第十七話 プラント
前回、七大天使が二体
寺院のようにも見えるそれは、サッカースタジアムを一つ丸々囲える程の広さ。
しかし惑わされてはいけない。ニライカナイの住居は自由に変形構築できる。空間を自由にいじれるオプション付きだ。中の広さが外見通りとは限らない。
ウリエルと弔は入り口まで進み、自動ドアが二人に扉を開く。
その際、ウリエルは入り口の横にある、存在認証機器を操作する。
「今、君の情報を登録してる最中だ。
侵入者用の防衛システムがあってね。知らない奴が一歩でも踏み込めば、途端に殺戮兵器のオンパレードが襲ってくるんだ。
弔さん、この前に立ってくれ」
「はい」
言われた弔がその通りにすると、多角的なレーザーが無の空間から発生し、全身をくまなくスキャン。
秒以下で作業は終わり、画面には大きく緑の文字で『OK』と表示される。
「これで設定されたね。
じゃあ行こうか」
その言葉に続く弔。
ドアをくぐった先、見えてきた景色。
「じゃあ、説明するよ。
ここがプラント。生命を生み出す工場さ」
その中は、近未来的な内装だった。
床は白タイル一式。球状に丸まっており、中央には一つの装置がポツンと配置され、それだけが異彩を放っている。
染み一つない圧倒的な白は、域内に清浄機能が行き届いている証。
二人は中央の装置へ近づく。徐々に歩を近づかせるにつれ、その全貌が明らかになる。
「これ、は?」
「製造装置だよ」
装置、といってもそれは、ただ物々しいボタンがあるだけだった。
床から生えている看板。その表現が最も正しい。
「ここで作る存在を決めるんだよ。
動物だったり植物だったり。まあ主に前者だけど」
ウリエルがそのボタンをさすりながら、弔に説明する。
弔は呆然としていた意識を速やかに一極集中させ、ウリエルの言葉を一字一句聞き逃さないようメモをとる。
それを確認し、ウリエルはボタンを押した。
すると、二人の目の前。空間に電子的な画面が展開され、複数の欄が表示された。
「例えば今回は人を作ってみようか。
まず名前を決める。適当でいいなら無数にある名前の欄からランダムで自動的に選ばれる。
次にベースとなる物質体。今回は人だから、人型を選んで。
性別を決めたら、次に細かい設定。肌の色、目の色、ヘアスタイルや髪の色・・・・。ゲームのキャラメイク感覚でね」
手慣れた動きと口調で、ウリエルは画面を見ながら口を動かす。
「その後は精神を選ぶ。
好きな人格だったり、好きな性格を好きなだけ付け加えるんだ。
魂は自動的にインストールされるから、特にこだわらない限り普遍的なタイプが挿入される」
画面は移り変わり、無数の人格パターンと精神の種類を表示する。
ウリエルはここから適当に選んで、先に選んだ肉体に挿入する。
それは鋳型に熱して液体となった金属を流し入れる作業に似ている。
やがて全ての項目を入力し終え、ウリエルがボタンを押すと、すぐさま変化が訪れた。
二人の後方。そこに空間から突然、何かが産まれた。
床に接する足指が出現し、次に支える脚が、次に腿、下腹部、上半身、腕、頭部、髪。
あっという間に、粗末な服を纏った一人の人間が出来上がった。
「ほら、出来た。
ね、簡単でしょ?」
弔は呆然としながら、出来上がった人間を見つめ、そして問う。
「これは、どういう仕組みなんですか」
「簡単さ。『分子アセンブラ』って言葉、聞いたことない?」
「分子アセンブラ? ええと、確か環境中から物質を取り出す。ものをプログラミングする技術でしたっけ」
「うん。大体あってるよ。
この装置は、そのアセンブラ機能を、無駄をそぎ落としてシンプルにしたものだ。使いやすいにこしたことはない。
超高精度のnDプリンター。あるいはレプリケーターだ」
「nD?」
聞き慣れない単語をオウム返しにすると、ウリエルは答える。
「3Dプリンターが知ってるよね。
あれは三次元上の物質しか生み出せない。当然だね、3D(imension)なんだから。
だから4D、5D・・・・・・と拡張し続けて、その果てに出来上がったのがこれ。nDのnには好きな数字が入ると思えばいい。
精神や霊魂といった、抽象的な情報まで現実に投影するこの機械は、物質の生産を容易に成し遂げる。
しかも、無尽蔵に」
そこまで聞いて、弔は否が応でもその機器の破格の性能を理解した。
「これによって食糧問題、貧困、その全てが解決できる。
無限の富を生み出して、無限の食料を生み出し、無限の物を生み出す。
そして、こんな風に命の生産も」
作られた人間は、何をするでもなく、ただ床に座り込み、制作者であるウリエルの指示を待つ。
肌、顔、形。その出来映え、本物となんら遜色ない。
「もちろん、一体作るのにここまでする必要なんてない。
ここで作る99%以上は鼠の餌。だから姿形は適当でいいんだ。
空間内に偏在するマナス検索機能が君の思考を検索して、欲しいものを自動的に作ってくれる。
だから『餌用の生命が欲しい』って思うだけで、この装置は望むだけ生命を生産してくれる」
ウリエルの言葉が終わると同時に、作られた人間の周りに、さらに多くの人間が生み出される。
十、百、千、万・・・・・・。増えて増えて増え続ける。
「以前はクローンや平行世界からの召喚、なんてしてたけど、そんなこともう古い。
このプラントがあれば、いくらでも、好きな設定の、生命と魂を生み出せる。
かかる時間もコストもこっちが明らかに優れている。ほんと、これを最初に創り上げた人に感謝しないとね」
目の前に出来た人の山。それを見て、弔は思いつくままの感想をウリエルに伝えた。
「すごいです。なんていうか、ニライカナイはオーバーテクノロジーの結晶と思ってましたけど、こんなものまであるなんて。
創造系の顕現を持つ顕現者なら生命の創造は簡単にできますけど、誰でも使えるという点ではこちらが優れてますね。
でも、疑問があります。
生命を無数に生産できるのなら、顕現者が無限に存在してもいいんじゃないでしょうか?」
「そう、それだ」
弔の指摘に、ウリエルは初めて感情らしき熱を瞳に宿した。
自分の研究テーマの話になったからか、注意しなければ聞き漏らしてしまいそうなほど饒舌にウリエルは語る。
「理由はまだ判明されてないけど、『生産物』は顕現を発現できないんだ。
それが、顕現者の数が有限である理由。
僕たちもこのプラントが出来上がった時は歓喜したよ。これで顕現者も無数に生産できるって。
けど・・・・・・そうはならなかった。
顕現の仕組みがどうなっているのか。未だ誰も解き明かせていない謎だ」
「ウリエル様でも、分からないんですか?」
「うん。七大天使になってからずっと研究のテーマなんだけど、正直お手上げだ。
神様にでも聞いてみたいもんだよ」
ウリエルが指揮する『塔』の住人は、ニライカナイ最高の知能、研究欲と知識欲に取り憑かれた狂人の集まり。
24時間、1年の全てを自らの研究に捧げるなど当然。
むしろ自分の学説を検証するための過程として不老不死を目指す者もいる始末。
葦の国に渡来すれば、確信的な技術革命を何度だって起こせる天才集団。
そんなニライカナイの頭脳を結集しても、なお顕現は解明できないものらしい。
「形而上学に答えらしきものがあるんじゃないかって思ったけど、それでも芳しい結果は出ない。
一度、魔術の専門家であるガーデナーの魔女に相談したこともあったよ。
『無駄だ無駄だ、諦めろ。お前如きに理解できるものじゃない』
って言われて追い返されたけどね」
それきり、ウリエルは話を切り上げ、部屋の奥へ歩き始めた。
生み出された人間の山は放置。弔は背後のそれを振り返りながらも、ウリエルの後についていく。
歩む先にある一つの扉。
扉にかかってあるプレートには、
「熟成、室?」
「うん。先に言っておくけど、ここから先少しグロ注意ね」
ウリエルが扉を押す。
開かれた先、肌寒い寒気と、おどろおどろしいかすれ声が飛び込んでくる。
暗い。5メートル先が見えず、必然的に前を行くウリエルの背後についていく形となる。
そして、徐々に見えてくる、奇怪で巨大な四角形。
「――!」
くぐもった声が、弔の喉から発せられる。
その顔は色を失い、あまりの光景に言葉を失う。
そこには肉の壁があった。
正確に言うのであれば肉で出来た三メートルはあろうブロック。
数多の人間が合わさり四角に折り畳まれ、幾多の顔や手足が飛び出している。
四方の面全体に血管が張り巡らされ、それら全体が心臓のように一定リズムで鼓動する。
吐き気を催す程の醜悪さ。肉のコンテナ。
表面に浮かび上がる人相の全てが、怨嗟と慟哭の絶叫を上げている。その声は魂に響き、聞く者の心に深い傷跡を残すほど悲痛。
これをアートだと呼ぶ者は全員死ねばいい。それほどまでに冒涜的。
「こ、これは、一体・・・・」
「ああ、これは肉だよ」
「肉・・・?」
「うん、肉。熟成しているんだ。
これは皆『生産物』。霊格が一定になるまで生産物同士で魂食いさせて、その後は適当な処置を施して、想念を高めさせる。
そして頃合いを計って1~4層の鼠たちに与える。
『天然物』を使うわけにはいかない。彼らには顕現が発現する可能性があるから、餌にするにはもったいない。
その点『生産物』は無限に生み出せる。彼らには感謝しかないよ」
ウリエルがその肉ブロックに触れる。
それに合わせて叫び声を増す肉塊。触れられるだけでどれだけの激痛が彼らを襲っているのか、その叫び声で容易に察せられる。
魂引き裂く絶叫を聞いても、彼の薄い笑みは変わらない。
「彼らは今途方もない苦痛を味わっている。
するといろいろな感情を発露するものなんだ。怒り、憎しみ、悲しみ・・・・・・。
それらの想念を限界まで高めることで、餌の質を上げるんだ。
だからここは熟成室。堅洲国の鼠たちも、食べるならより美味しい方がいいからね」
明かりが灯る。同時に幾つもの影がさす。
目の前にある肉ブロック。それと同じものが、左右に、縦に、何百列も連なっている。
その光景は、弔の総身を怖じけさせるには充分なものだった。
■ ■ ■
「大丈夫、弔さん?」
「は、はい。ちょっと驚いちゃって・・・・・・」
プラントを出た後、息切れしたように肩を落とす弔に対して、ウリエルは優しく話しかける。
弔とてニライカナイの住人。内臓や血肉が飛び散る場面なら幾百と目にしてきたが、いかんせんあれは酷かった。
これからずっとあれと向き合うことになるのかと思うと気が滅入る。
「例えば、トイレ掃除ってあるでしょ?」
ウリエルは唐突に話始めた。
「あれって多くの人が嫌がるよね。
臭い物に蓋。どうせ見るのなら汚いものより綺麗なものを見たい。
それが人の性。
でもね、毎日それを続けていれば、いつしかどうも思わなくなるし、なんなら丁寧に掃除するようになる」
「慣れ、ですか?」
「そう。慣れだ。
なんなら楽しいものに変えればいい。
プラントに行く度に熟成室の彼らに対して、『おはよう』とか『今日も良い天気だね』とか言ってあげるんだ。
製造装置で適当に作って、ストレスや不満のはけ口にしたりしてもいいんだから」
若干の休憩。気分が落ち着き、弔とウリエルは顔を上げる。
そこには先ほどのプラントと同じ、ドーム型の建設物があった。
「じゃあ、次はここだ。入ってみようか」
ウリエルは認証システムを潜り抜け、二人してプラントの中に入る。
ウリエルの姿を認め、空間内の明かりが一斉に点灯。
照らし出されたそこには、地平線の彼方まで続く、機械的なカプセルが存在した。
大小様々。千メートルを超える規模の巨大カプセルもあれば、人の身丈がすっぽり収まる程度のカプセルも存在する。
「ここはね。繁殖所だよ」
ウリエルは一つのカプセルの前に立つ。
『C155 B27』
ナンバリングされたそのカプセル。内部の様子は見えない。
「このカプセルの中で繁殖するんだ。
中に入った者には永眠処理を行われる。
内部の固有時を弄って、子宮内を異界化。
生命の元は無尽蔵に供給されるから、性交する手間も必要ない。
これで秒間無数に産んで孕んでを繰り返す。加工物と違って一手間かかるけど、充分数は確保できる」
つまり、この中にいるのは母胎。
弔は改めてカプセルを見つめる。
見方によっては棺桶にも見えるそれは、音も光も発することなく、ただ存在していた。
「顕現者を発生させるためには母数を増やす必要がある。
ほら。ダイヤモンドだってたくさんの砂粒の中から一つだけみつかるでしょ?
天才だって数多の凡人の中から輩出される。それと同じ。
餌の加工物と同じく、顕現者になる可能性がある天然物もたくさん作らないとね」
顕現者の生産。
このニライカナイで、最も価値ある顕現を増やす。
先ほど行ったプラントを『生産物プラント』とするなら、こちらは『天然物プラント』。
生産物は人工的に産み出された命。ゆえに顕現が宿らず、しかしそれ以外の用途としては有望。
天然物は自然に産まれた命。顕現が宿る都合上、生産物より価値が高い。
ウリエルの説明は続く。
「カプセルには改変機能もあるから、内部にいる者はどれだけ傷つこうが即座に修復する。
擬似的な不老不死だから、永遠に生きることができる。
だから時間なんて気にせず、どんどん産んでもらって構わない。
それでも母体が駄目になったらスクラップ行きか、あるいは解体して産んだ子供に食べさせるか。
自分が産んだ子供に食べて貰えるんだから、親冥利に尽きるというものだろうね」
何食わぬ顔で、親の愛を定義するウリエル。
その表情には邪悪もなければ、親愛の色もない。
単なる説明なのだから、感情がこみ上げることなどない。
「このカプセルの中に、女性が――」
「ああ、母体と言ったから誤解を与えてしまったかもしれないけど、この中に入っているのは別に女性だけじゃないよ?
男性もいるし、そもそも無性の者もいる。
子宮を植え付けるんだ。マテリアライズしてね」
その言葉に仰天する弔。
しかし、考えれば当然の話。
顕現者の数を増やしたいのなら、母数を増やす必要がある。
母数を増やしたいのであればどんどん産ませる必要があり、それを女性だけに限る必要はない。
強制的な着床。そして出産。それに、男女の差などない。
肉体を改造する技術などニライカナイにはありふれている。
「ここで産まれた子供は育児施設に転送されて、後はどうなるかは分からない。
親に引き取られるか、親のいないダストチルドレンになるかの二択。
けど顕現者の育成は僕と同じ七大天使・アリエルの仕事だから、大多数は彼の手で育成が行われるんだろうね」
といっても、行われているのは教育という名の実験だが。
それを言わず、ウリエルはこのプラントにおける作業を弔に説明する。
このプラントは全部で1000を超える階層が存在し、それを1階にある全階層スクリーンで異常がないかチェック。
故障しているものを見つけ次第、『塔』のプラント管理者に連絡。
時々、ニライカナイの馬鹿が壊そうと攻め入ってくるので、その時は簡易的な迎撃並びウリエルへの連絡。
作業といっても、バイトのようなものだ。重要な部分を担当するのはウリエルや『塔』の研究者で、弔のすることはその連絡役といったところ。
「さて、ここまで一連の流れを説明したわけだけど、分からないところはあった?」
「いえ。ウリエル様にご教授いただきましたから、これからはプラントの担当者として、誠心誠意努力していきたいと思います」
握り拳を作り、その意気込みを身体で表現する弔。
それを見て、ウリエルは何かを思い出したかのように、
「ああ、それなんだけどね。
君、もう大丈夫だよ」
「・・・・・・はい?」
あまりに唐突なその言葉に、弔の思考が一瞬飛んだ。
大丈夫。一体それはどういう意味だ。
もしかして、自分はここの担当から外されるのではないか。
その考えに至った弔は、慌ててウリエルに問いただす。
「そ、それは、どういうことですか? ウリエル様。
もしかして、何か失礼なことをしてしまったでしょうか」
「いいや。君の素行も態度も立派なものだ。
本来ならすぐにでもプラントの管理をお願いしたいんだけど、そうもいかない。
君としても、無駄な時間の浪費は避けたいはずだろう」
問われたウリエルは、しかし平静な調子は崩さない。
弔をプラントの担当者にしないのなら、これまでの説明が全て無為になる。
だがウリエルの気は変わらない。
なぜなら、
「知りたいことは知れたでしょ?
建前はそこまででいいよ、高天原の随神さん」
「っ!!!」
随神。その言葉が出た瞬間、弔はその場を飛び去った。
残像すら残さない俊足。最短の動きでウリエルの間合いから外れ、その手にはいつの間にか二つのナイフが握られていた。
それが意味するのは、ウリエルの言葉が的を射たものであること。
図星を突かれた弔は、それまでのウリエルに対する誠意や礼儀正しい姿勢を崩し、獣の如く床を手に掴む。
まるで別人のように豹変する意識。氷の如く、刃の如く研ぎ澄まされる殺意の視線。
雑兵なら当てられただけで無限に消し飛ぶ殺意の気。
力天使など比べものにもならない霊格。
それを前にして、ウリエルの顔はそれでも不変だった。
「先に、君の疑問を解決しようか。
いつバレていたのか。これは、アズラーイールが教えてくれた。
高天原と戦闘経験があるからなのか、それとも感で分かったのか、そのどっちかは分からないけど。
君が怪しいって、目で教えてくれたよ。
いやぁ、助かった助かった。君演技上手いんだね、僕じゃ全然気付かなかったよ」
「・・・・・・」
気楽で冗長なウリエルの言葉に、弔は目を細め、いつでもウリエルの首を切り落とせるようナイフを握りしめる。
自らの甘さを反省している暇は無い。今はそれよりも、七大天使の一角と相対している状況の打開に、意識を向けなければならない。
「ええと、堅洲国へのスパイ活動・斥候・暗殺活動は・・・・・・高天原のアルル・ライヒハートの部隊が担当してるんだっけか。
ああ、だから弔なのか。
困ったな、君を殺したら彼女が飛んでくるなんてことはないよね?
彼女と一対一で殺し合うなんて僕でも避けたいんだけどな」
髪を掻きながら、弱気な台詞を吐くウリエル。
しかしその声に悲哀はない。
そんなことよりも、彼には知りたいことがあった。
「今回のスパイ活動はどうだった? 随神さん。
顕現者を産み出すために、僕たちの都合で数多くの命を生産し消費する。
高名な君たちからすれば反吐が出そうなものだったかな?
けど家畜の飼育場だってこんなものだろう?
美味しく育てて、後は殺して食べる。それとあんまり変わらないと思うんだけどね。
ぜひ君の個人的な感想が聞きたい」
自分たちの所業を目の当たりにした、随神の反応。
その率直な意見を、彼は聞きたかった。
「・・・・・・特に、どうも」
その声は、それまで彼女が発していた声よりも一段低いものだった。
それまでは偽声だったのだろう。潜入・スパイ活動なら、その顔や声、性別や経歴まで、徹底的に隠し変化させるのが高天原流。
弔という名前すら偽名。どこまで嘘で塗り固めているのか知らないが、彼女のこれまでの情報は全て信用ならないものだと思った方がいい。
「ですが脅威的な情報だとは思いました。
生産物、天然物のプラント。たった一つで無数の生命できるそれらが、ニライカナイでは千を超える数がある。
天然物は質の良い餌を喰らっていちはやく顕現を開花し、それらは堅洲国に存在する以上、七大天使の手先も同義。
貴方たちは自由に使える人材、手駒を扱える」
「まあ、ね。
鼠たちの管理はカマエルの担当だけど、実質的には七大天使の共有財産って感じだからね」
ウリエルはカプセルの上に座り、トントンとカプセルを指で叩く。
敵が目の前に存在するにも関わらず、何かするわけでもなくゆったりとくつろいでいる。
あるいは自分の命を投げ出しているようにも見えるが、実際はそうではない。
彼が油断した瞬間にその首は飛ぶ。
百戦錬磨の随神が、その隙を見逃すわけがない。
にも関わらずそれができないということは、油断に満ちたウリエルに、つけいる隙が全く無いことを意味する。
研究に没頭し、荒事が苦手と自称しても、彼は七大天使。
神の御前に座し、その意志を実行する者。
一介の熾天使が、とうていその真意を推し量れるものではない。
状況は膠着。
随神の彼女にとっては、殺されかねないこの状況で、一瞬たりとも気を緩めることはできない。
対してウリエルの姿勢は悠長。君はスパイだろ? と言ってみたはいいものの、その後のことはてんで考えてはいなかった。
だが、先に動いたのは。
「意味のない時間は嫌いだ。
追い打ちなんてしないから、はやく帰ったら?」
ウリエルはカプセルに座りながら、手で帰れと彼女に合図した。
僅かに構えていた臨戦態勢を解き、完全な無防備になる。
それは、両者ともに向けていた銃口を、先にウリエルが下ろしたことと同義。
ともすればいつ殺されてもおかしくない状況だが、本人はそれでも構わないと気を楽にする。
スパイ活動。きっとその裏にはプラントの破壊工作もあったのだろう。
だがそれはバレた。ならこれ以上ここにいる意味などない。
それはウリエルも同じ。言いたいことは言い尽くした。
だから両者が望むことは、このプラントからの離脱。
ならばここで睨み合う意味は無い。そう判断した上での行動だった。
先に銃を下ろしたのはウリエル。
こうなると、ばつが悪くなるのは弔の方。
スパイ活動に失敗し、倒すべき相手に気を使わせ、なおかついつ殺しても構わないと首を差し出している。
数秒、熟慮を重ねた弔は、慇懃無礼に礼をした後、その場から消えた。
その場にいた形跡すら、先ほどまで立っていたそこに残りはしない。
「ははっ、随神さんは最初から最後まで丁寧だな」
にらみ合いが終わったウリエルは、座っていたカプセルから腰を上げ、これからのことを考える。
プラントの情報はすぐに高天原に伝わるだろう。
しかしそれでも良かった。
そもそもプラントの存在自体厳秘に付するものでもない。バレても大して痛くはない。
仮にプラントの全てが打ち壊されたとしても、また造ればいい。
イタチごっこに持ち込めば有利なのはこちらで、どのみち使える駒が増えることに変わりはない。
「さて、『塔』の皆に言っておかないとね。
研究にかまけてばかりじゃなくて、侵入者にも気をつけろって」
独り言を呟いて、ウリエルはプラントの奥に消えた。
次回、特訓




