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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
187/211

第二十一話 孔雀

前回、キス



夏休み。

僕と美羽は、アラディアさんによって桃花店内の二階に招集された。

二人でソファーに座り、クリームがたっぷり乗ったフルーツパフェを突っついているアラディアさんの言葉を待つ。


相変わらずアラディアさんは急だ。連絡があったのは今日の4時(もちろん朝)だし、内容も『今日、美羽と一緒に桃花に来い』という文面だけ。

なんだろう。思いつきに付き合わされているとしか思えない。


「宿題を出す」


パフェを半分食べ進めたアラディアさんが、唐突にそう言った。


「夏休みの課題だ。

これから出す内容を実践して身につけろ」


アラディアさんはそう言って、スプーンを上に立てる。


「いいか、おまえらはファルファレナと戦うために突貫工事で熾天使になったようなもんだ。

いわば荒削りの原石。一週間で詰め込める限界があれだ。

お前らの実力を理解した上で言わせてもらうがな、お前らはまだ粗雑な面が多すぎる。

自分の隙を完全に潰し終えてない、技巧も不十分、魔術もまの二文字程度しか習ってない。

特訓を開始した後、咎人と戦って、苦戦しなかったことはなかったろう」

「はい」


毎回死にかけて実際に何回も死んで、悪戦苦闘の連続だった。

死に物狂いで学ばなければ負ける。身につけなければ死ぬ。

それでもなお足りないと。まだ僕たちなんて新人も新人だと。

まだまだ世界は広いということか。


「まあ、裏を返せばまだ伸びしろがあるってことだ。

つーわけで、お前達には夏休みの課題をやる。

夏休みの終わりまでにそれができるようになれ」


そう言ってアラディアさんは立ち上がる。

無から黒板が出現し、それに書き込んでいく。


「以前、お前達は第六感鍛えたよな」

「はい」


別名、直感。

といっても難しく考える必要はない。五感で感じられないものを感じるというだけだ。

これによって僕達は目を閉じていても攻撃を回避できるし、なんとなく次の行動が予測できる。

なんとなく分かる。うまく言葉で言い表せない、言語外の感覚を獲得したのだ。


「今回やることはその拡張版だ。

六感の先。第七感、第八感、第九感を開花させる。

ちなみに、聞いたことは?」

「ありません」

「右に同じです」


第七感? 聖闘士〇矢でしか見た事がないな。


「超人的な感覚のことだよ。

数字がでかくなるごとに、段々とその感覚は霊的なものになっていく。

夏休み中にやることはそれらを超えた感覚を手に入れること。

いや、眠ってたもんを呼び覚ますといった方がいいな」


あ、軽い講義が始まる。

予想した通りにアラディアさんが黒板に何か書き込んでいく。

僕たちも脳内でメモを取る。


「古代、その霊性が高まっていた人間は誰もがそれを行使することができた。

が、時代が下るに従ってその能力は徐々に退化していった。

深海に棲む魚が、使わないから視力を失ったようにな。

人間のそういった感覚は埋もれて、超人的な能力は消えていった」


そういう話は聞いたことがある。

今の時代は情報社会。人間がそれまで持っていた能力は徐々に衰退していった。

食べ物を得るために狩りをする必要はない。だから獲物を見つける視力も、身体能力も低下した。

それに頼らずとも生きていけるようになったということだ。

不必要なものは削られる。そして必要なものを手に入れる進化と退化。

だが、人が本来それを持っていたという事実は変わらない。


「しかしそれを覚醒させることはできる。

主に長年の修行、産まれながらの才能などの方法によってな。

第七感から第八感、そしてさらに第九感に至る」

「例えば、どのような効能があるのでしょう」


僕が手を上げて質問する。そもそもこれを聞かないと始まらない。

ゴールの報酬が明確になれば、さらにモチベーションも上がるだろう。

アラディアさんはそれを聞いて、黒板に列挙した。


「気の視覚化。

五感の昇華。六感の精鋭化。

肉体、星辰体、精神体、霊体、モナド体・・・・・・統合されている体の自由操作。

守護霊の認知。

時空を超えた視点の獲得。未来や過去の同時視認。

霊視、透視、霊聴が自然状態で行える。

他者との感覚同調。テレパシー。

天啓の獲得。

アカシックレコードへの接続。普遍的無意識への潜行。偏在。

宇宙や神といった高次元存在との直結。

色々省いてざっとこんなもんだな」


わ~、すご~い。なんだかわからないけどすごそう。

脳内が蕩けそうになる。


「アラディアさんは私達を神様にでもしたいんですか?」

「ある意味でそうかもな」


美羽の軽口の冗談を、アラディアさんは至極真っ当な調子で返す。


「神つっても二種類ある。

一つは世界に選ばれた本物かつ正統な神格。

一つは自分で神性を発揮し、神格となった奴。

このうち後者は誰でもなれる」

「誰でも?」


その言葉に疑問を浮かべる。

神という存在に、そんなポンポンとなれていいものなのだろうか。


「なぜか? 各々に神性があるからだ。

さながら魂に埋め込まれている種子。ある段階や条件を経て神格へと神化する。

条件は一定数の信仰や、一定域に至った霊格量など様々。

ポケ〇ンとかにいるだろ? 特定の技覚えて進化する奴。あれと同じだ。

神という高次の存在。当然その能力も折り紙付き。

と言っても、その神性は前者と比べれば劣るがな」


だから世界に選ばれた天然の神には逆立ちしたって勝てはしない。

付け足すようにそう言うが、生憎、僕たちにはそれが何を意味するのかは分からない。


「お前らは熾天使。

霊格量は充分。資格もある。なら後は目覚めさせるだけだ。

やり方は教えてやる。

夏休みはそれなりにあるんだから、その間にやってみせろ」



■■■



というわけで、家に帰った僕はさっそくそれを試すことにした。

時刻は22:00。お風呂から上がって、パジャマを着て、宿題も終わらせて一段階したところ。


することは瞑想。これ自体はいつもしていることだ。

目を閉じて、背筋を伸ばして、平時とは異なる瞑想用の呼吸に切り替える。

習慣と化した動作はすぐにでも僕の意識を暗闇に落とす。

重力が消滅し、浮遊感さえ感じる程の没我。

光の差さない深海に潜り、あるいは天に続く梯子を登る。


アラディアさん曰く、階段を上るように感覚を身につけていけばいいとのこと。

僕たちが第六感を身につける際、重視したのは五感の鋭敏化。

日常生活ではなかなか意識することのない、それらを元に第六感を目覚めさせる。

なので、僕は身につけた第六感から、第七感への道を探る。


体は極限までにリラックス。液体となり、そのまま気体となって消滅しかねない程に脱力。

自分を消す。意識をここではない別次元、別位相へと潜行させる。

無駄な雑念が浮上することを許さない。

底の底。これ以上先がない限界にまでその手を伸ばす。


この際、アラディアさんが役立つと言ったのは想像。

世界の仕組み、あるいは次元の構成を図像化。

想像しやすいものに置き換える。

だから僕が思い描いたのは生命の樹(セフィロト)

以前、天都さんと行った次元上昇の修行。その際にもこれを用いて、僕は次元を昇った。


僕という魂。色。それが純粋透明なクリスタルのように、個性色を失わないままに昇華する。

意識の次元階層。時間と空間を超えたそこを昇る。

擬似的な幽体離脱を体験している今の僕に、既に肉体の感覚は消えていた。

あるのは五感を超えた感覚。

六感を頼りに虚空をまさぐっていた僕の手が、何かに触れる(と言っても腕や脚が実際にあるわけではないので、感覚で触れている言った方が正しい)

同時に、何かが見えてきた。


それは、あちらから近寄ってきたようにも、こちらが急接近したようにも思える。

それは星だった。燃える惑星。氷が包む惑星。光を発する恒星。死んだ恒星。

まるで宇宙空間に一人漂っているかのような絶景。

黒いキャンバスの上に、彩られるのは絶え間ない星の光。自然の名画。

広大無辺な宇宙の渦。エネルギーの坩堝。極大規模の力場。


魂はさらに飛翔する。

あれは何だろう。人の想像できる色の枠を超えた色だ。

不可視の宇宙法則に触れる。一体化し、僕自身がそれとなる。


すると飛び込んでくるのは情報の洪水。

僕が見た事も聞いたこともない言葉・感覚・時間・風景。

誰かの記憶の断片が無数に僕を通り過ぎては消えていく。


情報の乱流に目眩がしそうになるも、されどさらなる道筋を見つける。

天から蜘蛛の糸が垂れてきたように、それを掴み取りその先へ。


それは、記憶だった。

自分の魂が、全てが一つであった時を思い出す。



僕は人で、

僕は獣で、

僕は植物で、

僕は虫で、

僕は鉱物で、

僕は自然そのもので、


空気中を漂う塵だった。

万物を構成する原子だった。

全世界に遍在するエネルギーだった。

暗闇に浮かぶ無数の星だった。


僕は有機物だった。

僕は無機物だった。

僕は光だった。

僕は闇だった。

僕は意識だった。

僕は無意識だった。

僕は重力だった。

僕は可能性だった。

僕は現象だった。

僕は命題だった。



没我潜行を深める度に、さらに新たな領域に歩を進めていくのが分かる。

平行世界の区切りを超えて、葦の国全土へと僕が広がっていく。


無数の殺人事件。その加害者が僕で、被害者も僕で、それを見ていた第三者も僕。

億万年の歳月をかけて塵が集まり出来上がった山と同化し、発展する生命の営みを不動のまま観察する。

僕は母なる海という僕に生まれたプランクトンであり、同じく僕である小魚が僕を食べ、その僕をさらに僕が食べ続ける食物連鎖という名の僕。


主体客体それ以外が渾然一体となって混ざり合い、常人では理解不可能な一体感が僕を恍惚の境地へと導く。



僕は天で、

僕は地で、

僕は春に囀る鳥で、

僕は水の流れに削られた小石で、

僕は広大無辺な宇宙空間で、

僕は幾多の生命を孕む大海で、

僕は木々が萌える山脈で、

僕は過去現在未来の時間で、

僕は空間そのもので、



万象が僕。世界が僕。全ての集合が僕で、その要素も全て僕。

僕という主語が全てのモノとイコールで繋がる。

命題Aに対して、AかAではないかのいずれかであるという排中原理が崩れ去り、むしろその原理と同化する。

偏在の極致を味わう。それは神のみに許された快楽。

これが神的合一という名の法悦。何をするのでもなく僕は創造し破壊し産まれ死に消えて存在し無限の快楽と無限の地獄とを体験する。成し遂げる。



されどその攪拌(かくはん)に自我を失うことはない。

あくまで僕は白咲蛍であると、個を失わず全体と同化する。

彼は我で、我は彼。彼我の間に境はなく、心も身体も魂までも同一である。

雪崩れ込む情報量を受け止めきれるのは、自分が熾天使という規格外の器ゆえ。

たとえ宇宙だろうと無尽蔵に含有しる程の容量を持つ自分だからこそ出来ること。



今、自分がどの感覚を目覚めさせているのか、指導者がいないゆえに分からない。

今までとは体感したことのないこの全能感から察するに、最低でも第七感は目覚めたはず。

没我の瞑想は今までとは比べものにならない深度まで、深く深く潜り込んでいる。

しかし限界が見えない。階段を昇りきった先も、明確なゴールテープがあるわけでもない。

ゴールに達したという明確な区分はあるのだろうか?


一旦疑問が湧くと、連鎖するようにさらなる疑念が呼び覚まされる。

そもそも、今まで自分が新たに力を得ることができたのは、大抵誰かの手助けがあってのこと。


第六感を鍛えるときも、アラディアさんの指導の下に行われた。

時間が圧縮されたスライムの中で、現実で言うなら何十日もの期間を費やして。

たった一つの感覚であれなのだ。今回はその三倍。到達難度も相応に高いだろう。

そして今回、アラディアさんは近くにいない。


間違っても、僕が1日2日で体得できるものでは――


いいや、違う。

常識に合わせるな。平均値に自分を置くな。

アラディアさんが何のために僕たちの常識を壊したと思ってる。


1日2日? 1時間2時間でやってみせろ。


自分と他人は違うんだ。だから同じ内容の修行を行ったとしても、結果に差が出るのは当然。

悟りだってそう。たった10分程度でその境地に至れる者もいるし、出来ない人は100年経っても無理だ。


僕の位階は熾天使。その霊性は神に程近い。

ならば神の感覚が掴めるはずだ。


いいや、そんな理由さえいらない。

なぜできる? それに対する答えなんて『僕だから』。それ以外に必要ない。

そうだ。今までなんやかんやあったけど、それでも切り抜けてきただろう。

大丈夫。信じろ。僕ならできる。必ず。


煩悩の炎を消化する。不安や迷いは解決され、100%の自己肯定と共に再び潜行を開始する。

偏在範囲は拡がり続け、やがて更なる領域へと僕を運ぶ。

形容不可能で、表現不可能な真我の域にまで――




「  ?」



唐突に、一色が僕の意識に介入した。

全ての色が混在している数奇な場所を歩いていたら、突如として白い光が差し込んだ。

気になって、僕はそこへ手を伸ばす。足を向ける。


やがて一面が白に変わる。白が僕の感覚を支配する。

なんだ、僕は何に到達した?

もしかして、これがあれか? 神の領域か何かか?




ドクン



「――!!!」



自分でも制御できないほど、心臓が激しく鼓動を打った。

それを目にした瞬間に、そびえ立つのは異様。

なんだ、あれは。


10の球だ。22の経路だ。

まるで一本の樹。しかし、それにしては図像的な形だ。


そんな樹が、見渡せばそこら中に茂っている。

数万、数億・・・・・・。様々な色彩の樹々が天に向かって屹立する様は圧巻。

注視して見れば、樹の球に書かれている文字内容は、どれ一つとして同一のものがない。


木々の枝は伸びる。

上にその腕を伸ばす。

それはまるで、傲慢にも神の元まで辿り着こうとしたバベルの塔にも似ている。

ならばその木々が目指す先には何がある。

上を見上げる。網膜を焼くほどの光量が僕を照らしているにも関わらず、不思議と眩しくはない。見ることができる。


乱立する0の群れ。0、00、000。その数価が木々の先に密集している。

無数に増殖し続ける0。生物のように、されど無機質に、群生し浸食し上書きを繰り返す。


(アイン、アインソフ、アインソフオウル)


意識したわけではないのに、その言葉は自然と思念に昇っていた。

とてつもない神威を魂で感じる。

この世のありとあらゆる神への賛歌を、一身に体現しているかのような神々しさ。

間違いなく神の光。言語を絶する神秘が悠然としてそこに存在している。



ここで気づいた。光源はここではない。

正確にはこの領域も光っている。000の数価が、言葉にするのも憚られる神聖な光を木々に送っている。

しかしそれさえ霞むような光が、さらなる上から降り注ぐ。


ここまで来れば引き返すことはできない。

毒を食らわば皿までも。乗りかかった船だ。最後まで見てみたい好奇心もある。

0が乱立する域を超えて、存在しないはずの領域を仰ぎ見る。




そして、()()()()()



最初は円形の何かだと思った。だけど、それは間違いなく目玉。

それがあまりにも巨大で、だからこそそれを見る僕の距離感が狂った。

その目玉との距離が近いのか遠いのか、離れているのか近づいているのか、まるで分かったものじゃない。


目玉の周囲。俯瞰した目で見てみると、それは一枚の羽だと分かる。

孔雀の羽。エメラルド色の羽に描かれる目玉模様。

この羽一枚が一つの生命であり、一つの魂であり、一つの星であり、一つの宇宙であり、一つの世界。

僕に匹敵していて、しかし凌駕しているという二つを、無理矢理且つ理路整然と成立している矛盾。


この時点で僕の自我は九割方呑まれかけていた。

胸の大部分を占めるのは間違いなく怯えの感情。

気が狂いそうになる。とてもまともではいられない。


絶対に見たくない。だけどどうしても見たい。

前に向かって必死に伸ばす腕を、もう一方の腕で必死に掴んで止めているかのような渇望。

あるいは蛾か。飛び込めば焼かれるにもかかわらず、それでも火に焼かれることを望む正の走性。

自殺願望にも似たその強烈な衝動に僕は抗えず、震えながらも僕は飛行する。


現れ出たのは無数の羽。そして目玉模様。

中心の光から流れ出るように、孔雀の羽が広がっている。

美麗な扇子。その美しさは見る者の魂を浸蝕し塗り変えて、心の内よりエメラルド色に染め上げる。

無限の空間を無数に占有するそれは、規模において葦の国と同等どころか、むしろ・・・・・・。

形容するのならエメラルド色の大曼荼羅。孔雀扇の大宇宙。



その、中央に在るのは、



「     」



時が止まった。

空間が凍った。

魂に心臓があったとしたら、今この瞬間にも鼓動が止まり、そのまま凍りついて砕けてしまいそうな恐怖。


崩壊する自我。金切り声を上げながら捻れ壊れ砕け千々になる魂。

平伏すら許さない千の目玉の主は、超然としてそこに座す。


流れ出る意思は二色。

傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢超越傲慢


泰然とした意思は傍若無人なまでに至高の座を占有ししかしその様はまさしくあるべき場所に収まるかのごとく鎮座しこれに異を唱えることは神であろうと出来ずそしてあれもそんなことは許さない極限を超えた傲慢を彼は確然と有している!!!



過去最大の衝撃が、幾千幾万と僕を駆け巡る。

それは、羽化したファルファレナの比ではない。

こんなの、知らない。



あれこそ、まさに■■■。

この世全てを■■した者。



説明の出来ない千眼の神威を前にして、僕に出来ることなど何もなかった。


「ッッ!!!!」


孔雀の羽。そして浮かぶ目玉模様。

その全てが、一斉にこちらを向いた。


視線が集中する。それだけで僕の魂は1000を超える程に砕け、再生しようにもその瞬間に再び砕ける。

そんなことよりも、今自分が感じ取っている極大の恐怖の原因は、他にある。

熾天使の僕ですら、狂死することすら許されないこの現状で、されど思考だけはその理由を特定した。


見ていた。気づいていた。こいつは。最初から僕に気づいていた。

見ている見ている見ている見ている見ている見ている見ている見ている見ている見ている!!


矮小な僕を、下らない僕を、塵芥に過ぎない僕を、踊らされている僕を。

永遠の彼が。超越した彼が。獣である彼が。■■■である彼が。


沈黙の間は永遠。しかし刹那の出来事。

この場には時間すら幅を利かせることは許されない。だから時間の感覚は僕の中からも消滅し、永劫の間耐えられない沈黙に耐え続ける。


時間が動き出すのは、ただ中央に座す者がそれを許す時。

姿は見えない。だけど、彼は僕を睥睨し、


『まだ、君には早いよ』


静かだけど冷調で、神聖に魂を震わせるその声を、聞いて。


「――!!!!!!!!!!!」


それを契機に、急速に遠ざかる白の世界。放たれた矢のように吹き飛ばされる僕。

その様は天使の堕天であり、まさしく僕は稲妻となって天から墜落するのだった。







「か、はぁっ!!!」


覚醒と共に、僕の体に自分が戻る。

だいぶ前から呼吸を止めていたらしい。圧縮されていた肺に空気が雪崩れ込む。

荒れる呼吸を数回繰り返し、ようやく僕は僕であることを認識できた。

思考と魂は狂い回り、自分の論理と命題を修繕するまで数分を要した。

体が汗でびっしょりだ。決して室温が暑いとか、そういうわけではない。



やばい。これは、危険だ。

先ほどのあれ、あの白い空間。

あそこから戻ってこられたことも、何百もの奇跡が起きたからに他ならない。


僕が今までに経験した恐怖と絶望の総量を遙か超えた、得体の知れない何か。

一言も喋れなかった。指一本も動かせなかった。

舌を噛み切って死ぬことも、首を絞めて窒息することも許さない。

僕を染め上げて、僕が僕であることを許さない無謬の神威。


時間の経過で忘れられる次元のものじゃない。時間と共に薄れる恐怖では断じてない。

過呼吸は今も続いている。体の震えは一向に収まらない。


(――っ、美羽!)



その時、脳裏に浮かんだのは彼女のこと。

これは危険だ。とても経験していいものではない。

もしも美羽が僕みたいな目に遭っていたら――


震える手で急ぎスマホを手に取って、美羽に電話をする。

だが、


(くそ、なんで出ないんだ、美羽!)


いつまでたっても、美羽が出ることはない。

迷いは一瞬。

次の瞬間に僕は顕現を発動し、美羽の家へ空間跳躍する。


美羽! 美羽!! 美羽!!!



次回、一方美羽は

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