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自灯籠  作者: 葦原爽楽
自灯籠 千紫万紅の夏休み
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第五話 甘い恋の行方・前編

前回、説明



とある夏の日のこと。

ピンポーンと、来客を告げるチャイムが鳴り、慌てて美羽は玄関へ赴く。

開いたドアの先には、バッグを持った蛍の姿があった。


「おはよう、美羽」

「おはよう蛍。時間ちょうどだね」

「美羽を待たせるわけにはいかないからね。

あ、いっぱい買ってきたよ」


言いながら手に持つバッグの中身を広げる蛍。

そこにはホットケーキミックスとか、牛乳とか、卵とか、クリームとか、とにかく色々入っていた。

それを見て胸がときめく美羽。これらの材料から作るものが簡単に想像できたからだ。




夏休みのとある日に、美羽と蛍は出会う日を決めた。

たまには二人だけで一日を過ごしたい。

甘い物を食べたり、二人でゲームしたり、そんなことをしたいと美羽が蛍に伝え、そして今日がその日になった。

蛍としても願ったり叶ったりだった。美羽といられる時間はそれだけで楽しい。難点を挙げるとすれば時間が過ぎ去るのが早いことだけだ。

こうして甘い食べ物を作る材料を買ってきて、ついでに市販のお菓子も色々買ってきた。

そう。二人で食べるために。



そして、二人はこの日、互いに言わずともある決断をしていた。

とっても重要かつ重大で、たぶん人生を振り返ってもこれほど決意と勇気が必要なことはない。

ある意味で咎人と向き合うことよりも怖いのだから。

緊張で逸る鼓動を悟られないように、二人は何気ない風を装う。



今日、自分は美羽/蛍に告白するのだ。



■ ■ ■



そんなわけで、美羽のキッチンを使わせてもらい、ホットケーキとクレープを作ることにする。

調理方法はあらかじめ頭に叩き込んでおいた。

用意する材料はホットケーキミックスと牛乳と卵。


作るのはスフレのホットケーキ。この前霞さんが作ってくれたものだ。

じゃあ、用意をしようか。


「美羽、ホットプレートあるかな」

「うん。用意するから待ってて」


そう言って、美羽は押し入れの中から大きなホットプレートを取り出す。

自分の顕現で用意すれば結果はすぐに出てくる。

だが僕は天邪鬼な性格なので、結果だけでなく過程も重視する。

なので、作ってから後片付けまで全部人力(じんりき)だ。

案外と、そういう過程に想像を超える事が起きるものなのだから。


僕も卵を二個、卵黄と卵白に分けて、卵白は冷凍庫に入れる。

二つの卵黄をボウルに入れて、用意した薄力粉とベーキングパウダーを合わせて、泡立て器で混ぜる。

シャカシャカと、泡立て器がボウルをこする音。


「蛍、保温状態にしといたよ」

「ありがとう。じゃあ次はグラニュー糖用意してもらえるかな」

「グラニュー糖ね。分かった」


袋の中からグラニュー糖を取り出す美羽。

こっちもそろそろ充分かな。一旦ボウルを置いて、冷蔵庫から冷えた卵白を取り出す。

もう一つボウルを用意。そこに卵白を入れて、次にハンドミキサーを用意する。

泡立て器よりもよっぽど早くできる。


さて、ここにグラニュー糖を入れるわけだが。

量はどうしようかな。


「美羽。入れたい分だけ入れていいよ」

「ほんと? じゃあ言葉に甘えて」


僕の許可を得た美羽は、グラニュー糖の袋を切って、そのまま下に傾けた。

ドサッと、一気にとんでもない量が入ったと思う。


「み、美羽。ごめん言い忘れてた。

メレンゲを作るからグラニュー糖は三回に分けて入れるんだよ」

「うん?

だからこれ一回分だよ?」

「!?」


これが!? 一回分!!?

ボウルの中に落ちたグラニュー糖の量を見て、思わず目を限界まで開く。

僕の基準だと既に三回分の量が落ちた気がするけど。


・・・・・まあいい。入れたい分だけ入れていいと言ったのは僕だ。

幸いこの量でもメレンゲは出来るだろう。・・・・・・出来るよね?

そんな祈りを込めながらもハンドミキサーを回す。

グラニュー糖が飛び散らないように、慎重に。


なんとか混ざり、後これを二回繰り返す。

十回分のグラニュー糖が加えられながらも、なんとか形にはなった。

少し固めになったメレンゲを見て、これで良しと納得する。


出来たメレンゲを一掬いし、卵黄を混ぜたボウルに投入。

良い感じに混ぜ合わったところで、残りのメレンゲも入れる。

あんまり混ぜすぎないように、注意して。


「じゃあ、これからホットプレートで焼くんだけど。

それは美羽に任せようかな。僕は次クレープを作るから」

「うん、任せて」

「弱火でじっくり焼けば大丈夫だよ。

触って生地がつかなかったらひっくり返せばいいから」

「分かった」


美羽が大きなスプーンを手に取り、ボウルの中身をすくって、油を薄く敷いたホットプレートの上にこんもりとのせる。


大丈夫そうなので、僕はクレープを作る用意をする。

新たなボウルを用意し、そこに薄力粉とグラニュー糖を入れる。

洗った泡立て器でそれをかき混ぜながら、途中牛乳と卵を投じる。


生地を焼くため、フライパンを熱することにする。

油をひいている間に、横目でホットプレートの様子を見る。

蓋をされ、その中ではもこもことホットケーキが膨れ上がっている。

どうやら無事膨らんだようだ。


フライパンに油を引き、一度火から離して、それからお玉でボウルの中身を掬って流し入れる。

薄く、中央から広がっていく。

火力を中火に変えて、焼いていく。


後は頃合いを見て生地を取る。

十枚くらいお皿を用意して、出来上がった順番に並べていく。


「蛍。ホットケーキ出来たよ」


振り返ると、美羽がお皿の上に乗ったホットケーキを手に、静かな笑みを浮かべている。


「うん。じゃあホイップクリームとかイチゴとか、好きに飾っていいよ」

「好きに? ふふ、言質は取ったからね蛍」


手で口元を隠しながら、ふっふっふ~と怪しい笑みを浮かべる美羽。

その様子から、大量にホイップクリームを消費することが予想される。

ああ、可愛い。細かい動作の一つ一つがとっても可愛い。

なんでこんなに可愛いことを自然とできるんだろう。天使かな? あるいは女神かな?

理性がぷっつんしそうになるけど、美羽には見えないよう、自分の顔を思いっきりぶん殴って平静を取り戻す。


深呼吸をしてから、どんどんクレープの生地を作っていく。

美羽もホットケーキにデコレーションをして、たっっっぷりとクリームを付け加えていく。



そうしてできたのは、出来たてホカホカの生地に、頂点にアイスクリームとイチゴをのせて、各層にホイップをたっぷり挟んだ激甘のホットケーキ五層。

ふんわりふっくらと、インターネットの画像みたいに上手く出来たスフレホットケーキ。

周囲にはイチゴ・バナナ・ブルーベリー含め色んな果物が彩っている。


次にクレープ。出来た生地の枚数分、掴みやすいよう紙で包む。

チョコバナナ、白桃、メロン、梨、ブルーベリー、キウイ、ミカン。全部にクリームをたっぷり。

他にも色々、楽しめるように素材が被るのを避ける。


飲み物に用意したのはシロップミルク(命名、美羽)。

この前、海で奏が教えてくれた情報を元に、牛乳とかき氷のシロップを混ぜたところ、これが本当に甘くて美味しく、ごくごく飲めたと本人は言っていた。

今では毎日牛乳パックを一つ空ける程飲んでいるのだとか。・・・・・・大丈夫かな?


まあ、そんなわけで食べ物はできました。

作業を開始して1時間といったところか。

僕と美羽は椅子に座り、机の上にホットケーキとクレープを飾る。

全ての準備は整った。時刻も昼近くだし、昼食としても丁度いい。

シロップミルクが入ったコップを手に取り、僕と美羽はそれで乾杯する。


「「いただきます」」


二人でナイフとフォークを持ち、まずはスフレのホットケーキに食らいつく。

外はサクッと、中はふわっと。普通のホットケーキとは違う感触に舌鼓(したつづみ)を打つ。

もちろん激甘だ。舌の細胞が甘さで死滅するくらい甘い。

悶絶しそうになるのをぐっとこらえて、その甘さを噛みしめる。

幸いフルーツが添えられているのが助かった。イチゴの酸味で甘さを打ち消しながら食べ進める。


「美羽、美味しい?」

「うん! この前霞さんが作ってくれたのと同じくらい美味しい。

このクレープも色んなフルーツが入ってる」

「この前、奏と一緒に大きなクレープ食べたでしょ?

あれを参考にしたんだ。食べ進めれば違うフルーツとかクリームが出てくるよ」


ほかほかの生地にかぶりつきながら、舌で口についたクリームを舐め取る美羽。

美味しそうに食べるその姿を見ていると、僕も自然と笑顔になる。

アイスを口にしながら、その様子を見守る。


これから告白するのだと思うと、どうしてもその顔を直視できない。

恥ずかしいと思う気持ちと、もし振られたらどうしようという気持ちが相まって、むしろ告白なんてしない方がいいんじゃ・・・・なんて考えも浮かぶ。

けれど、だ。奏にあれだけ発破(はっぱ)を掛けられたんだ。ここでしないと男が廃る。


それに、美羽と今以上に素敵な毎日を過ごせたら、それに勝る幸福なんてないだろう。

そんなことを考えながら美羽を見ていると、美羽が小首を傾げて問う。


「私の顔に何かついてる?」

「え、あ、いいや。

一杯食べてくれて嬉しいなって」

「うん。蛍が作ってくれたから。

蛍の料理は全部美味しいよ」


ホットケーキを半分食べ終えて、上機嫌なまま美羽は続ける。


「最近、蛍は私の夕食作ってくれる。

ありがとね。蛍のおかげで美味しいものたくさん食べられるから」

「どういたしまして。けど感謝されるまでもないよ。

僕がそうしたくてそうしてるだけだから。

むしろそれに付き合ってくれてる美羽に感謝したいくらいだ。

迷惑だったら遠慮無く言って欲しいよ」

「そんなことないよ。蛍の料理が美味しいのは事実なんだから」


美羽が笑顔のまま僕を肯定してくれる。

美羽が微笑めば、花が咲いたかのように、周囲の空間が色づく。そんな気がする。

この笑顔にこれまで何度救われたことだろう。

見惚れていると、美羽はミルクを飲みながら呟く。


「このままずぅっと蛍が、私の夕食を作ってくれたら最高なんだけどな」



!!?!?!?!?

その言葉を聞いて、僕は思わずむせそうになった。

だって、その言葉は、変換すれば・・・・


「え、ちょ・・・・・それって、どういう」

「? 言葉通りの意味だけど」


慌てる僕に反して、美羽はいつも通りの調子。

駄目だ。告白を意識しすぎて、脳内変換リストが暴走してる。


・・・・・・あ、しくった。今の告白できる絶好の機会だったじゃないか!!!

ああ、千載一遇のチャンスを逃してしまった。

美羽の言葉に合わせて、『夕食だけじゃなくて、朝も昼もずっと僕が作るよ』なんて言えればなぁ。

凄まじい後悔の念に襲われる。

落ち着きを取り戻すために、青いシロップミルクを思いっきり胃に流し込む。

ああ、甘い。



次回、後編

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