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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
179/211

第十三話 デートその1 雲に色を

前回、帰省


とあるLINEでの会話


蛍『ああ、そうだ。奏。実は君に伝えたいことがあるんだ』

奏『え、なになに? 私に?』

蛍『うん。実は僕と美羽』

蛍『付き合うことになりました』

奏『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

奏『!!?!?!?!?!?!??!?!?!?!??!?!??!?!!!??!』

奏『まじで?!! まじで言ってるの!!?』

蛍『まじまじ。おおまじ。後で美羽に聞いても同じ返事が返ってくるよ』

奏『あ、あああ、、、ああああ、、、、、、、』

蛍『奏? 大丈夫? 心臓発作とか起こしてない?』

奏『だ、大丈夫だぜ!!

いやー、ついに!! つーいに二人が結ばれましたか!!!

ずっと、ずっっっっとこの瞬間を待ち望んでたんだからね私は!!!』

蛍『はは、ありがとう奏。君がいてくれたからこその結果だよ』

奏『えへへ~どういたしまして~。といっても、私もちょっと強く出過ぎたかな~とか思ってたけど』

蛍『ううん、僕にはそれくらい強く言ってくれて助かったよ』

奏『え、それで、どっちが告白したの?』

蛍『完全に同タイミングで、僕と美羽が『付き合わない?』って言った』

奏『ファーーーーーーーーーー!!! まじですか!!

いやぁ、二人らしいといえばらしいわ』

蛍『それと、三日後にデートするって約束も取り付けたんだ』

奏『うそ! はやっ!!』

蛍『そこでなんだけど、奏』

奏『はい』

蛍『・・・・・・・・どうすればいいかな?』

奏『それは、当日着ていく服とか、どこでデートするとか、そういうこと?』

蛍『全てが分からないです』

奏『なるほどね~。だから私に相談したと。

うん、いいでしょう! 私がデートの仕方をコーチしてあげます』

蛍『本当!?』

奏『三日前に私に相談したのは賢明な判断ですよ。

知識があるのとないのとじゃ全然違うから。

さあ、私と一緒に最高のデート方法を探しましょうか』

蛍『うん!』




というわけで、


デート当日。蛍は待ち合わせ場所に、15分前に到着していた。

手にはスマホ。出してはしまってを繰り返し、1分も変わらない内に時間を確認している。


心臓はいつもより微妙に速く動き、それに合わせて全身がそわそわとして落ち着かない。

つくのはため息ばかり。目は忙しなくあちらこちらへと泳ぐ。

この服装で大丈夫か。デートのプランは大丈夫か。

駄目だとは分かっていても、拭いきれない不安の念が襲う。

思考は朝から美羽一色。それ以外はぼーっとしていて、今朝のニュースの内容もまともに頭に入ってない。

恋は盲目とはよく言ったものだ。


「蛍!」


スマホの時間を確認していると、遠くから聞きなじみのある声が。

そちらに目を向ける。

美羽だ! 遠くから手を振って、小走りに近づいてくる彼女の姿が見えた。



いつもと違う白地のレース服。そのおかげか美羽の黒髪がいつもより映える。

下はふんわりとした黄色のスカート。足の先がちょこっと出てるくらいには肌が見える。

小さな鞄を肩に下げ、満面の笑みでこちらに近寄ってくる。

・・・・・・・可愛い。文句なしに可愛い。


彼女との距離が近づくたび、その細部が見えるたびに、それに比例して胸が高鳴っていくのを感じる。

キュン死ってこういうことを言うのかな。


「こ、こんにちは美羽。すごく可愛いよ」

「ほんと? ありがと蛍。

蛍もいつもと比べてかっこいい。服装一つでだいぶ印象が変わるんだね」

「そうかな? ださくなかったのなら嬉しいんだけど」


美羽に言われて、改めて自分の服装を確認する。


さっぱりした白シャツに、デニムのパンツ。

奏に勧められた通りに、清潔感のあるものを選んで買ったつもりだ。

下手に着飾るのは危険。最初はシンプルに越したことはない。何事も無難が一番なのだ。

ろくにアクセサリーはつけてないけど、それでも美羽にかっこいいと言われたことは嬉しい。


「立ち話はあれだし、歩きながら話そ」

「うん、そうしようか」


まず最初のデートスポットに向かって、僕たちは歩き出す。

事前に、美羽とどこへ巡るかは確認済み。

あとはそれをなぞるだけ。いや、想定以上の結果を出す。


大丈夫。僕なら出来る。僕ならきっと出来る。出来るさ、出来るに決まってるだろう。

この3日間イメージトレーニングを欠かさなかった。朝起きてから夜帰って眠るまで、一連の流れは頭に叩き込んである。

天文学的な数まで分岐した並列思考を全てこの日この時の一瞬一瞬に使う。

全身全霊、魂込めて、このデートを成功させると誓いを立てる。

一時たりとも油断するな。気を引き締めろ。デートは戦争だ。命を失う以上の覚悟を持て。


決して顔に出さぬよう、万全の覚悟で心を武装し――


「えい」

「!!?」


突如、僕の頬をつまんだ美羽の予期せぬ行動に、僕は飛び上がりそうになるほど驚いた。

美羽はふにふにと僕の頬を触る。


「固くなりすぎだよ蛍。ほら、もっと笑って」


にこやかな笑顔のまま、美羽は僕の頬を優しくつまんで、そのまま笑顔になるよう引き延ばす。

それが意味するのはこの前の意趣返し、ではなく単純な好意。

僕の表情があまりにも固すぎて、見かねた美羽が緊張をほぐすためにそうしたのだ。


ふにふにと触られるまま、僕は表情を崩して謝る。


「はは、ごめん。さっそく気を使わせちゃった」

「ううん。デートだから緊張するのは当然だよ。

私だって緊張してるから」


そう言って美羽は、僕の手を掴んで歩き出す。

その柔らかい手に思わず身体が硬直してしまう。


(手を繋いでる・・・・・僕が、美羽と)


変な汗が出そうになって、瞬時に体内を制御しそれを防ぐ。

手を繋ぐ。それ自体は初めての経験ではない。

過去、幼い時は1日に何回も何回も手を繋いで遊んでいたんだから。




かくいう美羽は、さっそくアドバイスが上手くいったと、心の中でガッツポーズしていた。


『いい? 美羽ちゃん。

初デートっていうのはね、大抵相手は緊張してるもんなの。

それが蛍ならなおさら。だから緊張ほぐすために、まず軽いスキンシップをとっちゃいましょ~』

『お~!』


そんな会話を3日前から。つまり美羽も蛍も奏に相談していたのだ。

もちろん2人とも、相手が奏に相談しているとは思っていない。

あくまで奏のアドバイスを元に、自分は行動している。そう思い込んでいる。




「へっへ~、やってますね~二人とも」


そんな二人を、遠くで物陰に隠れながら見つめる影があった。

そんな人物は一人に決まってる。2人の友人である奏の他にいない。


今回のデート。その首謀者であり、間接的に二人を付き合わせた張本人。

根回しはした。デートコースも用意した。2人にアドバイスもした。元気づけた。

何もかもが奏の掌の上。よって最高のデートになるのは間違いなし!

さあ、思いっきりラブラブになっちゃえ~!!!



■ ■ ■



『いい、蛍? 何事においても鉄板ネタを舐めちゃいけないよ。

小説とか漫画でよく見るでしょ。使い古された表現とか、場面とか。思わず『どっかで見たな』って思うでしょ?

それがなぜ今でも見られるのか。時代の流れと共に色あせていないのか。

答えは単純、読者に求められてるからだよ!

どれだけ未知の展開が見たいと言ったところで、結局はある種の決まったパターンを見て落ち着くのが人の(さが)

バトル物でも、結局最後は主人公が勝つし、勝てなくても良い空気吸って死ぬの。

世界はなんやかんや救われて、悪党は懲らしめられる。

売れている漫画は奇抜なオリジナルアイデア以上に、人の心を掴む普遍性を上手く作品に取り入れてるもんさ!

よって映画! これは外せませんよ』


奏の意見に異論はない。むしろ全くその通りだと思う。

だからここで論じるのは映画のチョイス。一体何を見ればいいのか。

映画もちょくちょく見てる奏の選定なら安心できるのだが。


『う~ん、そうだね~。

今月の映画は~・・・・・・・ふむふむ。

ホラーと、ポケ〇ンと、SFと、アニメと、恋愛と・・・・・。

蛍はこれがいい! ってやつある?』

『僕は何でも。これといって好きなものも嫌いなものもないよ』

『そっか。じゃあアニメ映画だね。

となると『雨のち虹』かな。

西監督の作品は必ず高校生くらいの男女が主人公として登場するから、蛍たちも感情移入しやすいと思う。

内容も感動的だし、大体ハッピーエンドで終わる。

希望と清涼感で心が一杯になって映画館を飛び出せるはずだよ。

長さは2時間15分くらいだから、10時くらいに行けば12時に終わって、その後昼食で映画の感想とか言いあえるでしょ?』

『すごい! 完璧じゃないか!』



というわけで、僕たちは映画館の劇場にいる。

もちろん席は隣同士。ポップコーンは二人でシェア。飲み物は・・・・・さすがに、ね?


「僕の分まで全部食べちゃっていいからね」

「そんなことしないよ。私のこと大食いだと思ってる?」


眉を可愛くひそめて、若干口を尖らせる美羽。

非難の色は強くはないことを知る。冗談だ。

ごめんと謝りながら、二人で笑い合う。


僕も美羽も、映画の内容は知らない。

度々CMでやっていたのを見ただけだ。事前情報は少なく、だからこそ未知が多い。


隣同士で会話をしていると、劇場が暗くなり、本番が近い事を知らせる。

ポップコーンを食べながら、映画の予告を凝視し、館内の照明が落ち、ついに訪れた本編。



おおまかな流れを言うと、だ。


舞台は僕たちと変わらない現実世界。

空の全てが雨雲で覆われ、決して晴れない空はいつものこと。

主人公である少年の(ハル)は、その生涯で一度たりとも晴れ渡る空を見た事がなかった。


学校は夏休みに突入。晴は下校途中、クラスの同級生である少女、好花(このか)と出会う。

彼女は学校でも屈指の人気者・・・・・・ではなく変わり者で有名。

ミステリックな少女は、晴を見つけて、そして言う。

『君は、虹を見たくはないか?』と。


好花が言うには、人間の心の暗雲が、集合して空を覆っているのだと。

空は天上にある大地の鏡。だからこそ地上にいる私達の心を映し、反映している。

だから協力してほしい。私と協力して、皆の心を晴らして欲しいと。

そうすれば、晴れないこの空に光が差す。



空がずっと雲で覆われている。それは人間の心の暗雲が反映されたものであること。

なかなか面白いテーマだ。


アラディアさんの魔術講義で習ったな。

上なるものは下なるものの如し、下なるものは上なるものの如し。

宇宙の星空はすなわち人体であり、天上の出来事と人界の出来事は相関する。

星の気候と人の心象が、その理論をもって、互いに感応し合っているわけだ。

映画には必ず魔術的な記号が一つや二つは隠されている。アラディアさんはそうも言ってた。



そして話は進む。

二人はお悩み解決と称して、街に住む人々に笑顔を取り戻していく。


ペットを無くして悲嘆に暮れていた人を。

家族と不仲で、満足に喋れない子供を。

学校でいじめられていた学生を。

仕事に疲れ切った大人を。


晴は好花に腕を引っ張られる形で、本心では関わりたくもない他者と無理矢理関わる羽目になる。

けど、徐々に笑顔が増えてきて、その夏休みがかけがえのないものに変わっていく。

しかし、急変したのは物語の中盤。


二人が快進撃を繰り広げた結果、空の曇天は徐々に薄くなり、あと少しで陽の光を拝むところまで進む。

互いを知っていくなかで、晴は、好花に対して淡い恋心を抱く。

この想いを伝えたい。だけどできない。

葛藤し、そして彼は決めた。この空が晴れて、彼女の言葉通り、青空一杯に虹が差したのなら、その時こそ告白しようと。



だが、夏休みのある日に、自らの手を引いてくれる好花が、交通事故に巻き込まれて死んでしまった。


病院に駆けつけた時には、既に彼女は息を引き取った後。

呆然としながら、好花の葬儀に出席した晴は、そこで初めて、彼女が亡くなったことを実感する。

あと少しで晴れ渡りそうだった曇天が、再び厚さを増す。

大雨が降り注ぐ中、晴はその空に向かって号泣した。



それを見ている僕の目に、熱いものが溜まってきた。

どこか内向的な晴。少女に手を引かれ、輝かしい日常の舞台で自らも踊るその姿。

好花と共にいられるのなら、彼はそれだけで幸せで。

知らない内に、僕は晴と自分を重ねていたようだ。


「っ!?」


僕が驚いたのは、僕の右手が、柔らかいものに触れたから。

僕の手を握っていたのは美羽。

優しく、強く握りすぎないように、抱きしめるように。


横に目を向けると、美羽は前を向いて、軽く唇を噛みしめていた。


(美羽・・・・・)


その心遣いに感謝し、僕も前方に視線を戻す。



この映画に、SFやファンタジーの要素はない。

だから、死者が蘇生するなどありえない。


晴はこれから、大切な人を亡くした痛みを生涯抱え、それでも生きなければならない。

まさに生き地獄。

涙を流し尽くした晴は、その後の日々を無意に過ごす。

閉じこもり、クーラーをつけて冷え切った室内で、ベッドの上で寝転がるだけ。

曇天の中でも輝いていた毎日は終わりを告げた。

彼は好花と出会う前に、いいやそれ以前の状態にまで戻っていく。


こんな悲しみを味わうのなら、いっそ出会わなければよかった。

好花と出会ったことを後悔し、死んだように生きていく。


だけど、好花のご家族から、渡したいものがあると連絡が入る。

手渡されたのはノート。綴られているのは好花の文字。



その内容は、ただひたすらに空への憧れだった。

明ける空。暑いくらいに照り輝く空。紅に染まる空。暗闇が覆う空。

小さな星の輝きが一面に点在する夜を、海の果てからゆっくり昇る日輪を。

そして、雨が晴れた後に架かる七色の虹を。

一目でいいから見たいと、そう想った。

過去の映像や、画像でしか見た事のないその光景。

それをこの目で見たいと、ずっとずっと想っていた。


皆の心が晴れれば、空もまた晴れるのだと、その法則に気づいたのは気まぐれ。

お祭りの日、小学校で大会をした日、クリスマスの日、休みの日。

皆が笑顔になった時に、空が明るく、雲が少し晴れたのを見た。


その時決めた。私は二つの暗雲を晴らすと。

そして活動を始めた。その時から変わり者と言われ始めたが、気にしなかった。


高校に入学し、晴の名前を見た時に、運命を感じたこと。

それが単なる偶然の一致に過ぎないとしても、どうしても彼のことを考えてしまう自分がいたと。


けど、名前の通り彼は本物だった。

人を照らす天才。何を抱えているのかを素速く察知し、それでいて最適解を提示できる、そんな才能。

自分一人だけでは解決できなかった人の問題を、苦心しながらも解決してみせたのだから。


だから晴と一緒なら、絶対にこの空が晴れる。

そして、曇天が開き晴天が顔を覗かせて、虹を見ることができたなら。

晴に、告白しよう。



それ以降、文は途切れていた。



ノートを見ながら、再び涙をこぼす彼の顔に、しかし迷いの色はない。

次の朝から、彼は行動した。

することは一つ。好花が生きていた頃、二人で約束したこと。


『雲に色をつけよう』


映画の山場となるこの場面。

僕はその提案を、半信半疑で聞いていた。

雲にどうやって色をつけるのだろう。

雲は水滴の集まりだ。それが僕たちの目に白や黒に見えるのは、単純に光の屈折によるもの。


そりゃあ、ペットボトルの中で発生させた人工の雲なら、光の角度によって色は変わるだろう。

けど、人の手が届かない空に浮かぶ雲をどうやって・・・・・・。



晴のしたことは、人工水を用いた着色。

普通、水滴を通った太陽光は7色に分れる。プリズムというものだ。

しかし海外の研究者が開発したその人工水は、光の反射角度、曲率を計算し、調整することで、水滴の色をコントロールするのだ。

これを赤や青、緑や黄色、紫、オレンジ・・・・・・・多種多様な色を再現できる。

幸い販売もしていて、外国から取り寄せることもできる。


これで雲の原材料は入手できる。

では、それをどうやってあの空高くに運ぶのか。


これも目処は付いていた。雲を作ればいい。

いわば人口の雲。

航空自衛隊が行う、航空機で白い煙を用いたパフォーマンスは知られている(最もあれの正体は人口雲ではなく油だが)

それを、人口水を用いてすればいいと考えたのだ。


そのために交渉。晴は都内にある自衛隊の基地に出向き、駐屯地司令に様々な交渉材料を提示する。

その熱意に押された司令は検討を決意。

夏休みの間に行われる航空機のパフォーマンスを、その人口水で行うと行ってくれた。



そして、ついに訪れたその日。

イベントに集まった人の数は万を超えていた。

皆見たいんだ。雲に色がつく時を。


曇天の空に飛び立つ航空機。

調子を確かめるように上空を旋回し、そして



「――――ッ!!!」


ドッと、大気が揺れるかのような歓声がスクリーン越しから伝わる。

空で形成される細長の雲。

それを描く機体が計7つ。そのそれぞれで色の担当区分が決まっていて、


赤い雲、橙の雲、黄色の雲、緑の雲、青の雲、藍の雲、紫の雲。

空という灰色の画布に、彩られる虹の七色。


一時的で、すぐに消えるものでしかない、一瞬の奇跡。

それは桜の儚さにも似た美しさ。

でも、その時確かに、雲に色がついたのだ。


涙を流す者がどれだけいただろう。

スマホを掲げ、その瞬間を撮影しようとする手はどれだけあったのだろう。

その光景はテレビで全国的に報道され、感動は日本中に伝わっていく。

それを見た一瞬、間違いなく心の暗雲が消えた。


上下相応。その理に則り、変化が生じるのは人だけではない。

ついに曇天を貫き、日の光が地上に伸びる。

雲が引き、誰もが待ち望んだその瞬間が訪れる。

それを前にして、晴は走った。


全力で走る。森を抜け、街を抜け、完全に雲が引かないうちに、その場所へ。

最後、晴は墓地を走り、その一角に到達する。

一つの墓石。『好花』と彫られたその前に立ち、晴は上空を見上げる。



『晴れたよ、好花。虹が架かったよ』



雲一つない晴天。

それに架かる、大きな大きな本物の虹。

それを見ながら、涙が溢れながら、晴は最後まで好花の名を呼ぶ。


そしてエンドロール。流れる歌。


『どんなに雲が、貴方の心を覆っても』


『空は必ず晴れるから』


『君も心から笑っていて』


『大丈夫。一人でも怖くない』


『私がずっとついているから』


それは、好花が晴に向けた言葉。

その歌には、手渡されたノートに書かれていた言葉がまぎれている。

最高潮に達する歌声。

劇場全体に響く女性の高音。



僕は声を出さないように泣いていた。

それは空の美しさを知った、清涼な涙。

嬉しくて、悲しくて、けど心にわだかまりは一切無い。純粋透明な雫が、僕の頬を伝っていく。



最後、エンドロールが終わった、完全に静まった劇場で。

再びスクリーンに映るのは、快晴の空と晴の姿。

そして、墓石の上に座る、幽霊のように透けた少女。

晴は少女に振り返り、そして言う。



『君を愛してる』


晴の声が、映画の幕を引いた。


黒くなるスクリーン。

真っ暗になる視界。

そして、明かりがつく劇場。


・・・・・・終わった。


いつの間にか、僕と美羽はお互いの手を、ずっと握りしめていた。



映画については、orangestar様作曲の『Henceforth』という神曲から着想を得ました。

次回、デートその2


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