第二十四話 コンバート
前回、歌ってみた
再度、魔術画面で場所を確認。周囲に咎人はいない。これなら空間をつなげたほうがいい。
魔術を使う。自分の立っている空間と、移動する空間を指定。
線の上を点が移動するように、空間内に俺という点を移動させる。
空間転移の術。ここは即ちそことなり、距離の概念が消滅する。
光景が一瞬で変わる。赤い大地は相変わらずだが、画面を見て指定の場所に到達したことを確認する。
念のため周囲を確認。咎人はいない。ムスビメの姿も。
(やっぱり縄張りにいるのか・・・・・・・・・・・)
『縄張り』。広大な堅洲国の中で、個人が持つ領域。
四層以下の階層では、自らの力で造り出した独自の空間を所有している咎人がいる。
その領域は咎人の色に染まった空間。咎人の性格を色濃く反映する。
咎人にとって隠れ家であり、休憩場所であり、同時に獲物を待ち構える罠。
それを縄張りと呼ばれている。
縄張りは堅洲国にあって無いようなもの。レーダーには表示されるが、実際には見えない。
触れられないし、音を拾うことも、感知することもできない。
あらゆる光学機器やセンサーの類を掻い潜るそれは、当然人の目で捉えることなどできない。
アラディアさんお手製の魔術的探知機が無ければ、そもそも発見することも困難だったはずだ。
咎人はその縄張りの中、不可侵の室内に籠もっている。
だから、無理矢理こじ開けるしかない。
俺は何もない空間に触れ、掴んで。
「顕現 変換」
俺の中で、何かが変わった確信があって。
直後、空間が裂けた。
まるでベールを脱ぐように空間の色が変わる。赤黒い大地に、緑が見える。
一面の緑。足下には草が、少し遠くには木々が、地平線の彼方までが緑で茂っている。
空も緑だ。いや、空なんてそもそも無いのか。
まるで円上の世界に、どこまで行っても終わりの無い世界に閉じ込められたかのようだ。
そよぐ風は、先ほどまでの死臭を運ぶ堅洲国の風とは及びもつかないほど清純。
俺のズボンをくすぐる草は、風になびいてサアと音を立てる。
美しい。
視界の九割以上が緑色の光景に、なんだか懐かしさと郷愁を思い出した。
カサッ――
「!」
身構える。音の聞こえた方に注意を向ける。
そこには、先ほど写真で確認した、ムスビメの姿があった。
砂漠で見かけるタンブルウィードの、それの十倍以上の大きさ。
数多の蔓が巻きつき、微かに見えるその内部からは、青い光が漏れ出している。
神秘的。生命というものを色濃く感じる。
こいつが、ムスビメ・・・・・・・・・。
相手は動かない。突然現れた俺を警戒しているんだろう。
俺も警戒を解かない。解かない状態で、自分の意思を伝える。
「咎人・ムスビメ。俺は粛正機関の者だ。お前は高天原から粛正命令が出ている。
もしこれからも葦原中国に干渉するつもりなら、俺はお前を殺さなきゃならない。
もしもこれ以上干渉するつもりがないなら、双方の契約をもってお前の行動を制限する」
あってないような定型文を告げる。
なぜか? これに大人しく従う咎人なんてほとんどいないからだ。
「返答は?」
答えを待つ。もちろん警戒は解かない。
そのまま数秒経つ。一陣の風が吹き、俺の頬を撫でる。
そして動きがあった。
ザワザワと、ムスビメの本体から枝が伸びる。
青い光に照らされながら、枝葉は五メートル以上も成長する。
さて、これがムスビメにとって合意の合図なのか、それとも・・・・・・・・。
果たして俺の予感は当たり、鉄骨ほどの太さまで成長した枝は、音の速さを遙かにしのいで俺に振り下ろされた。
ドバッ! と、空間そのものを断ち切るような一撃。ムスビメの縄張りである深緑の大地に、底の見えない深い亀裂が刻まれる。
間違いない敵対行動。今の一撃は確実に殺しにきた。
間一髪、横に飛んだ俺は体勢を立て直し、意識を完全に戦闘のために切り替える。
「契約不成立、だな」
続く二撃目。大気を切り裂きながら横に薙ぎ払う一撃。まともに喰らえば胴体が真っ二つになりかねない。
迫る枝を見る。俺は数歩下がり、枝の先端に右手で触れ、告げる。
「コンバート 腐敗」
変化は急激だった。
俺に触れた枝の先端が、まるで時間が急激に進んだかのように、真っ黒に変色して腐り落ちる。
それだけではない。先端から枝の中枢、そしてムスビメ本体にまでその腐敗が伝染していく。
それを見たムスビメは、すぐさまその枝を切り落とした。
迅速な判断。切り落とされた枝は、2秒もかからず灰のように崩れ去った。
しかし攻撃は止まない。新たに四、五本枝を伸ばしたムスビメは、四方から囲むように俺を攻撃する。
さすがにちときつい。両手で、両足で、時々頭を使って、枝を掴み、触れて、殴る。腐敗させる。
だが、違和感はすぐに襲ってきた。
都合20以上の枝を腐敗させたところで、迫る枝の変化に気づく。
(腐るスピードがだんだん遅くなってきたな)
先ほどは触るだけで瞬時に腐敗していた枝。
それが今では5秒、10秒、20秒。一つを腐らせるごとに時間がかかり、そしてついには触れても一切変化しない。
「ぐっ!」
真横に迫っていた枝の一撃を喰らって吹き飛ぶ。一瞬意識を失いそうになるが、気合いで持ち直す。
空中で体勢を整え着地する。被弾した箇所がズキっと鈍い痛みを主張する。
幸い衝撃は和らげたが、もうあの枝を腐敗させることはできそうにない。
腐らないよう対応したんだ。
そもそも、顕現が起こす現象は自然法則や宇宙法則で発生する現象や事象とは全く異なる。
顕現者が起こす火と、物理法則で発生する火では原理も性質も異なる。そもそも熱くなかったりもするし、酸素なんて必要とせずに燃え続けることもある。
それも顕現者の内部の世界から発生、生みだしている現象であるからだ。
ゆえに俺という一つの世界から発生した腐敗と、自然界で見られる腐敗は全く異なるものだ。
それを学び、耐性をつけて、適応した。
これもまた咎人の編み出した戦闘術。
自らの身体を、流れる法則を、より強固に、より堅固に、より多彩に変化させる。
周囲の変化に、相手からの干渉に耐えうる自分にする。
少なくとも五層から下の咎人は全員これくらいやってくる。
だから攻撃手段は多くあるほうがいい。
吹き飛ばされた俺を見て、ムスビメは好機と思ったのか更に数十本の枝を伸ばす。
明らかに今までと様子が違う。込められた力の質と量が格段に違う。
その全てが力をため込んでしなり、光速を突破しかねない速度で襲いかかる。
瞼を閉じる一瞬に俺の首を刎ねかねない圧縮した時間の中、俺はムスビメに接近する最短距離を想定する。
俺の顕現は具現型では無いが、それと同じ弱点を抱え込んでいる。
すなわち、近づかなければ決定打にならない。
だからこうして、あいつに接近する術を考えないといけない。
枝を二、三本超えれば行ける。
まず右に一本。迫る枝葉に手を触れる。
「コンバート 切断」
瞬間、俺に触れた枝葉が、一㎝の感覚で輪切りになる。
「?」
ムスビメの驚いたような動揺が伝わる。
恐らく俺の顕現が腐敗に関するものだと検討していたのだろう。残念、その推測は外れだ。
しかし動揺も一瞬。目でわかるほどに枝がその強度、法則力をあげていく。俺の与える切断に抗うために。
左に二本。等間隔で迫るそれらを、俺は下からアッパーの要領で殴る。
「コンバート 焼失」
巻き上がるは火炎。殴った枝葉から発火した炎は、枝葉を構成する一つ一つの要素を焼き尽くしていく。
これが俺の顕現、変換。
俺が触れた事象を、望む事象に変える力。
その応用力は非常に高い。火を水に変えることも、石を金に変えることも、枝を炎で焼き尽くすように変えることもできる。今もそう。枝は枯れ、切断され、燃えた。
ただし全くの無から有を創ることはできない。それは蛍君の領分だ。
炎で二本の枝は焼き切れ、ムスビメの懐、その空いたスペースに俺は潜り込んだ。
両者の距離は一メートルもない。
後は触れるだけ。触れて生を死に変えれば良い。俺がそう確信し手を伸ばした時。
ザクっと、伸ばした腕から何かが裂ける音が聞こえて、直後に痛みとともに血が飛んだ。
「なっ!」
何かに啄まれるような痛み。手の甲が何かに切り裂かれている。
目は離さなかった。ムスビメはもちろん、周囲の植物、空間内全体に意識は飛ばしていた。
そしてムスビメに手を伸ばした。手はムスビメの中、青い光を放っている中心に届きそうなところで、何かに、噛まれた?
目を凝らす。ムスビメの中になにか蠢くものがいる。
俺の手に噛みつき、なおかつ食いちぎろうとさえしているそれは・・・・・・・・。
(バッタ?)
その形状、その緑の色、まさしくバッタ。
慌てて手を離し、ムスビメから距離をとる。
その直後に俺のいた辺りを枝が薙ぎ払った。
くそ、絶好のチャンスだったのに。
しかし、先ほどのバッタはどういうことだ。
思考を巡らしていると、ムスビメの本体、草が絡みあった内部から幾多のバッタが飛び出してきた。
「!」
慌てて距離をとる。数十万はくだらない数のバッタは、俺がいた位置に殺到する。
空間そのものが食いちぎられているかのように、バッタの通った後には破壊痕が続いていた。
(中に飼ってたのか!)
咎人同士の共生、協力。珍しい事では無い。
やがてバッタは陣形を整える。
ムスビメを守るように円陣をとるバッタ。それを倒さないことには近づくこともできない。
そして攻勢に出るバッタ。その一団が、羽音を立てて俺に突撃してきた。
「うおっと!」
まるで竜。固まって動くバッタは一つの生き物のように、避けた俺を蛇のように追いかけ回す。
一匹一匹は大したことは無い。群体として精々力天使、五層の咎人程度だろう。
しかし数が数だ。一気にバッタの群れを倒すことは出来そうに無い。生憎、俺に空間ごと吹き飛ばす範囲攻撃はない。
それに、バッタを相手にしている隙をムスビメに晒したくなかった。
迫るバッタの群れ。蝗害の竜。大口を開いて俺を飲み込もうとしているそれに、俺は思いきって手を突っ込んだ。
襲ってくるのは肌を切り裂かれる感覚、ではなく流れる水に触れたような感覚。
先ほどまで俺の腕を切り裂いたバッタの顎は、今ではくすぐる程度でしかない。
本来なら俺の腕はずたずたに切り裂かれている所だが、俺は先ほどのムスビメのように、自らの法則をより強固にしていた。
自らの世界を、外の変化に耐えるために想いを燃やして信じて望んで願った。
結果、強度を増した俺の体を、バッタは傷つけることが出来なかった。
「コンバート 消滅!」
俺が告げると同時に、バッタの群れがまるで消しゴムで消すかのように、その総体が消えていく。
しかしそれも半ばまで。危険を感知した後方のバッタの群れは一団から離れ、ムスビメの元に戻る。
統率が出来ているのか、それともムスビメに操られているのか、常に一定数のバッタはムスビメの周囲で円陣を組んでいる。
どうにかして離すか、それとも倒すか。
どちらにしろ、まず陣形を崩す。
地面に触れる。顕現を発動する。
緑の大地が脈打つ。俺の眼前の大地が噴火したように盛り上がり、津波の如くムスビメを襲う。
膨大な土砂に呑み込まれるバッタたち。この程度で死ぬわけがないが、足止めとしては十分だ。
土石流に飲まれ、護衛を失ったムスビメを両目で捉える。腰を落とし、バネのように跳ねて距離を詰め、右手で奴を捕まえ――
「!!」
バシッと、俺の手が触れる直前に、ムスビメを構成する蔦が俺の手をはじく。
鞭で打たれたような衝撃が右手を襲う。一瞬右手が吹き飛んだのではないかと本気で思った。
どうやら先ほどの攻防で、俺の顕現がどのようなものかは理解したようだ。
同時に、触れられるとやばいことも。
視覚外から数本の枝が俺を吹き飛ばし、両者の間に再び距離ができる。
蔦で自らの身を守り始めるムスビメ。バッタも体勢を立て直し、元の円陣を形成する。
ついでとばかりにムスビメは更なるバッタを内から外へ放った。
より堅牢になった防御陣。容易には攻められない。
だが、それが逆に好都合だった。
自分の周りに薪を敷いてくれるとはありがたい。
俺は一旦離れて、その言葉を唱える。
「FIRE!!」
ムスビメの周囲に構えていたバッタたち。その全てが爆発したかのように燃え上がった。
視界の一面が白で埋め尽くされる。
天上にまで上がる爆炎。周囲の緑を焼いて焦し尽くす。
だいぶ離れたここにも、肌を焼く熱が届く程の熱量。
その光景に内心驚きながら、俺は成功の実感を味わった。
仕組みは簡単だ。俺の起こした土石流。それに巻き込まれたバッタたちに印をつけた。
魔術的な言語。炎の意味を記された言語。ルーン文字の一つ。
俺がムスビメへの攻撃に失敗して、警戒したムスビメがバッタを周囲に呼び寄せたタイミングで、それを発動させる。
結果は見ての通り、数百万にも匹敵する程の魔術言語は相互に起爆し、莫大な炎を発生させ周囲の全てを焼き尽くした。
周囲の自然をあらたか焼き尽くし、炎はそれでも地面を舐めるように残っている。
少し警戒すれば防げたんだけどな。刻んだ文字は大きかったし、不格好に発光していた。
しかしなんとか成功。注意をそらせたことができてよかった。
これで生きてたら、いや、生きてるだろうな。
直後、五感の全てで感じ取る。
ムスビメの霊格が、先ほどよりも拡大していく。
様子見は終わったとばかりに、その言葉が唱えられた。
「顕現」
聞こえた。耳で聞こえはしないが、直感でわかる。
この空気の震え、今から起こる非常事態に警鐘をならしているかのような世界の震え。
警戒を最大限に引き上げる。これから先は瞬きの一つもすることは許されない。
「萌芽」
その単語が呟かれると同時に、地鳴りのような音と共に周囲の大地から何かが突き出した。
一つや二つじゃない。十、二十・・・・数百本を超えるそれは、
「樹!?」
紛れもない。色も形もバラバラだが、それは確かに樹だ。
天へ手を伸ばすが如く枝を広げる。天を覆い隠すが如く葉を茂らせる。
瞬く間に成長を遂げるそれは、生物のような流動性さえ感じられた。
それら樹木が一気に数百メートルも成長し、その矛先を俺に向けた。
(やべ!!)
慌てて回避する。背後に炸裂する、樹が大地を抉る音。震動で身体が浮きそうになる。
まるで天然の槍、あるいは槌か。
そうこうしている間にも木々は生え続ける。
侵略するかのように、地面に苔が生じ、先ほどの炎で渇いた大地を恐るべき速度で緑が覆っていく。
焼け野原だった大地が、瞬時にジャングルの奥地のように変わっていく。
光は届かず、暗闇が支配する。植物が支配する世界。
植物がヒエラルキーの頂点である世界。
萌芽。草木が芽生えることと、物事の始まりの二つの意味を持つ。
この現象を見る限りは前者の意味だろう。
おそらくその能力は・・・・・・・・。
次回、萌芽




