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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
197/211

幕間2 彼女が捉えたものは

前回、覚醒



宇宙の闇に、自転車が走る。

おかしな光景だ。真空空間でまともに自転車が動くわけがない。


そして、あろうことかそれにまたがる人間は、陽気に口笛を吹きながら自転車を漕ぐ。

これまたおかしな光景だ。宇宙に放り出された人間が生身で生存できるわけがない。


しかしそれを可能にするのなら、その人物が超人か、あるいは異常者のどちらかである場合だ。



生物のような駆動音を立て、その女性を察知したのは戦艦・ヴィマーナ。

既にこの宇宙の生命体と物質はあらかた食い終わったそれは、単純な質において宇宙の数百倍の強度を誇る。

そんな戦艦が妙な存在を探知し、食い残しがあったのかと思考したのが間違いだった。


展開される数多の武器。大砲。

無から有を創造し、有を無に帰す超技術の兵装。

直撃すれば対象の実存、本質、合理性・・・・・その論理を砕いて消滅させる、形而上的砲撃の雨霰(あめあられ)


それが、音も光も発しないまま奇妙な女性に降り注ぐ。

一瞬だった。宇宙空間が破砕し、着弾地点は白紙のように真っ白な空間が残る。

空間という論理と情報が消え去った結果だ。

これに防御や耐久など意味がない。

単なる物理的な攻撃とは違い、さらに高次の領域でもたらされる殺傷。

事実、この宇宙でこれを止められた者は一人もいなかったのだから。


「んん~? なんだ、鉄くずか」


だが、女の声が聞こえた。

チリンチリンと鳴り響くベルの音。

避けてはいない。間違いなく砲撃に巻き込まれ、白紙の宇宙の中央にありながら、その女性は全くの無傷で存在していた。


『・・・・・・』


それに対し様々な可能性を考慮しながらも、ヴィマーナの対応は早かった。

この砲撃で駄目ならば別な手段を使うまで。たまたま耐性を持っていたかもしれないし、異なる属性の攻撃なら通るかもしれない。

超速の思考は速やかに500を超える砲門を創造し、物理・非物理、低次・高次問わず、用いられる全てを砲撃する。


爆ぜる空間。切断される時間。砕かれる次元。奪われる存在定義。

炎が巻き上がり水が押し流し風が吹き荒れ土が潰す。

様々な色の花火が上がるその様は幻想的でもあり、しかしその実は真逆で、宇宙を幾万回でも崩壊させる破滅的な威力の洪水である。


「それ」


星さえ砕く音響兵器が吹き荒れる中で、その声は透き通って聞こえた。


「もしかして、私に攻撃してるのかな?」


それだけで、

宇宙に圧倒的な暴威をもたらした戦艦・ヴィマーナの姿が消えた。


消滅したわけではない。言葉に宿る絶大な、しかし本人にとっては些細な圧によって、その巨躯が指の爪先程度の大きさにまで圧縮され潰されたのだ。

無論、生体ユニットとして組み込まれていた顕現者も即死。


「いけませんよ~?

心持たない兵器だからって、誰かを傷つけていい理由なんてないんです!」


陽気な声でメガホンから叫び、心の底から平和を説く奇異な女性。

その言葉通り、たとえ心のない戦艦であろうと、一切の暴力を彼女は許しはしない。

それが人であろうと、獣であろうと、植物であろうと、石や川や風や機械や星や宇宙であろうと、彼女は誰にだってそう言うのだ。

そして殺すのだ。


背後。彼女が駆けてきた平行宇宙には、同じく千を超える戦艦の亡骸が広がっている。

だがそれも自然なこと。その女が通り過ぎた後はそうなるのだ。

咎人であろうが、顕現者であろうが、戦えば残らず皆殺し。

戦乱という概念が消去された、虚無ゆえに平静な宇宙が、轍として残される。


しかし、彼女に何かを壊したという意識はない。

これまで幾つも破壊したのに、今ヴィマーナを見て、さも初対面のように鉄くずと呼んだのがその証拠。

直前までの事実を忘却している。正しく言うのなら、ある関心事に熱中しすぎて、他が目に入らない。



ああ、もうそろそろだ。

近い。近い。近いぞもうすぐだ。


戦火の香りだ。血と暴虐の匂いだ。

どこの愚か者が殺しあっているのだろう。

どんな馬鹿が傷つけているのだろう。


殴り、殴られ、蹴り、蹴られ、流血し、殺し、壊し、下らぬ闘争を繰り広げているのだろう。

理解ができない。気味が悪い。ゆえに消さねばならないそうだろう。


潰す。潰す。殺し壊し、二度と立ち上がれぬように踏み躙る。

そうして平和の地平を築くのだ。

狂笑を浮かべながら、女はペダルを漕ぐ。

暴走する車輪が宇宙空間を引き裂き、無限の速度を生み出しながら平行世界の境を飛び越える。



彼女がこの戦乱に加わるのは、もう少し後の話。



■ ■ ■



時は少し前に遡る。

とある平行世界の、宇宙空間。

桃花職員にして、魔術王であるアラディアは、つい先ほどスクラップにした戦艦・ヴィマーナの残骸の上で、その全容を解析し終えていた。


流線型のフォルム。そして取り付けられた幾多もの武装。

内部機能をくまなくその魔眼で捉え、構造を把握する。

要した時間はほんの刹那。彼にとっては、魔道書一冊を読み終えるよりも早く済んだ。


確かに規格外の技術に他ならないが、いかんせん着眼点が全て既存のもの。

アラディアからすれば時代遅れの古物に他ならず、わざわざ出てくる価値はなかったと断言できるものであった。

間違いなく(ヘカテ)のものではないと確信できたアラディアは、残骸から一つの部品を取り出す。


それはモニター。映像を録画し、リアルタイムで送受信する部品。

取り出した理由は一つ。

画面というものは、あちらとこちらを繋げる便利な道具だからだ。



■ ■ ■



ニライカナイ・レディエラ


管制塔。

幾多ものモニターを前にし、研究員たちは忙しなく動き続ける。

ヴィマーナから送られてくる情報は、全て自動的に記録されている。

どれほどの魂と宇宙を壊したのか。抗った者は。その方法は。

壊されたのならヴィマーナの耐久限界はどれほどか。

相手の顕現のデータは。人数は。

洪水のような情報群は部屋の中央。それらの情報は電子的な緑の球体に集められ、即座に54通りの保存方法で保存。


ヴィマーナの発進から32分経過。今のところ、つつがなくテストプレイは進行している。

特に目立った予定外の事象は確認されていない。良くもなく悪くもなく、まさに予定通りと言っていい。

誰かの、安堵の溜息が聞こえる。

張り詰めていた研究員たちの、緊張の糸が緩むのも当然のことだった。


だが、

妙な気配を感じたアズラーイールは、独り言の音域で声を発する。


「おい、下がれ」


気怠げな調子と共に、漆黒の巨馬は研究員たちに呟いた。

突然の言葉に、何のことかと首を傾げる彼ら。

しかし、次の瞬間にモニターから莫大な光が発せられ―



爆音と共に、一台のヴィマーナと繋がっていたモニターから、熾天使さえ消し飛ばす衝撃が飛来した。

当然、熾天使でもない研究員たちは、その直撃を受けて死滅。

血肉が弾け炭となり、白で統一された管制室を赤と黒で彩った。


奇跡的にも、アズラーイールの後ろにまで位置していた研究員たちは無事。

衝撃は彼の周りだけ、何か巨大な力に潰されたかのように四散している。

七大天使という大樹の下にある者だけが、その被害を免れることができた。

巨馬は肉塊と炭素の固まりとなった死体を見下し、あらん限りに罵倒する。


「愚物共が。

俺がそう言ったのだから思考が挟む間もなく動け。

まさか、ここがぬるま湯の安全圏だと思っていたのか?

殺しているのだから、殺される可能性があるのは当然だろうが」

「―はいっ、アズラーイール様!」


その言葉を一字一句違わず胸に刻みつけ、残った研究員たちは急ぎヴィマーナへの指示と命令を行う。

爆発の衝撃で管制室の七割は消滅していたが、幸い、機具を壊されたとしても彼らの知識や演算能力で代替可能。


ニライカナイの住人であれば誰もが持つ脳の拡張。それは主に二種類の意味を持つ。


1つ目は全身の脳化。脳髄だけでなく、全身の神経や臓器が脳髄の働きを代替し、補助し、時に第二第三の脳となる。


2つ目は仮想脳。一つの存在が複数の体を所有していることは周知のことだが、電子脳、霊子脳、幽子脳・・・・・ともかく使用できる全ての体の知能を総動員することで異次元の思考能力を発揮する。


そこに並列思考が加われば、知能の限界を超えた処理能力、演算能力を発揮することは間違いない。

その速度と質は量子コンピューターの比ではない。


即座に復旧するモニター。映し出される映像を統計すれば、既にヴィマーナの七割は撃墜。

あと10分前後で全機活動停止が予測される。

この馬鹿騒ぎもあと少しで終わる。

欠伸をしながら、アズラーイールは葦の国に侵入した咎人共のことを頭に浮かべた。


それは安否の確認ではない。自分以外の存在を目にも留めずに殺戮するアズラーイールにとって、他者などまとめてゴミでしかない。

だから気になることは信念の話。


奴らは果たして、正しく咎人として災禍を振りまいているのかどうか。

仮にも咎人を名乗るのなら、世界の全てを滅し、一切の価値を奪い去り、死するその瞬間まで呪詛をはき続けることができるのか。

・・・・・・それとも、目も当てられない小事を成した程度で、自らは咎を背負う者と誇るのか。


七大天使の役割の中で『災禍』の役を司るアズラーイールが、それを気にするのは必然のことだった。

正しく咎人として在れ。

他者に期待も何もしない彼が、唯一それだけは他の咎人に求めるものであった。


視界を飛ばす。モニターを通す必要などない。彼の卓越した魔眼は、世界の枠組みを超えて葦の国を直接捉える。

顕現者と咎人の戦闘が手に取るように分かる。

そして今、平行世界の一つで黒髪の粛正者が、一体の咎人と向かい合っていた。



次回、美姫

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