第十九話 再会
前回、十二天
・美羽視点
天から落ちる白い業火を、ただ見ていた。
まるで聖書の光景。ソドムとゴモラの都市に降り注いだ火と硫黄。天罰の象徴。
先ほど美羽の近くをレーザー光が走ったが、あれに負けず劣らずの力が込められていることがわかる。
あれは咎人のものだろうか、それとも店長のものだろうか。しかし確かめる術は無い。何も出来ず、ただ店長の無事を願うだけ。
やがて世界を引き裂く轟音も、殺人的な光も生じなくなった。
そればかりか周囲の気温がだんだんと下がっていく。ビデオを逆再生したかのように街並みが復元されていく。
終わった? どちらかが勝ったのか。しかし咎人が勝ったのならこのようなことはしないはずだ。
程なくして、こちらに向かってくる二つの人影があった。その内の一人が店長だとわかると、ほっと胸をなで下ろす。
しかしあと一人は誰だ? 綺麗な人だ。褐色の肌とウェーブのかかった金髪が対照的。そして額の金細工が目を引く。まるで第三の目のようだ。
近くまで来た否笠さんが私に声をかける。
「お疲れ様です。咎人は逃走し、私たちは難を逃れることができました。もう安心ですよ」
「そう、ですか」
張り詰めていた神経が弛緩する。よかった、これでいつ飛んでくるかわからないレーザー光に怯える必要はない。
店長は横にいる女性を紹介する。
「こちら、高天原・十二天のシュヴァラさんです。
先ほども助けていただきました」
「初めまして。シュヴァラです」
シュヴァラさんは軽く会釈する。私も頭を下げる。
「美羽と言います。先ほどはありがとうございました」
十二天がどういう意味かはわからないが、高天原ということは桃花のお得意先だということはわかる。
いつも私たち粛正機関に依頼を出す、その大元。今回の依頼もそう。
シュヴァラさんは結界の中にいる帳ちゃんへ視線を移動する。
「初めまして、高欄帳ちゃん。
色々あって大変だったね。でももう安全だよ。
もう何も怯えることは無い。だから顕現を解除しようか」
シュヴァラさんが結界を指で小突く。
店長の結界は風船が破裂したように、一瞬のうちに無くなった。
結界から出た帳ちゃんは、申し訳なさそうに顔を伏せる。
「私も止めたい。けど、どうやったらいいかわからない」
「大丈夫。少し触れてもいい?」
少し困惑した後、帳ちゃんはコクンと頷く。
シュヴァラさんは彼女の頭に手をやる。
「展開型の顕現は他と比べて万能だけど、その分自由に操るのが難しい。
何も知らない状態で発現したら誰だって戸惑う。君の責任ではないし、君が申し訳なさそうにする必要もない。その責任は全部私たちにあるんだから」
慰めるように声をかける。目を閉じ、そして呟いた。
「顕現・解除」
発光するとか、背後に光輪が浮かぶとか、そんなわかりやすい変化は無かった。
だけど徐々に、遠くの方から悲鳴にも似た声が届く。
閉じ込められていた人が戻ってきたんだ。私の隣にもいつの間にか蛍が呆けながら立っていた。
「元に戻ったということは、顕現が解除されたんですか」
「ええ、その通りです。他者の顕現に干渉して、その作用を止めた。
口で言えば簡単ですが、実行するとなると大変な労力を要します。
自分とは異なる他者の想念に共感し、同調し、一時的にその人そのものになるのですから、下手をすれば自己を失いかねない。少しやり方が狂うだけで相手が廃人になってしまう可能性も充分にあります。
それをこうまで容易く行うとは、いやはや感服いたしました」
「過大評価です。私より上手く出来る人はそれなりにいますし、それに私自身これは苦手な部類です。
やっぱり他人の顕現を制御するのは辛いですから」
答えるシュヴァラさんには、辛そうな素振りは一切無い。
口ではそう言っているが、実際余裕だったのだろう。
「閉じ込められていた人は戻りました。
後は世界全体を改変し、今回の事件の騒動事態を消し去ります。
桃花の皆様にはご協力感謝します。これからも良好な関係を築いていけたら幸いです」
「それはこちらも同感です。ぜひ末永くお願いいたします」
店長とシュヴァラさんが握手を交わす。ちゃんと大人してる、と場違いに私は思った。
シュヴァラさんは帳ちゃんに振り返る。
「さて、帳ちゃん。君はこれから少しの間、私たちと一緒に高天原で住むことになる。
調べたいこともあるし、何よりさっきの咎人たちから君を守るために、ね。
君の安全を保証する。もちろん衣食住込みだ。専用の住居をプレゼントするし、君と同じ顕現者もたくさんいる。
君の要望も可能な範囲で受け付けよう」
といってもほぼ何でも出来るけどね。
付け足すようにシュヴァラさんは呟く。
確かに世界を自由に改変できるのなら、こと物に至ってはなんでも用意できるだろう。
「お兄ちゃん!」
「え?」
「お兄ちゃんと一緒に、そこに住むことはできますか?」
お兄ちゃん。そうだ、帳ちゃんのお兄さんを見つけるために私は飛び出したんだ。
色々あったから忘れていたが、それを思い出した。
けれどその居場所を知っているあの男はいない。使い魔で呼び出して探すにしても物品がないと始まらない。
「ふむ・・・・・・・・・・・」
何を思ったのかシュヴァラさんは突如歩き出した。その方向は車道。さっき鋭い目の男が降りてきた車。
後部座席を開ける。何かを発見したシュヴァラさんはそれを肩に担ぎ、私たちの元へ持ってくる。
男性のようだ。服は血塗れで、シュヴァラさんの服に血がつくが、それを一切気にしていない。
「お兄ちゃん!!!」
帳ちゃんが悲鳴を上げて駆けつける。
シュヴァラさんが彼を降ろす。そして彼の悲惨な姿が明らかになった。
腹部に幾つも穴が空いている。赤黒い液体があふれだし、元々は白だった服を汚している。
腕や足があらぬ方向に曲がっている。何か強い力で衝突したかのようだ。
そして口。ズタズタに切り裂かれ血に塗れている。まるで口裂け女のよう。
思わず息を呑む。死んでいても全くおかしくない。そんな状態でもか細い息が続いている。帳ちゃんの声に応えてか、彼は目を開ける。
「と・・・・ばり・・・か?」
「お兄ちゃん! 私だよ、帳 !帳だよ !! 死なないでお兄ちゃんっ!!」
シュヴァラさんはボロボロの彼に触れ、何かを唱える。
するとほのかな緑の球体が出現し、彼の体内に入り込む。彼の全身の切り傷、打撲、銃痕がみるみるうちに治っていく。
しばらくして外傷はほとんど見えなくなった。シュヴァラさんが使ったのは回復魔術。彼の自然治癒力を増大させ、加えて自らの生命エネルギーを与えたんだ。
やがて数秒後、彼の口から懺悔の言葉が出た。
「ごめん、帳。俺は結局、奴に喋っちまった。秘密の場所なのに、約束したのに」
悔しそうな声だった。目尻には涙を浮かべている。
あの男、並びに黒スーツたちがこの場所を突き止めた理由がわかった。それはお兄さんがこの居場所を喋ったから。
恐らくあの男に拷問されたんだ。激痛に耐えかねて、思わず口に出したんだ。
仕方ないと思う。私だって彼の立場なら吐いてしまうかもしれない。それがどれだけ大事な仲間の情報でも、差し出してしまうかもしれない。
だけどその行為をどう思うのか。判断するのは彼であって周囲の人間では無い。
「俺は最低だ。兄なのに、お前に何も、してやれなかった。お前が助けて欲しいのに、何も・・・・・・・・・・」
「そんなことない!!!」
兄の懺悔を、妹は声を荒げてかき消した。
その目には涙を浮かべて、頬を伝ったそれが兄に落ちる。
「お兄ちゃんはずっといてくれた! 私がこんな風になっても、前と変わらずに接してくれた!
一緒に逃げてくれた!! こんなボロボロになってまで、私を守ってくれた!! 最低なんかじゃない!!!」
あふれ出す涙をこらえて、帳ちゃんは兄の手を握る。
「これからも、ずっと側にいて。お兄ちゃん」
「・・・・・・帳」
ついに泣き出してしまった帳ちゃん。
その彼女を、優しく彼は抱きしめる。
凄惨な事件の後だというのに、その姿は神々しくすらある。
駄目だ、見てるこちらも涙がでてきそうだ。
というかシュヴァラさんがハンカチで自分の涙を拭っている。人情深い人なんだな。
数分して、ようやく泣き止んだ帳ちゃんと兄に、シュヴァラさんが歩み寄る。
「帳ちゃん。お兄さんと一緒に高天原へ行きたいという君の要望。もちろんOKだ。
君が高欄蓋君だね。私はシュヴァラ。君たちを安全なところへ連れていく。君はそれで大丈夫かな?」
「はい、帳と一緒にいられるなら、どこにでも」
その返答に気を良くするシュヴァラさん。彼女は高欄兄妹の肩に触れ、私たちの方へ振り向く。
「それでは、今回は本当にご協力ありがとうございました。
二人は責任を持って我々が保護します。後日その様子をあなた方にお見せいたしますので、どうかご確認お願いします」
「わかりました。楽しみに待ってます」
雲を突き破り、天から金色に輝く梯子が降りてくる。
あれは、確かさっきも見た、白い火が降ってくる前に現われたもの。移動用の術式。
それが地上との距離を縮めるごとに、シュヴァラさんたちの身体が透き通っていく。光の粒子となって、その存在密度が薄くなっていく。
「帳ちゃん。蓋君。最後に挨拶を」
「はい。美羽お姉ちゃん! 蛍お兄さん! 否笠さん! ありがとうございました!」
「妹を守っていただき、ありがとうございました!」
帳ちゃんが笑顔で手を振り、お兄さんが勢いよく頭を下げる。
私たちも手を振り返す。帳ちゃんたちは徐々に透けていき、ついに光の欠片となって消えた。
後に残るは夜の暗闇。そして立っている私たち。先ほどまでの神話の光景は跡形も見られない。いつの間にか周囲の街並みは完全に復旧していた。
「さて、トラブルは起きましたが、無事高欄帳さんを保護できてなによりです。
私たちも帰りましょう」
「はい」
日笠さんが帰還用の魔術を用いる。空中に描かれたそれは瞬く間に私たちを呑み込む。
光の洪水。視界が白で覆い尽くされる。
その白い光の中、私は帳ちゃんの笑顔が頭から離れなかった。
次回、悪党の末路はひとえに同じ




