つの生命を奪った罪悪感もない。
(これは効率がいい。やはりこちらの顕現者は温い)
良い狩り場を見つけたと、彼は笑っている。
目的を果たした彼は手で次元を切り裂き、元の居場所へ戻る。
後には、切断面から血を流し続ける胴体が、ただ転がっていた。
次回、蛍の白髪事情




