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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
207/211

第三十九話 夏祭り①

前回、ママが恋しいお年頃



時は八月の中旬頃。

この日、街は普段以上の賑わいの様子を呈していた。

人々は足が地に着かず、全体の声音はいつもの5倍以上。

着る服の華やかさが、心境をそのままに表わしている。


抱く感情は人それぞれながらも、多くを占めるのは喜悦の色。

この時を一年待っていたと言う者もいる。そうでなくても、一週間前からそわそわ落ち着かない者もいるだろう。


今日は、ある意味で夏の目玉イベントが行われる日。

すなわち、夏祭りである。



■ ■ ■



美羽の家。

普段は一人だけが住む家に、今は友人が訪れていた。


「ごめんね、カナ。私の分までさせちゃって」

「いいのいいの♪ 浴衣なんて普段着ないんだから、自分じゃ上手く着れないでしょ。

私も今朝お母さんに教えてもらったばかりだし、鉄は熱いうちに打てってね」


全身鏡の前に立つ私。そしてカナ。

私達は艶やかな浴衣に身を包み、それを確認していた。


「今まで浴衣つけたことなかったから、なんか違和感がある」

「そうだね。中学まで私も私服で夏祭り行ってたな~。

浴衣を着るとなんか本格的な気分になるんだよ。

やっぱり服って人に影響与えるよね」


思い出す。それはアラディアさんも言っていた。

服というのは防護用のものでもあり、同時に所属団体を表わすものでもある。

学生の学服のように。サラリーマンのスーツのように。

それが気持ちに与える影響は大きい。

組織に属する者であれば、その構成員であるという自覚と責任を持つ。

学服を着ている時は、普段よりも勉強に対する集中力が上がる。

行事の度に人は専用の服を着て、その時の心境を深く味わうのだ。それを面倒だと思う反面、やはり無くてはならないのだろうということを実感する。


「浴衣似合ってるよ、カナ」

「ほんと? そういう美羽だって浴衣綺麗だよ」


二人とも、素直な感想を言い合った。

私は白と青、水色を基調にした浴衣を。

カナは反対に、赤い花柄の浴衣を。


「蛍の浴衣はなんとなく予想できるね。

浴衣って画像検索して、一番上に出てくるやつ着てくると思うよ。

落ち着いた無難な浴衣。

逆に派手すぎるのも考えものだしね」


それは、ありありと想像することができた。

きっと黒か紺色の浴衣を着るのだろう。

普段見ることができない蛍の姿。

考えるだけで、高鳴ってしまう私の心臓。

それを見透かしているのか、奏は顔を寄せて、とびっきりの笑顔でこう言うのだ。


「いい、美羽。

夏祭りなんて絶好のデートスポットなんだから、これを機に蛍ともっとイチャイチャするんだよ」

「うん! 思いっきりイチャイチャしてくる」

「よし、その意気だ!

夏祭りは人混みがやばいからね、手を繋ぐとかはできるだろうけど、それ以上のことはなかなか出来ない。

だから二人っきりになれる場所を教えてあげるね」


カナはスマホを取り出して地図を開き、幾つかポイントを提示する。

それを聞きながら、私は改めて今日の日を想う。




あの平和馬鹿――もとい平和王・シャロから受けた傷は、不思議なことに一つも残ることはなかった。

圧倒的な実力差。凶念を遥かに超えた狂気。

間違いなく相対した咎人の中で最強。百王という存在の逸脱さが、私の魂の芯にまで刻み込まれた。


彼女と出会い、そして生き残れたのは奇跡と呼んで差し支えない。

否、そうとしか言えない。

平和王にボロボロの肉袋の状態にまで蹂躙され、トドメの一撃を刺されそうになって、それから先の記憶が抜け落ちていた。

あの後何が起きたのか。なぜ自分は生きているのか。平和王はどうなったのか。

全ては謎のまま。昨日は生存できたという事実に心の底から安堵していたが、冷静さを取り戻した今はその謎が気になる。


でも、だ。

最近はその謎に振り回されっぱなし。たまには思考停止する暇がないと、脳も休めないだろう。

だから今日は咎人のことも自分の謎のことも全て忘れる。

全て忘れて、蛍との夏祭りを楽しもう。


「以上の三箇所だね。

私の九年に渡る夏祭り参加経験から、ここは穴場。

しかもちゃんと花火が見えるおまけつき。

どう、完璧でしょ?」

「うん。

カナ。ありがとね。

何から何まで、ずっと」

「何を今さら。私と美羽の仲でしょ?」


嘘のない本物の笑顔を浮かべる奏に釣られて、私も笑みを浮かべる。

ふと、ここで私は疑問を抱いた。


「カナはさ、彼氏とか欲しいと想わないの?」

「全然」

「あ、そうなんだ」


熱烈に恋を進めてくるものだから、てっきりカナも彼氏が欲しいのかと想っていたけど、そういうわけでもないらしい。

とにもかくにも準備は終わった。

この浴衣、蛍が綺麗って言ってくれれば嬉しいな。

私は、鏡に映る自分の姿を見て、想像する。

いつもとは違う素敵な夏祭りを送れるように。



■ ■ ■



時刻は4時30分。

私は自宅から外へ出て、待ち合わせ場所へ赴いた。


カナとは一度分かれたけど、祭りの最中に再会する予定だ。


「いい、美羽。

夏祭りには誰と一緒にいくの? 友達と? それとも恋人と?

後者でしょ。なら目的は一つに絞らなきゃ。

初めての彼氏との夏祭りなんだから」

「でも、私はカナと蛍と一緒にいたい!

どっちか一つなんて嫌だし、どっちも欲しい」

「うっ・・・・・・そう言われると弱ったな」


確かに蛍との夏祭りデートは初めてだ。

けれど、カナと一緒に夏祭りへ向かったこともない。

私達とカナの付き合いは今年から始まったのだから、これまでお祭りとかそういったものと、三人で行ったことがない。


なら三人で一緒に祭りを満喫すればいい。

なのに、なんで自分だけ外すの、カナ?

私は蛍と貴方と共にいたいのに。


それが自己犠牲から出た言葉なら小賢しいことこの上ないし、遠慮する必要なんてない。

それに、三人で一緒の方が絶対に楽しい。


渋るカナに対して私は一歩も退かず、ついにその口から妥協案を引きずりだすことに成功した。


「分かった! 分かりました! 夏祭りは三人で回ります!

けど花火だけは二人っきりで見ること!! いいね!!!」

「うん!」


それに嬉々として首肯し、用意があると言って一度カナは家に帰った。

だから先に会場へ向かう。待ち合わせ場所はすぐそこで、ちょうど私と蛍の家の中間地点。

そこには一本電柱があって、待ち合わせと言ったら普通はそこだ。


履いているのは下駄で、そして浴衣を着ているから、あまり速くは走れない。

いや、元々走るための設計ではないのだ。これでバタバタ走ったら間違いなく転ぶ。

自分で着て楽しむために、他人が見て楽しむために。そのために浴衣というものがあると思う。

花火が夜空に咲く花なら、浴衣は地上に咲く花。

実用的かどうかよりも、この見目麗しさ、艶やかさにこそ、その本質はある。


そんなことを考えながら歩いていると、私は待ち合わせ場所に着いた。

しかし先客がいる。

もちろん一人しかいない。蛍だ。


「こんにちは、美羽」


私を確認した蛍が、笑顔でこちらに手を振る。

私も手を振りながら彼の近くにまで寄る。


「お待たせ、蛍。

ふふ、浴衣似合ってるよ」

「ありがとう。美羽も綺麗な浴衣だね」


開口一番の次に互いを褒め合う。

蛍の浴衣は予想していた通り、深い紺色の浴衣だった。

それを着ている蛍は、昭和時代にタイムスリップしたみたい。

なんだか大人らしく見える。


「傷は、大丈夫?」


蛍は笑顔を消して、一転して心配そうに聞いてくる。

傷。もちろん昨日負った怪我のことだ。


「うん、平気。すっかり治ったよ」

「・・・・・・そっか、良かった。

けど無理はしないでね。疲れたりどこか痛かったら、僕に言ってくれると嬉しいな」

「分かった。じゃあその時は甘えさせてもらうね。

そう言う蛍こそ大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。僕色々と不死身だから」


そうしてニコリと、一切の不安を感じさせない笑みを見せる。

そして私に手を差し伸ばす。


「じゃあ、行こうか」


伸ばされた手を私は掴む。

優しく手を包み込んだ蛍は、私と歩幅を合わせ、夏祭りが行われている会場へと進む。

・・・・・・だいぶ、積極的になった方かな。

以前の蛍なら、自分から手を繋ぐことなんてしなかったから。


二人分の下駄の音が聞こえる。

やがて喧噪の音も徐々に大きくなり、人の数も多くなる。

街の中央部。そこに露店が幾つも並び、駅の近くでは人が集まり、司会者と思しき人が次々とイベントを開いている。


「花火は8時から。

今から3時間30分後。

それくらいあれば全部回れるね」

「うん。いっぱい食べていっぱい楽しもうね、蛍」

「ふふ、そうしよっか」


人混みの中に、私達も紛れ込む。

たくさんの人の声。

四方八方から音の波が私達を包み、それらが空気中で合わさり一つの音となる。


「半々だね。浴衣を着てる人と着てない人は」

「強制じゃないからね。より楽しみたい人は着ればいいし、フランクに祭りの雰囲気を楽しみたい人は私服でいいって感じかな」


通り過ぎる大人、子供、学生、お年寄り。

誰かと一緒にいる人、いない人。

団扇を持ち、鞄を持ち、誰かと腕を組んで、友達と一緒に歩き回って。

交通はもちろん規制されている。普段は道路として機能しているこの道を、中央で堂々と歩けるのはそのため。


人の動きを観察するだけで、色々と発見がある。

それはまるで蟻の集団行動をじっと見つめる子供の心境と似ている。

けれど、それ以上に私の興味をそそるものは――


「わあ、美味しそうなのがたくさんあるね蛍!」


嗅覚に飛び込んでくる食べ物の匂い。

香ばしい匂い、そして甘い匂い。

左右に並ぶ露店。その多くを占めるのが食べ物。


光沢のあるリンゴ飴。様々な色が並ぶチョコバナナ。

焼きそばやたこ焼きはもちろん、普段目にしないユニークな食べ物も。

よりどりみどりだ。せっかくお祭りに来たんだから、お腹いっぱい食べたい。


「じゃあ、わたあめでも食べようか」


私の意を酌んでくれたのか、蛍が率先して動いた。

近くにあるわたあめを売るお店。

そこに近寄った蛍が、私に「どれがいい?」と聞いて、私が指差した七色のカラフルなわたあめを買ってくれた。


手渡されたこれがまた量が多い。なにせ一つの色のわたあめを、違う色で七回も重ねたのだ。

両手で持たないと支えられないし、とても一人で食べられる量じゃない。

私は慌ててそれにかぶりつきながら、蛍に援助の目を向ける。


「蛍も食べて」

「ありがとう。じゃあ遠慮なく」


蛍はそう言って、右手でわたあめの串を持つ私の手を支えながら、左手でわたあめをむしり口に運ぶ。

外観は羊のようにふわふわ。口に含めば砂糖の味わいが広がる。

わたあめを食べると、なんだか夏祭りって感じがする。それくらい定番で、逆に夏祭りくらいじゃないと食べないんだって。

6分くらいして完食。元が砂糖だからか、あれほどの量を胃に入れても大して重くはなかった。

まだまだ入る。腹の調子を確かめていると、手を綺麗にした蛍が問いかける。


「他にも食べたい物ある?」

「甘い物全部!」

「全部!?」

「駄目?」

「ううん。いっぱい食べる美羽も素敵だよ」


嘘偽りない笑顔でそう告げる蛍。

その言葉に赤面しつつ、私は握る手を強めて、次の屋台に向かう。

ああ。この手を伝って、逸る心臓の鼓動が聞こえてないか心配だ。


次に目に止まったのはチョコバナナの屋台。

様々な色でデコレーションされたチョコバナナが何本も並んでいる。

これもまた祭りといえば定番なもの。


「色んなのが並んでるね。

蛍、どれ食べたい?

次私が買ってあげるから」

「ほんと? 

そうだな。僕は・・・・・スタンダードな茶色いのがいいかな」

「分かった。

すいません。この茶色いのと、あと赤いのと白いのと紫のと水色のをください」


そんなに食べるの!? と背後から蛍の声が聞こえたが、無論食べる気なので構わない。

計五本のチョコバナナを、近くに空いていたベンチに座って食べる。

既に一本食べ終わった蛍が暇そうなので、私は食べかけている白いチョコバナナを一本差し出して、


「蛍、あーんして」

「ふぇっ!?

あ、あーん・・・・・・」


驚いた蛍は、しかし次の瞬間に、従順にチョコバナナを一口食べた。

何回もキスしているんだから、間接キスなんて気にするような間柄じゃない。

もぐもぐと食べて飲込んで、私に感謝してくれる。

この前、海でかき氷を食べさせてもらったから、これはそのお礼だ。


「いつも以上にラブラブですね、お二人さん」


そんな私達に後ろから、声をかける人がいた。

遠くにいても目立つ赤い花柄の浴衣。

後ろで結んでいるポニーテール。

そんな人は一人しかいない。


「カナ!」

「探したよ~。

やっぱり無理してでも美羽と一緒に行くべきだったかな~ってちょっと後悔したかも。

でも、二人が恋人してて安心したよ」


手に持つ袋をドサリとベンチに下ろす。

その中身は焼きそばだったりたこ焼きだったりだ。

それから、カナは蛍に体を寄せる。


「ねえねえ、蛍。

私ね、美羽とさっき話したの。

美羽と蛍が晴れて恋人になったんだから、私は邪魔せずに二人で存分に夏祭りを満喫すればいいんじゃないかって。

蛍はどう思う?」

「そんなの、三人がいいに決まってるじゃないか」


間髪入れずに、私と全く同じ答えを蛍は口にした。


「もちろん美羽と一緒にいたいし、奏とも一緒にいたい。

どちら一つしか選べないわけじゃないんだから。その両方を選びたいと思うのは自然なことじゃないかな。

僕はそっちがいい。奏は?」

「う・・・・・ううっ・・・・・・」


その返答を聞いた奏は、なぜか泣きそうになって声を震わせていた。


「うわぁーん!!

蛍も美羽も、二人ともいい子だよー!!!

実は私結構悩んでたんだからね!?

二人と一緒に夏祭り楽しみたいけど、私が混ざって二人の邪魔したらどうしようって、一週間前から真っ剣に考えてたんだから!!」

「ありがとう、カナ。泣かないで」


目尻に涙を溜めたカナを、私は抱きしめる。

よしよしと、子供にするように優しく背中をぽんぽん叩いて。


「邪魔だなんてとんでもないよ。

僕はいつも奏に助けられてるんだから」


蛍もまた、感動で泣いてしまいそうな奏を慰める。

そうだよ。奏にはいつも、いっつも助けられてる。

それは蛍だけじゃなくて私も。

だから邪魔だなんて誰にも言わせない。それは本人にも。

だって約束してくれたから。私達が変わっても、奏は変わらずいてくれるって。


「よーし、じゃあ私達の仲の良さが証明されたところで、夏祭りを思いっきり楽しみますか!」


涙を拭きながら、カナはいつものようにリーダーシップを発揮して、私達を扇動する。

私と蛍の間。二人の腕を鎖のように、奏の腕で繋いで。

その鎖の形が、私達の絆のように思えた。



次回、花火

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