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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 喫茶店・桃花
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第二十話 ありふれたパターン

前回、デウス・エクス・マキナ



・高畠暦視点


どこまで行っても終わらない白い街。そこに、高畠暦たかはたこよみは一人で立っていた。

高欄帳から不思議な力があふれ出たと思ったら、気づいたら彼はこの街にいた。

歩けども歩けども永遠と続く。出口は無いか調べたが見つからない。

上司、部下、知り合い、ことごとくに電話をかけたが繋がる気配がない。

人っ子一人いない。動物も、どころか虫一匹いない。何も無い。

無音。暦は一見物で溢れているこの世界に無を見いだした。

こうなっては無能な部下すら愛しく思える。奴らもこの街に閉じ込められているのだろうか。


・・・・・・・・・・このまま自分はどうなるのだろうか。

永遠に、このまま一人で、終わりがあるのかすら怪しいこの世界で、生きていくのだろうか。


(そういえば、どこかの地獄にこれと似たようなものがあったな)


何時か読んだ小説にその名が載っていた。確か、土中地獄どちゅうじごくというものか。

土の中、一人がようやく入れるスペースに、膝を抱え丸め込んで生きている地獄。

その地獄の住人は現実に疲れ果て、独りになりたい者。


この世界は広いが、土の中のスケールを大きくしただけで本質は変わらないのだろう。

一人一人が隔絶され、存分に独りを謳歌できる世界。

そして最後には孤独に飽き果てる世界。


近くの喫茶店に寄る。もちろん誰もいない。その席の一つに座る。

ああ、それにしてもなんだろう。ここは居心地がいい。ずっとここにいてもいいのだろうか。

眠るように薄れ行く意識の中、自分の人生を振り返り暦は呟いた。


「まあ、悪役はこうなる定めか。これも鉄板の流れだな」


そのまま、男は眠りについた。




・美羽視点


平行世界から帰ってきた私たちは、その後解散した。

店長は、近いうちに高天原から連絡があると言っていた。


そしてあれから三日経つ。

結局、月曜日にカナのお祝いパーティーをした。焼き肉食べ放題のお店で、三人で食べたり飲んだりして楽しんだ。

私たちは喫茶店桃花、表の仕事の休憩中、くだんの話をしていた。


「店長、あの後帳ちゃんたちはどうなったんですか?」


店長は椅子に座りながら、私の問いに答える。


「顕現者は一度高天原に保護されます。その後なるべく元の世界に近い粛正機関に属するか、そのまま高天原へ居住するか、本人の意思で決定できます。まあほとんどは高天原の移住を選びますがね。

擬似的な天国ですよあそこは」


まるで見てきたことがあるかのように、否笠はしみじみと語る。

それなら良かった。天国とまで例えられるのなら、さぞかし幸福に暮らせるのだろう。

ただ、それより気になることがある。


「蛍君。先ほどから何か言いたげな表情をしていますが、どうしました?」

「あ、すいません、気になることがあって」


考え事に意識を割いていた蛍が苦笑する。

これも蛍の癖。考え事をしていると、周囲の事が見えず聞こえない。

先ほどから上の空で話を聞いていた理由がそれだろう。


「気になること、とは?」

「はい。顕現者の保護についてです。

僕たちは保護って言葉を使ってますけど、結局、咎人との顕現者の奪い合いには変わりないんじゃないかと思って」


申し訳なさそうに答える。蛍自身、この質問は自分の内に留めておきたかったのかもしれない。

だけど店長は晴れやかに答える。


「いや全くその通りですよ。増え続ける咎人に対抗するため、そして咎人の増大を防ぐために、高天原は保護という形で顕現者を確保・監視します。

本人の意志によっては、咎人と戦えるように必要な教育を施すこともあります。

奪い合いといっても過言では無い。実際その通りです。蛍君の疑問は最もですよ」


何も変なことは言っていないと、店長は示唆する。


「ですが、高天原が最も顕現者にとって安全だということもまた事実です。

ここ数百年、咎人が高天原の侵入に成功したという話はありません。

何より十二天や、私なんて及びもつかないあの御方の加護を受けますからね。

例え最高位の熾天使セラフィムが数百体押し寄せても、容易に切り抜けられる戦力を保持しています。

あそこ以上に安全な場所などどこにもありませんよ」

「・・・・・なるほど。

ありがとうございます。少しは気が楽になれました」


納得したのか、蛍の表情は心なしか和らいだ。

その時、二階から集先輩の声が届いた。


「店長、羽鶴女(うづめ)さんから連絡がありました」

「お、話をしたらなんとやら。二人とも、上がりましょう」

「はい」


連絡。おそらく帳ちゃんのことだろう。

店長に続いて二階に上る。

二階に置いてある鳥人形の前に座る。店長が鳥人形に触れると、鳥人形はグググッと動き出した。

無機物に意思が宿り、命が宿ったかのように首が動く。

この鳥人形は媒介。あちらとこちらの情報を繋げ、高天原との連絡に使われる霊具だ。

数秒後、鳥人形の上に、電子的な画面が表示された。


映るのは1人の女性。柔和な笑みを浮かべ、私達に向かって丁寧に礼をする。


『毎度お世話になっております、高天原仲介役の羽鶴女うづめです。

否笠さんに美羽ちゃんに蛍君。前回はありがとうございました。

御三方のおかげで、高欄帳ちゃんと高欄蓋君を無事保護することができました』


高天原において、私たち粛正機関に咎人粛正の依頼を要請するのが羽鶴女さんのような仲介役ちゅうかいやく

粛正機関一つにつき、一人の仲介役が専属でつくという。それで私たち桃花の担当が羽鶴女さんだ。

栗色の長い髪。おしとやかで、とっつきやすくて、話上手。人と人とを繋ぐ仲介役の仕事に、ベストマッチしている人だ。


『では、さっそく交代しますね。帳ちゃん、蓋君。こちらへどうぞ~』


羽鶴女さんが中央を空け、誰かを手で招く。

やや時間が空いて、画面に三日前に見た子が登場した。


『美羽お姉ちゃん! 蛍お兄さん! 否笠さん! お久しぶり!!』

『皆さん、お久しぶりです』


高欄兄妹。帳ちゃんは快活に、お兄さんはやや緊張気味に挨拶する。

私は帳ちゃんに挨拶する。


「こんにちは、帳ちゃん。元気?」

『うん!』


年相応の笑みで頷く帳ちゃん。よかった。凄絶な事件の後で、そのショックを引きずってはいないようだ。

今度は店長がお兄さんに話しかけた。


「お久しぶりです。どうですか、そちらは?」

『素晴らしく快適です。毎日三食とんでもないご馳走が用意されますし、豪邸みたいな住居に住めてます。

何より、周囲に帳と同じ顕現者がいますから。帳はその子たちと仲良くなれて、毎日嬉しそうに遊んでいます』

『みんな優しいの!』


帳ちゃんが自慢するように友達の話をする。

よかった。周囲に自分と同じ人がいるば、精神的にはだいぶ楽になる。

否笠さんが、再びお兄さんに話しかける。


「順調なようで安心しました。帳ちゃんは大丈夫そうですね。

蓋君、君はどうですか?」

『俺、ですか。帳の側にいることができて嬉しいです。高天原の皆さんにもご親切にしていただいてますから。

ですけど・・・・・・・・・』

「おや、何か境遇に不満があるのですか?」

『い、いえ! とんでもないです! 毎日こんな贅沢な生活ができて本当にありがたいと思ってます!!』


店長の言葉を、慌ててお兄さんは否定する。

それから、声を低くして答えた。


『ですけど、俺は本来ここにいるような資格はありません。顕現という力を使えるわけでも、特別な存在というわけでもありません。

こうやって毎日帳と遊んでやることしかできなくて、正直身に余る感じもします』


あまりの幸福に、自分はこれに見合った価値があるのか?

お兄さんが抱えているのはそういう疑問なのだろう。


『お兄ちゃんまたそんなこと言ってる! 皆もそれでいいって言ってるんだからいいじゃん!』


横で聞いていた帳ちゃんが頬を膨らませてぷんすか文句を言う。

妹にいましめられる兄。その光景を微笑ましく見守りながら、店長が再びお兄さんに口を開いた。


「蓋君。一ついいですか?」

『はい、何でしょう』

「妹さんのことです。あなたにしか頼めないことがあります」


その言葉を聞いて、お兄さんは眉をひそめる。

先ほど、彼は自分の存在理由を疑っていた。その自分に何ができるのか、お兄さんは店長の言葉を待つ。


「顕現者はその力ゆえによく勘違いされますが、案外()()()()なんです。

周囲の状況によって容易く善にも悪にも染まる。それが子供ならなおさらに。

そんな時、一人でも側にいてくれる人が必要なんです。帳ちゃんの場合それが貴方です。それだけは他の誰にも任せられない。

もし帳ちゃんが一人で辛そうにしていたら、その時は必ず側にいてあげてくださいね」


それだけで充分だと、店長は優しく語った。

それを聞いて、お兄さんはしばし呆然とし、やがて笑顔を見せて告げた。


『はい。必ずそうします。絶対に』


覚悟と決意をした顔だった。

例え何が起きても、妹の側にいると誓った目だ。


「約束ですよ」


店長が微笑む。彼ならもう心配はいらない。

やがて羽鶴女さんの声が響く。


『さて、話が一段階したところで今回はここまでにしましょう。

否笠さんたちもお仕事がありますからね。お話はまた今度にしましょう』

『さよなら!』

『ありがとうございました』


最後まで、二人は手を振っていた。

高欄兄妹は退場し、最後にもう一度、羽鶴女さんが礼をする。


『今回の報告は以上になります。重ね重ねお礼を言わせていただきます。ありがとうございました。

これからも何卒よろしくお願いいたします。それでは』


鳥人形が頭を下げる。それと同時に表示されていた電子的な画面が切れて、人形が糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。

店長がそれを見届け、私たちに声をかける。


「さて、一階に戻りましょうか。休憩時間はそろそろ終わりです」

「はい」


一階に戻る。階段を降りる前に、最後に鳥人形を振り返る。

また高欄兄妹と話せる日を楽しみにしながら、私は私の仕事をこなすのだった。



高欄帳編、これにて終了。

予想より長くなってしまいました。

以降、高欄兄妹はしばらく登場しません。が、いつかは登場させる予定です。

その時には、きっと美羽と蛍の力になってくれるでしょう。

次回、美羽達の先輩、海曜集について

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