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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
22/211

第二十二話 魔術について

前回、大学生の午前



その後、料理を運んだり、会計の仕事をすることの繰り返し。

やがてお客さんが訪れない(なぎ)のような時間がやってくる。

そんな時は会話で時間を潰すに限る。


「店長、二人はどうでした?」

「というと?」

「美羽ちゃんと蛍君。この前初めて三層行ったじゃないですか。

俺そん時見てなかったんですけど、うまく対応できてましたか?」

「三層ですか。えぇ、初めてで戸惑っていましたが、そつなくこなしてましたよ」

「そうですか、なら良かった」


胸をなで下ろす。それなら良かった。


「あれなら後四、五回で四層に行けそうです」

「え?」


なんだって? 今なんて言った?

なで下ろした胸が再び騒ぎだす。


「え、四層? 早くないですか、二人には」

「えぇ、早いです。けれど三層の環境に慣れすぎるのもよくない」

「けど四層以降は俺たちと同じ奴しか――」

「勿論わかってます。前回の教訓を元に、二人には四層に入る前にシミュレーションでもやってもらいます。アラディアさんにお願いして」

「シミュレーション、ですか」


店長が言った前回の教訓。俺の体験のことだ。初めて四層に入界(じゅかい)した時の。

三層に余裕が出てきて、ついに堅洲国中層の一歩を踏み出したという実感がまずあった。

けどそんな希望もわずかに抱えていた不安も、四層に入界(じゅかい)してすぐに消し飛んだ。


咎人の質がまるで違う。一つ階層が違うだけで天と地ほどの差があると聞いていたが、中層からはそれがより顕著だ。


なんたって咎人の全てが俺たちと同じ()()()だ。

今までは一方的に優位に立てていた戦況、それが初めて対等の位置に上がる。

加えて咎人たちは四六時中戦場に身を置いている。戦い慣れている。殺し慣れている。

位階は同じでも、経験の差は絶望するほどにある。


そんな事情もあり、俺は第四層に降りたってすぐ、咎人相手に死にかけた。割とまじでやばかった。

店長が助けてくれなかったら、俺は堅洲国の土に帰っていただろう。

だから俺が今の話に、過剰なくらい反応したわけだ。

俺の体験を元に二人が安全に振る舞えるのならこれ以上のことはない。


店長が店内を再確認してから、上を指す。


「ちょうど今アラディアさんが二階にいます。折角ですのでシミュレーションの話をアラディアさんに伝えて貰っていいですか」

「あ、まだ話してなかったんですね。わかりました、言ってきます」


階段を上がり、二階を見る。誰もいない。

ソファーに座っていないということは部屋か。

部屋に取りついている二カ所のドア。その一方に手をかける。なかばアラディアさん専用となっている部屋に。


「・・・・・・ふぅ」


覚悟を決めて、扉を開く。

目に映るのは黒。明かりはついてない。カーテンやカーペットが黒色というわけではない。むしろ初めは純白だった。

8畳程の室内に、びっちりと字が刻まれている。その結果黒く塗り潰されているということ。日本語、英語、韓国語、フランス語、ドイツ語、ラテン語、ギリシャ語etc。

最早読解できない言語すら書かれている。あの人は部屋をノートと勘違いしてないか?


部屋には不気味な壺。培養液。緑や青に発光している試験管の中身。植物で生い茂っている机には書きかけの本が置いてある。

机の近くには本棚。そこにはいかにも古代のものらしき本が置いてある。


視点を左に移すと、壁の前にいる誰かがブツブツ呟いている。

ペンを握りしめている手は高速で動きながら、黒板に大きな丸を計10個描く。

それらの周囲に読解不可能な、アラディアさんしか理解出来ない言語を、一時も止まることなく迷いもなく記述していく。


「セフィ・・・・・樹・・・・・・・・形が・・・く真理に沿・・・・・・・メノ・・・どの変形・・・まれ・・・・・・・・・・の真・・・・構・・・・・・・・・・・・もので・・・・ないと・・・・・・ように10の円・・・・・・」


まるで蛇口から水が流れるように、その口から言葉があふれ出る。呼吸のための息継ぎが全くない。

言語は何を言っているのか全くわからない。時折日本語が聞き取れるが、それでさえ専門用語のオンパレードだ。

どうしよう、話しかけづらい。

邪魔したら怒るだろうなぁ~。アラディアさん他人の邪魔をするのは好きなのに自分の邪魔されると殺しにくるからな。


ふと、アラディアさんが俺の方に左手を向けた。

あれ、俺に気づいてたのか。てっきり作業に夢中で気づいてないのかと。


と、思ったらその手が怪しい光をため込み、徐々に光を増していく。

発生。集中。凝縮。重複。解放。爆発。

光は槍のように形を変え、螺旋のように曲がる。

その手からあふれ出た光が指向性を持ち、音速真っ青な速度で、俺に対して一直線に放たれた。


「!!?」


脊髄反射の域で身体を横に反らす。

そのまま床に倒れ込む。俺が立っていた位置、ちょうど眉間あたりを爆発的な光が過ぎ去った。

壁に銃弾のような貫通痕が残る。心臓がバクバク動いている俺を尻目に、アラディアさんは舌打ちをした。


「ちっ」

「おい、今の絶対わざとだろ! 毎度の事だけどいきなり何すんだあんたは!!」

「何すんだ、はこっちの台詞だ。せっかく被検体第一号にしてやろうとした俺の好意を踏みにじりやがって」

「ふざけんな!!!」


あぁもう、この人が関わるといつもこうだ。

アラディアさん。肩まで垂れる栗色の髪。自前の黒と赤のコート。常人とは一線どころか百線も千線も画す超存在。桃花の従業員の一人であり、魔術を用いて様々なアシストを行いながら、自らも咎人の粛正に参加する顕現者。


その実体は天上天下(てんじょうてんげ)唯我独尊(ゆいがどくそん)を地で行き、他人を実験材料にしか思ってない、自らを魔術王と自負する、即ちやばい人である。


今のもそう。恨みでもあるのか、この人は何かと俺を殺しにかかる。


「愛だよ、愛」


アラディアさんはそう言うが(絶対嘘なんだろうけど)、もしそうなら随分と歪みまくってる愛情表現だ。

当の本人は、『え? 俺何か変なことした?』という表情でこちらを見ている。くそ、殴りてぇあの顔。

けど、どう足掻いても勝てないことは分かりきっている。

怒りをぐっとこらえ、店長の言伝(ことづて)を伝える。


「美羽ちゃんと蛍君の四層の件で話があります。いきなり入界させるのもあれですからアラディアさんの魔術でシミュレーションして欲しいって店長が言ってました。」

「・・・・・・・・シミュレーション? あいつらに?」


話を聞いたアラディアさんが怪訝(けげん)な顔をする。


「はい。二人はこの前第三層に入界しました。けど三層に慣らすわけにもいかないんで早急に四層に――」

「そうじゃない。三層に行ったことなんて知ってる。必要なのか、あいつらに?」


必要。どうやらシミュレーションの必要性を疑問に思っているようだ。


「俺の時みたいな失敗を起こさないために、保険としてやるんじゃないんですか?」


詳しいことを聞いたわけではないが、そうじゃないかと思った事を話す。


「・・・・・・・・まぁ店長の決定ならそれでいいが」


少し考える素振りを見せたと思ったら、アラディアさんは再び黒板に何かを書き始める。

承認した、ということでいいのだろうか? まぁそういうことにしておこう。

これ以上謎の魔術攻撃を食らう前に、俺はそそくさと部屋を出た。



■ ■ ■



そもそも魔術とは何か?


魔術王アラディアさん曰く、万能道具。

世界が拡大していく中で、世界に住まう存在が確立した術技一般のことを指すらしい。

特定の行為や手順をすることで、ある効果を発生させるものだと思ってくれればいい。


代表的なのは呼吸法かな。普段とは違う呼吸をすることで精神の統一や気の精錬を行う。

他にも魔術的な文字を書いたり、詠唱をしたり、その方法は多岐にわたる。


魔術に何の関心の無い人が、魔術と聞いて思い描くものはなんだろう。魔方陣とか魔法書とかかな?

勿論そういうのもあるけど、魔術はもっと広義的な部分を含む。

それこそ日々の生活で活躍するノート術とか、読書術とか、そんなものも魔術に分類される。必ずしも超自然現象を起こす必要はない。


魔術は方向性が決まっている顕現と違い、その自由度、万能度は圧倒的に高い。

修得するのに資格も才能も必要としない。なので俺たちも使えるし、当然咎人も使う。

俺たちが堅洲国に出入りする際に使う二階の壁や、咎人の位置を探す際に使う電子的な画面とか、あれも全部魔術だ。後者はアラディアさんが制作したのだとか。


勿論俺たちも基礎的な魔術は学ぶ。身体強化や治癒の魔術は特に必要になる。

でもアラディアさん並の魔術師になると、顕現を使わずに魔術だけで咎人を圧倒できる。

さすがに俺たちにそんなことは無理だが、それでも戦闘の補助には全然使える。

学んでおいて損は無い。どころかプラスでしかない。戦術と選択肢の幅が広がることは、自分の生存確率が上がることを意味する。


だから俺もたびたびアラディアさんに教えを乞いに行っているんだが・・・・・・そのたびに先ほどのように殺されかける。なぜだこん畜生。

階段を降りて、ピーラーでジャガイモの皮をむいている店長に告げる。


「一応言っておきました。多分本人も納得したと思います」

「そうですか。伝えていただいてありがとうございます」


お客さんがいるようだ。俺も作業に加わらないと。



次回、事前準備

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