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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
23/211

第二十三話 ルーティン

前回、魔術説明



「ありがとうございました!」

店内にいた最後のお客さんが去って行き、ちらりと時刻を確認する。

4時43分。そろそろ閉店かな。


「店長」

「はい、今日はこれで終わりですね。ご苦労様でした」


店長の合図を皮切りに、俺たちは片付けに入る。

しかしここでも活躍するのは人形達。コが床を掃き、エキが食器を一通り洗って、ソラが空気調節機材の代わりに店内の空気や匂いなどを清潔にする。

俺のやることと言えば表のopenをcloseに変えるだけ。いやあ便利だなあ。

AIが発達すれば、これらの単純作業ならロボットで代替わりできるというが、これからこれに近い光景がどこでも見られるようになるのだろうか。


あらかた片付いたところで、店長が上を指さす。

やっとこの時が来たか。少し伸びをして二階に上がる。


先ほどと変わりの無い二階。店長がリモコンを持ってテレビをつける。

チャンネルを合わせる。黒い画面が数回映った後、赤黒い大地が映る。

いつ見ても荒廃している。もっとこう、環境のバリエーションは無いのだろうか。


店長が何らかのボタンを押して、画面が九つに分割される。九つの画面全てに堅洲国の光景が映る。

激しい戦闘などは見受けられない。目立った変化が無い分その静寂が逆に恐ろしい。

密林で、猛獣がこちらをじっと狙っている。気配は無いが視線を感じる。例えるならそんな雰囲気だ。


下層と比べて、中層からは目立つように殺し合う咎人が少なくなる。

それは獲物を横取りされないためであり、漁夫の利を警戒しているためであり、不測の事態を発生させないためだ。

1分待って、結局咎人の姿を確認できなかった。店長はテレビの電源を切り、こちらに向き直る。


「今回の対象はムスビメと呼ばれる咎人。その位階は主天使(ドミニオン)。第六層に住まう咎人です。

蔦が絡まって一つの球になっているような見た目をしています」

「タンブルウィードみたいなやつですか? あの砂漠で回転してる」

「ああ、それですそれ。それが数十倍大きくなったような感じですね」


店長が空中に電子的な画面を表示する。

そこには俺が言った通り、タンブルウィードがでかくなった造形があった。


「なるほど。で、この咎人が、何をしたんですか?」

「葦原中国の住人を媒介にして、こちら側の世界に干渉しようとしているんです」

「干渉、っていうと」

「捕まえた存在を自らの手足、眷属に改造して、堅洲国にいる自身を平行世界に召喚しようとしているのだとか」

「改造ですか・・・・・・・」


陰鬱な気分になる。

かわいそうに、被害者の人に同情する。

大体咎人が関わると、こちらの世界の住人にはろくな事が起きない。


咎人に同情してはいけない。

奴らがどれだけ悲惨な過去を抱えていても、こちらの世界の住人を傷つけていることに変わりはない。


因果応報。自らの行いは自らに帰る。悪行も善行も等しく流転する。

だから、咎人を殺している俺も、いつか咎人の手によって殺されるのだろう。


それでも殺さないといけない。殺さないと俺たちの世界が取り返しのつかないことになる。

・・・・・・・・・・・・だけど、もし叶うのなら。

両者にとって和解の道はないのか。

例え外見も信条も異なる他者とでも、なんとかわかり合えないのだろうか。


考え事をしていた俺を、店長の言葉が遮る。


「幸い、眷属にされた方は高天原のほうで元に戻せたようです。

しかしこれ以上放っておくわけにもいかないので、迅速に処理する必要があるんです。

準備が整ったら行きましょう」


そう言って店長は黒い手袋を装着し始めた。

その行為に疑問を抱く。


「あれ? 店長も行くんですか?」

「はい。もしかして迷惑でしょうか?」

「いえいえいえ! とんでもない!! むしろ超嬉しいです!

店長がいればもう終わったも同然ですよ!」


六十歳を超えている店長だが、俺なんてまるで比べ物にならない実力がある、

桃花で働いてかれこれ2年、未だに店長が傷一つ負ったところを見たことが無い。

担当している階層も下層。俺なんかまるで太刀打ちできない咎人と対等以上に殺しあえる。

そんな店長が同行してくれるなんて・・・・・・あれ、俺いらなくね?


「咎人の粛正ついでに少し調べたいことがあるんですよ。自分の目で確認したくて」

「はぁ、なるほど」


わざわざ同行する理由はちゃんとあるらしい。

そのまま奥の壁に進もうとする店長。俺はそれを思わず止めた。


「あ、ちょっと待ってください!」

「え? あぁ、すいません! 忘れてました」


申し訳なさそうに俺に頭を下げる店長。

いや、申し訳ないのはむしろこっちです。

できるだけ時間の短縮になるように、素早くスマホを起動させながらイヤホンをつける。


You〇ubeに飛び、検索バーに『コナニマ』と検索する。

すると現れるいくつかの動画集。

どれを選んでもいいが、やはりお気に入りの動画を選び再生する。


曲名は 『Your Lantern』

流れる前奏。サイレンのような音が左右のイヤホンから交互に発せられる。

それに続くセミの声。夏の情景を連想させる。

それが20秒間流れる。徐々に薄れゆく夏の音。そして流れる歌声。


まるで流水のように、氷のように透き通る声。清涼剤そのもの。

音は大きすぎることもなく、小さすぎることもない。

子供が歌っているような、時々大人に成長するような。

独白のような、告白のような。

笑っている。泣いている。驚いている。困っている。

歌い手の感情がリアルに伝わる。

同じ歌詞が続く曲はそれなりにあるが、この人の歌は最初と最後で意味が全く違う。

歌詞の意味を理解してないとこうはならない。


『I hope you believe in yourself』


この最初と最後に挟まれるこの歌詞が、俺はとても好きだ。


曲が終わる。そこで初めて4分が過ぎたと理解する。

残響が、身体に残っている。


You〇ubeで活躍している歌い手、コナニマさん。

チャンネル登録者36万人。1年前から活動し、不定期に歌ってみた動画をあげている歌い手。

高校時代、結城に紹介してもらったのが、俺がコナニマさんを知った始まりだった。


以下、そのやりとり。


『おい集、これ聞けよ。今、はまってるんだ』

『なんだよ・・・歌ってみた、粉ニマ?変な名前だな、まぁ聞いてやるか』


3分後。


『・・・・・・・・ええやん』


という漫画のような展開が起こってしまったのだから当の本人も驚愕だ。

その日から俺はファンの一人。学校から帰った後さらに数曲聞いて、あぁ、天使が宿っているんだと一人納得した。


人は人智を超えたものを神として昇華する。数百年を超えた大樹や特定の分野で天部の才を持つ人なんて、その最たる例だろう。

それを初めて実感した。聞いた。これは崇めたくなる。これは祀りたくなる。

堅洲国に行く際に、コナニマさんの歌を緊張を解くために聞いて以来、すっかり習慣として定着してしまった。

そのせいで時間を割くのだが、店長はそれを気にすることはないと言ってくれた。


「いいことじゃないですか。堅洲国に入界すると私でも緊張します。なんせこれから殺し合いをするんですから。

緊張をほぐすことができればだいぶ楽になれますよ。

それに、プロのスポーツ選手は試合の前にルーティンをすると聞きます。

決まった動作をすることで、自らの集中を研ぎ澄ましリラックスできるとか。

彼らはそれで結果を出していますからね。時間をかけてでもするべきですよ。私も何かしてみましょうかね」


店長にも同意して貰えたので、本格的にルーティン化することに。

実際効果はある。

調子は上がるし、身体がノリノリに動く。

今なら何でもできる万能感に満ちあふれる。


「店長、終わりました」


スマホの電源を切って、奥の壁に進む。

勇気を貰った。元気を貰った。

毎度の如く、背中を一押ししてくれた。

ならあとは頑張るだけだ。



■ ■ ■



視界が白に染まる。

一瞬のうちに形成される赤黒い大地。倒壊した建築物。死の匂いが漂う世界。

堅洲国。咎人達の楽園。天使達の居場所。


降り立ったらすぐに周囲を警戒する。

目で確認するのは勿論、自分の感覚を円のように周りに広げ、一切の存在がいないことを確認する。遮蔽物があるのなら隠れる。


数秒経過して、咎人の存在を確認できなかった。

アラディアさんお手製の思考同期型魔術画面を起動し、咎人・ムスビメの居場所を探る。

南西約50kmの位置。移動はしていない。

すぐに向かおう。距離なんてあってないようなものだ。


「ああ、集君」

「はい? なんでしょうか」


動き出そうとした俺を店長が止める。

店長は自身の後ろを指した。


「私は少し寄り道してきます」

「え?」

「先ほども言いましたが、少し調べたいことがあるので」


え、手伝ってくれないの?

俺最初からそのつもりだったのに。

若干ショック。


「ということは、咎人は・・・・・・・・」

「集君の手腕に任せます。慣れたでしょう?」

「まぁ、そうですけど」


そうはそうなんだが、なんだがなぁ・・・・・・・。

俺が六層を担当してから2ヶ月経った。

もう八回くらい六層に入界したことになる。

もちろん咎人とも戦った。その全てになんとか勝ったから今生きている。


だから慣れたことは慣れたんだが、それでも苦戦する相手はいる。

顕現の相性が致命的に悪かったり、なぜか格上がいたり、堅洲国はほんとに何が起きるかわからない。

一人でも近くにいてくれれば、安心感も増すのだが、

そんな心情を察してくれたのか、店長は薄く微笑む。


「大丈夫ですよ。もちろん君の状況はしっかり見てます。まずいと判断したらすぐに駆けつけますので、安心してください」

「本当ですか? なら安心です」


良かった。それなら不安もなくなる。


「では、別れましょう。検討を祈ります」

「はい、頑張ります!」


店長が背を向ける。

俺も画面に示された場所に移動する。



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