第二十六話 自灯籠
前回、深緑
視界が白に変わり、一瞬間を置いて喫茶店の二階に変化する。
張り詰めていた意識を弛緩させ、同時に少し伸びをする。
時刻を見る。6時半。周囲は薄暗い。この季節だからそりゃそうか。
どこかで食べながら帰るか。そんなことを思っていたら、鳥の人形の前に立つ店長が俺を呼ぶ。
「どうかしたんですか?」
「いえ、これから高天原に報告をするので、集君にも付き合って貰おうと」
「・・・・・・・・俺、必要ですか?」
「ふふ、少々待っていてくださいね。お、繋がりました」
鳥人形を数回指で小突く店長。
チャンネルが合ったのか、人形がぐぐぐっと、魂が宿ったかのように動く。
同時にその目から光が放たれ、俺たちの目の前に電子的な画面が表示される。
映るのは、一人の女性。
「こんにちは~。毎度お世話になっております、高天原仲介役の羽鶴女です。
今回はどのようなご用件でしょうか?」
ゆったりとした声。少し高い。
画面に映る彼女はゆったりとした雰囲気を携えている。
粛正機関は桃花だけではない。平行世界上では俺たちの他にも粛正機関が存在する。
そんな咎人を実際に討伐する粛正機関と、それらに咎人の粛正を依頼する高天原。
両者の中間にあって咎人粛正の依頼、高天原への報告などの仲介を行うのが、羽鶴女さんのような方だ。
粛正機関それぞれに一人専属でつくという。そんで桃花専属の仲介役が羽鶴女さんだ。
「こんにちは羽鶴女さん。こちら、桃花の否笠です。
早速ですが報告です。咎人・ムスビメ、先ほど粛正いたしました」
「わかりました。確認いたしますので少々お待ちください」
5秒ほど画面が途切れて、そして再び羽鶴女さんの姿が映る。
「確認いたしました。毎度ありがとうございます。今回も否笠さんが?」
「私は別の目的で周囲を歩いていました。咎人と戦ったのは集君です」
「おお、集君が! もう六層は余裕な感じですね。もしかしたら次は下層にチャレンジしてみたり?」
「ははは、それは本人と相談してからですね」
店長と羽鶴女さんの話が盛り上がる。
会話の時折でなにやら不穏な単語も聞こえてくる。
横で会話を聞いていると、店長が手招きをする。
何か話せという事だろうか?
店長と入れ替わりで鳥人形の前に座る。
「ええと、変わりました。集です」
「ああ、集君! ちょうど貴方のことで話が盛り上がっていたところなんです。
何はともあれムスビメ粛正ご苦労様でした。集君が頑張ってくれたおかげで、多くの方が救われました!」
「いえ、いつも通りの事をしたまでですよ。そんな大層な」
大仰に話す羽鶴女さんとは違い、俺の声はいくらか暗かった。
特別なことは何もしていない。いつも通りの手順で咎人と戦い、いつも通りの方法で処理しただけ。
もう慣れたことだし、それに、俺のしていることは他者の殺害だ。
何かしら理由をつけたところで、結局自分が気に入らないから殺しただけ。
先ほどの咎人、ムスビメのことを思い出す。その命を自らが摘んだ時のことも。
邪魔だから、許せないから殺しただけ。立場が変わっただけで、本質は咎人と変わらない。決して褒められたものではない。間違っても正当化していいものではない。
そんな俺は正しいのか、それとも間違っているのか。答えは未だに見つからない。
しかし羽鶴女さんは首を横に振る。
「大層な話ですよ! 集君がムスビメを倒してくれたおかげで、被害者の方も少しは浮かばれますし、これ以上被害者が増えることもありません。
もしムスビメが葦原中国に現れていたら、下手したら世界が幾つも破壊されていたかもしれません。
それを止めた集君は、間違いなくたいしたものですよ」
「・・・・・・そうなんですかね」
咎人を殺して、店長にも同じようなことを言われた。
だけど実感は薄い。
わかってる。他者は助けてくれる。時には言葉で、時には行動で、俺の背を押してくれる。
けれど、最後に決めるのは自分だ。その言葉の真理に気づくのは自分の力だ。
すると羽鶴女さんの声が、優しく包みこむようなものに変わった。
「何が正しくて、何が間違っているか。その答えは誰にもわかりません。もしかしたら無いのかもしれません。
それを追い求めて誰しも苦しみます。それは神様でさえも・・・・・・。
周りが真っ暗で、何を頼みに歩んでいけばいいかわからない。
そんなときは、自分を灯火にすればいいんです」
「自分を、灯火に?」
「はい。自分の考えで、自分の意思で世界を見るんです。自分で判断して、自分で決める。
そうすれば、周りが真っ暗でも道が見える。周囲に惑わされずに進める。
あ、だからって自己中になれっていうわけではありませんよ。他人も自分と同じように生きていますし、独立した思考を持っています。
時に他人の意見も参考にしながら、それでも自分の人生を自分で決めることが重要ではないかと私は思います」
「・・・・・・・・・」
「ふふ、ちょっと説教っぽくなっちゃいましたね」
「い、いえ! そんな滅相もありません! なんかめちゃくちゃいい話を聞いた気がします!!」
一瞬、言葉が見つからなかった。
何というか、新たな見方を発見したような、世界が広がったかのような、そんな気分を味わった。
自分を灯火にして、真っ暗な道でも歩いて行く。
なんだか、良い。心に飛び込んできて、一切の抵抗なく受け入れているような、そんな感じがする。
それに、これと似た言葉をどこかで聞いたような気がする・・・・・・・・。
「長話になってしまいましたね、改めて咎人討伐お疲れ様でした。
次回もまたお願いしますね。それでは」
「はい。これからもよろしくお願いします」
最後にふっと微笑んで、鳥人形は糸が切れたようにうなだれる。
羽鶴女さんとの交信が終わって、その役目を終えたんだ。
「店長、終わりました」
「では今回はこれで終わりですね。今日一日ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
頭を下げ、そのまま足は一階、ではなく近くの扉に向かう。
折角だ、あの人にも挨拶しておこう。
「アラディアさん、ってうわ!?」
アラディアさんがいるであろう部屋の扉を開けると、先ほどのような魔術的な光が飛んできた。
もちろん光源はアラディアさん。手にペンを持ちながら、ごみを見るような目を俺に向けている。
「なんだ、馬鹿か」
「おい! いきなり殺しにかかってきたあげく馬鹿ってどういうこった!?」
抗議の声を上げる俺に、俺なにか変なことしたっけ?とばかりに首をかしげるアラディアさん。ちくしょう殴りてぇ。
「それより要件は何だ。店長がまた何か言ったのか?」
「あぁ、それなんですけど」
先ほどの咎人との戦いを思い出して。
「アラディアさんが教えてくれた魔術、めっちゃ役に立ちました!ありがとうございます」
「はぁ? 俺が教えて魔術だぞ。役に立たない訳がないだろうが」
何当たり前のこと言ってんだ、とばかりにこちらを奇妙な目で見てくる。
うん、やっぱりこれでこそアラディアさんだ。
「以上です。お疲れ様でした~」
上機嫌に部屋を飛び出す。きっとアラディアさんは何事も無かったかのように作業に戻るだろう。
だがそれでいい。
そのままロッカールームから荷物を取り出し、従業員専用の扉から外に飛び出す。
「ありがとうございました!」
最後に店内に一礼。近くに止めてある俺の自転車にまたがり、下り坂を駆ける。
薄暗い道を下る。ライトをつけようとして、なぜか止めて、鼻歌混じりに坂を下る。
脳内で流れるコナニマさんの歌。それを脳内でリピートしながら、お気に入りの歌詞を口ずさむ。
「I hope you belive in yourself」
次回、簡易的な設定




