第二十三話 葦の国防衛戦①
前回、対峙するのは自分の影か、それとも光か
ニライカナイ・レディエラ 第134階層
ニライカナイに悠然と聳える巨塔、レディエラ。
犬、猫、鼠・・・・・二足歩行の動物たちが動き回り、そして彼らの目の先には巨大なモニター類が並んでいる。
全体的な空気は物々しく、まず明るい会話が行われる雰囲気はない。
忙しく動く彼らはみな最終チェックに夢中で、話し合うといってもテレパシーによる念話のみ。
まるで管制塔の内部の光景。
彼らは皆研究員。このレディエラにおいて、趣味嗜好の全てを、研究に捧げている者たち。
慌ただしく動き、マナス検索機能と接続した電子的な画面を操作するその様子からは、もう少しで何らかの実験が行われることを示唆している。
研究員たちにとっても今回の試行は重大なもの。長年の研究の粋を集めた、彼らの努力が実るとき。
実質的な塔の代表であるウリエルからは、いくら失敗しても構わないと言われているが、だからといって適当になる彼らではない。
全力全霊をつぎ込んで、そのプロジェクトを成功させると、瞳に揺れる焔が告げている。
その時、後ろの自動ドアが開き、巨影がゆらりと司令室に現れる。
真っ先にその姿を確認した研究員は、驚愕と共に膝をつく。
「こ、これは、アズラーイール様!」
「跪くなゴミが。貴様程度にかしずかれて喜色を得る俺だと思っているのか?
匹夫の存在が平伏すことすら出来るなどと自惚れるなよ」
ぞんざいな侮蔑の言葉。それを呼吸と同レベルに自然と吐き捨て、巨馬はその蹄で闊歩する。
そして中央。モニターの見える場所に到達し、足を折って傲然と座す。
アズラーイール。巨馬の熾天使にして、悪名高き七大天使の一柱。
その名を知らぬ者はまず存在しない。このニライカナイにおいて、災害のように破壊をもたらし、災禍を振りまく死の天使。
葦の国、堅洲国。その両界において、彼以上に恨みを抱かれている者は他に存在しないと言われる程の外道だ。
破壊的な横暴さ。塵芥など目にも映さぬ尊大さと傲慢。まさに噂に違わぬもので、あるいはその風評以上の脅威を、間近にいる研究員たちは魂砕け散りそうな圧と共に感じ取る。
そのアズラーイールの前に、報告書を持った研究員が現れた。
「説明させていただきます」
アズラーイールと、その場の全員の視線が、その研究員一人に集中する。
アズラーイールは暴君。
機嫌一つ損ねただけで、ここにいる全員が塵芥と化すのは明白。
しかし、そうはいえど彼らは七大天使の部下であり、当然現在行われている作業説明の義務がある。
端的に言ってしまえば忠誠心。それが自らの死よりも、アズラーイールへの奉仕を優先させた。
その決死の覚悟に、アズラーイールは答えない。
視線だけで、さっさと続きを話せと言っている。
「今回、第1344度目の葦の国への侵攻。
作戦と呼べるものでもありませんが、我々が今に至るまで作り上げた兵器の実験戦闘。
それを主軸に行いたい所存でございます」
次いで、研究員はアズラーイールの目の前に電子的な画面を大きく展開する。
映し出された立体的な映像は、その艦隊にも似た兵器を、隅々まで詳細に、説明文を端に置いて映しだした。
「全方面戦闘兵器、アーキタイプ・ヴィマーナ。
現状、我々が用意できる技術の粋を結集しました。
計3000億体まで量産できたこれを、葦の国中にばらまきます。
全域的な破壊をもたらし、幾多の世界に混乱を呼ぶでしょう」
「まさか、ただの兵器ではあるまいな」
「お察しの通りです。創造系の顕現者によって、全ユニットを設計・構築しました。
よって顕現者でしか害せず、また顕現者であろうと殺せます」
「魂食いはどうなる」
「核に吸収されます。
より正確に言うのであれば、生体ユニットとしてヴィマーナと同化している顕現者にです。
選んだ基準は能天使から主天使までの鼠です。同意の上での受諾が大半で構成されています。
・・・・・・いかがでしょうか」
妥当なラインだと判断したのだろう。アズラーイールは黙認する。
四層から六層までの鼠ならいくらでも代わりはいる。3000億など全体の一割にも満たない。
かといって座天使から熾天使を使うのは単なる無駄遣いで、なんなら生身の彼らを向かわせた方がより効果的な破壊を及ぼせる。
「説明はいい。
さっさとその成果を見せろ」
「はっ」
慇懃に頭を下げると、研究員たちは所定の位置につく。
互いに意思疎通を行い、了解し、全員の準備が整ったことを知らせる。
空中に展開される画面で、幾重にもロックされたその『OK』ボタンを押す。
「さあ、ヴィマーナよ。全ての座標を侵略し席巻せよ!!
葦の国に我らが偉業を刻みつけるがいい!」
同時に、巨大なモニター群。その画面に動きがあった。
映ったのは、先ほどアズラーイールに見せた巨大艦隊。
世界の境界を越え、葦原の国を焼き尽くす、全方面戦闘兵器、アーキタイプ・ヴィマーナ。
その正体は全長30㎞を越える超弩級の戦艦である。
■ ■ ■
それは、突然現れた。
風に凪ぐ草原。
人形を持った幼い少女が頭上を見上げる。
青空の下でお人形ごっこをしていたら、急に影が射したから。
今日は雲一つない晴天。なのに頭上から影が射すということは、飛行機か何かが通過したのではないか。
そう思い、五歳にも満たない少女は顔を上げる。
それの正体は、飛行機ではなかった。
頭上の空を埋め尽くす、その巨体。
大気圏から顔を覗かせる、超弩級の戦艦だ。
「わあ・・・・・・」
少女は感嘆し、人形を置いて立ち上がる。
幼いゆえの素直な反応。大人であればあまりの光景に固まるところだが、少女の足はその浮遊物に向かう。
戦艦は空に鎮座し、その身から淡い光を放出し神秘的に発光。
一瞬、それから放たれたレーザー光が、星を刹那でスキャンしたことに気づかないまま、惹かれたように駆け寄った。
なにあれ、おおきい。
もしかして、UFO!?
すごい! もっと近くで見たいな。
テレビでしか見たことのないその光景に、少女は歓喜の目を向ける。
その光景をもっと身近で見たい。目に焼き付けたい。
さあ、私の下へ降りてきてと言わんばかりに大きく手を広げた。
返答は、天上から振り下ろされる業火だった。
砲台の一つから放たれた極太の火炎。それが少女の身を骨すら残らず焼滅し、そのまま地球の核を抉って裏側まで貫通。
その衝撃で星は穿たれた側から砕け散り、バラバラとその残骸を宇宙空間に飛散させる。
星という超質量。その破片を戦艦はその形を大きな口に変え、捕食し取り込んでいく。
そして起こる異変。戦艦の内側から部品が生える。
新たな機能が、新たな設計が、新たな武器が、新たな装甲が。
それは、内部で一種の変換作業が行われている証拠。
取り込んだ情報を元に、際限なくアップグレードを繰り返す。それもまた、戦艦ヴィマーナの機能なのだから。
一つの星を滅ぼし、さらに次へ。
それさえ滅ぼし、さらにさらに次へ。
その宇宙の、いかなる言葉でも形容不可能な超高速で、ヴィマーナは侵略を続ける。
その時、閃光がヴィマーナに向けて放たれた。
それは装甲に触れる前に、張り巡らされたシールドに衝突し四散する。
見れば、ヴィマーナの周囲に幾百もの円盤が浮いている。
宇宙空間を住居にしていた異星人が、その高度に発達した科学技術を使い、産み出した最先端科学の結晶。
モニター越しに経過を観察している鼠たちと同様に、彼らの技術の粋を集めた戦闘兵器だった。
「葦の国の住人も抗戦しているようですね。
しかし、我らが造りあげた兵器を未確認飛行物体かなにかと同等に扱われては困りますな。
抗うのなら、顕現者の1人でも連れてこなければ話にもなりません」
その言葉通り、モニターから伝わってくる映像はただただ蹂躙だった。
ヴィマーナの砲門の一つが、円形に光を発すれば、跡をなぞるように光に切り裂かれた円盤の群れが爆破。
残骸を食い散らかして、戦艦はさらに前進する。
幾千億の生命と都市が惑星ごと吸い上げられ、内部で霊魂と物質とに分解し瓦解する。
記憶を、歴史を、文明を。喰らって喰らって喰らって喰らって・・・・・・。
精神生命体や電子体に移行した存在を情報ごと吸い込んで、宇宙中に拡散したネットワークを引き千切り消滅させる。
電子的な不死程度では、ヴィマーナの牙から逃れることなど出来ず、内部で嚥下され存在を分解。
超光速の探知システムやレーダー各種は空間に行き渡り、わずかな生き物一匹すら見逃すことはない。
戦艦の砲撃一発で宇宙を崩壊させた後は、平行世界の垣根を越えて次の宇宙へ侵略する。
情報を取り込む度に無限に進化するヴィマーナ。全く異なる宇宙法則を瞬時に演算し、解明して順応し対応する。
取り込んだ情報を元に自らを改竄。繰り返される自らへの付与、インストール。結果億兆京垓を超える能力を瞬時に獲得していく。
その巨体をさらに巨大に。その強大な力をさらに強大に。
たったの数分そこらの時間で、もはや誰にも手をつけられない域にまで膨れ上がった。
それでも、モニターを見るアズラーイールの視点からすれば蟻にすら劣るものだが、葦の国を襲う程度ならこれで充分。
必要なのは数。都市を押し流す津波さえ、極論を言ってしまえば一つ一つの飛沫の集合体なのだから。
それにヴィマーナは未だ試行段階。これはそのテストプレイのようなもの。これから先改良を重ね、より完成していけばいい。今ここで質の善し悪しを決めるのは早計に過ぎる。
蹂躙し、浸蝕し、喰らい尽くして次の座標へ。
たったの数分で、天文学的という言葉ですら言い表せない数の命を奪い、さらに被害を上乗せする。
研究員が言った通り、葦の国のいかなる技術を用いても、この戦艦を討ち取ることは不可能。
よって蹂躙あるのみ。
猛威を振るう量産兵器・ヴィマーナ。
その一つ。モニターが突然暗転した。
何の情報も無く途絶えたヴィマーナからの通信。それを慌てて研究者たちは理由を解明する。
一人目を細めるアズラーイールは、牙をむき出しにその名を呟いた。
「やっと出てきたか、随神ども」
■ ■ ■
一方、葦の国、とある平行世界の粛正機関・桃花。
美羽と蛍は大急ぎで裏口の扉を開け、入店し、荷物そのままに二階へ走る。
二階にいたのは、同業者である霞。
彼女はワイン瓶を傾け、胃にその中身をドボドボ注ぎ込んでいた。
「おっは~、2人とも。突然呼び出してごめんね~」
「いえ。それよりも、本当なんですか?」
蛍が霞に確認を取る。
何が、とは言うまでもない。
霞が2人を緊急招集した理由は、
「そだよ。堅洲国から葦の国に、大規模な侵攻が確認されました~。
既に万を超える平行世界群が壊滅的な被害を被ってて大変なのよ」
霞が2人の目の前に電子的な画面を表示する。
何十ものスクリーンが映し出すのは、弩級の艦隊の姿。
全体的にシャープな外観。神々しい白色で、巨大な白鯨と見間違っても不思議ではない。
一見すると、近未来的というより神秘的という印象をまず持つ。
砲門が異様な程に多いことを鑑みるに、兵器的な運用がされているようだ。
宇宙空間を遊泳し、圧倒的な暴威で星々と銀河を喰らい、その体躯をさらに巨大化させていく。
その砲台が煌めけば、発射された破壊の津波が前方の空間ごと全物質を消し飛ばす。
その一つ一つで大きさが異なる疑問は、次の瞬間に判明する。
壊した星を、銀河を、戦艦が取り込んでそのサイズを膨れ上がらせる。
喰えば喰う程成長する。まるで生物のように、無制限の成長能力があるらしい。
「この超弩級の戦艦が、今葦の国を襲っている兵器。
葦の国の技術能力法則その他諸々が効かないってなると、どうも顕現者によって造られた兵器っぽいね~」
霞の言葉に、疑問を覚えたのは美羽だった。
「顕現者の造ったものって、顕現者でしか害せないものなんですか?」
「うん。副次、あるいは付属効果だろうね~。
例えば、絵画だと分かりやすいかな。
有名な画家の描く絵はね、一種の”箔”がつくもんだよ。
『あの人が描いた』『あの人の作品だ』。
だから高く売れる。それと似たようなもん。
巨大な霊格が産み出す現象は、同格以下だとどうすることもできない。
熾天使が時限爆弾作ったとして~、智天使じゃあ止めることができないってわけ」
「そう、なんですか」
霞の説明と、アラディアの過去の魔術講座から情報を引き出し、美羽は納得する。
蛍は、今まで聞いた内容から自分たちの役割を見出した。
「じゃあ、僕たちはこの戦艦を壊せばいいんですね」
「いんや、違う」
あれ? と、蛍は思わずずっこけそうになる。
その様を笑って、霞は付け加える。
「2人にはそれよりも、優先して撃破してほしい対象がいるんですよ~。
羽鶴女ちゃんがね、この騒ぎに乗じて何体かの咎人が葦の国を襲撃してるって言ってたの。
その中には熾天使クラスの咎人も混じっていて、並の粛正者では到底太刀打ちできない。
だから、2人にはこの熾天使を打倒して欲しいってこと」
「熾天使とですか?
その間、この戦艦は放置ですか?」
「いいや。高天原の粛正者が既に動き出してる。
こっちはすぐにでも収まる。けど、あいつらだって有限。全部に手が回るってわけじゃあない」
つまり戦艦は随神たちが処理するから、自分たちは気にせず咎人の粛正に当たってほしいということだ。
熾天使との戦闘。しかも一対一で。
初めての経験だが、いまさらそれに驚きなどしないし、緊張もしなかった。
ついこの前ファルファレナなんて特大の咎人と戦闘し、生還した。その経験が2人の神経をさらに図太くさせたことは言うまでもない。
ゆえに恐怖もない。握る拳に力を込めて、全身に戦意を循環させる。
と、ここで美羽は、当然の質問を投げかけた。
「霞さんは、どうするんですか?」
「わたし? 留守番~」
「え? なぜですか」
「なぜって・・・・・・美羽ちゃんまじで言ってる?」
なかば本気で、この子頭大丈夫? という視線を喰らう美羽。
それに目をパチクリする。美羽にも疑問を問う理由があるからだ。
霞も粛正者。それも熾天使。凡百の咎人など歯牙にもかけない実力の持ち主。
少なくとも美羽や蛍よりも上。そんな人が粛正に赴けば、より早く事態は収束すると思うのだが。
まさかここでずっと酒を飲んでいたい、なんて理由ではないだろう。・・・・・ないはずだ。
「あのね、桃花の全員が出張したら、誰が私達の宇宙守るわけ~?」
「あ」
「そ~ゆ~こと。だから私はお留守番。
戦艦がこれ以上に投入される可能性もあるし、この世界にも咎人が来訪するかもしんないからね」
既に霞の顕現は発動済み。
霞はこの宇宙と同化し、その理が宇宙を隅々まで覆っている。
これで、この世界に堅洲国の兵器や咎人が侵入し次第0秒で、取って食うことが可能になる。
展開型の顕現者は広域の防御においてその威力を発揮する。
だからこそ、霞が留守を任された。
美羽は赤面しながら、その考えに行き着いた。
「店長もアラディアも天都も集も、全員別々の平行世界に行ってる最中。
今二人に情報を送るから、その座標へ移動してちょうだい」
そう言うと、二人が所有する個別画面に情報が送信された。
二人はそれを確認し終えると同時に、霞は唐突に謝った。
「ごめんね~。ほんとは2人ペアが原則なんだけど、こういう非常時にそれ通用しないのよ。
だから安全重視で、けど迅速に、咎人ちゃちゃっと始末してきてね」
「はい。分かりました」
二人は頷き、すぐに行動を開始する。
既に魔術を要することなく、平行世界の垣根を越えることは可能。
必要なのは、どの平行世界に移動するのか、その情報。
座標さえ分かってしまえば、後はしようと思った瞬間にそれは成される。
異なる世界への扉をこじ開け、瞬く間に桃花から消える2人の姿。
それを確認し、霞は手にしたワイン瓶を煽り、自らの世界を守ることに専念する。
「さ~て、私もお留守番頑張りますか」
次回、まずは蛍が戦います




