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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
181/211

第十五話 デートその3 時よ止まれ、君は■■■

前回、デートその2



悪夢のジェットコースターを乗り越え、次にやってきたのは、


「キャー!!」


そんな絶叫と共に、出口から飛び出してくる女性2人。

その声に反応し、多くの人がそちらを向く。

女性の顔は蒼白で、荒い呼吸を肩でしている。



そう、お化け屋敷だ。

これも定番。夏といえばお化け。心霊。この前に奏の家で見たからね。


黒と赤。いかにもおどろおどろしい建物が目の前に立っている。

おまけに血で文字を描いたような看板。

ミストを発生させる機械があるから、その微少な水分が僕たちの周りの気温を奪い、さらに体温が下がる。

前に並ぶ行列。この人の多さ。やっぱりお化け屋敷は定番なんだな。

僕ら以外にも恋人らしき人達がいる。それもそのはず、このお化け屋敷にはカップル割引なるものが存在する。

遊園地はデートスポットの要。遊園地の側もそれは分かってる。

だからこそ割引制度を導入して、カップルにはどんどんお化け屋敷に入って貰う算段なのだろう。



え? 射撃はどうなったのかって?

接戦だったけど、負けました。

アイスクリームを奢らせてしまった憂いが僕にあったのは確かで、それが原因でわざと負けようとしてしまった節がある。

だけど、それ以上に美羽はガチだった。

目が怖いくらいに真剣だったよ。あれはほんとに獲物を仕留めるどころか射殺す目だったね。


「蛍、あの、先に言っておくね」


過去を回想していると、横で僕の手を握る美羽が、恥ずかしそうにする。


「私が驚いて、蛍に密着しすぎたらごめんね」

「大丈夫だよ。むしろそうしてくれると僕にとっては嬉しいかな」


それが迷惑だなんてとんでもない話だし、美羽に頼られてるって実感できれば感無量だ。

だけど、果たして僕が美羽以上に怖がらないのか心配だ。

ジェットコースターであれだったしな。お化けだとどうなるのか。


「次の方、どうぞ~」


それから数分して、ついに僕たちの番がやってくる。

僕と美羽はお互いに眼配らせして、それからいかにも古いボロボロな木製の扉を開く。

すぐにでも目に飛び込んできたのは、暗鬱とした雰囲気の室内。

六畳半程度の空間。吊り下げられる証明は明滅を繰り返し、年季の入った室内を暗く照らす。

空気が変わった。寒い。外と五度くらい違うのではないか。

全体を占める色は赤と黒。視界に映る暗色は、僕たちを一気に非日常に突き落とす。

なぜか布団が敷いてあるんだが、あれはなんだろう。



このお化け屋敷。説明で聞いた限りだと、呪われた民家という設定らしい。

ある日、突然狂乱した男がこの家に入り込み、家族の全員を殺害。

惨殺事件があった場所として有名になったそうだ。その後、夜な夜なこの家から怪しげな声が聞こえてきたり、ラップ現象などの怪奇現象が起こったりする。

時は過ぎて、一種の心霊スポットとして有名になったここへ、今回僕たちは肝試しとして訪れるという設定。


とにもかくにも、気になるのは室内にある布団。

なぜか盛り上がっているのだから、怪しさが爆発している。

絶対にここから何か飛び出してくるな。僕はそれを確信しつつ、恐る恐るそこへ近づく。


距離が近づく度に、変な異臭を嗅覚で感じる。

なんだろう。腐った臭いでも、鼻にツーンとくる強烈な臭いでもない、変な臭い。

上手く形容できない。けど、嗅覚に訴えかける不気味さがあるのは事実。

あとちょっと。指二本分の位置にまで近づく。


・・・・・・が、何も起きない。

布団から人が飛び出してくるわけではない。

僕たちが気にしすぎただけか? それともミスリード?


「何もないみたいだね、行こっか」

「うん」


僕の言葉に美羽が頷いて、僕たちは次の場所へ歩を進める。

一つある扉に手をかけた、その時――



「ああああぁぁぁぁぁぁぁァァァァアアアァァァァッッッ」


布団から何かが這い寄りでた。

それの髪は振り乱れ、肌は不気味な程に白く、黒々としたボロ布に身を包んだ、もう見ただけでやばいと分かる人の姿。


「「わあぁっっっ!!!」」


それを前にした僕たちは揃って絶叫を上げ、扉を開けたその先に行きピシャリと閉める。

だがそれだけでは終わらない。閉めた扉に人がぶち当たり、ドンドン!! と扉を叩く。

それから逃げるように、僕たちはそそくさと奥へ進む。


い、いきなり、いきなりこれか。

ある程度進んで、無事を確認し胸を撫で下ろす。


「こ、怖かったね、蛍」


力無く笑みを浮かべる美羽。本人は気づいてないだろうけど、彼女は僕の手を強く握っている。

初っ端から僕たちの余裕をたたき壊された。

前を見る。長くて暗い廊下がそこにはあって、後ろに退けない以上そこを通るしかない。


意を決して、僕と美羽はそこを歩く。

障子紙が貼られた、横に引くタイプの扉が並ぶ。

誰かに見られているようで、視線がキョロキョロと泳ぐ。

突然障子を破って手なんて出てきたら、きっと僕は変な叫び声を上げるだろう。

四方に眼を彷徨わせる。だからこそ僕たちの歩幅は遅くなる。


「ひゃっ!」


突然、可愛い悲鳴を上げて、床から飛び出た青白い手に驚く美羽。

その拍子に僕の右腕に抱きつく。両の腕を回して、その細い身体が密着する。柔らかい胸が当たる。

ああ、幸せだ。右腕が天国。

しかし足を掴むとは、わりとまじで力入ってるなこのお化け屋敷。


「あ、ごめん蛍」

「いいよ、気にしないで。

むしろ今の状態が続いてくれた方が嬉しいから」

「そう? じゃあこのままでいるね」


どことなく嬉しそうな美羽。

それを見て僕も笑みをこぼすが、それは次の瞬間に固まった。



『――んで』


耳が捉える、女性のささやきのような声。

それは美羽のものではない。バッと僕は振り返るが、誰もいない。

気のせい? いいや、微かだけど確かに聞こえた。


『なんで――なんで――なんで』


やっぱり気のせいじゃない。連続して、囁く声が聞こえてくる。

それは美羽も同じようで、僕の腕にさらに強く密着する。


『どうして私をコロシタノ?』


殺してない殺してない。僕は貴方を殺してない。


『愛してた、アイシテタノニ』


僕が愛しているのは美羽だけです。勘弁してください。


『許さない、ゆるさない、ユルサナイ』


許してください。たぶん僕は何にもしてませんから。


『助けて、殺して、死んで、泣いて、わめいて、逃げて』


注文が多すぎるよ、せめて一つにして。


『いいな、いいなぁ、羨ましいなぁ』


何がだ? 彼女がいることがか? それは自分でなんとかしてくれ。



このお化け屋敷。感覚の多くで恐怖を感じるよう作られている。

直接触れて、臭いを嗅いで、音を聞いて、見て。

だから恐怖の度合いも相応に高まる。

自分たちは触れられない、なんて予防線を張ることすら許さない。


長い廊下を進み、ようやく曲がり角についた僕たち。

同時に、それが鳴った。


「え、電話?」


ジリリリリリン!! と、けたたましい音を鳴り響かせる、レトロで古風な電話が僕たちの目の前にあった。


「・・・・・・・・・」


僕たちは顔を見合わせて、結局僕がその受話器を手に取る。


「は、はい」

『・・・・・・・・・・』

「あ、あの・・・・・・」

『・・・・・・・・・・』



あれ、誰も出ない。何も言わない。

もしかしてただ音が鳴るだけで、実際は何も言ってこないやつか?

けど油断はしない。一体どんな言葉を言ってくるのか。

死ね。とか、殺す。とか、いかにも恐ろしいことを言ってく――



ドン!!!!!



「「!!??!」」


しかし音が鳴り響いたのはまさかの背後。

思いっきり壁に手を叩きつけた音に、僕も美羽も肩まで飛び上がる。


なにその不意打ち!? 電話はブラフかよ!!

ああびっくりした!!! まじで心臓が口から飛び出そうになったんだけど!!?


「・・・・・・ここ、想像以上に怖いね」


美羽の言葉に僕も頷く。

危ない危ない。顕現のスイッチをOFFにしてなかったら、想像を超えた事象に驚いた時点で僕が死ぬかもしれない。


ああ、すっかり口の中が渇いている。

唾を飲込みながら、さあ次は一体何が待ち構えているのかと、怯えながらも僕たちは進む。


右に曲がって、そして現れたのは扉。

それ以外には何もない。ここを開けということか。

僕たちは扉を開き、その室内に入る。


最初にあった和室と大差ない室内の様子。

置物は少ない。というかまったくない。

気になることは、四方が障子戸で囲まれていること。


「何が起きるんだろうね」


小さな、僕以外には誰にも気づかれないような声で、美羽は言う。

僕も予想がつかない。密閉されたとも表現できるこの室内で何が起きるのか、考えたくない。


トントン。


音がしたのは、今さっき僕たちが開けた扉から。

叩きつける音ではない。指でノックしたかのような、軽い音。

誰が? 何で?

その疑問が氷解する前に、次の異変が起こる。


『開けて、開けて』


小さな子供の声が聞こえる。

開けてと嘆願された以上、そうせざるを得ない。

だからいざ、僕が扉に手をかけた時、


『キャアアアアアアアアア!!!!』


甲高い子供の声が、反対側から聞こえる。

そちらを見る。すると小さな影が障子に映って、それが走って駆けていく。

その後を追う一つの大きな影。大人。見せつけるかのようにその手には包丁が握られている。


僕は思い出す。この民家で何が起きたのか。


『ある日、突然狂乱した男がこの家に入り込み、家族の全員を殺害。

惨殺事件があった場所として有名になったそうだ』


ならこれは、その時を再現しているのでは。


その結論に思い至った時、

ドタドタと荒々しい音を立てて、何かが障子戸のすぐ横を通っていく。


「いやぁ!! やめてぇぇっ!!」


今度は女性の声。


「痛い痛い痛いいたいいたいいたいイタイイタイイタイ!!!」


叩く音が連続する。その音が本当に、肉を叩いている音と似ていて、怖じ気づく。


「ママ!! マ゛マ゛ァッ!!!」


同じ場所から炸裂する子供の絶叫。

そして、その子供の声が徐々に、小さくなっていく。

ブチッと音がして、同時に、何かゴロリと転がる音が鳴る。


「ごめんなさい・・・・・・許して・・・・・・ユルシテクダサイ・・・・・・・」


女性のすすり泣く声は迫真のもの。

聞く者の心に迫り、否が応でも心に傷をつける。

今何が行われているのか、見えないだけマシなのか、それとも見えないからこそ恐怖を煽るのか。


「きゃあっ!」


今度は内側から叫び声が。

美羽が上から落ちてきた何かにまず驚き、次いでそれを視認しさらに驚きの声を上げた。


それは生首。しかも幼い子供の。

もちろん本物ではない。でもその精巧な作りは、一目では偽物とは気づけない程。

腰を抜かしてしまいそうな美羽を慌てて支える。


このタイミング。間違いない、床に転がったものの正体は子供の頭か。


――ッチャ、ズグ、チャ、グチャ、ズチャ


何かを振り下ろす音と、何かが突き立てられる音が、すぐ隣から響く。

堅洲国に行ったことがある僕たちには聞き覚えのある音で、それが余計に恐怖を助長させる。

何度も、何度も、執拗なまでに、倒れ伏す人影に振り下ろされる包丁。

もう動かないのに、死んでいるのに。


やがて、ピタリと包丁と音が止まる。

何を思ったのかその人影はスッと立ち上がり、どこかへ消えていった。

訪れるのは静寂。物音一つしない不気味な無音。


どうやら惨劇は終わったらしい。

残るは死体だけ。僕たちは呆然として、死骸である子供の頭部を見続ける。


すると、僕たちの目の前の扉が、自動的に開いた。

それに疑問を覚える暇は無い。

なぜなら、同じく僕たちの後ろにある扉が開かれ、廊下の奥が見えたから。


そこにいたのは、


「オオオオオォォォォォォォォアアアアアアアアアアァァアァァァァァァァ!!!!!」



廊下の奥、走り寄ってきたのは血塗れの男。

手には包丁。鬼気迫る表情で僕たちに迫っている。

間違いない、さっきまで子供と女性を殺していた男だ!


殺される!! 絶対に殺される!!!

一目でそう判断し、僕は美羽の手を引いて奥へ走る。


背後で雄叫びを上げる男を、わざわざ振り返っている暇なんてない。

長い廊下を五秒くらいで駆ける。

横に曲がり、目についたのは一つの部屋。

そこに駆け込んだ時に目に入ったのは、押し入れ。


「み、美羽! ここに隠れよう!!」


まだ男はここまで来てない。

僕たちは居間にある狭い押し入れに隠れる。


「ドコダァ!! ドコニイッタァァ!!!」


野太い男の絶叫がすぐ近くで響く。

僕たちはお互いに抱き合って、ガタガタ震えながら男がいなくなるのを待つ。

怖い。殺人鬼に追われるってこういう感じなのか。

もうやだ。もうこのお化け屋敷やだ。お化けじゃないじゃん。殺人鬼じゃん。


やがて足音が遠のいて、ひとまず安全を確保できたと知る。


「だ、大丈夫、美羽?」

「う、うん、大丈夫、だよ、蛍」


大丈夫と言いながらも、見る限り大丈夫そうではない。

心なしかその顔が、泣き出してしまいそうに見える。間違いなく余裕がない。

僕は咄嗟に美羽を抱きしめた。

背中をポンポンと優しく叩き、幼子にするように「大丈夫、怖くないよ」と耳元で呟き続ける。



「ありがと、蛍。もう大丈夫」


1分くらいそうして、美羽が顔を上げる。

そこにはいつもの優しい笑顔が戻っていた。


「やっぱり、蛍に抱きしめてもらうの好き。

暖かくて、安心できるから」


スリスリと、子猫のように僕の胸に頭をすり寄せる美羽。

心地よさそうに目を閉じて、その言葉が真実だと証明している。


「さっきの人怖かったけど、蛍とこうすることができて良かった」


親愛の言葉を次々に口にする美羽。

僕は赤面してまともに美羽の顔を見ることが出来ない。


「もうそろそろ出よっか」


そう言って、美羽の様子を確かめながら、僕たちは押し入れの外へ出る。

男はいない。けれど、注意して聞いてみれば、遠くから足音が聞こえる。

見つからないように出口を探せってことかな。


それから、僕と美羽は二人で外への道を探す。

外見からは分かりづらいが、この民家は結構広い。

二階があるわけではないが、それでも場所を把握するのに時間がかかる。


その間にも襲いかかる恐怖の数々。

コロコロ子供の頭が転がってきたり、女性の絶叫が間近から聞こえたり、もちろん男とエンカウントすることもある。

そのたびに絶叫して、二人で逃げて。


そして見つけた。出口に通じる一本道。

同時に背後から轟き渡る男の声。

背後を見る。包丁を構えた男が嬉々とした表情で、こちらに走り寄っている。


それを見て僕たちは叫びながら猛ダッシュ。ここを突き抜ければ、僕たちは帰れる。

だがここで予想外。左右の障子戸。そこから出てきたのは青白い腕。

死者を連想させるそれが数十。一斉に飛び出す様は間違いなく鳥肌もの。

それに当たらないように必死に走る。

もうすぐそこまで近づく光。余計な言葉を挟む暇などありはしない。


外の景色に飛び込むように、僕たちは赤黒い通路を抜ける。

飛び込んでくる光に目が白一色に染まる。

やがて目の中で像が結ばれ、外の景色を認識する。


「――うわぁぁっ!!」


良かった。逃げ切れた。

列に並ぶ人達の目線が僕たちに突き刺さる。

大した距離を走ったわけでもないのに、僕も美羽も肩で息をする。

見ている人達は、何があったのか大いに気になっていることだろう。

楽しみにしているといい、絶対怖い目にあうから。



■ ■ ■



その後も、色んなところに行った。


夕食はテーマパーク内にあるレストランでとった。僕はパスタで、美羽はステーキ。

約束通り僕の奢りで、まあまあ高いけどそれなりに美味しい料理を食べた。


上下に揺れるメリーゴーランドに乗る。

小さい頃に一回乗っただけで、それ以来全然乗った事がなかった。

ちょっと酔いそうになったのはご愛敬だ。


愉快なキャラクターが踊るステージショーを見た。

水が派手に客席にぶちまけられて、二人でそれを浴びながら盛り上がった。



そして、時間も差し迫った夕暮れ時。

僕たちは最後、観覧車に乗った。


僕と美羽は対面に座る。ゆるやかにゴンドラは上昇しながら、夕焼けに染まった海とテーマパークを僕たちに見せる。

その光景を見下ろしながら、僕たちは会話する。


「夕焼けが綺麗だね、蛍」

「うん。こういう、高いところから見るって普段ないから、見慣れている景色が一変する。

違った角度から見ると感慨深いね」


本当に、普段見る僕たちの街が、道路が、自然が、一変する。

細かいミニチュアを見ているようで、眼下に蠢く人の群れが蟻に見える。

レゴブロックで作った街を眺めているような感覚に近い。

数秒して、美羽が話し始めた。


「あのさ、こんなこと言ったら気が早いって思われるかもしれないけど。

これからもっと、蛍とデートできればいいなって思うの。

今日みたいに外に出るのもいいけど、カフェ行ったり、美術館行ったり。

蛍と色んなところに行きたいし、蛍と一緒の光景を見たいし、蛍と一緒にいたい。

そう、心から思うの」

「うん。僕もだよ、美羽」


きっと、それは何よりも楽しくて、心がワクワクして止まらないはずだ。

美羽と同じ光景を見て、美羽と同じ空気を吸って、隣には美羽がいて。

そんな未来を創ることができれば、それに勝る幸せなんてきっとない。


美羽は、さらに今日一日を振り返る。


「デート楽しかった。緊張して、恥ずかしかったけど、それでも嬉しさの方が強かった。

それに再認識もできたから」

「再確認? 何を?」


僕が問うと、美羽はとびっきりの笑顔で言う。


「蛍のことが大好きだって」


それを聞いた、一瞬。

本当に、美羽の周りの景色が変わって、綺麗な花が一斉に咲き誇ったように見えた。


「今まで以上に好きになれた。

今日は色んな蛍を見ることができて良かったよ」


嘘偽りない、大胆かつ正面から伝えてくる好意の言葉。

間違いなく、今日一番の笑顔。


照れ隠しぎみに、僕も言う。


「そうだね。お化け屋敷で怯えてた美羽はとても可愛かったよ」

「あ! それ言わないって約束したじゃん!

もう、いじわるいじわるいじわる!!」


ポコスカ可愛い擬音と共に僕をペシペシ叩く美羽。

決して痛くないそれを喰らいながら、「ごめんごめん」と苦笑いを浮かべ謝る。

ムスッと不機嫌そうにしているその顔も本当に可愛い。美羽の全てが愛おしい。

至近距離で見つめ合う僕たち。美羽はそれまでの不機嫌そうな顔を消して、甘えるような表情で僕の名前を呼ぶ。


「蛍」

「うん、分かってる」


僕は美羽の肩に手を回して、僕の方へ抱き寄せる。

服ごしに重なる肌。0になる二人の距離。

こういう顔をする時、美羽が求めているのはこれだ。

僕に抱きしめられるのが好きなのか、綻んだ笑顔で抱擁を求める。

かくいう僕もこれが好きだ。美羽の体温が伝わるから。息づかいがすぐ近くで聞こえるから。


「ふふ、ずっとゴンドラが回っていればいいのに」

「それじゃあ僕たちが帰れないよ」

「それくらい今の時間が素敵って意味」

「『時よ止まれ』って?」

「うん。君は美しいから」

「ありがとう。けど美しいのは美羽の方だよ」

「そう? 蛍もけっこう美形だと思うけど。

けど蛍にそう言ってもらえるの嬉しい」


そんな甘い会話が、観覧車が一回転するまでずっと続いた。


時よ止まれ。月が綺麗だ。連理の枝。比翼の鳥。

甘い空想が次々と思いついては、消えることなく残っていく。

けど、その言葉の根底にある感情はただ一つ。

君が好きだ。心の底から愛してる。


2人はそんな想いを無言で互いに伝えて、幸福の極致を甘受する。

言葉にせずとも言葉は届き、胸に抱える気持ちは合わさる肌から相手に届く。


こんな日が、ずっと続きますように。

そんな永遠を望みながら、初めてのデートは幕を閉じた。



次回、久しぶりに登場するクソ天使

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