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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
192/211

第二十五話 葦の国防衛戦③

前回、咎人・スライ



対面する咎人・スライと粛正者・蛍。

既にスライは顕現を発動。しかし何かが現れたわけでも、世界の景色ががらりと変わったわけでもない。

消去法によりそのタイプは無形型と判明。正体を見破られない工夫もしないとなると、相当自らの顕現に自信を持っているらしい。


さらにその詳細を探るために、蛍は大地を蹴る。

爆音を轟かせ、世界を裂くように走る白い剣。

殺気を感じさせず、それでいて無駄を一切省いた神速の白閃。


それに対して、スライは何もすることはない。

ニタニタと余裕の笑みを浮かべ、ただ自分に迫るその長刀を見るだけ。

その刃が、自分の体数㎜先まで迫っても、何もしない。


蛍は訝しむが、直後にそれが顕現ゆえの慢心だと理解する。

ならば何が起こる。

攻撃の反射か? 不死身か? 能力の無効化か?

なんにせよもう長刀は止まらない。

切断対象を自由に造り変える創世の剣が、スライに触れたと思った瞬間に――



何かが炸裂した。


「!!?」


まるで胸元で爆発が起きたかのように、その衝撃で弾ける蛍の体。

五体が爆散し、臓腑と共に辺りに血を撒き散らす。

しかし殺傷力自体は大したことがないのか、想造により即座の回復を成し遂げ、秒以下で五体を取り戻す。

その様を見て、スライは馬鹿にしたような気色の悪い笑みを浮かべる。


「おいおいぃ、どうしたぁ?

もう少しで俺を殺せそうだったじゃねぇかぁ」


顕現のヒントにもならない言葉は耳に届く前に切り捨てる。

蛍は再び長刀を手に、神速の疾走で長刀を振り下ろす。

空間を超越しているため、距離の概念など熾天使たちにはないも同然。

触れようと思えばそこにある。だからこそ必中。


先ほどと同じ突撃。その狙いはもちろん相手の顕現を探るため。

一度ならまだしも、二度も同じ現象が起きれば必然。

顕現の性質上、無限にコンティニューを許される蛍は、我が身を省みぬ神風特攻をいくらでも用いることができる。

加えて、今回は小細工を用いた。


スライの背後。そこに想造で造った自分を置く。

分身は手に双剣を持ち、背後から無防備な背中に斬りかかる。

無味無臭かつ、見えず触れず聞けず・・・・・・様々な性質を付与された分身の動作は、暗殺者のように痕跡一つ残さずに一連の動作を完了するだろう。


スライの顕現。果たしてそれは、感覚で捉えている範囲までしか通用しないのか、任意なのか、あるいは自動的に発動するのか。

そして、多人数が同時に襲いかかって来た場合、一人一人に反応するのか。


結果、スライを中心として放射状の衝撃が周囲に放たれ、分身ごと蛍の身を打ちつける。

先ほどとは違う現象。前方と後方から迫る二人相手にはこうなるらしい。

どうやら自分で認識していなくても、勝手に発動するようだ。

一定距離内に立ち寄った相手に対して、自動的に反撃をする顕現と想定。


ならばどうするか。

簡単だ。遠距離から攻撃すればいい。

想像し、スライの周囲に爆発を生じさせる。

もしこれが通じないのならば、また別の策を考え、実行すればいい。


そう思い、超新星爆発を凌ぐ小規模の超高温を発生させようとしたその時、

突如、風切音と共に何かが飛来し、蛍の全身ごとその思考を潰した。


(っ!!)


その直撃を受け、ダメージよりもまず戸惑いを覚える。

今さらだが、頭脳どころか肉体の全てを消し飛ばされても、蛍の想像が途絶えることはない。

それは霊的な部分における思考。想像。もはや肉体的な脳に依存することなどない。

だからこそ、その想像を妨害するのなら、霊魂の領域にまで影響を及ぼす必要がある。

それを成したのは、間違いなくスライの顕現であるはず。

問題は――


(想像する前に・・・・・・。

一定の範囲内じゃないのか?)


先ほどと違い離れていた。

空間を超越した彼らに離れているとはおかしな表現だが、防壁や顕現などで自らの敷地内を世界から区切ることで、不可侵の領域を作ることができる。

だからこそ、近い遠いの話がここで再浮上する。


というわけで、一定範囲内に立ち寄っていたわけではない。であるのに、スライの顕現は発動した。

蛍の仮説は間違っていたということだ。

その代わりに、重要な情報が手に入る。


想像する前。そう、想像する()に妨害が入った。

そう考えるのなら先ほどもそう。

長刀が届くその前に、スライの顕現は発動した。

前に・・・・・・それが気になる。

共通項を探れ。そこから奴の顕現の法則が読み取れる。

天文学的な数にまで分岐した並列思考がその正体を探り答えを出す――その前に。


「おいおいおいぃ、さっきから一人で吹き飛んだりしやがってぇ。

一人芸してんじゃねぇんだからよぉ、もうちょっとまじめにやってくんねぇかなぁぁぁ?」


今まで不動を保っていたスライが、ついに動き出す。

ミノムシの巣から生えた幾本もの根。

植物とはとても思えない、生物じみた造形をしたそれは、直撃すれば当然熾天使の身を削る。

根の束は蛍を覆い、全方面から襲いかかる。

荊の檻に閉じ込められるが、脱出するために切り開く。

いかに熾天使すら傷つける根が飛来しようと、蛍の長刀が切り裂けないはずがない。


長刀の斬撃が、根の束に触れようとしたその時に、またも不可思議が蛍を襲う。

根が迫る。そのタイミングに合わせて、まさに迎撃する形で蛍は長刀を振るった。

しかし次の瞬間には、根は蛍の身に突き刺さり、容易く腰から上下に二分した。


「だぁかぁらぁ、さっきから一人で何やってるんだよてめぇはよぉぉぉあ!!!」


確信犯じみた愉悦の声で、スライは一人高笑いをあげる。

ここまで奴は無傷。さぞ高みの見物にしゃれ込んでいるのだろう。


そんなことよりも、先ほどの根。あれは一体どういうことだ。

完全にタイミングは読んでいた。それに合わせて剣を放った。

しかし根は、まるで時を飛ばしたかのように剣をすり抜けて、蛍の身に突き刺さった。

剣が根に届く()に。


これも顕現によるものなのか?

まるで、蛍の動作に対して、最善の答えを一々出しているかのような。

だからこそ、数学でいうところの公式のような絶対の関係が成り立ち、その結果として蛍が被害を被っている。


「なぁんだぁ、粛正者つっても大したことねぇなぁ」


スライが近づく。

地面に根を垂らし、その細い根の束を器用に使い、構えも取らないまま歩く。

今も蛍は何らかの行動を起こそうとしている。

しかしそれが成し遂げられる前に、正体不明の顕現が働き、それを阻害する。

間近に迫ったスライに対して、長剣を下から振るおうと、爆発が生じて蛍の右腕が吹き飛ぶのみ。


案山子同然となった蛍に対して、スライは勝利を確信した笑みと共に、幾本も巻き付いた極太の根で叩き堕とす。


「じゃあなぁ雑魚野郎ぉ」


それが蛍の身に叩き堕とされたと同時に、彼らが立つその明けた空間ごと粉砕された。

舞い散る破片ごと蛍の肉片は空中にばらまかれ、暗闇の奥深くに落下。

蛍の顕現である神の傲慢(ヘレル・ベン・サハル)も、エメラルド色の輝きを光らせながら、奈落の底へ消えていく。


こうしていとも呆気なく、蛍は敗北した。



■ ■ ■ 



足場をなくし、空中に立つスライは落ちていく蛍の姿を見下ろして、


「つまんねぇやつだったなぁ」


と、本心から吐き捨てた。

これまで自分が屠ってきた敵と同じく、ただ為す術もなく蹂躙されるだけ。

反面、自分に損害はない。傷の一つもつけられはしない。

圧倒的に優位な安全圏から、一方的に嬲り殺す。そこに宿る感情はつまらないとしか言いようがなく、数回も噛めば溶けて消えるガムと同じ。


だが、つまらないと言っておきながら、それは彼が最も強く望んだ結末でもあった。


どんなに空しくつまらないものであろうと、勝てばいい。

それが彼の哲学であり、同時に絶対の真理。

だまし討ち、暗殺、騙し、闇討ち、奇襲・・・・・・。それら全てをスライは心の底から賞賛する。


一対一で勝てないのなら、相手の食事に毒でも盛ればいい。

追い詰められたのなら、人質を殺すと脅せばいい。

どんな卑劣な手を使おうと、最終的に生き残り、勝ち残ればそれでいいのだから。

そうして積み上げた屍の山の上で、自分だけが笑っていればいい。


彼にとって勝利には上等も下等もなく、ただ勝利したという結末だけがあればいい。

だからこそ彼の顕現は『最低に(ワースト)無価値(チート)な勝利(トリック)』。

きっと彼はこの先、何度勝利を経験しようとこの空しさに悩まされるだろう。

いわばこの感情はスライの伴侶。

本人もそれは仕方ないものと諦めてはいるのだが、それでも圧倒的な勝利は時々彼に小言を零させる。



さて、ここで思考の転換。

本来の目的である顕現者・エメの確保。

先ほど蛍と名乗った粛正者は逃げろと言っていた。

そして少女は奥の通路に逃げた。

行き先はスライでも分からず、かといってここら一体をまるごと吹き飛ばそうとしても、それにエメが巻き込まれては本末転倒。

生きて捕らえねばならない理由があるのだ。死なれては困る。


(つってもまぁ、逃げるところなんて一つだろうがなぁ)


スライは目線を下に移動させる。

そこには光の差し込まない闇があり、底すら見えない。

咎人は確信していた。きっとそこにいるのだろうと。

直感だ。特になんの理由もなく、答えを教えてくれる便利な感覚が、スライを教え導いている。


居場所が分かったのであれば急がねばならない。

これまでと同じように、悠長に狩りと言っている場合ではない。

彼も彼で焦っているのだ。高天原の援軍が来れば彼だって危ういし、なにより一つ懸念がある。


それは蛍とエメの接触であり、同時にエメの顕現がもたらす結果。

もしもそれが自分の顕現すら上回ろうものなら・・・・・・。


不安を脳裏から消し去り、ともかく目的地が分かった以上移動を開始する。

空間を超越し、すぐにでも最深部に足を伸ばそうとした瞬間――


「?」


視界を何かが埋め尽くした。

それらは同時に百を超える剣閃を放ち、同時にスライの目の前で爆散。

『最低に無価値な勝利』は常時発動している。完全に不意を打とうが、意識外の事象であろうが、彼に害を加えることなど何人たりともできない。

悠々と辺りを見渡すと、そこにいたものの姿を視認し、そして吹きだした。


「ははっ、置き土産は残してたってわけかぁ」


スライを囲んでいた無数の影は、全て蛍だった。

剣、双剣、槍、斧、杖、鞭、小刀、棒・・・・・大小様々な武具を持ち、全員が想造の恩恵を受けている蛍の分身。

エメを追うスライを足止めするため、落下と同時に蛍が創造したのだ。


蛍にとっては最善の策であり、同時にスライにとっては青筋が浮かぶ程に苛つく作戦。

しかし、蛍にとって利点しかないとは言い難い。

自分の分身、そして自己修復、武器の創造。この三要素だけで、スライも蛍の顕現が想像具現化だということに気づきかけていた。


「あーあーあー、ったくめんどくせぇなぁあの野郎ぉ」


苛立たしげな声と同時に、スライは張り巡らせた根を使い、蛍の群れの五割を殺戮する。

本人を殺していない以上、魂食いなど起きるわけがない。

餌にもならず、本当に時間だけを失うだけの無意味な作業。

欠損と欠員は瞬時に塞がる。想造を駆使して欠けた人員を補う隊が後方に待機しているからだ。


同時に、想造による攻撃がスライの全方位から降り注ぐ。

燃え盛る火炎、絶対零度の吹雪、竜のような雷電と暴風、全てを押し流す水流、人体を一瞬で犯し尽くす毒やウイルス。

時空ごと消滅させる閃光に、存在定義ごと喰らい尽くす闇。

武器の雨、ブラックホールやビッグバンを始めとする宇宙現象の数々。

さらにこれまで蛍が見聞きした顕現者の技の数々が、隙間ない数と密度で咎人に襲いかかる。

それぞれが蛍の全力と相違なく、熾天使ですら傷を負うことは間違いない創造の業。


どんな攻撃であろうと自分に届くことはないが、それでもこの足止めは煩わしい。

いかに安全圏から銃弾を放つだけであろうと、仕留めねばならない獲物が無数にいるのなら話は違う。

精神的に消耗するのは間違いなくスライ。

彼は余裕を消し、眼前の状況を解決すべく動き出した。



次回、扶翼型 触発型

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